百一話 新月
私は自身の運の無さを恨んでいた。
ただでさえここ最近は睡眠時間は殆どなく、それでかつ一週間の馬車の旅をさせられた。その上やっと帰れると思ったら、今度はまた来た道を戻って戦闘をしないといけない。
それだけならまだなんとか我慢できたけど、とことん運が無いのか、私達はここ一番の勝負を押し付けられてしまっていた。
「・・・まさか本当にこっちにくるなんて思いませんでしたよ」
ブリューゲル大佐の指示でここに配備されたとはいえ、まさかピンポイントでターゲット達が私達の元へ逃げ込んでくるとは。
そう過去の自分を恨みつつ私は、数時間前の事を思い出していた。
ーーーーー
「一度ブリューゲル大佐に話を伺ってきます」
私達は帰路の途中に受け取った指示に従ってロタール様の館へと丸一日馬車を走らせて到着していた。しかしながら未だ詳しい説明を何も受けていなく、なぜ私達が呼ばれたか分からなかった。
だからこの部隊の指揮官であるブリューゲル大佐に事情を聴くため、私は馬車から降り地面に足を踏みしめた。
「まだ日は暮れて無いか」
夜に戦闘を起こすと火事のリスクもあるから、恐らくすぐに作戦行動を開始するはずだ。
そう思いながら後ろに並んでいた隊列を進み、それらしい士官に案内を頼んだ。そして連れられるままある馬車へと案内された。
「では私は持ち場に戻りますので」
案内をしてくれた士官に礼を言いつつ私は馬車の御者を見た。
「ヘレナ・フェレンツ中佐です。ブリューゲル大佐に取り次いでくれませんか」
私がそう言うと御者は頷いて中にいるのであろうブリューゲル大佐に確認を取っていた。その途中私としても、ブリューゲル大佐とはほとんど面識が無いから少しだけ緊張し口の中が渇く感覚がしていた。
「少しだけならとの事です。ではどうぞ」
御者が無愛想にそう言って馬車の扉を開けてくれたので、そのまま私は頭を低くして入った。するとそこにはブリューゲル大佐しか乗っていないらしく、従者や他の士官は同乗していないようだった。
「?早く座ってください」
「も、申し訳ありません!」
急かされるまま私は急いでブリューゲル大佐の正面に座った。
目の前の大佐は軍内でも指折りの実力者だけど歳は、三十過ぎで貴族特有のブロンド髪にまだまだ若々しい見た目の爽やかな男だった。胸にかかった勲章から経験の深さも伺えるし既に幾度の戦いを切り抜けいて、半ば無理やり中佐にさせられた私からしたら雲の上の人だ。
そんな風に考えていると緊張して体が硬くなってしまったが、いつまでも黙っているとそれこそ失礼だと何とか私は声を絞り出した。
「あ、あの。私達は何故今回呼ばれたのですか?」
そう声の震えがバレないよう精一杯張って発声すると、ブリューゲル大佐は座った状態で手前屈みになって私を見てきた。
「貴女の所にあの盗賊の元幹部がいますよね?」
「え、えぇ、イリーナ少尉の事ですね。それがどうかしたんですか?」
まだ本国にエルシア様がロタール様の館にいた事は伝えてないし、なんで今その名前が出てくるのか分からなかった。でも既に私達が伝えるより先にその事が本国に行っていたのか、それを前提にブリューゲル大佐は話し始めた。
「ロタール卿に反乱の意図ありと討伐の命が降りました。彼女の様な顔なじみがいた方が何かと便利かと思いましてね」
「なるほど・・・・」
元々エルシア様は保護する方向で軍内に命令が行っているし、今回手違いで殺さないためにイリーナが欲しかったのか。
私が自分なりにそう解釈するとブリューゲル大佐は、続けて言った。
「という事なので恐らく逃げるであろう裏口側に貴女方は、待機してくれていると助かります」
「・・・・・分かりました」
上官の命令に逆らう訳にはいかない。正直早くベットに埋まりたいのが本心だけど、あともうひと踏ん張りしないといけないらしかった。それでも私は軍人で責任も部下もいるから弱音なんて吐くわけにはいかない。
「じゃあそう言う事で追って詳しい指令は送るから、少しだけも休んでてください」
「了解いたしました。・・・・では」
ブリューゲル大佐は最後まで物腰自体は柔らかかったが、どこか私の意見は求めていないような一方的な圧の様なものを感じた。
