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聖痕がある妹ばかり可愛がられて育った王女ですが正式に王太子殿下と婚約しました

 アリーチェは走っていた。舞踏会が終わりフェリクスに挨拶すると急いで自室に戻って着替えることなくレニアに声をかけ毛布を持つと部屋を出た。幸い、部屋に戻るまで誰にも会わなかった。アリーチェは経験上自室にいるのは危険だと判断した。

 そして、これもまた経験上、人がいない道、場所をアリーチェはたくさん知っている。走って走って王宮の厨房の食物庫に入るとそっと扉を閉め、真っ暗な中毛布にくるまりレニアをその腕に抱いた。

 舞踏会など大勢の料理を作る時は、王城にある広い厨房を使うので、王宮の厨房は出払っている。朝までとりあえずここでしのごう。その後はフランディー王国との話し合いもあるし、嫁ぐまでの期間は長いが、今日の出会いを思えば耐えられると思った。

 やはり間違いではなかった。アリーチェが親書を読んで思った通り、フランディー王国はアリーチェを婚約者にと望んでくれていたのだ。その証拠にメルディレン侯爵は常に笑顔で話しかけてくれたし、フェリクス殿下は、、、とても優しかった。

 ダンスをしている時は羽が生えたのかと思う程軽々と踊れた。アリーチェが稀に舞踏会に出ても、誰もダンスを申し込んでこない。けれど祖父母に教えてもらったのが役に立った。

 セレーネによって選ばれたこのどこから出してきたのかと思うドレス。そして侍女たちに押さえつけられ、セレーネの監視の下行われたホクロが目立つようにされた髪結い。

 後から自分で直すこともできなかった。常に侍女が見張っていたからだ。そんなアリーチェの姿を見ても動じることなく接してくれた。更に美しいとまで言ってくれたのだ。

 このまま無事にフランディー王国に嫁げるよう策を弄さなければならないとアリーチェは決心した。


 朝になったのか厨房に人の気配がしたのでアリーチェはそっと扉を開けた。そこにいたのは料理長だった。アリーチェの姿に一瞬驚いたもののそっと水を渡してくれた。アリーチェはそれを飲み干すと礼を言って厨房を後にした。

 レニアとともに自室に帰ると悲惨な光景が広がっていた。改めていなくて良かったとホッとした。

 カーテンはあちこちはずれ、布団とシーツは引き裂かれていた。クローゼットルームに行くと僅かな服が散乱していた。破かれたもの、踏まれたもの。靴は踵が折れているのもあった。

 だが殆どの物がセレーネに取られていたので部屋には家具以外ほぼないのが幸いだった。サイドテーブルの引き出しの隠し棚に入れておいた祖父母の小さな肖像画は確認したら無事だった。

 以前暴れた時はまだ物が出してあったので、棚の上の買ったばかりの置物や祖父母の肖像画も床に散らばっていた。それ以来隠し棚のあるサイドテーブルを密かに購入しそこに隠したのだ。

 一見ただの小さな棚だ。カモフラージュに造花を飾ってある。セレーネは見た目も地味なこの棚に興味を示すことはなかった。それほどアリーチェの部屋に溶け込むような質素な棚だからだ。

 こういった事は何度もあった。セレーネの機嫌が悪い時に起こる事の一つだが、これは機嫌が一番最低な時に起こるのだ。

 反発するのも言い返すのもとっくの昔に諦めた。誰も助けてくれないからだ。その為どんな時もセレーネの機嫌を察知することを欠かさないし、逃げられるなら逃げるのみだった。

 まだ夜が明けたばかりだ。静かに少しでも無事だったドレスに着替えると、自分で水を運び化粧を落とし、髪をほどいた。何度といても洗わないことには直りそうにない髪を諦めると、再度自分で髪を結い上げた。フェリクス殿下は嫌悪しなかった。

 それならもうこれで良いだろう。誰に何を言われても良い。本当はお風呂に入りたかったが今日は無理そうだとアリーチェはこちらも諦めたのだった。

 準備が終わると、厨房から自分の分とレニアの分の食事をもらってきて食べた。その後も、自分でカーテンを付け直し、シーツをもらってきて交換し、布団は諦めた。毛布があるから当面大丈夫と判断したのだ。

