百十一話 見えない先
遅れました!すみません!
私はラインフルトでフェリクスとの会話を終えると、そのまま連れられるようにして馬車に乗せられていた。
相も変わらず事情説明もされずこれからどこに行くのかも何をするのかも分からない。でも隣のラウラは寝息を立てて私の肩に頭を預けているし、正面のカーラはずっと剣を眺めてジッとしていた。
「で、どこ行くの?」
そして私達を連れて馬車を運転するクソジジイに視線を向けた。今日は何かしていたのか黒い正装にハット帽子とかいう似合って無い服装をしていた。そんなハット帽を片手で抑えたクソジジイが、振り返って聞こえるよう大声で言った。
「先方が待ちきれないらしくてねぇ~」
答えになってない返答だったけど詳しく言うつもりが無いって事らしい。まあいつもの事だし結局私はお飾りだから知った所ではあるのだけど。
「君はいつも通り黙ってそこにいてくれればいいから」
そうクソジジイは言うと私から視線を外して正面を向いてしまった。やっぱり私は変わらず何もする事が無いらしい。
「まぁいいか」
あいつが変な事言うから少しだけ長生きしているに過ぎないし、そこに腹を立てる意味もない。別に私は後ろから眺めて、あいつがどうやってこのクソジジイを殺すかを見て次の人生を迎えれればそれでいい。
そんな事を考えていると眠くなってきた私は腕を組んで寝る態勢に入ろうとしたのだが、それを妨害するように急にカーラが口を開いた。
「フェリクスの奴はどうだった?」
その言葉に私は再び瞼を開けてカーラを見るが、相変わらず顔が険しいと言うか暗いと言うか、見ているだけでこっちが嫌な気分になりそうだった。
「別に変わんないよ。ずっと同じ」
まぁそりゃ私と一緒で人生やり直してるなら、ガキの頃から大して精神が成長する訳無いしな。でもカーラはそんな事を聞きたくないんだろうなと思っていると、やっぱりと言った感じだった。
「お姉ちゃんとかパパの事どうせ忘れてるでしょ」
どこまでも恨みベースの思考になってしまってるらしい。まぁ子供の頃に家族殺されたらそうなっても仕方ないのかもしれないか。エマちゃんに関しては私もあの時取り乱したけど、一回死なせると割とどうでも良くなってて、自分の中での死の感覚が希薄になっている気がする。
「特に話してない。それに忘れてる事はないでしょ」
実際あいつエマちゃん殺す時すげぇ泣きわめいてたし。あれでこんな小さな女の子に殺意向けられるのもちょっと可哀そうには思えてしまう。
「でもあいつ一回も謝って来てない」
「それ私に言われても・・・・」
私も面倒くさそうだから謝ればいいとは思ってたけど、あいつがどんな意図で意地を張っていたのかなんて知らない。まぁそう考えると今のカーラちゃんはあいつの自業自得とも言えるのか。
「パパとお姉ちゃんをあんな殺し方したくせに・・・・」
「・・・ん?なんか変だっけ?」
特段変な殺し方じゃ無かった気がするが。あえて言えば力が無くて一発で首を落とせてなかったぐらいだけど、それも子供の力じゃ当たり前だしな。
でも私の記憶とカーラは何か齟齬があるようで受けとった印象が違いがある様だった。そんなカーラは髪を掻きむしる様に頭を抱え込んでいた、絞り出すように声を発した。
「何度も何度も痛がってるのに首を切って・・・お姉ちゃんもパパも絶対苦しくて、、、、、」
「へぇ」
単純に視点の違いだろうか。あいつを悪役として見てるからそっちには同情が行かず、ただ家族の最期を想っているだけ。まぁ言われて見れば、家族を殺されるってなったら処刑人の心情なんて考えもしないか。
これは分かり合うには相当難しいだろうな。
「ま、私には関係無いし」
「・・・・なんか言った?」
乱れた前髪から私を見上げるそのギラついた眼は、十歳やそこらの遊び盛りの女の子がして良い眼では無かった。いつもはあんなにオドオドした子が世界線が違うだけでここまで変わってしまうのか。
「なんでも。あと寝るからあんまり騒がないでね」
私はこれで会話は終わりだと一方的に告げる様に、瞼を閉じて外界の情報から自身を閉ざした。そしてカーラもそれ以上は良いのか黙ってくれて、再び馬車の中は車輪の音との蹄の音だけが響いていた。
こうやって目を瞑って落ち着くと偶に思ってしまう。
このまま次は目が覚めなければいいのになと。もういい加減疲れたというか何も楽しくない。