そうして私は凝り固まった肩を抑えながら馬車から降りて行ったのだった。
そして少し視点は変わってヘレナの降りた馬車の中で。
「フェレンツ少佐は案外使えるかもしれんな」
ジャラッと勲章を揺らして男が背もたれにもたれ掛かっていた。するとそれに反応するように御者が馬車の室内を覗いて来た。
「彼女今は中佐ですよ」
「あぁそうだったか。人が死に過ぎてすぐ階級が変わるから覚えるの大変だな」
手の平で両目を抑えて男は今回の計画の真意を考えていた。
上から降りてきた表向きの指示は、エルシアの保護とその周囲の扇動者の捕縛もしくは殺害だ。だが私は二つの立場から板挟みになってしまっている。
「政治には巻き込まんでくれ・・・・」
陛下からはエルシア様を捕縛して従者の男は確実に殺せと。宰相様からはエルシア様含め従者は全員逃がせとの背反する二つの指示が下っていた。共通するのはロタール卿を殺せってとこぐらいだ。特に陛下は以前従者の男と取引したのにエルシアを連れ去られてお冠だったし、失敗したら癇癪を起して私が左遷されかねない。
だからと言って宰相を裏切ろうにも、この国の実質的な最高権力者な以上機嫌を損ねる訳にはいかない。
そう疲れた眉間を抑えていると御者が心配そうに語り掛けてきた。
「本当にあの者達は参加させて良いので?」
「ん?あぁあいつらか」
さっきは上手く言いくるめたけどあの中佐隷下の所は、危険分子が多いから爺が心配する理由も分かる。フェレンツ中佐は優秀だが、何かと例の盗賊関係の出来事に立ち会う事が多くその関係を疑われている。そしてイリーナ少尉はその盗賊との関係は言わずもがなで、アーレンス少佐殿は私は尊敬しているのだが周りからの評判が余りに悪い。
「あいつらにエルシア様達の対応させればどっちに転んでも責任を押し付けれるからな。私の部隊が対応するとどっちかの機嫌は損ねから、フェレンツ中佐にはスケープゴートとして頑張ってもらうよ」
私はこんな所で失脚する訳にはいかない。たった一蹴りで崩れそうな腐った納屋状態のこの国を立て直すために、私は権力と地位を手に入れないといけない。そのためには宰相も陛下もあの扇動者の男も全員死んでもらわないといけない。
「フェレンツ少佐の配備される付近の鉄柵に穴開けといて。多分あの男なら罠も疑わず入ってくるから」
「承知しました。もう今晩には仕掛けますか?」
「そのつもりだ」
今回は扇動者の男は殺さないつもりだ。というかあの男を殺すならもっと準備しないと不可能だから、まずは今回ロタール卿の身柄を抑え、フェレンツ中佐に責任を押し付けるのが私の目標地点になる。
「本当にいつまで内で争ってんだこの国は・・・・」
私はこんな政治的配慮をしたくて軍人を志したわけじゃない。この混乱する国を平和に繁栄させたいから、一心不乱に努力してきたと言うのに今私がしているのが内乱鎮圧の任務という有様だ。
「・・・・・・でもやるしかねぇ」
深く座りどこかへ責任を投げ出したい感情を抑えつつ、私は馬車から降りて館の包囲の準備を始めたのだった。
ーーーーー
「お前ら行くぞ!!!」
イリーナ少尉が目の前の老人の口車に乗せられ号令を発してしまった。本来私が出すもののはずだけど、暗い事もあってか他の兵士達も勘違いしてその号令に従ってしまっていた。
「あぁもう本当に・・・」
前髪を掻き分けて私だけでも冷静になろうと、全体を見渡すとどうやらエルシア様と他に子供二人に老人だけで、戦闘が出来そうな人物は見えなかった。
「てかあの人・・」
今更ながらイリーナを木箱に入れて渡して来た使用人の老人だ。
そう私が合点がいっている内にもイリーナ少尉が先鋒を切って、老人へと襲い掛かっていた。
「死ねぇぇぇええええ!!!!」
「今日は一段とうるさいねぇ」
身軽な装備のイリーナ少尉は異様に低い姿勢で突撃をし、ナイフを下から突き上げるように老人の喉元を目掛けて振り上げていた。
私はそれを支援すべく石魔法を咄嗟に用意し、イリーナ少尉のナイフに対する回避を制限するために老人の左右辺りの空間を狙って複数発の石魔法を放ったのだが。
「そんなんじゃあ甘いねぇ!!」
老人がそう叫ぶと同時に右足を思いっきり蹴り上げ、そのつま先は姿勢を低くしていたイリーナ少尉の顎に当たってしまっていた。そしてそのイリーナ少尉の体はというと、上ずって空中に突き上げられてしまっていた。
