家族であるアリーチェの為にレニアは頑張る
フェリクスが執務室で書類仕事をしていると外務大臣のステートがやってきた。
「殿下。コーランド王国へ結婚式の日取りの希望日を伝える親書を送りました」
「そうか。ちょっと早目の予定にしたが受け入れてもらえることを祈るしかないな」
フェリクスは帰国後直ぐに議会を開き、結婚式の日程を決めた。やっと王太子の婚約が決まったことに両親も議会も喜んだ。貴族たちは、実は他の家門と長年水面下で争っていたのでもう揉めたくなかったのもあり、他国の王女が選ばれたことに安心したのだ。
アリーチェのウエディングドレス姿を想像し、自然と頬が緩むのを感じた。
「気持ち悪いこと考えてるだろ?」
護衛のノエルが言ってくるが気にしない。
「何とでも言ってくれ。僕は今幸せなんだ」
「殿下。油断なされませんよう。アリーチェ様には毎週手紙をお出しください。小さなもので構いませんのでコーランド王国の王妃に送る宝石も一緒に送ってください」
「わかっている。さっきも送った。安心しろ」
ステートからは王妃への贈り物を欠かさないように言われている。
もちろんそれも送るが、アリーチェには手紙に添えて薔薇の花びらが埋め込まれた石鹸を選んだ。もちろん花言葉に気持ちを込めて。
「おまえキザを通り越してちょっと乙女なところあるよな」
「ノエル。僕の中で革命が起きたんだ。結婚式の後は新婚旅行に行きたいから護衛は頼むぞ。さあその為に先に終えられる仕事を入れて片付けまくるぞ!」
フェリクスは元々仕事が早くて正確だが、気合が入ってやる気に満ち溢れていた。
「ん?何か外が騒がしくないか?」
ノエルが廊下の様子を見ようと扉を開けようとした時だった。ガチャリとノックもなく扉が少し開くとスルッと真っ白な猫が入ってきてフェリクスの執務机に飛び乗った。
「どっから入ってきた?自分で扉を開けたのか?凄いな!」ノエルが扉を閉めると不思議そうに猫を見る。フェリクスもいきなりやってきた珍客にどう接するか迷っていた。追い出しても構わないがなんだかそれを躊躇わせるものを感じた。
それから遅れること数秒、ノックがしたのでフェリクスが答えると衛兵が一人入ってきた。扉の向こうには数名いるようだ。
「どうした?」
ノエルが厳し目な声で衛兵に声を掛ける。本来なら一介の衛兵が王太子の執務室に入れることなどないからだ。
「はい!城門に怪しい女が現れまして、その女が連れていた猫が城門を抜け走り出したので、追いかけて来ましたら殿下の執務室に入っていたので参ったしだいです!」
若い衛兵が緊張しているのか叱られると思っているのか、震える声で告げる。
「怪しい女?」
「はい!ノエル様やメルディレン侯爵様に会いたいと言って帰ろうとしないのです!」
ノエルとステートが視線を交わす。
「女の名は?」
「はい!アリーチェと申しておりました!」
「何だと!」
フェリクスが椅子を蹴って立ち上がる。
「特徴は?」
「はい!金色の髪に薄い水色の目です!」
ハッとしてノエルを先頭にステートとフェリクスが執務室を飛び出した。その肩にずしりとしたものが飛びついたのを感じたが気にしてはいられない。
「どこにいる!」
「城門の取り調べ室です!」
フェリクスは走りながらノエルが衛兵に尋ねるのを聞き速度を速めた。ステートが必死に走っているが少し差が広がっている。
フェリクスとノエルは同時に取り調べ室に着くとノックもせずに扉を開けた。
「アリーチェ!」
そこには簡素なワンピースを着、後手に縛られ腰紐が椅子に繋がれた状態でアリーチェが座っていた。こんなところでこんな風に再会するなんて、と驚き信じられないと思っていると、そこにやっとステートが追いついてきた。
「アリーチェ殿下!おまえたち!今すぐ縄をほどけ!」
ステートの声に本当に知り合いだったのかと、驚きと焦りで指をもつれさせながら腰紐や腕の紐が解かれていく。そんなアリーチェの膝にフェリクスの肩から飛び降りたレニアが着地した。
