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全ての想いを君に  作者: ねこのけ
第六章
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第百九話 家族


 年も明けて新年を迎え、まだ日の出の気配すらしない朝とも呼べない朝の時間。

 本来ならまだ温かいベットで寝ているか起きてても家族と一緒に居る時間。でもそんな中僕は紫色の空の下一人ランニングをしていた。


「あと十週」


 吐いた言葉と一緒に白い息が空に上がっていく。その失った分の空気を取り込もうと肺を広げるけど、凍えるような空気がチクリと肺を痛めていた。

 

 そうやってしばらく大雨で出来なかったランニングしていると、宿舎前に僕と同じように走るのかストレッチをしている人影が見えた。

 

 その人影へと近づくと昨日一緒に夕飯を作ったライサの様で、明らか眠そうな顔をしていた。


「おはようライサ。朝早いね」

「・・・ん?あっおはよ」


 昨日はなんだかんだ遅くまで四人で話してたから睡眠不足なのだろう。今でも目がショボショボしていて呂律が回っていないようだった。


「一緒に走る?」

「うんはしる」

 

 僕も少し眠いなと欠伸をしてライサのストレッチを待ちながら、僕は士官学校の敷地外の景色を眺めていた。昨日は大雨で夜は殆ど人通りも見えなかったけど、今日はまだ暗いと言うのに新年を祝うかのように人の騒ぐ声が遠くからいくつも聞こえてくる。


「なんか年を跨ぐ前と後だと空気感違うよね」

「う~ん?そうかな?」


 僕のこの感覚はライサにはあまり分かって貰えないようだけど、これは前世の時から感じていた物だと思う。

 どこか新年の朝と大晦日の朝は空気感が違って、その差が少しだけ好きだったのを覚えている。まぁただ新年はお雑煮食べて駅伝を見ていたから、そう感じるのかもしれないけれど。


「よし。いいよいける」

「うん、じゃあ行こうか」


 僕は薄れかかった懐かしい記憶を大事にしまい直して、ストレッチを終えたライサと並走をし始めた。

 今となりを走るライサはここ一か月毎日のようにランニングしていて、今では少しペースは遅い物の皆と同じ距離を走り切れるようにはなっている。そういう努力が出来るのはライサの良い所だと思う。


「いまなにかんがえてるの~?」


 そう心の声が聞こえるライサが僕に聞いて来た。まぁ聞こえると言っても、僕の心の声の意味が分からないらしい。恐らく僕の思考が日本語だから分からないんだろうけど、声自体は聞こえるからこうやって気になったのか聞いてくる事が良くある。


「ん~ライサが訓練頑張ってて偉いなーって」

「でしょ~もっと褒めて〜」


 段々目が覚めてきたのか上機嫌になったらしく、ライサは走りながら鼻歌を歌いだしていた。

 こんなライサを見ると、盗賊の所にいた時に比べて最近はかなり楽しそうに笑っていてくれて嬉しい。

 それにもう一人のラースも友達出来てるっぽいしで、僕としても一安心だ。


「そういえばラースとはどうなの?上手くいってる?」


 ふと思いして聞いたが、異性で同室相手だと色々気まずそうに思えるがどうなのだろうか。一緒に行動しているのは見るが、会話をしている所をあまり見た記憶がなかったから少し心配だ。


「ん〜別に仲悪いわけじゃ無いけど、わざわざ話す事も無いし〜」

「なるほどねぇ〜」


 まぁ喧嘩していないようなら良いか。昔はかなり犬猿の中だったけど、二人とも大人になったって事か。・・・・・・いやライサはそんな事もないか。昨日もアイリスと喧嘩してたし、ラースが我慢してそうな気がする。

 

 そんな僕の想っている事が伝わってしまっていたのか、ライサが口を尖らせて癖っ毛を揺らしながら僕を見てきた。


「今失礼な事思ったでしょ」

「い、いやぁ?」

「ふーん」


 確か昔もこんな風に言われた事あったのを思い出す。やっぱり日本語分からなくても、心の声自体は聞こえるからニュアンスで分かったりしてしまうのだろうか。


 と、そんな会話を挟みつつも僕らは一時間程走っていると、本来いつもの早朝ランニングが始まる時間に鳴る鐘の音が聞こえてきた。流石に年末年始はそれも休みだから、鐘の音が空ぶるだけでグラウンドに誰一人集まっていないようだが。