皆いつも同じような会話と行動を繰り返して私は定型文を機械的に返すだけ。そして一度失敗したらまた十数年をやり直してそれを繰り返す。最初の頃の薄くなった想いを無理やり思い起こして頑張ってるけど、いつ糸が切れたってもおかしくない。
でも逃げた所でまた私はあの家から始まる人生を繰り返すことになる。逃げたくても逃げれない、だからやるしかないけど私の最期は未だに見えない。その上私にとって心の砦だったフェリクスもエマちゃんも居ないとなると、ギリギリ残っていた感情すら手放してしまいそうになる。
そんな瞼裏の暗闇が永遠に続けばいいなんて思いながら私の意識は落ちていったのだった。
ーーーーーー
そして私達の馬車の旅は三日ほどで車輪の転がる音が鎚から石に変わり、私が車窓のカーテンの隙間から見たのは見覚えのある街だった。
「ここって・・・」
確か冒険者やってたフェリクスとイリーナに会った街だっけか。と言ってもフェリクスの奴は意識無かったけども。それにもう国境を跨いでるって事はかなり急いで馬車を飛ばしているのが分かった。
「あと一週間弱ぐらいだけどまだ顔出さないでねぇ~」
そうクソジジイに注意されてカーテンを閉じるが、それをすると日光が遮られて暗くなって眠くなる。
それに四人乗りとは言え三人いると空気も悪くて気持ち悪い。
「どこ向かってるの?」
私は少し前に投げかけた質問と同じ物をクソジジイに投げかけた。あと一日二日って事はそこまで遠くないだろうけど、この辺りの国の事情はあまり知らないから一応聞いておきたい。
「実はこの街はまだだけどこの国の首都は占領されててねぇ。そこの占領者さんとの話し合いするから元首都に向かってるんだよ」
またこの辺で戦争をしているらしかった。でも話を聞くに、わざわざ私に伏せる理由があったのかとは思うが、このクソジジイに理由を求めるだけ無駄か。
「てかその占領してる国ってなに?」
いつも南の国とか抽象的な名前しか聞かなくて、ただ単に魔力至上主義みたいな宗教連中ってイメージしかない。この感じなら答えてもらえるかと思って聞いたのだが。
「あぁ~いやなんて言ってたっけなぁ」
答える気が無いのか本当に覚えてないのか珍しくクソジジイの歯切れが悪かった。でも一応は知っているって事はちゃんと名前はあるのか。
「ま、後で聞いとくから~」
そんな明らかに果たされそうにない言葉を言ってクソジジイとの会話が終わってしまった。そしてまた馬車内はガラガラとした車輪の転がる音だけが響いていた。
でもそんな中私の袖を引っ張る感覚に気付いて目をやると、ラウラが涙目で私を見上げていた。
「・・・といれ」
「は」
他国とは言え不要に馬車外へと出る訳には行かない。でもこんな密閉空間で漏らされたらたまったものではない。だから私としてはクソジジイに対応を任せたいのだが。
「あと三十分は街から出れないから我慢して~」
そんな事を言うだけで交渉の余地は無さそうだった。カーラは興味無さそうに天井を見上げてるし、私がこいつの世話をしないといけないらしかった。
「我慢出来そう?」
私が聞くとラウラは首を横に何度も降っていた。
あぁもう面倒くさいなと思いつつため息をついてラウラの左肩に手を置いた。
「深呼吸して~今日の夕飯の事考えて~」
割と尿意は我慢できる物だ。それが子供でもそうなのかは分からないが、私が野犬に追われた時はそれで数時間我慢した事もある。
「・・・・・・」
でも既にある程度我慢していたのかラウラの体を縮こまって震えてしまっていた。だから私はもう我慢させるのを諦めてタオルを取り出した。
「最悪これ下に入れといて。出たら後で捨てとくから」
漏らされるよりかはこれに吸って貰った方が幾分か処理はましだ。ラウラとしてはかなり嫌だろうけど私だって他人の下の世話なんてしたくない。
でもラウラはそれでも良いのか私からタオルを受け取っていた。
「・・・・じゃ、済んだら言って」
なんでこんな子守をしないといけないんだと思いつつ、私は天井を仰いだ。正直忙しくないと色々考えてしまうから嫌なのだが、最近は嫌に待ち時間が多くて病みそうになる。
そうして私は隣のラウラの様子を窺いつつ馬車に揺られていった。
これが三日の前の事で予想以上にクソジジイが飛ばしたのか、私達はその元首都とやらに到着していた。だが今度はクソジジイが門番と何か話していたかと思うと、城門で変な事が起こった。
「なんかこれ付けさせろってさ」
そうクソジジイが門番から受け取ったのか、小さな木の札が付いた首掛けをラウラに掛けていた。その木の札に書いてある事を読むと。