「まずいッ!」
狙ったのか分からないが私の放った石魔法が、丁度上ずったイリーナ少尉の背中に当たろうとしていた。どうにかしないといけないが一度放った魔法を操作する事は出来ない。
だがその当人であるイリーナ少尉は浮き上がった体を捻る様にして老人へと絡みついていた。
「なアァめんなァッ!!!!」
そして私の石魔法なんて歯牙にもかけずイリーナ少尉は老人へと向かって、思いっきり頭突きを食らわせていた。
だが相手も怯んでいないのか両手を突き出してイリーナ少尉の首を絞めるように握りしめていた。
「ちょっとは面白い子になったねぇ!!!」
でもイリーナ少尉も負けじと老人を離そうとしていなかった。だから私はチャンスと捉えてアーレンス少佐に呼び掛けた。
「アーレンス少佐行きましょう!」
他の兵士はイリーナ少尉の戦闘に割り込めず足を止めてしまっている今、助けにに行けるのは私達しかいない。
そう思っての判断だったが、その瞬間老人の後ろから日も沈み新月で暗闇に包まれた森の中だと言うのに、やけに眩しい銀色の輝きが見えた。
「クソジジイ!!頭下げろ!!!」
甲高い女の声が響くと同時に、老人がイリーナ少尉に絡みつかれたまま横っ飛びして、空いたその空間には、銀色の髪を宙に浮かせ両手を向ける女の子の姿があった。でもそのお陰でイリーナ少尉の首は離され一旦は危機を脱したようだった。
だが今はそれよりも目の前の女の子の魔法への警戒だ。そう思っているとアーレンス少佐が私の肩を後ろへ押した。
「すみません。前出ます」
するとアーレンス少佐が私の前に出るとかなり面の広い大剣を抜いて、私を守る様に正面に構えていた。そしてその構えられた剣に目掛けて石魔法が放たれたのか、空を切る音の後目の前では火花が散ると共に物質のぶつかり合う甲高い音が響いた。
そしてそれを受けたアーレンス少佐はケガこそしていないようだったが後ろによろめいていた。
「・・・・歳ですかね」
一応弾き切れたらしいが、もう既に銀色の少女つまりエルシア様が次弾を用意し始めていた。でもその長い長い銀色の髪で気づかなかったが、脇に小さな女の子を抱えているのが見え、明らかな弱点が見えた。だから回避行動がしずらいのではと思い、石魔法を準備し始めた。
「そこの兵士!伏せろ!!」
それにエルシア様の付近で髪の短い小さな女の子と戦闘を始めている兵士がいた。だから一応忠告だけ飛ばして狙いは一切考慮せず、範囲攻撃だと石魔法を正面全体にばらまいた。
「あ゛?私まで巻き込まれんじゃねぇか!」
イリーナ少尉のそんな叫びが聞こえたが、あいつはまぁ頑丈だし命令違反しているから一旦無視ておいた。するとその飛ばした魔法で老人とエルシア様が回避行動を取ってくれていた。
そしてその隙に私は紛れをなくすため消耗戦に持ち込もうと、アーレンス少佐を下がらせ一旦前に出過ぎた兵士に下がせる様指示を出した。
「一度隊列を整える!!各自下がれッ!!!!」
エルシア様の魔法とやり合うには都合が悪いから乱戦にしたいが、それをするとあの老人が厄介だ。だから今私がすべきは本隊が来るまで時間を稼ぎ、挟み撃ちで物量で圧殺する事だ。
だがそれは相手も分かっているのか、老人がイリーナ少尉を押しのけて私たちの元へと吶喊してきた。
「君が指揮官だね!!まだ帝国にもいい人材もいるもんだねえ!!!」
その後ろにはエルシア様と短髪の女の子も付いてきていた。もしかして中央突破して撤退するつもりなのか。
そう気付いた時には私の眼前に石魔法が飛んできており、何とか交わしたが頬から血が垂れた時には、真横を老人たちが通り抜けてしまっていた。
「でもまだ甘いねぇ」
そう囁いて走り去っていったが、まだ私の後ろにはブリューゲル大佐隷下の部隊がいるから大丈夫。そう思って振り返ったのだが、何故か背後には誰一人おらずあっさりと老人とエルシア様達は森を颯爽と走り抜けてしまっていた。
「追いかけるぞ!!!」
何が起きたか分からないが今はそうするべきだと思い、私はそう号令をかけたがそれを止めるようにアーレンス少佐に肩を叩かれた。
「落ち着いてください」
「いやでも逃げられますよ!?