「そーいやフェリクスは今日何するの~?」

「まぁトレーニングかな。年始で空いてるだろうから設備使いやすいしね」


 あのクソジジイに勝つために色々準備はいると思うけど、まず僕の素の戦闘力を上げないとどうしようも出来ない。まずは出来る事を地道にコツコツと頑張らないと。


 すると僕の答えを聞いたラ歳は、最近トレーニングを頑張っている事もあってかやる気らしく。


「じゃあ私も一緒にやる~」

「ならラースとかアイリスも誘うか」

「えぇ~二人で良くない~?」


 やっぱりアイリスとは一緒に居たくないのか、ライサは不満そうに頬を膨らませていた。でもせっかくだしとアイリスを説得していると、丁度宿舎前を僕らは通りかかった。

 するとそこにはまた誰かが外に出てきているのが見えた。少しずつ空が水色に近づく中、見える人影の近くまで寄ると、あちらも気付いたのか僕らに視線をやっていた。


「噂をすればだね」

「ん?何のこと?」


 不思議そうに足を止めた僕らを見るのはアイリスの様だった。僕らは運動して暑くも感じるけど、やはり寒いのか厚手のベージュのコートを着ているようだった。


「何か用事?」


 アイリスの服装が訓練服じゃないって事は恐らく外の用事なのは察しがついていたが、こんな朝から外出なんて珍しかった。


「ちょっと実家に顔出してくる。だからちょっと憂鬱」


 その負の感情からか寒さからかアイリスは、コートのポケットに手を突っ込み身震いをしていた。でも実際グレーのマフラーもしているからかなり冷え性なのだろうな。


「ヘレナさんとかは来るの?」

 

 そうなんとなく興味本位で聞いたけど、まだ仲が悪いままなようでアイリスの機嫌を悪くしてしまったらしく、口調がぶっきらぼうになってしまったていた。


「どうせ来ないでしょ。仕事とかって言って」


 薄暗い空を見上げてアイリスは白いため息を吐いていた。でも僕にはどこかそれが寂しそうに見えたけど、すぐにアイリスはいつもの仏頂面で視線を戻すと歩き出した。


「じゃあ訓練頑張って」

「あ、うん。アイリスも頑張って」


 そうしてアイリスを見送った後ずっと黙っていたライサが、不思議そうに理解出来ないように首を傾げていた。


「・・・・・・家族ってどんなの?」

「それは・・・・難しい質問だね」


 アイリスの家庭環境はあまり良さそうに見えないから、あのアイリスの雰囲気からか心の声からかライサは気になったんだろうな。ライサは家族の事覚えていないらしいから、余計に気になっているだけなのかもしれないけど。


 そうしてどう答えたものかと考えだしていた。なんとなくこれはちゃんと答えた方が良い気がしたから。

 僕にとっての家族は信頼できるて大事な人達だって胸を張って言える。だけど世の中にはそんな家族では無い人だって大勢いるのも事実だ。それこそライサだって産まれたら言い方は悪いけど捨てられたって事になる。それは事情はどうであれあまりいい親では無いと言えるからな。

 