「レニア。フェリクス様を連れてきてくれたの?ありがとう!」
アリーチェがほどかれた腕でレニアを抱きしめた時だった。ふわりといい香りがしたと思った瞬間フェリクスにアリーチェは抱きしめられていた。
「アリーチェ。何があったんだ?こんな姿でここまで来るには大変だったろう?」
フェリクスの声にアリーチェは首を振る。
「親切な方に連れてきてもらいました」
「こんな場所ではなんですから移動しましょう」
ステートに促されてフェリクスはレニアごとアリーチェを抱き上げると取り調べ室を後にした。
「じ、自分で歩けますから!」
「疲れてそうだから大人しくこのまま運ばせてくれ」
フェリクスは大切なものを守るように歩き続ける。その横をノエルがニヤニヤしながら歩いているのにアリーチェは気づかなかった。
フェリクスが直ぐに王太子宮の応接室に連れて行こうとするのをステートが止め、侍女に指示を出し、王太子宮に一室だけある客室にアリーチェを案内させた。
フェリクスとノエルには応接室に行ってもらったようでステートが一緒に来て、更に何か侍女に指示を出した後アリーチェに声をかけてきた。
「アリーチェ殿下、僭越ながら、お国で何かございましたね?それを全てフェリクス殿下にお話できますか?」
アリーチェは困って思考を巡らせた。どこまで話して良いものか。
自分が生まれた時からか、妹が生まれた時からか。それとも逃げ出そうと思ったきっかけだけで良いのか。
いや、国を捨てるようにフェリクスの元まで来たことを考えると、本当に全てを話さないと帰らされるかもしれない。事実上通行証を持たずに来たことで、本来なら一つ罪を犯していることになる。
免罪されるような事情がなければアリーチェを連れてきてくれた劇団のみんなにも迷惑をかけることになる。それは何としても避けなければならない。決心するとアリーチェはステートを見た。
「全てお話します」
ステートが優しく笑いかけてくる。
「安心してください。悪い様には絶対になりません。アリーチェ殿下。今侍女がお召し物と湯を用意していますから、落ち着いて準備ができましたら応接室まで侍女に案内させてください」
「そんな!フェリクス殿下をお待たせするわけには」
「いいえ。大丈夫です。今から宰相にも連絡したりもしますから時間はあります。急がなくて良いんですよ。これからたくさんの時間がありますから。では一度失礼致します。直ぐに侍女が参りますからお待ち下さい」
ステートはそう言って部屋を出て行った。
アリーチェはレニアを膝に乗せ部屋の中を見回す。白を基調にした家具で整えられ、壁紙も白かった。床は大理石で、ベッドには天蓋もついていた。
コーランド王国のアリーチェの部屋のベッドには元々天蓋がついていたが、とっくにセレーネに破られ、新しく買ってもらえずそのままになっていたので、それだけで嬉しくなった。
客室といっても、いつでも使えるようにベッド脇の小さな棚には生花が飾られ、その他の棚にも埃一つなく綺麗に掃除されている。
コンコンコン、とノックの音が聞こえたのでそれに応えると女性が三人入室してきた。洗練された身のこなし、如何にも侍女という感じだ。
「アリーチェ殿下にご挨拶申し上げます。この宮の侍女長ソレンヌと申します。こちらがアリーチェ殿下を担当することになった侍女のコラリーとシビルです。何なりとお申し付けください」
三人揃って美しいお辞儀をした。
「コーランド王国第一王女アリーチェです。ごめんなさい。急にやってきて。皆さんに迷惑をかけたわ」
「ご心配なさらず。私たちはとても喜んでおります。フェリクス殿下が唯一心を許した王女様とお聞きして、担当が取り合いになったほどです」
ソレンヌがにっこりとほほ笑んだ。唯一心を許しただなんてと恥ずかしがるアリーチェを三人は微笑ましく見ている。その間にメイドが数名桶を持って出入りした後お辞儀をして出て行った。
