第百話 執着
ルーカス達が部屋に訪れてきてから半日程が経ち、窓の外が橙色になり始めた頃。
私の部屋の扉がノックをされる音に微睡んだ意識が現実へと引き戻され、テーブルに伏せられていた体を起こした。
「・・・だれ?」
「ん?あっはい!開けますね!」
ラウラも寝ていたのか垂れていた涎を拭きながら、小さい足で椅子から地面に着地すると、使用人服のスカートを揺らしてその扉を開けた。
「失礼します。ご夕飯なのですが、、、」
今日は来客が多い日らしく、今度はこの館の使用人の爺が入ってきた。見た所随分疲れている様で、いつもはしっかりセットしてある髪の毛が乱れてしまっていた。
「、、、という訳でお館様がお呼びになさっているので、一度下まで降りてきていただけませんか」
なんか寝起きなせいかちゃんと話を聞いていなかったけど、まぁどうせ私なんてお飾りだし言われるがまま従っておけばいいか。
そう考えて私は欠伸を抑えながら頬杖を突くのを止め立ち上がった。
「ええ。分かりました。すぐに準備するので少し待ってください」
私がそう承諾するとやはり忙しいのか使用人はさっさと部屋から出て行ってしまった。以前イリーナに私たちの居場所バレたから、本国から追手が来てたりするのだろうか。
そんな事を考えながら髪の毛を整え服を着替えるとラウラと共に部屋から出た。すると私達以外にも誘いが行っていたのか、ルーカスとカーラが部屋の外で待っていた。
「・・・・まだ気持ちは変わらない?」
ルーカスと目が合うなり早々にそんな事を言われたけど、全く私に思い当たる節が無かった。
でも少しずつ寝起きの頭を回し出すと、朝ルーカスが一緒にあのクソジジイを裏切ろうと提案してきた事の話だとすぐに合点が行った。
でも何度聞かれても私としては裏切る理由も無いんだけど、目の前のルーカスは意志変わらずと言った感じだった。
「まぁ私は良いよ。どうせ失敗するだろうし」
ルーカスは戦った事が無いから分からないんだろうけど、あの男は正攻法も搦め手も何もかもが通じない奴だ。てかそんな簡単に殺せるなら私が何度もやり直す事になっていないんだし。
「・・・・エルシアが危なかったら僕の事は良いから逃げてね」
「そ、ありがと」
まぁ別に逃げても逃げなくてもどうでもいいけど。あーでもせっかくならあともうちょっと貴族の生活してみたかったかもなぁ。こんな生活これまで何度も人生をやり直して来たけど、味わった事の無い物だったし。
そんな事を考えながらも私達は歩き始めて館の一階へと降りると、そこで待っていた使用人に案内されるままかなり大きな部屋に入れられた。
どうやらその部屋は真ん中に長机がありその上に食事が並べられている辺り、今日の食事場はここって事らしい。天井には初めて見るシャングリラがあってまさに、貴族の食事場って感じだった。
「ではお座り下さい」
使用人に誘導されるまま先に到着していたクソジジイの隣に私は座らされた。まだロタールは来ていないようだけど、自分から誘ったのなら先に座っておけよと思ってしまう。
そう少し機嫌が悪くなっていると、隣で少し機嫌の良いのか顔が赤いクソジジイが話しかけてきた。
「そのスープとワインには口を付けないでね」
「なんで?」
隣のクソジジイが私が座るなり突然意味の分からない事を言うから、怪訝そうにして聞き返すとクソジジイはニコッと笑って私を見てきた。
「いや私が飲んだら毒だったみたいでね」
「・・・・はぁ」
使用人に聞こえない様小声で話しているのは良いのだが、ならなぜ毒を飲んだこいつは死んでいないんだ。それに主催が来てないのに勝手に食事に手を付けるのも意味分からないし、毒が効いて無いで相変わらずこいつが私と同じ人間なのか分からなくなる。