そうアーレンス少佐に引き留められ説得するため振り返ると、館からロタールの一味なのか複数人の兵士がこちらの側に来ており、前線の兵士と戦闘を始めていた。
「恐らく本隊が押し出したのがこちらにきたのでしょう。逆に私共が挟み撃ちになるので深追いはお勧めできません」
だがエルシア様を保護しないと今回の作戦の目的は果たせない。でもそう思った瞬間には時間が経ち過ぎたのか、暗い森の中ではエルシア様の銀色の髪の輝きは見えなくなってしまっていた。
「・・・・・・ッチ。総員、館へと向かって脱走する者を抑えろ」
私はまたも失敗してしまったと思いながら、アーレンス少佐の言うように今自分がやれる事をやろうと指示を飛ばしたのだった。
ーーーーーー
「これからどうするのッ!?」
私は隣で走るクソジジイに大声でそう問いかけた。さっきも私が援護しなきゃ危なかったのに、お礼の一言も無いから少しだけ私の気は立っていたからか語気も強めだった。
「決めてないねぇ~。思ったより動きが早かったからね」
「はァ?あんたってほんっと・・・」
駄目だこいつ相手にマジになるだけ腹が立つ。もうあそこで援護せず死んで世界のリセット待ちすれば良かっただろうか。
そう今更な後悔をしているとクソジジイが口を開いた。
いないし
「まぁ帝都に知り合いいるしそこ行こうかな。他頼れそうなの国外にしかいないし」
「帝都って捕まるでしょ・・・」
ここまで暴れたら顔も割れているだろうし、易々と街中を歩けるわけないと思うのだがどうせ考え無しで、ノリで言っているんだろうな。
まぁでもそっちがそう言うなら私も少しだけわがまま言うか。
「じゃあフェリクスに会わせてくんない?」
「ん~?どうしてだい?」
まぁ黙って言う事は聞いてくれず当然気にしてくるか。だがそれよりもカーラがフェリクスという単語に反応して、私達の会話に割り込んできた。
「やっと殺せる?」
「・・・・ちょっとカーラは黙ってて。今私話してるから」
私が強めに言うと案外聞き分けは良いのか大人しくしてくれた。まぁ私だって聞きたい事聞けたらフェリクス殺して、私も死んでリセットするつもりだからカーラの願いは叶えれないけど。
そして私はカーラを置いておいて、クソジジイにどう答えたものかと思案を始めた。
もしかしたらルーカスが死んだから少しだけ感傷的になっているせいかもしれない。でもそれでも最後ぐらいあのフェリクスの中身の奴と会話をしてみたいとは思っていたから、丁度良いタイミングだと思ったからだ。まあどうせリセットされる世界なら聞くだけは損は無いしな。
でもそんな事正直に言えるわけないので。
「もうそろそろ死にそうだから別れの挨拶しよかなって」
私がそう言うとクソジジイは上機嫌に高笑いをすると。
「いやぁ君も面白い事言うねぇ~。そこまで生に執着が無いのはなんでかな?」
そんな事答える訳ない。というか生に執着がないんじゃなくて、この世界に執着がないだけの話で全くの別物だ。
そう私が黙りこくっていると、クソジジイはそれでもいいのか並走する私を見てきた。
「ま、それぐらい良いよ。この感じだと一年後の計画前倒しにしないといけないかもだしね」
「そ、ありがと」
まぁこいつとの口約束なんて信用の欠片も無いけど、別にどうしてもフェリクスと話したい訳では無いし良いか。最後になんでフェリクスを乗っ取ったかだけ聞きたいだけで、あんなフェリクスと話したくないし。
「私もフェリクスと戦わせて」
「君はまた今度ねえ」
カーラが相変わらずフェリクスへの殺意を隠そうともしていなかったが、流石にクソジジイもまだ殺す気は無いのかカーラを上手くたしなめていた。その殺す役目は私がやるし、その時点で君らの世界は終わりなのを知らずに。
そうして私達四人は真っ暗な月の下。森を駆けていったのだった。