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全ての想いを君に  作者: ねこのけ
第一章
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第九話 遠く離れていても


 また夢を見ていた。

 僕は川沿いの桜の咲く道の上で、慣れないスーツにジャケットを着て満開の桜の近くに立っていた。

 そして前髪の上がった髪型に違和感を抱きつつ視線を上げると、道の先には僕と同じようにジャケットや振袖姿の人影が見えた。


「中学の頃のあいつかな?」

 

 そんな今までとは違い、記憶に思い当たる節の無い景色に驚いていると、突然後ろから右肩を叩かれた。

 僕は驚きつつそこで振り返ると、父さんと母さんが穏やかな顔で二人そろって立っていた。

 

「紡も大きくなったね。もう頭に手が届かないよ」


 僕が振り返るなりそうお母さんは背伸びして、僕の頭に手を伸ばそうとしていた。でも近くで顔を見ると皺が増えてるのが分かってしまった。

 そう思っていると今度はジャケットを後ろから引っ張られ、少し後ろに体勢が崩れてしまった。


「紡、ジャケットの後ろの紐切ってないじゃないか。気を付けろよ」


 そういえば大学の入学式以来着た事なかったからか、仕立ての時のままにしていたようだった。

 そして父さんはその紐を切ったのか、僕のジャケットを整えるようにトントンと払い、僕の肩に手を置いた。


「これが最後だからな。遠い所だけどちゃんと頑張れよ」


 そう言いながら、僕の正面に回って僕のネクタイを結びなおしてくれた。こちらは居変わらずコーヒーの匂がフワッと漂った。

 そしてその首を少し締める感覚に苦しかったのか、ちょっとだけ涙が出そうになった。


 すると少し離れたところからカメラのシャッター音がした。

 ネクタイの感覚を確かめながら音の方向を向くと、母さんがスマホを横にしてレンズをこちらに向けていた。


「あ!そのままそのまま!こっち向かなくていいから!」


 母さんが桜を背景にして僕と父さんにスマホを向け写真を撮ろうとしていた。

 だからとりあえず僕は要望通りとりあえずそのままの姿勢で止まった。それを見た父さんも僕のネクタイを再び掴み、にこやかな表情をしてシャッター音を待っていた。

 

 そうしてシャッター音がした後、母さんはスマホを木に立たせこちらに来た。

 母さんの言われるがまま、桜の木の前で僕の右前に父さん左前に母さんと並んで、スマホのレンズに向かって立っていた。


「じゃ、今度は家族写真だからね。ほらっ!ポーズして!」


 僕も母さん父さんと同じように恥ずかしがりながらもピースをする。


 そうやって写真のためにピースすると、ふと今まで見た事のなかった父さんと母さんのつむじが見えた。


 ピッピッピとタイマーの音が早くなっていく。


 シャッター音がそろそろ鳴りそうな時、少しだけ二人が笑みを浮かべたまま振り返って来て僕の背中を押してくれた。


 そしてその時カシャリとシャッター音が響いた。


ーーーーーーーー


 ベットから起き上がる。

 今日はとうとうフェリクスの誕生日。転生者と打ち明けるかどうか決める日だからだろうか、久々に父さんと母さんの夢を見た。

 あの二人に夢で会えるのこれで最後だ、ただ直感で確信していた。

 

「・・・・うん」


 服の袖に腕を通してボーっと天井を眺める。まだ首元が少し締まっている気がした。

 結局この日まで打ち明けるかどうかすら自分で決める事が出来なかった。しようとしても結局どっちが正しいのかも分からず、選択を先延ばしにしてきた結果がこれだ。


「でももうそれも終わりだ」


 きっと今日父さんと母さんの夢を見たのは偶然じゃない。きっとあの二人が僕にエールを送ってくれたんだ。勝手な解釈かも知れないけど、前に進めって言われている気がする。


「打ち明けよう」


 いつまでもウジウジしていちゃダメだ。これでクラウスさん達に出て行けと言われたら出て行く。その覚悟で打ち明けよう。


 僕はどこか意気揚々としながら一階に降りると、既にテーブルには二人分朝食が用意されていた。今日は朝からブレンダさんとクラウスさんは仕事らしい。

 だからいつもの昼飯の様に僕はニーナさんと二人で朝食をとっていた。

 