 そう僕がうんうんと唸って考えていると、ライサは後ろで腕を組んで僕の正面から笑顔で見上げてきた。


「そーんなに色々考えないで良いよ!別にただ気になっただけだからっ!」


 そしてそう言ったライサはそのまま僕に背を向けてランニングを再開しようとしていた。

 でも僕はその背中に向かって言った。


「ライサは家族欲しいと思った事あるの?」


 僕が呼びかけたライサは後ろで手を組んだまま振り返る事無くただ歩き続けていた。でも悩むように空を仰ぐとその足を止めた。


「ん~分かんないっ!!・・・・・・でもっ!!!」


 そして言葉を溜めたライサは再び振り返って満面の笑みで僕を見た。


「ずっと一人は寂しいかなっ!」


 そう言ったライサはすぐに僕から顔を逸らすと、先を急ぐようにランニングを再開してしまった。 

 僕はそんなライサの行動を不思議に思いつつも、その背中を追って朝のランニングを続けていったのだった。


ーーーーーー


「あ、ここ記入漏れです」


 私はフェリクス達と別れた後事務局で外出届を書いていた。まだ朝早い中事務局が開く時間に来たけど、いつものように笑顔で対応してくれててプロ精神を感じる。


「すみません。これお願いします」

「は~い。じゃあ受理したので今晩までにまたここに来てくださいね~」


 そうして私は事務局を後にし、再び寒空の元へと出るともうフェリクスの姿は見えなかった。

 私は少し寂しく感じつつも口元を隠すようにマフラーの位置をずらすと、そのまま校門を抜け少し騒がしい街中へと足を踏み出した。


「・・・姉さんの匂い」


 偶に姉さんが使わなくなったのか、甲斐甲斐しく衣服を送ってくれる。別に要らないって言ってるけど、せっかくあるなら勿体ないから着てやってるだけだけど。

 

「酒くっさ」


 でもそのマフラーでは防げない程、新年ではしゃいだ道端の大人達の酒の匂いが充満していた。それが多少程度の差があれ大勢いるから酷い物だった。

 そう私が人を避けながら道を進んでいると段々と実家が近付いてきた。でもその実家の前には、いつか見覚えのある老婆の姿が私の視界に入った。


「あ、おはようございます」

「・・・・・・」


 それは姉さんの死なせた部下の母親だった。見ない内に随分老けた気がするけど、まだ私たちを恨んでいるのは、その恨みの籠った視線で良く分かった。


「すみません通ります・・・」


 私はその老婆の視線をかくぐる様に姿勢を低くし、実家の玄関の戸へと向かった。その間老婆は私を睨むだけで何も言わず、ただそこにいるだけで余計に不気味さを感じていた。

 でも結局その老婆は最後まで何もすることなく、私は家の敷居を跨いだ。


「・・・・・ただいま」


 一応儀礼的に言ったがやはり返ってくることは無い。まぁどうせ母さんは自室で寝込んでるし、クソ親父はそんな事を期待するだけ無駄な人間なのは分かり切っていた。

 そう玄関に姉さんの靴が無い事を確認しつつ私は家の中へと入っていくが、クソ親父は小さな庭で鍛錬しているのか剣が空を切る音が聞こえていた。


 でも私はわざわざクソ親父に話しかける義理も無いので、黙って母さんの部屋へと階段を登った。その階段は暫く掃除をしていないのか、少し埃が舞っていた。

 そして母さんの部屋のドアノブを回すと、もう起きていたのか母さんは体を起こして窓の外を眺めていた。


「おはよ」


 私の声に気付いた母さんはその頬コケた顔を私に向けた。


「おはよう。久しぶり」


 今更母親らしくしているつもりなのか、母さんは嬉しそうに笑っていた。大事な時に何もせず逃げて私たちに責任を押し付けた癖に。

 そう不満を抱きつつも私は持ってきた紙袋を、ベット傍にあった椅子に置いた。


「これ薬。お医者さんはまだ見つかってない」


 私はやるべき仕事を終えたのでそのまま踵を返すように歩き再びドアノブを掴んだ。でもその時まだ何かあるのか、私の背中越しに母さんが渇いた口を動かしていたようだった。


「次はいつ帰ってくるの?」


 いやにかすれた声で病人って感じだった。そんな母さんの顔を見たくない私は扉を見たままドアノブを捻った。


「知らない。また薬切れたら買うから手紙出して」


 そのまま私は母さんの返事を待つことなく部屋を出て扉をバタンと閉じた。そして私が階段を下ると帰ってきたことに気付いたのか、クソ親父が玄関で私を待っていた。


「帰ってきたなら挨拶せんか」

「・・・・・帰ってきました」


 下手に抵抗しても面倒くさいだけだと、私は半ば諦めながらそう返事した。でもそれで満足したのか私への興味を既に失っているのか、特にそれに反応することは無く本題であろう話を始めた。