でもそんな私の疑問というか気味悪さを無視してクソジジイは話を進めていた。
「あとナイフは持ってる?」
「・・・・一応持ってる」
「そう。準備しておいてね~」
ルーカスがこいつにも計画漏らしたのだろうか。いやでも目的はこのクソジジイって話だったし、そんな訳ないか。なら猶更こいつにバレてるなら暗殺計画失敗するじゃん。今からルーカスを止めてあげた方が良いのだろうか。
そう私がルーカスの方に視線をやりかけた時無駄に大きい扉が再び開けられて、そこからいつも通り堅物な見た目のロタールが入ってきた。
「すまんな。待たせた」
そうして入ってロタールが入ってきたけど、やけに部屋が暗いのに今更気付いた。少し見渡すとまだ日も沈んでないのにカーテンを既に閉めているらしかった。
「じゃあ食事を始めようか」
でもそんな私の疑問は口に出されることなく、シャンデリアと机の上の蝋燭の灯の元晩餐が始まった。
だが食事を口に運ぼうとした私達と対照的に、ロタールは食事に手を付ける事無く喋り出した。
「どうやら誰かに唆されたらしく本国が動き出したらしい」
私は出された肉をほおばりながら、ロタールがクソジジイに向かってどすの利いた声で責めるのを眺めていた。この敵対心を隠さない感じは前振りも無しに暗殺仕掛けるつもりなのかもしれない。
「へぇ随分君も警戒されてたんだねぇ」
そう言いながらクソジジイは自分が毒だと言っていた、ワインを飲み干してしまっていた。本当に意味が分からないし、実際グラスを持つ手が震えてるし毒は効いているようだけど本当に死ぬんじゃないか。
そんなアホな死に方されたら私としても困惑なんだけど、解毒薬なりの用意があるって事だろうか。
「ワイン気に入ってくれて良かったよ」
ロタールもしめしめと嬉しいのかニヤけがちょっと出そうになっている。そりゃ誰でもワインを飲み干した瞬間暗殺が成功したと思うし普通の反応だけど、相手がこいつだからなぁ。
「こんな良い物なんて飲んだ事無いしね。お代わり欲しいぐらいだよ!」
これって本当に毒入ってるのかと疑いたくなる程、クソジジイはピンピンしていて酒のせいか上機嫌だった。そう二人を観察をしてフォークを持つ手が止まっていると、今度はロタールの視線が私を向いた。
「君も飲まないのかい?」
「いやぁ私お酒苦手で・・・」
一回服毒自殺はした事あるけど、種類が悪かったのかあの時はかなり苦しかったのを覚えてる。何度死んでも痛みには慣れないし、出来れば一瞬で死にたいからこのワインは私的には無しだ。
「そうか。まぁ良いかどちらでも」
もしかしてルーカスはああ言ってたけど、普通に私を殺す気ではあるらしいな。もう本国にもバレたからなりふり構ってられないって事なのか、はたまた予定通りなのか。
だがロタールは笑みを隠そうともせず立ち上がってクソジジイを見下ろしていた
「で、ここからが本題だが。貴様にはここで死んでもらう。ま、もう私が手を下す必要すらないようだが」
クソジジイが更にスープにまで口を付けているのを見て、ロタールは勝ち誇ったように高らかに宣言していた。でもこのクソジジイが簡単に死ぬとは思えないけど、ロタールとしては違和感が無いのだろうか。
するとクソジジイは空になったワインのグラスの飲み口を、ロタールの方へ向けて言った。
「無味無臭の毒なんてどこで仕入れたんだい?これかなり便利だね」
「・・・ッな!」
なんで気付いたのだと分かりやすい表情で明らかロタールは動揺して、使用人の方を確認していた。恐らくちゃんと毒を入れたんだろうなって確認だろうけど、使用人も焦ったようにボトルを確認していた辺り毒はちゃんと仕込まれているみたいだ。
でもそんな彼らの心配は必要ないと言いたげに、ジジイは高笑いしながら言った。