「・・・・・・」「・・・・・・」


 お互い喋らず、沈黙が続いていた。でももう慣れてきて気まずいと言う感情もどこか遠くへ行っていた。でもそんな中久々にニーナさんが喋りかけてきた。


「今君は楽しい?」

「・・・?えぇ楽しいですよ。皆さんのお陰です」


 質問の意図は分からなかったけど、ニーナさんはそれだけ質問をするとそれ以上僕を見ようともせず、朝食を食べ終わってしまった。

 相変わらず僕とニーナさんの関係は理由も分からずどこかわだかまりもあったけど、その日はいつもと変わらず鍛錬と終え座学をしていると日が傾き出していた。


「さて、そろそろ時間ですかね」


 夕日が部屋に差し込み授業が終わりに近づいた頃、目の前に座ったブレンダさんが今日の事について話しかけてきた。


「覚悟は大丈夫です?」


 その質問に手を握る力が強くなり、手汗がにじむのを感じた。


「えぇ大丈夫です。はい」


 緊張しないと言ったら嘘になるが、まだ気持ちは切れてない大丈夫だ。ちゃんとあの二人に本当の事を打ち明けて謝ろう。それで僕らの関係を清算するんだ。


「もしというかほぼないと思いますが、あのお二方に拒絶されたら一緒に旅でもします?」


 冗談でも言うかのようにブレンダさんが面白おかしくそう言った。だから僕も明るく合わせて返事をした。


「じゃあ旅するなら暖かい方が良いですね、寒いのは嫌いなんで」

「ならば船旅でもしますか」


 僕の緊張をほぐすためかもしれないが、ブレンダさんがそういう軽口を言ってくれるおかげで少し肩の力が抜けた。

 

「よしじゃあ行きますよ!ほら!」


 ブレンダさんが立ち上がり部屋のドアを開け僕を待っている。

 この人にはつくづく頭が上がらない。そう感謝を抱きつつ僕は椅子を引き部屋から一歩踏み出した。


ーーーーーー


 いつもの食卓にこの家の住人四人が揃って座っている。

 僕の左隣にブレンダさん、正面にクラウスさん、左正面にニーナさんだ。四人そろった時の食事と同じ配置だった。


「それで話ってのは?」


 クラウスさんも何か察しているのか、手を組みいつもより硬い表情で僕を見ていた。ニーナさんの方はぼくからみると顔を伏せていて良く分からなかった。


 そんな中チラッと見たブレンダさんと目が合い、互いに頷くと僕は話し出した。でも決意とは別に体は違い、心臓は早く脈打ち呼吸も浅くなる感覚があった。


「多分頭がおかしいと思われますし、気持ち悪いと感じると思います。それでもちゃんと向き合いたいと思ったから、僕は今から話します」


 一呼吸を置いて、目の前に座る二人を改めて見る。前世の僕とは似ても似つかない、目鼻立ちのいい外国人の顔だった。そして窓で反射する僕の顔も髪色以外全く違う誰かの顔だった。


 このまま打ち明けても良いのか。窓の向こうの誰かが問いかけてくる。

 でも僕はそれに返せるだけの自信のある返答を持ち合わせていない。それを利己的だと言われるかもしれない、でもただちゃんと生きたい向かい合いたい、騙したまま行きたくないそう思ったから。