「三等臣民・・・」
「ちなみに君ら二人は規定以上魔力あるから一等臣民らしいよ」
どうやら予想以上にヤバそうな国である事は分かった。まぁどの世界でも毎回毎回戦争起こしてる国だし、今もこの街を占領してるし見れば分かるって感じだが。
「じゃあ服だけ着替えといて。すぐに会談だから」
「はいはい」
動き出した馬車の中私はラウラの着替えを手伝いながら、いつもの歩きづらくて着心地の悪いドレスと靴を身にまとった。カーラの方は自分で着れるのか大丈夫そうだったけど、ラウラはいい加減自分で出来るようになって欲しい。
そしてしばらくして私たちの馬車の車輪の音が止まると、そのまま扉が外から開けられ大きな建物が目に入った。
「冒険者ギルド・・・」
王城の様な物を想像していたけど違ったらしい。それとも王城で行えないような非公式の会談なのかもしれないが。
そんな事を考えながら建物を眺めていると、馬車の扉を開けたクソジジイがカーラを下ろさせていた。
するとそのタイミングでそのギルドの大きな扉が開けられた。
「お待ちしてました。さ、どうぞ」
暗めの茶髪をした女の人が私達を出迎えていた。見た目的には受付嬢っぽいけど顔に笑顔が無く、徴用されて働かせられてるのだろうか。
そうやって考えていた私の背中をまた黒い正装になっていたクソジジイが押した。
「ほらいくよ~」
「触んないで」
私はクソジジイの手を振り払ってギルド内に入っていくけど、依頼の張ってあったのであろう板では紙の切れ端が残ってるだけで何も情報を掲示出来てなかった。それに併設されているであろう酒場もガランとしててどこか哀愁を漂わせていた。
「では二階でお待ちですので。あ、あと札持ちの人は私の方で預かってます」
そう不安そうに私を何度も見てくるラウラを女の人は手を引いて連れて行ってくれた。別に心配とかではないが、札持ちって言い方がどうも嫌な感じがして不愉快だった。
でもそんな内にも次の案内人なのか老人が出てきて、私達を先導するように歩き出した。
「じゃ私が引き継ぎますね」
その時チラッと受付の中が見えたがやはりギルドの職員をそのまま使っているらしい。そんな中で会談なんてしても良いのかと思うが、他国の事情なんて知った事では無いか。
そして少し埃臭いギルド内を私たちの足音が響き続け、どうやら会談の会場らしき会議場前の扉へと案内された。
「では私はこれまでですので」
そう老人が言って扉を開けて私たちはその会議室へと入れられた。だがそこにいたのは、広い会議室を一人で占有していたのかその若い男だけだった。
「やっ!待ってたよ!」
嫌に好青年って感じの男だった。でも肩幅や腕の筋肉と傷からしても戦闘経験者な事は確かで、そのやけにいい服とのミスマッチ感もあって気味が悪かった。
でもそんな男とも知り合いなのかクソジジイはやけに馴れ馴れしく話しかけた。
「いやいや待たせちゃってごめんねぇ~」
「いえ私共が急がせてしまったのでとんでもない」
クソジジイとの儀礼的な会話を聞きつつ私は男の正面へと座ると、早速男は立ちあがって挨拶をしてきた。
「お初にお目にかかります。私の名前はアウグストって言います。産まれがあれなんで苗字は無いんですけど名前は後から改名しました。でもこの名前は元老院から許諾を頂いたので正統なものですよ」
名前にコンプレックスでもあるのか言い訳するように長々と言っていたが、私も黙っている訳には行かず立ち上がって儀礼的にお辞儀をした。そしてそんな私を紹介するようにクソジジイが言った。
「まぁこの髪色と魔力量で分かると思うけど本物ね。で、君がその南の国?のリーダーで良いのかな?」
正直私の本当の苗字とかも知らないから知れるかもと思ったけど、随分雑に自己紹介を済まされてしまった。というかこの言い方だと初対面であんな感じで接していたのは相変わらずって感じだな。
「えぇそうです。知ってると思いますが傭兵上がりなもんで失礼したら申し訳ないっす」
何も隠す様子も無くやけに腰を低くして自信をアウグストと名乗った男は言っていた。この感じであんな差別政策してるのはどういう理由なのだろうか。
「あ、あとうちの国の名前なんすけど一応大帝国の後継って事なんでそのままで良いっすよ。私は元老院に指名された帝国の保護者なだけっすから」
やけにさっきから自分の正当性を語ってくるが、どういう意図なのだろうか。それになんか私の知らない情報が多くて少し混乱もしてしまう。