「毒はちゃんと入ってるみたいだよ!こりゃ並大抵の人じゃ死んじゃうね!」
酒が入って余計に上機嫌なクソジジイと対照的に、ロタールはますます混乱しているようだった。
「な、なんで分かってて・・・・」
「ん~君も知ってると思うんだけど私お酒好きなんだよね」
まるで答えになっていないが、それで答えた気になったらしいクソジジイはテーブルの上のナイフを手に持った。それで何をするのかと思っていると、それをそのまま持ち上げてロタールに向けて投げつけた。
「で、次は何をしてくれるんだい?」
だが頭を狙ったわけではないらしく、そのナイフはロタールの頬を掠るだけで椅子の背もたれに刺さっただけだった。
もうこのクソジジイが何をしたいのか分からなくなっていると、その時ロタールが声を張り上げた。
「入れッ!!!!!」
そう汗が止まらなくなっているロタールがカーテンの向こうへと叫ぶと、それと同時にガラスの割れる甲高い音と共に複数人の人影と、沈みかけた夕日がカーテンの隙間から入ってきた。
「あまり私を舐めるなよ」
ロタールが強気にそう言うだけの事はあるのか、二十人ほどの大所帯で入ってきた装備もバラバラな人達はかなりの腕利きらしかった。それに出口とロタールの付近にも二人ずついて、毒よりもこっちの作戦が本命だったらしい。
でもこんな状況でもクソジジイは額を抑えるとわざとらしく大きくため息をつくと。
「はぁ~~~君は本当に凡だね。つまらなく育ったものだよ」
「うるさいッ!お前ら行けッッ!!!」
もう私たちは空気になっていた。というか下手に動くと巻き添えを食らいかねないし座ったままの方が良いまである。裏切るつもりらしいルーカスも唐突に始まったせいか椅子の上で固まってしまっているし、どうするつもりなのだろうか。
すると一人が先走ったのか身軽そうな小柄の男がテーブルを超え、クソジジイの首元へナイフを差し向けていた。
「お、君はどっかで見た顔だね」
でもそうクソジジイが言った先鋒の男はいつの間にか手にも持っていたらしいフォークで首を刺され、力が抜けたように机の上に音を立てて投げ飛ばされた。
「ほらほら!どんどん来な!!!」
そうクソジジイが言うまでも無く、テーブルを土足で越え複数人の汗臭い男達がクソジジイへの元へと剣を抜いて行った。剣に大盾に弓に斧。果てにはモーニングスター持ちとかかなりバリエーションのある男達だった。
でもクソジジイの言っていたように、何人か冒険者で見た事ある顔がチラホラいて本当に腕利きらしかった。まあ見たと言っても何十回も前の世界での事だから、この世界でも同じなのかは知らないけど。
そう思いつつ私はそろそろ危ないかとラウラと一緒に机の下へと隠れようとした。でもその前にルーカスが私の袖をつかんだ。
「何?」
「か、カーラが!」
どうしたんだと思いながら顔を上げると、何故かカーラがクソジジイに味方して参戦していた。しかも体格差三倍はありそうな斧持ち大男と少し離れた所で戦ってるし、もう少し相手を選んだらどうなのか。
「最悪私が魔法で支援するから机から出ないで」
今の所はカーラは小さい体でチョロチョロ逃げ回ってなんとかしているけど、多分力が足りなくてあの巨体に剣が刺さるかも怪しい。そう観察しながら顔を出してクソジジイの方を確認すると、既に四、五人は殺してて二桁人数に囲まれているというのに高笑いしながらかなり大立ち回りしているようだった。
「・・・・・っぶね」
ちゃんと私達も標的だったようで、頭を出した私目掛けて弓持ちの冒険者が矢を放ってきていた。何とか避けたけど風を切るような音がすぐ頭の上を通り過ぎていた。
どうやらちゃんと暗殺計画はクソジジイだけじゃなく私達込みの作戦って事らしい。だとすると生き残るにはクソジジイに私達は協力しないといけないのだが、ルーカスは納得してくれるだろうか。