 それが終わる頃侍女が呼びに来た。今まで何をしていたのかと思うが、どうせいても手伝ってくれるわけではないからと何も言わなかった。

 呼ばれた応接室に行くとフェリクス殿下とメルディレン侯爵、そしてアドルドがいた。フェリクス殿下の向かいには両親、その横にはカルロとセレーネがいた。座るように言われた場所に座ると父親が話し始めた。

「婚約の話を進めたいとのことで、こちらとしても友好が深まりめでたいことですな」

 机の上を見るといくつものビロードの箱があった。蓋は全て開けられ、中には様々な宝石が入っている。母親の目はもうそれらしか見ていない。娘の婚約の話だと言うのに。

「我が国としては早急に進めたい。自国の民を早く安心させたいので」

 フェリクス殿下の言葉にアリーチェは飛び上がりそうなくらい嬉しかったが何とか堪えた。嬉しそうな素振りはしてはいけないからだ。

「そうだ、王都には大聖堂がありますよね?今から婚約式をしてしまいましょう」

 まさかのフェリクス殿下の言葉に更に飛び上がりそうになったがセレーネの視線が気になり俯くしかない。

「それがよろしいでしょう。お互い何度も行き来するのは大変ですから。陛下もよろしいですよね?フェリクス殿下もこうおっしゃってますし」

 アドルドが付け加える。

「そうだな。アリーチェ。今からフェリクス殿と一緒に大聖堂に行って婚約式をしてこい。簡単なもので良い。大聖堂には伝令を出しておく」

 まさかこんな急展開になるとは。しかし嬉しくても直ぐには頷かない。アリーチェが怖ず怖ずと頷くと、

「では行こう」

 とフェリクス殿下がアリーチェの手を取った。そのまま応接室を出ると、どんどん歩いていきフランディー王国の紋章が書かれた馬車に乗せられた。

「いやー、ステートの言う通り、たくさん持ってきて正解だったな」

「そうでございましょう?」

「こちらの思い通りに事が運んで怖いくらいだ」

 アリーチェは二人の会話を黙って聞いていた。何故なら心の底から喜びが溢れ出してくるのを噛み締めていたからだ。

「アリーチェ殿。いや、もう婚約するのだし、アリーチェと呼んでも良いか?」

「もちろんです。私もフェリクス様とお呼びしますね」

 そう言って浮かべたアリーチェの笑顔にフェリクスは心の底から早くしなければと思った。この笑顔を側でもっと見たい、と。

「机の上を見ただろう?たくさんの宝石でアリーチェを買うような真似をして申し訳ない。しかしそれが一番早いとステートが言うから持参した。呆れたか?」

「いいえ。私も早くフランディー王国に行きたかったので、私の為にあんなにたくさんご用意いただいて感謝申し上げます」

 大聖堂に着くまで二人は取り留めのない話を束の間楽しんだ。


 大聖堂に着くと聖官長が出迎えてくれた。そのまま案内され、精霊リューディアとスティーナの前で二枚の婚約書に署名した。

 一枚はコーランド王国のこの大聖堂で保管され、もう一枚はフランディー王国の王都にある聖堂で保管されるそうだ。

 たったこれだけで終わった婚約式だったがアリーチェは幸せだった。隣を見上げるとフェリクスがそっと肩に手をかけアリーチェの頬に口づけした。アリーチェは思わずギュッと目をつむったが、目を開けるとフェリクスが覗き込んでいた。