でも私は余計な事を言ってややこしくしたくないと沈黙を続けるが、クソジジイは敬語も使わずそのまま本題へと入っていくようだった。
「で、もう始めちゃうの?戦争?」
「えぇ。ロタール卿が居なくなったので機会かと。もう既にこの国は占領出来ましたしそのままレーゲンス帝国領内に進むだけです」
まだまだ戦争は続いて行くらしい。これもクソジジイの計画通りなのだろうか。
そう私が呆れたように視線をやるが、珍しく思い通りな展開では無いのかクソジジイは食い下がっていた。
「でも冬だよ?良いの?」
「かの国はそもそも内部から崩壊しかけていたしね。その上で南の抑えのロタール卿が居なくなったならば容易く落ちるでしょう」
「でもそんな急がなくても良くない?損害は少ない方が良いでしょ~」
そうクソジジイが言った時ずっと薄ら笑いを浮かべていたアウグストの表情が、太陽が雲に隠れたせいか暗くなった気がした。
「何か不満でも?」
「いやぁこっちの段取りもあるからさぁ。一言言って欲しかったなって~」
でも私の気のせいだったのかすぐにアウグストの表情は戻るとやけに明るい声に戻った。
「あぁ!そう言う事でしたか!!すみません配慮が足らなくて!!」
「あ、いや・・・はぁ」
なんかこうやって押されているクソジジイを見ると少し面白いな。いつも自分勝手に周りを振り回しているからだ、いい気味。でもアウグストって奴も多分あんまり話が通じないタイプなんだろうな。
「で!とりあえず先遣隊で精鋭の一等臣民一万は既に国境を越えさせました!あと三等臣民中心の十万の兵で引き潰すので万が一にでも負けは無いっす!その後エルシア様は堂々と王宮へと登壇してもらえれば!」
確かクソジジイ的には戦争を長引かせてフェリクスと最終決戦をしたいんだっけか。今のアウグストの言葉を聞くとどうもレーゲンス帝国の完敗になりそうに思えるのだが。
でもクソジジイ的には何かあるのか少しだけ語気を強くしていた。
「・・・・分かったよ。色々気遣いありがたいけどこっちの動きはこっちで決めるよ」
「あら?そうでしたか?まぁ別に貴方が居た方が占領に便利なだけなので何でも良いですが」
身も蓋も無い事を言われたが失礼はお互い様か。というかずっと私は蚊帳の外でカーラに至っては一言も発していない。まぁ元々話す気は無かったから良いのだが。
でもアウグストは最後にと言わんばか立ち上がって私の元まで歩み寄ってきた。
「ですができれば帝位を私に授けてくれれば嬉しいですね。実は色んな王冠集めるの好きなんすよ」
私はどう返答したものかとチラッとクソジジイの方を見るが好きにしろと言った感じらしく、あまり興味を抱いて無さそうだった。
ならば勝手に言わせて貰うとわざとらしく声を和らげて作り笑いを浮かべた。
「成功した暁には是非とも」
どうせ終わった世界だしと私は果たすつもりのない約束をそう返事した。するとそれでかなり満足したらしくアウグストは満面の笑みを浮かべ私の手を握った。
「いやぁ!器の大きい方だ!貴方の地位も私がしっかり保護させていただきます!」
そう言ってアウグストは要件を終えたと言わんばかりに、さっさと会議室の扉を開けて出て行ってしまった。多分あの笑顔は私が嫌いなタイプの人種かもしれない。
そう閉じられた扉を見ていると、クソジジイが少しイラついた口調で言った。
「じゃあちょっと忙しくなるから」
すると私の予想は会ってたのか、そのまま急いで私たちを連れてどこかに行くようでクソジジイは雑に扉を開けた。いつもは予想外の事が怒って欲しいとかいう癖に、実際に起こったらで不機嫌になるとか面倒くさい奴だな。
そう思いながら私はゆっくりと席を立った。前邪魔で少し切った髪の感覚にまだ慣れない。
「・・・・・なんかめんど」
私はこれから何が起こるのか分からないそんな現状に、ため息をつきながらも歩きずらい靴と服を纏って扉を跨いだ。
これで六章は終わりです!
いつものことながら読んでくださってる皆様に感謝を!ありがとうございます!!!
そしてこれからですが、登場人物が増えてきたので今更ですが一覧に纏めたのを明日投稿します。作中で書いた情報を抜き出すので、紹介漏れや情報が足りなかったりしたら申し訳ないです。あと次話も明日投稿するつもりですが、その作業で投稿時間が遅れてしまうかもしれないです。その際はご了承していただけるとありがたいです。
では!次話以降も面白いと思っていただけるよう頑張るので、ぜひ読んでいただけるとありがたいです!