「さあ、アリーチェ殿下。お疲れでしょうからまずお風呂に入ってスッキリしましょう」
コラリーに促されアリーチェは席を立つ。鞄から先程買ったトマトを出すと
「これを食べやすい大きさに切ってきて欲しいの」
とシビルに渡す。王女の鞄からまさかトマトが出てくると思わなかったのか、少し驚いた顔をしたがかしこまりましたと受け取ってくれた。
「私はお着替えの準備をしてまいりますのでしばらく退出致します」
そう言ってソレンヌが退出するとシビルも続いて退出した。アリーチェはコラリーに連れられ、部屋についた扉の一つを開けると、そこは浴室になっていた。湯船には湯気が上がった湯が張られ良い香りに包まれていた。
コラリーはさっさとアリーチェの服に手を伸ばしてくる。あ!と思ったが、本来王女というのは自分で服を着たり風呂に入ったりはしないのを思い出し、黙ってされるがままになっていた。
まだあちこち蹴られた痕があるだろうに、コラリーがそれに触れることはなかった。そして湯につかると、コラリーが頭を洗いながら話しかけてきた。
「今日はお疲れだろうと気分の落ち着くハーブの香りのオイルを使わせていただきました。お好きな香りがありましたらいくらでもおっしゃってくださいね。
アリーチェ殿下の毛先が少し傷んでいるようなので、せっかくの美しい髪がもったいないですから髪の修復を促すオイルも後から塗っておきますね」
「ありがとう。初めて嗅いだけれどとてもいい香りだわ。頭も気持ちよくて眠ってしまいそう」
「眠ってもかまいませんよ。その間にスペシャルマッサージもしておきますから」
そういうコラリーは何だか楽しそうだ。人に髪を洗ってもらうのってこんなに気持ち良いのね。
コーランド王国にいた頃、アリーチェについていた侍女は最低限のことしかしなかった。だからお風呂も自分で入っていた。湯は侍女に言っても無駄なのでメイドに直接言いに行く。メイドは侍女程アリーチェを蔑ろにすることはなかったからだ。
アリーチェは本当にうとうとして気づいたら椅子に座らされ髪を拭かれていた。どうやって運んだんだ?と思ったが、アリーチェの体はやせ細っているので女性三人いればできるのかもしれない。
髪を乾かし梳かすと軽く化粧をされどこから持ってきたのか、シンプルながらも清楚なデザインのドレスが用意されており、それを着て靴も用意されていたものを履いた。
では参りましょうか。コラリーに促され客室を出たアリーチェはレニアも連れて歩いていた。今回の功労者だ。ご褒美ものである。途中で出会ったシビルからトマトを受け取るとそれを持ったまま応接室に向かう。
「アリーチェ殿下が来られました」
コラリーが言うと中からノエルが扉を開きアリーチェを招き入れてくれた。
中にはフェリクスとメルディレン侯爵、他に三人の男性と三人の騎士がいた。もちろん一人はノエルだ。
フェリクスがアリーチェに近づき肩を抱くと安心するようにと言ってきた。
「皆、紹介する。僕の婚約者、聖コーランド王国第一王女のアリーチェだ。これからよろしく頼む」
「アリーチェ・コーランドです。突然の来訪、申し訳ございません」
アリーチェが頭を下げると全員が慌てた様にそれを制止した。
「右から、アリーチェが知っている外務大臣のメルディレン侯爵、内務大臣ラバール侯爵。そして宰相のジョワロフ公爵だ。ステート、エドモンド、フェルナン、と呼べばいい。それからあのいかついのが近衛騎士団団長のオーバンだ。その横が王太子専用の第二近衛騎士団団長のエリク。それからアリーチェも知っているノエルだ」
アリーチェは全員の顔と名前をしっかり見て一人一人目礼しながら覚えるとフェリクスを見上げた。そんなアリーチェをフェリクスはソファーの隣に座らせ全員を見回した。
「今回の顔合わせはアリーチェの紹介だけではない。いわば作戦会議だ。こうやってアリーチェがやってきたということは、コーランド王国にいられない状況になったからだろう。違うか?」
