第百十二話 負け戦
目の前では平野一面で白い雪あ積り道と農地の違いすら分からなくなっていた。だが遠目にはその中を歩く集団が見え、そしてその豪雪の中放った偵察が帰ってきていた。
「数は?」
「おおよそ三千です。恐らくいつもの農兵中心の補給部隊です」
私は今戦争をしている。と言っても敵の本隊と戦う余力なんざないから、補給部隊や後詰を襲撃して嫌がらせをしているのだが。
「じゃあ三十分が経ったらまた森に撤退だ。それ以上の経戦はダメだ」
そして私の預かっている連隊の総員が二千百六十人でこの国の精鋭と言っても過言では無い。というか他にここまで充足している隊が無いからなのだが。
「じゃあ各大隊長に連絡を」
「了解です」
もう少将だから戦線に出ずに後方で机上演習をしてればいいのだが、うちの国はどうも人材不足が酷い。それに士官が足りない以上この連隊を動かすには、私も参加しなければ戦術行動が出来なくなってしまう。
だから私がこうやって陣頭指揮を取っているのだが・・・・。
「ッチ、多少の魔導士もいるか」
吹雪の中少しづつ近づき双眼鏡を覗くと、隊列の中心に明らか装備の違う奴らが見えた。敵軍の特徴で趣味悪く魔力量で服装やら階級が違うから分かりやすい。だから農兵はみすぼらしくてほとんど捨て駒運用をされているのだが。
しかしそれでも敵兵な事には変わりなくあの補給部隊を潰せば敵本隊が干上がる可能性が上がる。
そう私は静かに手を上げ進撃の合図を出した。幸い今も雪が降っており視界も悪く、伏せて進めば気付かれず接近できるはずだ。
「音立てるなよ。指示するまで攻撃は禁止だぞ」
私はしきりにそれを厳守させ腹に冷たい雪が沁みていくのを感じながらも、白い平野を這って行った。
相手も雪のせいで偵察をまともに出していないようで、すぐ近くで農兵の足音や息遣いが聞こえる距離まで来ていた。別動隊との連動は出来ないが私が攻撃をすればそれに合わせて動く手筈にはなっている。
だから私はこのタイミングで笛を吹いて攻撃の合図を出した。
そして手筈通り虎の子の魔導大隊が吶喊を初め、相手隊列の中央にいる魔導士たちへと向かって行った。そしてそのまま農兵相手に苦戦するはずも無く突破口を開いてくれたので、私は続いて声を張り上げた。
「次行け!!」
次に行かせるのは魔法は使えない兵士と魔導士の混成大隊だ。こいつらで突破口の維持と突っ込んだ魔導大隊の退路の維持だ。だがそんな指揮をしているとこれ以上私がここいにるのは、部下の中佐的には何ともならないらしく。
「お下がりください」
「あ、あぁ」
私は言われるままに大人しく十数メートルほど下がって護衛の下戦場を眺めていた。そして事前の手筈通り荷車には火を付けれたようで真っ白な銀世界の中、大きく火の手が上がっているのが見えた。
「後はあっちがやってくれれば」
私が直接指示は出来ないが反対側に伏せさせていた騎馬二個中隊の突撃待ちだ。相手は農兵でパイク兵も居ない上奇襲ならば騎馬突撃が失敗する理由もない。
「頼むぞ・・・・」
私は指揮官な以上これより前に進むことは出来ない。というかここでも出すぎなほどだが、あとは部下たちの奮戦次第だ。
そうして視界が悪い中待っている内にも、遠くから馬の嘶きが響いてきていて連動して仕掛けてくれたらしかった。
「少将。既に魔導大隊が敵の魔導士と戦闘を始めてますが、敵の援軍が・・・・」
二つの歩兵中隊に偵察をさせていたがもう来たのか。いつの間に伝令を送っているのかが未だに分からないが、やはり敵の情報伝達速度が以上だな。
「じゃあ魔導大隊を下げさせるぞ。混成大隊はもう少し粘らせろ」
「で、でもまだ戦闘が始まったばかりで恐らく敵の魔導士を削れては・・・」
「無理だ。補給部隊に固執して壊滅なんて出来ん」
こいつも中佐で経験を積んでいるから本来は色々考えがあるんだろうな。だがどうしても消耗戦になったら勝ち目はないから、出来るだけ引いて持久戦が出来るようにしないといけない。補給線をいじめ続け干上がるのを待ち、この冬の寒さで自滅するのを待ち続けるしかない。
そうして私の指示通りに戦場に陣太鼓の音が響き渡っていった。
「パイク兵用意ーッ!!」
横を通り抜け森へと撤退する魔導大隊を横目に追撃対策としてパイク兵を前に出したのだが。
