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全ての想いを君に  作者: ねこのけ
第七章
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第百十三話 軍靴の音

遅れました!すみません!


 年も明け暫く経ったある日の昼頃。

 僕とアイリスはカールの薬草屋へと行くついでに色々足りない雑貨を買いに市場へと出ていた。だが曇りの天気と同じようにアイリスが少し不満げに唇を尖らせていた。


「どこもガランとしてる」


 いつもは賑やかで人通りの多い市場。大体ここに来れば何でもそろうのだが、真冬という事を考えてもあまりに商人が少なく、店を開いていても高額か品薄の二択だった。


「まぁ戦争で皆逃げちゃってるしね。今大分やばいらしいし」


 戦争が始まって一か月と少し。正直まだ僕らに影響のない物だと思っていたけど、コンラートとかから聞く感じ明らかこの国が劣勢らしい。そんな国にわざわざ商売しに来る商人なんて武器商人ぐらいしかいないもので、目に見えてこの街が活気をなくしてしまっている。


「まぁ買い物は諦めようか」

「そだね」


 僕らはそう市場だった場所を通り過ぎて大通り沿いに二人並んで歩いて行った。でも大通りと言っても人通りは少なく、以前よりも孤児と物乞いの数が増えた気がする。

 風が吹いて少しの腐敗臭を感じて口元を抑えながら、僕は隣を歩くアイリスに話しかけた。


「これからどうなるんだろうね」

「知らないよ。私達がどうにか出来る話じゃ無いし」


 随分アイリスは割り切った考え方を持っているらしかった。それ自体は正しいのだけど、目の前でこういう苦しむ人が居ると心情的に勝手に罪悪感を覚えてしまう。

 でもそんな意味の無い会話をしている内にも僕らは目的地へと到着していた。


「あ、ついた」


 アイリスが入店ベルの音を鳴らすのについて行き、一か月ぶりに僕はこのハーブの匂いを嗅いだ。前来た時はエルシアと話しただけで、カールとは少ししか話してないからちょっと緊張する。


「あ、らっしゃーい」


 でも僕の心配とは裏腹にいつもの笑顔でカールは店頭で出迎えてくれていた。相変わらず店の中にはお客さんはいないが、これもまた落ち着く空間だった。

 そしてアイリスがいつもの如く母親の薬を買うという目的を果たす為、カールが頬杖を突く店頭へと向かった。


「いつものちょうだい」


 でもそんなアイリスに対してカールは困ったように笑って頭を掻いていた。


「ちょっと戦争で運送業者が捕まらなくてね・・・薬草も南方のだからしばらくは入らないかも」

「・・・・そう。じゃあ買うもの無いや」


 以前はあれだけ値引き交渉をしていたというのに、アイリスはやけにあっさりと引いていた。僕はどうしたのかと思い店を出ようとするアイリスの肩を掴んだ。


「いいの?他探し行く?」

「いいよ別に。どうせ薬あっても病気良くならないし」


 何かあったのか知らないけど実の母親の話なのにやけに冷たい物言いだった。また何か家族であったのかと思ったが、今のアイリスの無表情な顔を見ると聞く事が出来なかった。

 だからそんなアイリスから目を逸らすように肩から手を離してカールを見た。


「じゃあ入荷したら教えてくれる?」

「うん。すぐにとは言えないけど取り置きしとくよ」


 僕はそんなカールに感謝しつつこのまま何も買わない訳にはいかないので、いつものように茶葉を買おうと棚を見るが。


「・・・高いね」

「それが最後だよ。もう一週間もすれば一時休業しないとダメかな」


 その言葉に店を見渡すが確かに以前より商品が少なくなっているように感じる。やはり余程南の国との戦争が生活に影響を及ぼしているのが良く分かった。実際香辛料系もあまり見かけなくなったし、食堂のご飯も味気なくなった気がするし、


「じゃあこれ買おうかな」


 どんどんインフレしてるし早めに通貨を使い切っておこう。買えなくなってからじゃ遅いし。

 そう財布の紐を緩めてカールに硬貨を手渡した。


「毎度あり。これもう廃棄だからオマケしとくよ」

「へぇありがと」


 カールから手渡されたのは青色の遮光瓶に入った何かだった。アロマとかそういうのだろうかと僕がその瓶を眺めているとカールが答えを教えてくれた。


「大事な戦闘前に付けると良いよ。気分高揚とか色々あるから」

「あ~そゆことね」


 ありがたいな。これを使う機会が来ない方が良いんだけど、いざという時おまじない程度だとしても心の支えになったりするから。

 そしてそれをポケットにしまい僕は後ろを振り向いた。すると既にアイリスは店の外へと出ようとしていて、ドアノブに手を掛けてしまっていた。だから僕はカールに手を振ってそのアイリスを追いかけた。