アリーチェが頷く。その通りだからだ。
「アリーチェにはこのままフランディー王国に王太子妃教育をさせる為という理由で留まらせ、そのまま結婚式までいきたいと考えている」
全員が頷いたのを見てフェリクスがアリーチェに話しかけた。
「アリーチェ。何があったのか話してもらってもいいか?コーランド王国にもっともらしい理由を付けて許可を取り付けたい。その為の作戦会議だ」
アリーチェは膝の上のレニアを撫でると意を決して話し始めた。生まれてきてからコーランド王国を出るまで、あの国であの王家でされたこと全てを。そしてここまで来た理由と来られた理由を。
正直に言えばきっと罰せられることはないと信じることが全員の顔を見てできたからだ。
「僭越ながら一言。アリーチェ殿下のお体、主に背中ですが、青痣の跡がまだ痛々しい程たくさんあったとコラリーから報告を受けています。全て事実かと」
控えていた侍女長の発言に周囲がアリーチェを見る。聞くだけではなく痕跡を見たという話が加われば真実味が増し、よりコーランド王家に不快感を覚えたのだ。
「フェリクス殿下、ではこうしたらどうでしょうか?」
フェルナンが手を挙げる。
「コーランド王国で帰り際にフェリクス殿下の方から、良ければ結婚前にフランディー王国に来て、王太子妃教育を受けて欲しいと個人的に頼んでいた。その時にいつでもフランディー王国に来られるようにフランディー王国側の通行証の代わりになる、王家の紋章のついたペンダントを渡してあった。
早くフランディー王国の勉強を現地でしたいと思ったのと、フェリクス殿下に会いたくなったアリーチェ殿下がそれを使ってフランディー王国に入国した後、フェリクス殿下宛に手紙を書き、宰相である私が迎えに行った。
こちらとしても、王太子妃として学ぶことが多いので大歓迎で迎え入れたので、是非このままこちらで預からせてほしい。お互いの友好関係を築く為にも、お互いを知る努力をもっとしたい、と書いて、宝石を付ければいいんだろ?メルディレン侯爵」
「そうですね。数が多い方がいいでしょうね。王妃は質より量を好むお方です。筆頭侯爵家であるジョワロフ公爵家当主が自ら宰相として迎えに行ったとなれば、歓迎の度合いが凄いことを向こうも理解するでしょうし」
「そうですね、後は絹織物も付けましょう。農業は盛んな国ですが、基幹産業があまりありませんから絹はなかなかの高値で売られているはずですから喜ばれるんじゃないですか?」
「さすがラバール侯爵。それも良いですね!あとは今年一番のできのワインもつけましょう。これは国王が好きそうです」
各大臣たちの間で話が進んでいく。アリーチェ一人をフランディー王国に保護する為にこんなにたくさんのお金が動くとは。
とんでもないことを申し出たのでは?と不安になり辺りをきょろきょろと見回す。助けを出してくれる人を求めて。
「アリーチェ。君が気にすることではない。こちらがやりたくてやっていることだ。アリーチェが危険な目に合うくらいなら安いものだ。もう手出しはさせないよ。よくこんなに真っ直ぐ優しい女性に育ってくれたね。聞いた話だと、僕なら耐えられないよ」
フェリクスがアリーチェの肩を抱き寄せる。
「辛いばかりではなかったのです。厨房の皆さんは親切でしたし、祖父母も途中までいましたから。それに、この子も」
そう言ってレニアを撫でると思い出したとばかりに、レニアの前に切ったトマトを置いた。レニアがそれを美味しそうに食べ始める。
その時全員の視線が向けられたことにアリーチェが気づいた。
「アリーチェ。レニアはトマトを食べるのか?魚や肉ではなく」
「はい。初めは魚とかをあげてみたんですけど食べなくて、何が良いかと厨房に行ったらちょうど料理人がトマトを出しているのにかぶりついてしまって。それ以来、トマトが好きなんだなあと思って。トマトの無い季節は他のお野菜を食べてますね。不思議な子なんです」