そうルーカスに視線をやると、いつの間にか手に入れていたのかナイフを震える両手で強く握りしめていた。
「何する気?」
大方あの領主に渡された物だろうけど、そんな物であのクソジジイを殺せると思ってるのか。
「ぼ、僕はどうせ歯牙にもかけられないし警戒もされない存在だから・・・・あいつが背を向けた瞬間に刺す」
そんなの成功するわけないだろうと思ったけど、本人は大まじめに言っているようだった。確かにルーカスの実力は自己評価通りだけど、だからってあいつが油断する口じゃないだろ。それぐらい分かっている物だと思ってたんだけど。
「なんでも良いけど私は助けないから」
私が諦めてくれと思いそのつもりで言ったが、ルーカスはそれでも一人でやる気なのか意思は全く折れていないようだった。
「・・・・僕って実はちょっとだけ魔力があるらしいんだよ」
「そう」
だからなんなんだ。そう直接言うのは流石に酷だと思い言葉を飲み込んだ。
「僕だって最後ぐらい役に立てるって見せなきゃ・・・・」
まぁ彼なりに作戦があるのだろう。この感じ説得聞かなさそうだし、とりあえず今はカーラの様子だけ気にしておこう。
そう再び机の下から視線をやると、まだあの斧男と戦っているらしく、ずっとやり合ってるっぽいけどどっちも決定打を与えていない感じだった。一応私が支援してあげるかと魔法を準備し始めた時、クソジジイが吹っ飛ばしたのか冒険者が頭上の机に叩きつけられる音がした。
「うわびっくりしたぁ」「ひッ・・・・」
そんな私たちの目の前にのそっと死体が落ちてきた。それを見てラウラは怯えて私の髪に顔を埋めてしまった。
私は鼻水は付けないでくれよと思いながら、辺りを見渡すと下側しか見えないけどもう十人ぐらいは殺してそうな雰囲気だった。まだ高笑いする声聞こえてるしやっぱバケモンだなアイツ。
「お、カーラちゃんやってんな」
なんでクソジジイに味方するのか分からないけど随分やる気出しているらしい。割とあの斧男を押し始めてるし相当頑張って鍛錬してきたんだろうな。
するとしびれを切らしたのか、斧男が振りかぶってカーラの小さい体を叩き潰そうとしていた。でも案の定カーラに避けられその斧が床に深く突き刺さっていた。
「戦闘慣れしてるけどあの歳で・・・」
剣術はかなり頑張ってたルーカス的にもそう見えるらしい。
でもそう思っている内にも小さな体を動かしてカーラは斧男の背中を登って首に巻き付いていた。そしてそのまま喉元にナイフを突き刺していた。あれもう何回か人殺してそうなやり方だな。
そう眺めているとそれを遮る様に、目の前にクソジジイの背中と足が写り込んできた。どうやらあと五人ぐらいまで削れたけど、少しは苦戦しているらしい。
「・・・行ってくる」
ルーカスがやる気らしく背中を見せているクソジジイを見ながら、机の下から出ようとしていた。一応私が止める事も出来たけど、ラウラの事もあるし自由に動けないからルーカスをそのまま行かせた。
「ん?何の真似だい?」
そうクソジジイは片目でルーカスを見るだけで全く警戒はしていないようだった。でもそれでも良いのかルーカスは隠すように左手に小さな石塊を魔法で作りながら、剣を構えてクソジジイに突撃していっていた。
「僕が!!お前を殺すんだよ!!!!」
聞いたことも無いようなルーカスの叫び声だった。それと共に左手を掲げてクソジジイを攻撃しようとしていたのだけど、それを残念そうに標的の男が眺めると。
「なんか作戦があったんじゃないの?本当にロタールの奴つまらない事しかしないねぇ」
呆れたようにクソジジイが呟くと誰かから奪ったのか握った剣をルーカスに向けて振り下ろした。その瞬間私はラウラがその光景を見ない様抱き抱えた。