「ごめん。嫌だった?綺麗な目だったから思わず予定にないことをしてしまった」

 アリーチェはぶんぶんと首を振る。

「いいえ。少し驚いただけです。嫌じゃありません」

「良かった。婚約式を終えて直ぐに嫌われたら泣いてしまうよ」

 フェリクスが不安気に眉尻を下げて言う。こんな素敵な方なのに、何を不安に思うのか。それよりお風呂に入っていないアリーチェは自分の匂いの方が気になった。

「さあ、王城に戻りましょう。無事終わったことを陛下にお伝えしなければ」

 立会人をしていた宰相に言われ一行は王城に戻った。帰りの馬車ではフェリクスがアリーチェの手をずっと握ってくれていて、安心しろと言われているように感じた。


 応接室に入ると出ていった時よりも疲れた顔をした両親がいた。

「無事に終えたようだな。フェリクス殿。娘を頼むよ」

 おめでとうの一言もないのには、諦めていたとはいえさすがに悲しみを感じたが、しょせんやはりアリーチェなどどうでもいいのだろう。

「ええ無事に終えました。ご息女を大切することをお約束します」

「不束者ですがこれでも役に立つことはあるでしょう」

 大切にされた記憶はないが大切ではありませんのでどうぞ、などとも言えないのだろう。

「それにしてもアリーチェはフランディー語がお上手ですね」

 ハッとアリーチェがフェリクスを見た。アリーチェの方を見ていたフェリクスはもしかして地雷踏んだのか?と焦った。

「アリーチェ。おまえフランディー語ができるのか?」

 アリーチェの教育に関心のなかった父親にしたら当たり前の疑問だ。いつの間にと思ったことだろう。

 昨日の舞踏会で両親の前で挨拶した時だけコーランド語を使った。それはフェリクスがコーランド語で話しかけてくれたからだが、壁際に移動してからも今日の馬車の中でもアリーチェはずっとフランディー語で話していた。

 アリーチェはフランディー王国に嫁ぐのだから当然だと思っていたが、アリーチェがフランディー語を話せることを知らない両親にしてみれば寝耳に水だっただろう。

「ええ、少しだけ。隣国ですから使えたら良いなと思いまして。独学なので本当に少しだけですが」

 少しだというのを強調する。本当は祖母からしっかり習っていた。隣国の言葉を覚えて損はないからだ。どこに出しても恥ずかしくない王女にしようとしてくれた結果だ。

「そうだったのか。少しなら結婚までにもっと勉強しなさい。おまえはフランディー王国に嫁ぐのだから」

「はい。かしこまりました」

 辛うじて答えたアリーチェは、セレーネの視線が部屋に入ってからずっと刺さっていることに気づいていた。最低の方の視線だ。

「ではお時間をいただきましてありがとうございました。詳しい結婚式の日程は帰国後また外務大臣を通じて決めましょう。御国と良縁が結べて国に帰れば両親に喜ばれそうです」

「そうですな。フェリクス殿はいつ帰国の予定ですか?」

「実はこれから宿に戻って直ぐに帰国します。半月以上国を留守にしたので戻ったら仕事が山積みですよ。最近父が私に回してくる仕事が増えてしまいまして」

 とフェリクスが困ったものですと付け加えた。

「いやいや。私も早く息子が育って仕事を任せたいですよ」

「カルロ殿は聡明とお聞きしていますので直ぐにその日がきますよ」

 なんともお世辞が上手い。カルロが聡明などという噂はアリーチェは国内でも聞いたことがない。カルロはセレーネにある意味心酔しきっている。もちろん幼少期から一緒に暮らしていのだからセレーネがそうなるように教育したのだろう。

 いずれ王位はカルロが継ぐが、セレーネは婿をもらって王家に残るので傀儡政権を敷くつもりなのだろう。セレーネが考えそうなことだ。

「では失礼いたします。次お会いできるのは結婚式ですね。それまで健勝でいらしてください」

 フェリクスが辞去の挨拶をすると立ち上がり応接室を後にした。アリーチェは馬車まで送ってくれるつもりなのかついて来てくれている。

「アリーチェ。早く会えるのを心待ちにしているよ。それまで体に気をつけて。それから、アリーチェのフランディー語は完璧だ。勉強する必要もない程だが、もしまだなら、フランディー王国の歴史について学んでおいてくれると助かる」

「はい。図書室にはそういった書物がたくさんありますので、ある程度は学んでおりますが、更にフランディー王国のことを学んでおきますね」

 アリーチェはフェリクスの肩についた糸くずを取ると約束した。

「まるでもうご夫婦のようですな。めでたいことです」

 メルディレン侯爵がにこやかに笑っている。恥ずかしい、と下を向いたアリーチェは出過ぎたかと思ったが、フェリクスの護衛もアリーチェがフェリクスに触れるのを止めなかったので大丈夫だったのだろうと思いなおした。

 フェリクスがアリーチェの頬に触れた。

「無理はしないように。後、体は大切にしてほしい。もちろん心もだ。辛いことがあれば手紙を送ってくれ。必ず返事を書くから」

 フェリクスがそう約束すると馬車に乗り込んだ。アリーチェは馬車が見えなくなるまで見送った。


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