『ありえないだろう――――』
その場にいるアリーチェ以外全員が思った。レニアは素知らぬ顔でトマトを食べている。
「移動している間ずっとあげられなかったんですけど、お城に来る前に寄った王都の市場でとても美味しそうなトマトを見つけたので買ったんです。美味しい?レニア?」
レニアはアリーチェを見ると目を細めた。アリーチェが気に入ったのね、と言って喜んでいる。
「レニア様には毎食新鮮なお野菜を準備するように料理長に伝えておきます」
一人先に冷静になった侍女長がそういうと、他の全員も我に返ったように話を始めた。
「アリーチェ殿下のお連れ様は変わった種別の個体なのでしょう」
皆がそうだそうだと言いあっている。
猫じゃない、とは決して言えない雰囲気だ。じゃあなんだと言われても猫の様に見える草食動物であることには間違いがない。じゃなければ猫が野菜で生きて行けると思えないからだ。
「ま、まあこんな感じで話を進めて、品物が揃い次第、コーランド王国に送りましょう」
「そうだな。アリーチェ殿下には二、三日休んでいただいてから、フランディー王国について学んでもらおう。家庭教師の手配は私がしよう」
フェルナンが言うと、その場は解散になった。
与えられた客室に戻ると、浴室の扉の横にある扉を開けて侍女たちが中で何かをしているようだった。見てみるとクローゼットルームのようで、たくさんのドレスやワンピース、靴に鞄と並べられている。アリーチェが戻ってきたことに気づいたコラリーが振り向いた。
「急ぎだったので既製品ばかりになりましたが明日からこちらから好きなものを選んでお召しになってください」
アリーチェが入って見回した。コーランド王国にいた時に使っていたクローゼットルームと同じくらいの広さなのだろうが、物が詰まっていて狭く感じる。それ程衣服がたくさん吊るされ、帽子や手袋まである。
「こんなにたくさん」
「いいえ、まだ足りません。ご結婚式を迎えられる頃にはこの倍以上にしましょう。それらは全てオーダーメイドにしましょうね。一緒にカタログを見たり生地を選ぶのが楽しみです!」
今度はシビルがアリーチェの手を握り言って来る。
「そうですね。フェリクス殿下の隣の部屋の工事がまだ始まってませんが終わり次第、そちらに移っていただくことになるかと思います。そうなればクローゼットルームは今の三倍になるので、ああ、今から楽しみです!」
コラリーまでもが夢見る乙女のように両手を握りしめている。この三倍!!セレーネの部屋ですらこの部屋くらいだった。買っては入りきらないことを理由にすぐに捨てるので困ることはなかったようだが。
そこへ侍女長ソレンヌが入ってきた。後ろにはワゴンを押したメイドもいる。
「アリーチェ殿下。少し宮についてご説明します」
アリーチェがソファーに座るとお茶と桃のケーキが出された。久しぶりに見るケーキに心が躍る。
しかし一番上の桃はサッと来たレニアが口にして去って行った。しょうがない、と思いながらソレンヌを見る。
「後から桃をお持ちしましょうね。レニア様もお気に召したようですので」
しょぼんとしたアリーチェにソレンヌが微笑みを浮かべる。
「すみません。久しぶりにこういった果物を見ましたもので、、、、」
「私どもに敬語は必要ありませんよ。王太子妃になられるのですから今から練習いたしましょう」
「はい。頑張ります。あ、頑張るわ」
「それで結構ですよ。では簡単に説明をします。王城は大きく分けて四つ。陛下を始め大臣や文官たちが執務をする中央部。
向かって右が近衛騎士団とフランディー王国軍の演習場や武器庫などの施設。左側が来賓客をおもてなしするゲストルーム。来賓が来られた際はこちらに宿泊していただきます。建国祭などは来賓で溢れるそうになるほです。
その時などに行われる王宮主催の舞踏会は、中央部一階、二階が利用されます。