「じゃあまた来るよ」

「は~いお待ちしてま~す」


 そうしてアイリスの背を折って店外へと出ると、パラパラと雪が舞いだしていた。


「早めに帰ろうか」

「うん」


 やはりアイリスは家庭で何かあったのかどうも変な感じがしていた。少し前からこんな感じだけど効いていい物かと悩み続けて、未だに遠回しに気を使うだけでとどまっている。

 そう僕が下手に踏み込んで良い物かと考えていると、ふとアイリスが言った。


「雪ってどこから降りてきてるんだろうね」


 そんなアイリスを見るとコートに手を入れて空を見上げていた。


「どうなんだろうね~」


 ここで薄れかかっている義務教育の知識を披露した所でしょうがない。だから僕はアイリスにただ同調して同じように空を見上げて続く言葉を待っていた。


「雪を作ってる人はどんな気持ちで地面に落ちていくのを見ているんだろうって」

「・・・なるほど?」


 随分抽象的というかフワッとした話だった。でも本人的には何かを例えて言っているのか、どこか実感の籠った言い方だった。


「その雪は落ちたくて落ちた訳じゃないのにさ。何を求めさせられてるんだろうね」


 アイリスの黒い瞳が僕を見た。僕への投げかけにも思えたしここにいない誰かへの言葉の様にも感じた。でもそれ以上アイリスは何かを語る事も無く、ただ小さな雪が舞う路地裏を僕の隣で歩いていた。


 そしてしばらくしてそろそろ大通りに出るであろうかという時。ずっと視界に居れないようにしていた、何人のもうちの一人である道端で横たわる誰かが僕らに話しかけてきた。


「・・・軍人か?」


 僕はついその擦れた声の方を見てしまった。するとそのギラついた眼が開かれ、のそりのそりと壁に手を当てつつ、片足の無い男が僕らを見ていた。


「お前ら軍人共のせいで俺の足も家族も皆死んだ」


 その男の切断されたのであろう足にまかれた包帯は、黄色くシミを作り一部は変色し異臭を発していた。でもそれ以上にこの男の眼と言葉から何か関わってはいけないように感じたその時、突然男がアイリスの肩を掴んだ。


「なぁ?教えてくれよ?なんで俺はこんな所にいるんだ?」


 男が困惑するアイリスの肩を揺らし唾を飛ばしているのを見て、僕は咄嗟に間に入ろうとした。


「ちょ、ちょっと落ち着いてくださいって。僕ら学生ですって!」


 でも僕が男の手を握っても異様な強さでアイリスの肩を離そうとせず、ただアイリスの眼をジッと見ていた。


「なんで俺らが死なないといけないんだ?なんでお前らが上等な服着て俺がこんな生活しないといけないんだ?」


 段々とヒートアップする男に流石にアイリスも恐怖の色を浮かべ始めて嫌がる素振りを見せるが、それでも男は離そうとしてないかった。

 だからこれ以上はまずいと判断して僕は相手を怪我させてしまうかもしれないが、かなり力を込めてでその男の手をアイリスから引き離した。


「ごめんなさい」


 僕はそう男に向かって言うとアイリスの手を取った。あの場であの人が納得する言葉も用意できないし、あの人の人生を取り戻させることも僕には出来ない。

 だから逃げる様にアイリスの手を取って僕らは未だ人気の少ない大通りへと足音を響かせた。


「大丈夫!?」


 僕は右手にある暖かさを確認するように振り返った。するとやはり怖かったのかアイリスが暗い顔をしていたのだけど、それは僕の考えついた理由とは異なったようだった。


「おばさんみたいな人がいっぱいいるんだね」

「おばさん?」


 やはり最近のアイリスは何かおかしい気がする。元々口数は多くないけど悩み相談ぐらいなら聞くのだけど、本人が明らかそれを言いたがろうとしていない。


「私達がこれから戦うって事はあういう人を沢山作るって事でしょ?」


 少し顔を上げ僕を見て白い息を吐いたアイリスの言葉がやけに響いた気がする。

 僕がカーラの家族を殺して結果カーラは一人になってしまった事。盗賊の所から逃げて僕はカーラに対して、何も出来ていない事。そういう実体験からくる緊張のせいだったのかもしれない。