「で、養子に入れてやった奴らはどうなんだ。かなりの魔力量って話だろう。それならヘレナじゃなく家督を、、、、、」


 また始まったと私は一切聞きたくないと思い、そんなクソ親父の脇を通り抜けて玄関を目指した。でもそれを止めるように、クソジジイの皺くちゃになった手が私の肩を掴んだ。


「誰のお陰であいつらが士官学校は入れたと思ってるんだ」

「いや私は知らないし。姉さんに言ってよ」


 別に私は特に関わってないし、養子のも姉さんが勝手にした事だから私に聞かないで欲しい。それもこれも姉さんが帰ってこないせいなのに、あいつは今何をやってるんだ。


「貴様は本当に・・・・・・・どこで失敗したのか」


 私は相変わらずのクソ親父の手を無理やり振り払うと靴を履くため屈んだ。もうこんな家に一秒でも居たくない。早くあの部屋に帰りたい。


「ついでに外の追い払っておけ」


 クソ親父はそう臭い息を吐くとそのまま玄関から去って、リビングへと姿を消した。本当に私の事を家族とすら思っていないらしい。まぁ私も一切思っていないが。

 

 そうして私はさっさと家から出ると、いつの間にかあの老婆はどこかへ行っているらしかった。


「・・・・・何がしたいのほんと」


 そう悪態を吐きつつ、やっとで見え始めた朝日を尻目に私はまた酒臭い街を歩いて行ったのだった。


ーーーーー


「・・・・もう朝か」


 しばらく続いていた書類仕事がやっと終わりが見え出した頃。私たちの部屋には既に朝日が差し込み始めていた。


「イリーナ少尉。起きてください」


 私は背筋を伸ばしながら立ち上がると、ソファーの上で仮眠を取らせていたイリーナ少尉の肩を揺らした。最初はコミュニケーション大丈夫か心配だったけど、書類仕事でも思った以上に真面目にやってくれてて助かってる。


「・・・あ、ああぁ。あとじゅっぷん」


 でも流石に睡眠が足りないのかまだまだ大分眠たそうにしていた。これはもう少し寝させてあげるた方がよさそうですか。

 私がそう判断してイリーナ少尉に毛布を掛け直していると、この部屋でのもう一人の部下であるアーレンス少佐が私の肩を叩いた。


「決裁お願いします」

「あぁはい。ありがとうございます」


 アーレンス少佐は歳が歳だから心配なのだけど、こうやって作業を徹夜でやり続けてくれている。でも流石に感謝より心配が勝つので、一回休ませた事がある。その時は一人で酒を飲んできたのかいつもより上機嫌で意外な一面が見えた。


「少尉は起こしますか?」

「いやもう少し寝させましょう。昨日はかなり頑張ってくれましたし」


 確か二十時間ぐらいぶっ続けで仕事してくれてたから助かった。そもそも人員が足りないって話だけど、軍自体が人手不足でこんな生活ばかりだ。そのせいで最近ニキビの治りも遅いし最悪。

 

 そう私が頬を気にしていると、アーレンス少佐が自分の席に戻りつつ珍しく会話を投げかけてきた。


「そういえば中佐は家に帰らないので?」

「いやまぁ私は・・・・」


 私も机に戻りながら考えるけど正直帰りたくないのが本心だ。一回ライサさんとラース君の養子の件で会ったけど、相変わらずの人達だったし。

 でもアーレンス少佐は何か思う所があるのか、書類を纏めながらも言葉を続けた。


「幾ら嫌いでも親です。この貴族社会だと切っても切り離せない存在ですから、ケジメは付けた方が良いかと思いますが」

「それは・・・・そうなんですけどねぇ」


 そんな言葉に私がどうするか迷っていると、慌ただしく部屋の扉がノックされた。そしてそれに私が返事をするとこちらから開けるのを待たず、伝令らしき兵士が扉から姿を現した。


「早朝に失礼します!至急軍事会議にご出席いただきたく!」


 私はその兵士の切羽詰まった雰囲気から何かを察した。


「すぐ行きます」


 私はそう返事をするとまだ温かい椅子から腰を離して、そのまま掛けてあった軍服の外套を纏い、帽を深くかぶった。


「じゃあ行ってくるので、お願いします」


 私はアーレンス少佐にそう頼んで伝令に付き添って部屋から足を踏み出した。

 

 どうやら私は一生ゆっくり寝れない星の元に産まれたらしいと、自らの仕事を呪いそうになった。

 でもフェリクス君との約束を大人としての責任を果たすべく。そしてアイリスが士官学校に行き続けられるよう、気合を入れるように廊下のカーペットを強く強く踏みしめた。






 


 

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