 だから僕は腹に力を入れ手を強く握り肺に空気を押し込めた。


「実は僕は生まれ変わりで、前世は二十歳の男なんです」


 唐突過ぎたからかそれとも僕の言い方が悪かったのか、食卓がシンと静かになった。

 でもここからの二人の反応でこれからの僕のするべき事が変わってくる。もし拒絶されても、さっき言ったように全力で謝罪する覚悟はある。というかしなければいけない。


 そう何とか瞼を開け二人を見るがジッと僕を見るだけで表情からは返答を予想できなかった。


「・・・・・・・」「・・・・・・・」


 まだ返答は来ない。クラウスさんの顔の表情も変化はなくそのまま僕を見ていた。

 これだけの間が空くと言う事は受け入れてもらえないだろうか。ブレンダさんは受け入れてくれると言っていたけど、やっぱ流石に気持ち悪いか。

 まぁ仕方な━━


「あのな。実はそれ知ってたんだ」


 恐る恐るクラウスさんの顔色を伺うと優しく僕に微笑みかけてきてくれていた。

 でもそれが僕にとっては意味が分からなかった。なぜ知っていてあんな普通に僕に接していたのか。なんで知っていながら僕に問い詰めもせず放っておいたのか。


 そう訳も分からず困惑しているとそれがクラウスさんにも伝わっていたのか、少し焦ったように僕を宥めようとしてきた。


「まぁ一旦落ち着け」


 そう言われても依然僕にとっては状況が掴めなかった。そもそも自分の子供が意味の分からない男ってだけでそんな冷静でいられる理由が理解できないのに。先に知っていたおかげで既に心の整理は既に付いたとでも言うのだろうか。


「俺は正直に言ってくれたフェリクスを受け入れたいと思ってる。前世がなんだろうと俺にとってフェリクスはフェリクスだからな」

「・・・え、あっえ?」


 クラウスさんはあっさりと受け入れてくれた。受け入れてもらいたいとは思っていたけど、そんなあっさり受け入れられると拍子抜けというか困惑が勝ってしまう。

 

 でもそんな僕の右手をクラウスさん手が掴んだ。相変わらず皮がゴツゴツした優しい手のひらだった。でもその手の温かさが僕が受け入れられていると教えてくれている気がした。

 そして僕はもう一人の返事を聞いていないと思い出しゆっくりと視線を左へと向ける。


「・・・・・私はまだ頭の整理が出来てない」


 顔を上げたニーナさんには隈があった。朝は気づかなかったのは僕が顔を見れて無かったって事なのだろう。でも確実にそれは昨日の夜も悩んで寝れなかったという事が分かるほどの物だった。


「私はお腹を痛めて産んだ子が、知らない誰かなんて思いたくない」


 今日初めてニーナさんと目が合った。そしてその目には確実に怒りも敵意を感じた。

 でももう一度その目を瞼の裏に隠すと再び顔を下に向け、突然涙がポロポロと木のテーブルへと落ちていった。


「だからこの一か月悩みました。ずっとずっと私はどうすれば正解なのか」

「・・・・・・・はい」

「一か月間の貴方はずいぶん楽しそうでした。ブレンダに打ち明けられたからでしょうね。以前よりもよっぽど子供らしいと思えるぐらいに」


 ニーナさんは僕を拒絶するという正常な反応だった。逆にクラウスさんが優しすぎるぐらいだったのだからそれが普通だ。

 でもそれが普通だと分かっていてこういう反応が返ってくるのを覚悟していたはずなのに、ニーナさんの言葉を聞くごとに心が軋む音がまたする。


「でもそれが私にとって憎くて憎くて仕方なかった」


 両手で両目を抑え感情が明らかに昂り始めていた。僕はそんなニーナさんになんて言葉をかければいいか分からず、ただその姿を見つめるしか出来なかった。

  

「でもね。いくら頭の中でいくら貴方を否定しても結局は私の子供なのよ。知らない誰かの魂が入っていたとしても、大事に貴方を私の子供として育てた事には変わりないんだって」


 そしてニーナさんが僕の空いている左手を握ってきた。

 さっきよりも近くで見えるニーナさんは、まだ迷いのありそうな表情の中震える声で。


「まだ納得はしきれてない部分も沢山ある。まだ息子だと胸を張って言えない。でも貴方は私の子供だと思いたいの。そうじゃないと私の心がもたないから・・・・・」


 僕が打ち明けたせいでニーナさんが今選択に苦しんでいる。これも僕の決めた選択による結果だから目を逸らしちゃいけない。

 だから僕はちゃんとニーナさんの目を見て正直に心の底からの言葉を出した。


「貴女の息子だと思ってもらえるよう頑張ります。だから僕と家族になってください」


 どこか告白っぽい言葉。でもそれは正真正銘の僕がこの世界でフェリクスとして紡として、二人の人間の言葉として言葉だった。

 するとニーナさんはゆっくりと涙で赤くなった顔を僕に向けてきた。


「もう何も隠してないよね?」

「・・・・はい。ちゃんと全部言いました、それで貴方達と向き合いたいからです」


 するとニーナさんは僕の左手を握ったまま頷くと、必死に笑顔を作って僕を見てくれた。


「・・・うん。いいよ。これから改めてよろしくねフェリクス」

「よろしくお願いします。・・・・・母さん」


 まだわだかまりは全然ある。でも心の積み荷が一気に降ろされた感じがして、スッと心が軽くなった。

 これからはニーナさんに認めてもらえるようにちゃんと生きよう。そう握られた手の温かさを感じていると、今度はクラウスさん、いや父さんが言いたいことがあるようだった。

 