そしてそれと同時にクソジジイが何のためらいも無く、何故か足元へ飛び込んでいたルーカスの頭をそのまま切り落としてしまった。あれだけ言っていたのに目の前で何も出来ずルーカスが死んだのだった。
「え、ほんとに何やって・・・」
私がそう呟いた時ガシャンという聞き馴染みの無い音と共に、天井からクソジジイに向けてシャングリラが落ちてきていた。そしてクソジジイがもちろん避けようとするが、死ぬ間際にルーカスが足元に絡みついたせいで動けなくなっていた。
「君を舐めすぎたかもね」
クソジジイがそう言うと共に天井から落ちてきたシャングリラと舞い上がった埃に覆われ、私からは姿が見えなくなってしまった。でもそれと一緒にパラパラと石の破片が落ちてきていることから、全部ルーカスがやった事だというのは分かった。
「・・・・でもこれまずいな」
クソジジイが死んだのだとしたら次は私達だ。五人程度なら何とかなるかもしれないけど、相手が手練れだとしたら私とカーラでは厳しいかもしれない。
「ラウラ私から離れないでね」
もう逃げるしかないと決め私が机から出て立ちあがろうとした時。またあの気持ち悪い高笑いがシャングリラと埃の陰から聞こえてきた。
「いやぁフェリクス君と言い、やっぱあの村の子全員が当たりだったって事かな?」
その声がする影が明らか私を見ている様な気がした。直で当たったはずなのにどうやって生き残ったんだあいつは。
「行け行け!!休ませるな!!!!」
でもそんなクソジジイに向けて残った五人ほどの冒険者が吶喊し始めていた。でもこれまで手加減していたとでも言いたげにあいつは。
「もうイベントは消化したっぽいし引き延ばさなくて良いや」
自分から冒険者達へと突撃していきナイフ一本で、瞬きをする間に全員倒したのではと見まがうほどの速さで全ての冒険者を地面に伏せさせていた。舞い上がる埃のせいで上手く見えなかったけど、あの人数をどうやったら一瞬で殺せるんだ。
でもまだ終わっていないと言わんばかりにクソジジイはどこかへと歩いて行った。
「・・・ふぅ。これじゃあ私は倒せないよ。ロタール君?」
「ば、バケモノが・・・」
机の下からだと見えないけどロタールの奴逃げずにここに残っていたらしい。でもそんな事よりも私はカーラを回収しようと机から頭を出した。すると感傷も会話もそれ以上ないのかクソジジイはあっさりロタールを殺してしまっていた。
でも私だって死体なんて腐る程見てきたんだから、何とも思わない。思わないはずだったけど足元に転がる頭だけになったルーカスを見るとどこか思う所がある。
「ほんとばかな奴」
どうせ私とフェリクスが死ねばこの世界もやり直しになるんだから、気にする必要なんて無いはずなのに、昔からの馴染が死ぬとまだ悲しく思う人間の心が残っているんだと実感する。
「エルシアちゃ~ん?大丈夫かい~?」
でもそんな気持ち悪いクソジジイの呼びかけで私の感傷は終わってしまった。そして私はそれを無視しつつ、目が血走っているカーラを回収しに行った。
「ケガしてない?」
「してない。敵どこ」
「もういないから剣納めていいよ」
まだ十歳なのに何をどうしたらこんな風になってしまったのだろう。こんな姿見たらエマちゃん悲しむだろうに。
するとクソジジイが私のすぐそばまで来ていたのか、私の肩を叩きながら呼びかけてきた。
「ちょっとまずそうだから急ぐよ」
その声に振り返るとクソジジイが割れたガラスの外側を指差していた。私も立ち上がってそれを確認すると、館を囲むように大量の松明の明りが見えていた。
「多分本国の軍隊だろうね。流石に毒も抜けてないしあの人数は無理だね」
「・・・・なんで毒って分かってて飲んだの?」