「追撃は無しか」
農兵ばかりで緻密な戦略行動が出来ないのかはたまた作戦なのか。私にとってはどちらでもいいが撤退を優先する以上、殿のパイク兵と歩兵中隊と共に距離をひどく飢えた見た目の農兵たちと取って行った。
「騎馬中隊はどうだ?」
「まだ伝令は来てないです」
「そうか」
靴に染みる雪が冷たい。かなり防寒装備のはずだがこれは永遠に戦い続けるのは自滅行為だな。
そう私が眺めるのは雪でも見えずらくなっていたこちらを警戒する敵の農兵の列だった。明らかに自前の装備であろう服に素手で掴む農機具。それと対照的に高級そうな外套を纏った魔導士連中の差が酷く印象に残った。
「人を人としても思っていないのか」
あれが敵の普通だ。魔力が無ければ人として扱われない。あんな奴らが帝国を支配しようものなら大勢の人死にが出てしまう。だから全力で抵抗しないといけないが、相手が大きすぎてその光明が見えない。
そう恨み言を想いながらも一歩ずつ下がっていき、当初の撤退ラインの森の内部まで戻って行った。どうやら援軍が来たらしいがそちらも農兵なようで、追撃はしてこないようだった。
「魔導大隊から休養をしろ。すまないが歩兵中隊は警戒と偵察を頼む」
魔導士が居ないとどんな戦争だって勝てない。魔導士相手に一般兵が正面から勝つには五人は確実に要する為、魔導士には魔導士を当てないと勝ちようがない。だから相手の魔導士の数が一桁違うから苦戦を強いられているのだが。
そうして私は各隊に指示を出しつつ騎馬中隊の帰りを待っていると、やっと深い雪を蹴る馬の足音が聞こえてきた。そして正面には相変わらず傷も無く快活に笑う中隊長の顔があった。
「どうだった?」
「やっぱ訓練受けてませんね。あそこまで防御態勢を取られないとなると逆にやりずらいっすよ」
反対側でも同じような感じらしかった。これまで数回同じように襲撃したがどれも同じ結果だったが、やはり捨て駒程度の運用らしい。
するとその結果でらしく調子に乗ったのか中隊長が赤く濡れた剣から、血を払うように振り払った。
「で、いつ本隊と戦うんすか?この感じなら俺らだけでも勝てますよ」
「落ち着け。既に本国の軍が負けている以上相手するだけ無駄だ」
領内に攻めてきた敵の本隊は一万だった。だが中身が殆ど魔導士であってどうやっても勝つには難しい敵だった。だがそれを知らずに本国の決定で決戦が行われ惨敗してしまった。これで大勢の魔導士と訓練された歩兵が死んでしまった。ただでさえ長年の戦争で数が減っていたのにだ。
そう思うと一つぐらい叶わない望みが出てきてしまう。
「歩兵だけでも十万あれば勝てるんだがなぁ」
「じゃあ敵に五年は待ってもらわないとっすね!」
そういつも能天気に笑う中隊長を見送りつつもこれからの展開を考えていた。
うちの国であとまともに動けるのは、各領主の私兵と帝都の守備隊。それに私の指揮下の連隊ぐらいだ。恐らく全部集めても訓練済みの五万に届くかどうかだろう。だが各領主に領地の防衛を捨てて貰って集権的に運用するのは不可能に近い。
だから実質的に動かせるのは二万程だろうか。
「農兵の徴用が間に合うか・・・・」
正直魔導士相手にぶつけるだけ無駄だとは思うが、本国的には籠城戦か弾避けならばある程度は役に立つかもしれないとのことだ。だがただの数合わせで敵の本隊には全く歯は立たないであろう。
そんな私の思考に介入するかのように、各隊の調整を済ませてきた中佐が白い息を吐いた。
「他の講和手段を探らないとですね」
「・・・・だが相手はエルシアの擁立をしている以上、今の帝国の指導者層は受け入れないだろうな」
私がもっと早くあいつらを粛清できていれば変わったかもしれない。だが今そんな恨み言を言っている訳には行かないから私は出来る事をするしかない。
「ならばエルシアを殺すしか無いか。それでやっと講和のテーブルが用意出来るぐらいだが」
「ですが居場所すら分かりませんよ?それにこんな戦況だと先に帝都が・・・・」
「帝都は持ってもらうしかない。その為に士官学校の卒業時期を前倒しさせたんだからな」
それに問題はあの農兵だ。今みたいに三千とかの量ならまだ何とかならんでも無いが、おおよそ八万以上はいるらしく各地の農地を荒らして占領政策を担っているらしい。これでは勝ってもその土地が使い物にならなくなってしまう。