そして外に出でその奥が王宮になります。中央の内宮が、陛下と王妃殿下のお住いの宮です。 両側にある別棟の宮が、陛下の側室お二人とフェリクス殿下の弟君がそれぞれ住んでおられます。
そしてその右隣にここ王太子宮があります。この裏やあちら側にもいくつか宮があります。フェリクス殿下も十五歳になられるまでは内宮にお住まいになられていましたが、正式に立太子された十五歳の時からこの宮でお一人で暮らしておられます。
それぞれの宮に王城の来賓用とは別に客室が用意されています。これらは、例えば、王妃殿下のご実家の方が来られてお泊りになられる時や、親しいご友人が遊びに来られてお泊りになられる時に利用されます。
今アリーチェ殿下がいらっしゃるお部屋は、王太子宮に唯一ある客室で、今まで使用されたことはありません。アリーチェ殿下がご自由にお使いになられてください。もうしばらくしたら二階のフェリクス殿下のお部屋の横の王太子妃殿下の部屋の工事が始まります。それが終わりましたらそちらに移っていただきます」
一気に情報を入れられたがだいたいのことは理解した。
「はい。この部屋で王太子妃教育は受ければ良いのかしら?」
「そうですね。王太子妃殿下の執務室も工事するのでまだ使えませんからこちらになります。メルディレン侯爵様からほとんどの事を学んでらっしゃると伺ってますので、それを補うようなものになるかと思います」
アリーチェはやはりフランディー王国に来て良かったと思った。みんな親切にしてくれる。誰もアリーチェをぶったり無視したり罵倒したりしない。アリーチェの話をちゃんと聞いてくれる。
「フェリクス殿下から夕食の招待が来ています。昼食を食べることができませんでしたから、フェリクス殿下と一緒にたくさん召し上がってくださいませ」
そう言ってソレンヌが下がって行った。クローゼットルームでは未だ、コラリーとシビルが片付けをしている。アリーチェはお茶を飲みながらレニアを撫でてそれを眺めていた。
フランディー王国王都郊外にはその場に不釣り合いな紳士が一人やってきていた。
「ラスコン劇団はここでよいか?」
皆が怪し気に紳士を見る。その中の一人が立ち上がった。
「そうですが、何か御用でしょうか?興行許可ならちゃんと取ってますよ」
「いや、そういうことではない。アリーという女性を知っているか?」
団員たちがどうしたものかと目を合わせあう。
「アリー様を連れてきてくださり感謝する。私はアリー様を保護した主からそなたらに感謝の意を表明する為に来た。こちらは主からだ。必ず受け取るように」
紳士の後ろにいた護衛と思しき騎士が小箱を渡した。恐る恐る団長が蓋を開くと金貨がたくさん入っていた。
「こ、こんなに受け取れない!持って帰ってくれ!わしらはアリーにもう礼はもらった!」
「いえ。そなたたちは通行証を持っていないのを承知してアリー様を助けるために密かにここまで連れてきてくれた。これは口止め料でもある。
アリー様をここまで連れてきたことを決して誰にも言ってはならぬ。そなたたちのためにも。それから、これが一番の主からの頼みだが、ここで興行する演劇の演目を、こういった内容にして欲しい。できるか?」
そう言って紳士は団長に書類を渡す。ザッと目を通すと団長が紳士を見上げる。
「かまわねえが、こういったことはフランディー王国の劇団にさせればいいんじゃねえのか?わしらはガーナット王国のもんだ」
「いいえ、主がそなたたちにとのことです。このお金を使って欲しいとのことなので受け取るように」
しばらく考えたあと
「わかった。アリーによろしく伝えてくれ。いつでも戻ってきて良いとも」
「アリー様はお幸せになられるので安心を。出来上がった演目はそちらで好きに利用してもらって構わない。それでは」
そう言って紳士は去って行った。
劇団員たちは書類を見てあれやこれやと徹夜で話し合った。