「じゃあとりあえず形からってことで、フェリクス、敬語やめないか?」

「敬語?」

「そうだ!なんか敬語のせいで距離感じてたしさ、ちょうどいいと思って」


 確かに僕はずっと敬語だったし、違和感を持たれても仕方なかったかも知れない。確かに言う通り僕もこういう所を変えていかないといけないな。

 そう気持ちを新たにして、父さんに対して慣れない喋り方で言葉を発する。


「じゃ、じゃあ分かった。父さん」

「おう!」


 そうして二人の手が僕の手から離れた。思った以上に手汗をかいていたらしく、僕の緊張具合がうかがい知れた。

 でも僕が最初ここに座った時とは違い、この食卓に座る全員の目が見えた。

 

 そして最後まで気になっていた事を最後に聞くことにした。


「それでなんで二人は僕の事知っていたの?」


 僕の慣れないタメ口の質問に対して二人が答えるより先にブレンダさんが答えた。


「それは私が提案したのです」

「・・・提案?」

「えぇ。あの時フェリクス様が私に打ち明けてくれた時、実はドアの外に旦那様方がいるよう提案したんですよ」


 ブレンダさんは思い出すように二人の方を見た。僕もつられて見るとやはり二人とも申し訳なさそうに首を縦に振ったので本当なのだろう。

 どうやら悩みをブレンダさんに聞き出してもらって、僕以外の三人で僕の悩みをどうにかしようという計画だったらしい。結局は僕の悩みの重さで一旦時間を置くことにしたらしいが。


 でもということは一か月前の最初から全部知っていたってことなのか。ならなんでわざわざブレンダさんは、今日何のためにこんな場をセッティングしたんだ?

 

 そんな僕の考えが伝わっているのか、ブレンダさんは言葉を続ける。


「でもフェリクス様自身の言葉を私にではなく、直接お二方に伝えなければいけないと思いました。だからこの場を用意させていただきました。騙すような形になってしまい謝罪いたします」


 ブレンダさんは立ち上がり謝罪をしようとするので、僕は必死に止める。結局この気遣いのお陰で、今回の話がスムーズに進んだと言ってもいいのに、そんな事させるわけにはいかない。


「ブレンダさんのお陰で僕は前に進めたんです。だから頭下げないでください」

「ありがとうございます」


 ブレンダさんを何とか座らせて話を戻す。

 僕も改めて椅子に座りなおして、そしてまた改めて二人の目を見て口を開く。


「じゃ、じゃあこれからもよろしくお願いします」

「っふ、また敬語になってるじゃないか。まぁよろしくな」

「えぇよろしくね」


 二人ともまだ敬語の抜けない僕のつたない言葉を受け入れてくれた。今からフェリクスとして生きる責任があるけど、それごと背負って生きていこう。

 その光景を見て僕は、やっと心のとげが抜けたような感覚を覚えた。

 

 この時僕は初めてこの世界の一員になれた気がした

 

 この時初めてこの家の一員になれた気がした。 

 

 この時初めて自分がフェリクスだと思えた。


 でも、紡としての僕も捨てる気はない。

 それも含めたすべてが今の僕、フェリクス・デューリングを形成していると思うから。

 

 いつか死んだ時沢山楽しんだよと、紡の両親に言うため。

 これから生きる間色んな物を楽しいと、フェリクスの両親に言うため。

 紡の父さん母さん、フェリクスの父さん母さん、二つの両親の想いに応えられるようにするため。

 

 精一杯僕らしく悩みながら、もがきながらも、死んだ時に後悔のない楽しかったと言える人生にしよう、そう思ったのだった。


 



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