今聞く事じゃないのは分かっているが、ずっと気になっていた。そもそも解毒薬が用意していたのなら分かるのだけど。
「言ったでしょお酒が好きって。毒ぐらいで残したら勿体ないよ」
あー聞いた私がバカだった。あれが冗談じゃなく本当にノリで飲んでいたって事なのか。しかも酒には弱いのか少し顔赤くなってるしで意味の分からない体してるな。
「そんな事は置いておいて逃げるよ~」
そう言って館の正門とは逆方向を目指して走り出したクソジジイを追いかけるように、私はラウラを抱えて走り出した。カーラも戦っていたのにまだまだ元気なのかクソジジイの隣を並走していた。
そして私達は裏口らしき所から館を脱出すると、既に日が暮れて真っ暗な庭を私達は走り抜けていった。裏側にも松明は見えるが、正門付近よりは灯の数が少ないように見えたがそれでも私達には多かった。
「第二ラウンドかねぇ~」
本来なら絶望する場面のはずなのにいつもの如くクソジジイはかなり上機嫌にケタケタ笑っていた。そして館を取り囲む鉄柵までたどり着くと、それより先に囲んでいた軍が破壊したのか一部が大きく欠損していた。
「ここから出ろって事らしいね~」
恐らく出たら囲まれているのだろう。そうなるとラウラを守るのはかなり大変になるが、どうしたものか。
そう私が悩んでいる内にもクソジジイは見えてる罠に飛び込むつもりらしく、鉄柵だった物を跨いで外へと足を踏み出した。もう仕方ないと私も諦めて渋々ついて行ったが、すぐに囲まれることは無く異常に静かな森の中を私達は進んで行った。
「今日は色々楽しめて良い日だねぇ~」
でも静かな森の中酔っ払いが独り言をブツブツ言っていて、気持ち悪い事この上なかった。そんな中私はチラッとカーラの方を確認するけど、こっちも戦う気満々なのか剣を抜いて周囲をキョロキョロしていた。
「・・・・なんでそんなに戦いたいの?」
私はなんとなく気になってそう質問した。エマちゃんの妹だし少しぐらい気に掛けてあげたくなったのかもしれない。
でも私の知っているオドオドした気の弱いカーラちゃんは既にいないのか、未だに血走った眼で私を見てきた。
「あいつについて行けばフェリクスを殺せるから」
「・・・・・あぁ、そういうこと」
私より殺したがってそうな感じだなこれは。あいつも色んな奴に絡まれて大変そうだけど、まぁフェリクスを乗っ取ってるんだから自業自得か。
なんだか私が何もしなくてもあいつは勝手に死にそうだなと思いながら、クソジジイについて森を歩いていると進行方向から女の声が聞こえてきた。
「まさか本当にこっちにくるなんて思いませんでしたよ」
暗闇でよく顔は見えなかったけど、その声の主の他にも正面に男女二人ほどが出てきていた。それと同時に周囲にも兵士がいるのか大量の気配がし始めていて、やっぱり罠であったらしい。
「お、久しぶりだねぇ~元気そうで何よりだよ~」
「うるせぇ。クソジジイが」
さっきの声とは別の女の声だったがこっちは聞き覚えのある声だった。そしてその声の主は一歩前に出てきてクソジジイと向き合って暗闇の中、キラリと反射させてナイフを抜いていた。
「今日私がお前を殺して全部終わらせる」
そう宣言したのは確かにイリーナの声だった。でも私が以前見た時はトラウマをほじくり返されたせいで、かなり憔悴していたようだったけどそんな様子は微塵も感じなかった。
「君が私を殺せる訳ないでしょ~冗談上手くなったねぇ~」
相変わらず相手を逆撫でするようなクソジジイの言葉と共に、イリーナが号令をかけ今日二度目の戦闘が始まろうとしていたのだった。
展開的に書くか迷いましたが書かせていただきます!
なんとか百話まで書き続ける事が出来ました!本当に読んでくださっている方々には感謝しかありません!
次話以降もよろしくお願いします!