「でも生きるにはそれをするしかない。でもそれは家族の意志で別に私はそれをしたいわけでは無い」

「・・・・・なんかあったら聞くよ?」


 今の僕にはこれが限界だった。だってカーラをあんな境遇にした僕が偉そうに講釈を垂れる気にはなれなかったから。

 でもそんな僕の精一杯はアイリスにとっては必要じゃないのか、珍しく作り笑いをすると。


「ごめんちょっと変だったね私。天気悪いせいかな」


 そうアイリスは僕の右手から手を離して一人で歩き出してしまった。そして僕は数歩進んでしまった所からそんなアイリスを振り返った。


「無理はしないでね」

「うん」


 それだけ言葉を交わして僕らは数歩分の距離だけ開けて学校への帰り道を進んで行った。


ーーーーー


 そんなアイリスとの出来事があった次の日。座学の時間での教壇には二か月ぶりにヘレナさんの姿があった。僕はバレないよう妹であるアイリスの様子を伺うが、頬杖を突いてただ眠いのか目を細めているだけだった。


「じゃあ申し訳ないですが重要なお知らせがあるので、落ち着いて聞いてください」


 その言葉に僕はヘレナさんへと視線を戻した。だが教壇に立つヘレナさんの顔は明らか疲れ切っていて、見ているこっちが心配になる程だった。


「まずここ最近の戦況は知っての通り悪いです。もう既に帝国の三分の一は占領され主力は決戦に一度敗れ立て直しの真っ最中。そんな時貴方達にも白羽の矢が立ってしまいました」


 その言葉に教室内が一気にざわついた。それもそうで今の言い方だと失った戦力の穴埋めとして僕らが戦場へと出るように聞こえてしまうからだ。まだ教育課程の半分も済ませていないのにだ。


「ですが全員が全員ではありません」


 そうヘレナさんが教壇に手をついて一連の事情を話し出した。

 どうやら当初の予定では一回生全員を徴用する予定だったけど、成績優秀者のみを軍に登用して少尉としていきなり士官の任に就かされるらしい。そしてそれ以外は速成訓練後半年したら戦線投入と。戦場に出てすぐの新人に、他人の命を背負って戦わせるってだけでもかなり異様に感じてしまうが。


「で、こちら側でそのメンバーは選出してある。呼ばれた者の拒否権は無いし家の許可は取ってある」


 ヘレナさんが有無を言わせない雰囲気で上げだしたいくつかの名前の中には、ハインリヒ、アイリス、そして僕の名前があった。コンラートの成績で呼ばれて無いって事は家の許可が取れなかったって事だろうけど、ハインリヒは家督を継ぐはずなのになぜ軍人になるのを家が許可したのだろうか。

 

 そう思っている内にもヘレナさんの読み上げが続き。


「で、最後にラース君とライサさん。君達はデューリングさんの所にいてもらいます。士官では無く一兵卒としてですが」


 ヘレナさんが少しだけ申し訳なさそうに僕に視線をやって来ていた気がする。この感覚が本当なら多分上の指示でヘレナさんにはどうしようも出来なかったのかもしない。


「ですので呼ばれた生徒は追って配属先等の情報が届くので、それに従って動いてください。私からは以上です」


 淡々と告げてさっさと教室から出て行ってしまった。段々と戦争の影響を感じ始めてはいたけど、ここまで急に迫ってくるとは思ってもいなかった。

 

 そして少しの沈黙の後教官は何も無かったと言わんばかりに、日常を作り出すようにして座学を始めていったのだった。


ーーーーー


「少尉は会わないで良かったのですか?」


 わざわざ教室の外まで待機していたイリーナ少尉に私はそう問いかけた。どうやら様子を見に来たいらしいが、何か意地を張っているのかここまで来て顔すら見ないらしい。


「別に私はあんたの付き添いだからよ」

「仇を果たすまでは会わないでしたっけ?」


 確かそんな事を言って面会を拒絶していた記憶がある。いつ死ぬか分からない職業だから会っておけばいいのにと思うのだけど。


「そうだよ。ケジメだからよ」

「でも少尉同じ隊配属になったのでそのケジメ無理ですよ」

「・・・・は?」

「ちなみにアーレンス少佐も一緒に配属になりました」


 随分不満そうな顔をしているが辞令が出た以上私にもどうしようも出来ない。というか人事的には気を使って同じ隊にしたのだろうし。


「ま、そういう事で再開の挨拶でも考えておいてくださいね」


 私はショボショボする目を抑えながら次の仕事場へと行くため、歩を進めていったのだった。後ろからぶつくさ聞こえる足音を聞きながらも。


 まだまだというか今まで以上に私は頑張らないと、今まで死なせた部下への贖罪が出来ないらしかった。


 






 



 

明日の投稿はお休みします。申し訳ありません。

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