「本国からの連絡はあったか?」
「・・・・いえ」
一週間前の連絡だと敵本隊はここより帝都側に十数キロの都市で、市民の選別作業をしているらしい。
それが何か考えたくもないが帝国の民は恐らく、あの農兵よりもひどい扱いを受けているのは想像に容易い。
「とりあえず私らはやれる事をやるしかないか」
「そのみたいですね」
補給線の攻撃だって効いてはいるはずだ。だがその分我が帝国の都市を略奪しているのかと思うと、その意味を見失いそうにはなるが。でもそれでも正面から戦って勝てない以上こういう事を地道にやるしかない。
「ではとりあえず本国に追加の毛布の催促をしておけ」
「了解です」
これまで何度か戦争は経験してきたが、今回こそこの国の底が見えてきた気がする。だがこんな沈む国も一度は仕えると決めた国だ。何をしてでもこの国の人間が笑っていられるよう私が頑張らなければ。
そう私は外套を深く羽織って暗い森の中へと戻って行った。
これはまだ戦争が始まって三週間経った雪の日の事だった。
ーーーーーー
「ですので貴官にはその隊の指揮官をお願いしたく。今の所は既存の一般兵も合わせた混成中隊になる予定です」
戦争が始まって一か月、私達はエルシア様の捜索任務に就いていたが、風聞通り戦線の状況が悪いらしく私達にも新たな指令が来ていた。内容としては士官不足に対応するために一回生も徴用しようという話で、その指揮官として私に白羽の矢が立ったとのことだ。
「学生って前に二回生を徴用したばかりじゃないですか。一回生なんてまだ一年も訓練してないんですよ?」
そう流石に学生を戦線に立たせるわけにはいかない。このままでは士官候補すら居なくなってまともな軍隊維持すら出来なくなってしまう。
そう私が仏頂面の士官に対して食い下がろうとするが、その士官は決まった事だと意見を変えるつもりは無いらしく。
「負けたらそれまでです。使える物は使わないとですよ」
「そんなの言ったって無駄死にですよ!?」
そもそも二年の訓練ってのも短すぎるんだ。魔法の訓練なんてそんな期間で出来る訳も無いし、実際まともに治癒魔法も出来ないのに戦線に出ている士官だっているぐらいだ。
だが目の前の士官は何か見透かしたように私を見下して来た。
「それは貴官の妹君が一回生だからですか?」
「え、い、いえそんなことは・・・・っ」
それ以上私の言葉が続くことなく強く否定することが出来なかった。でもそれで私の了承を得れたと感じたらしく、目の前の士官は敬礼をしてしまっていた。
「ではそう言う事で。追って辞令が来ると思いますので」
そうあっさりとその士官は去って行ってしまった。どうやら結局私に拒否権は無いらしく決定事項なようだった。
すると扉の前で落とした私の肩をイリーナ少尉が叩いた。
「おい大丈夫か?」
「え、えぇ大丈夫ですから。業務に戻ってください」
私はそう言ってイリーナ少尉の手を振り払った。決まった事でこれ以上無駄に心配させてしまう訳にはいかない。でもイリーナ少尉には無駄に心配されてしまってるのか、自分の席へと戻ろうとする私を不安げに見てきていた。
「あんま無理すんなよ」
「・・・分かってますよ」
そう私が席に座るがついため息が出そうになってしまう。どんどんと私というかこの国の取り巻く環境が悪くなっているように感じ、この先がどうにも見えなくなってしまう。いっその事降伏すればと思うが、相手の国があれじゃ無ければ・・・。
すると私の机に違う足音が近づいて来た。
「まぁ流石に学生をすぐ前線には送らないでしょうから。その間に訓練するしかありませんよ」
そうアーレンス少佐が書類と共に机の上に置いて来た。だからそ私はその皺のある顔を見上げて行った。
「手伝ってもらってもいいですか?流石に中隊を一人では・・・・」
「上官の命令ですからね。従う他ありませんよ」
そう珍しくアーレンス少佐が笑って自分の席へと戻って行った。ここ最近は会話をしてくれるようになったけど、案外気の良い人なのかもしれないと思い始めている。
「・・・やるか」
私はとにかく自分のやれる範囲でやれる事をやろう。そう無理やり決意を新たにして机に向かって行ったのだった。
明日も投稿が遅くなります!すみません!




