王太子は危機一髪の中恋に落ちました
建国祭前日にフランディー王国一行は聖コーランド王国の王都に着いた。
本当は王城に招かれたのだが、王都の様子を見たいという理由をつけて王都で一番の宿に宿泊することにした。実はステートが舞踏会で初顔合わせの方が良いと言ったからなのだが。
そこまで念入りに策を練っているステートに理由を尋ねても、その方がぐっとお互いが近づきますよ、とかなんか言って誤魔化すのだ。
荷解きをしている侍女たちを横目にフェリクスは同行しているステートに予定の確認をした。
「明日の舞踏会まで予定はありません。ゆっくりおくつろぎください」
「なあ、本当にこの国の第一王女と婚約するのか?」
「ご不満ですか?ご不満なら代案を殿下は出せますか?」
ステートが詰め寄ってくる。
「代案なんてない!それでも第一王女の情報をもう少しくれてもいいだろ?ステートは聞いてもいつも『美しい方ですよ。聡明で明るい方ですよ』それしか言わない。
まあ政略結婚なんてそれくらいの情報でも良いのかもしれないが、僕は自分で言うのも何だが特殊なんだぞ?大丈夫なんだろうな?」
「まあまあ、堂々としていればいいだろ。おまえ一国の王太子だぞ。そんな挙動不審でどうする」
王太子付きの近衛騎士ノエルが言う。学園時代からの親友でもあるから言葉に遠慮がない。そしてそのノエルこそがフェリクスに令嬢恐怖症と名付けたのだ。
「いや、だって婚約するということは結婚するということで、そうなると一生を共にするということだぞ?この僕が。不安にもなるだろう」
「本当にフェリクスは女性、というか婚約者とかの話になるとダメ人間になるな。いつもの冷静さはどこに消え失せるんだよ」
情けない、とノエルが付け加えるのにフェリクスは一睨みすると、ノエルはおーこわと言って手をあげた。
「殿下、私は城に行ってコーランド王国の外務大臣に先に到着の挨拶をしてきますので、部屋でくつろいでもいいですし、町に出られるなら必ず護衛をつけてくださいよ」
ステートはそう言うと一礼して出て行った。
「フェリクスはどうするんだ?」
「そうだなあ。弟たちに土産でも買いに行くかな」
フェリクスはそう言うとノエルを護衛に町へと出かけた。
コーランド王国城内の外務大臣執務室では、二人の男性が向かい合っていた。
「ようこそお越しくださいました。ご希望通りに進みそうです」
「いえ、こちらこそ、お久しぶりです。快諾いただき感謝申し上げます」
話しているのは聖コーランド王国外務大臣アドルドとフランディー王国外務大臣メルディレン侯爵だ。
「このまま予定通り、アリーチェ殿下はこちらでお迎えいたします。陛下がアリーチェ殿下を手放してくれて感謝ですな」
「はい。断る可能性もあったのですが、フランディー王国は資源が豊富だから、とお伝えしたら王妃殿下が乗り気になりましてね。上手く行きましたよ」
「これで貴殿の懸念もなくなりますな。うちとしても、王太子殿下には早く婚約して欲しかったので、アリーチェ殿下にお会いした時から是非にと思っていたのですよ。一緒に策を考えてくださって感謝しかありません」
「私は幼少の頃からアリーチェ殿下を見てきましたが、この国ではあの方は幸せになれないと思っておりました。
とても愛らしく聡明な方なので、是非とも他国と良縁をと思っておりましたから貴殿から話をいただいてすぐさま行動に移しましたよ。私は仕事柄他国によく行きますが、僭越ながらアリーチェ殿下程の王女はおりません」
「私も同意見ですな。この世代で一番の王女はアリーチェ殿下です。我が国に早くお越し願いたいものです。我が国であれば、アリーチェ殿下は正当な評価を受けることができますよ。ご安心ください」
「よろしくお願いいたします。先代両陛下から頼まれておりましたのでこれで肩の荷が下りました」
「まあ、まだ油断はできませんが。必ずや成し遂げましょう」
二人はそう言って固い握手をした。
翌日夕刻。いよいよ建国祭の最大の催しの式典とその後の舞踏会が開かれる。庶民は朝からあちこちで祭として色々な催し物を楽しんでいたようだ。
「おかしいところはないか?」
「ございませんよ、殿下。本日も完璧でございます」
侍女が胸を張って答えている。
「時間だぞ」
「では参りましょうか」
ステートとノエルの呼びかけでやや緊張した面持ちでフェリクスは馬車に乗り込んだ。
「あれが王城か。そんなに大きくはないんだな」
「そうですね。コーランド王国は基幹産業もありませんし、どちらかと言えば信仰の国ですからね。シンルガーラ山への観光客たちが一番の外貨獲得の国ですよ。農業は盛んですが」
そんな話をしているうちに馬車付けに到着した。案内係が会場へと誘う中城内を窺う。馬車の中で聞いていた話よりかなり華やかだ、というのが第一の感想だった。
そしてその感想は会場内に入って更に大きくなった。装飾がかなりされている。それほど裕福な国ではないという考えを変えなければならないようだ。
「ステート。聞いていた話より随分華やかだな」
「元々コーランド王国はここまで華やかではありませんでしたよ。聖痕を持つ王女が生まれてから他国から貢ぎ物が送られてくることが多いようで、その為でしょうね。うちからはご出産祝い以降特に何も送ったことはありません」
「ちょっと派手過ぎじゃないか?」
ノエルの言葉にうなずく。国力に見合わないどころかそれ以上の装飾は却って下品にさえ感じた。
そうこう話している間に、建国祭の挨拶と在位15周年の記念式典が始まり国王陛下が集まった人々に挨拶をした。
この場に呼ばれているのは、国内の貴族と上流商人、そして他国からの来賓客だ。つまらない挨拶の中には、第二王女を褒める言葉が数多く含まれていた。
そして自国の貴族代表からの祝辞、来賓国から選ばれた代表からの祝辞が続き式典は終わった。その後隣の会場に場所を異動し、いよいよ舞踏会の開始である。
「我が聖コーランド王国は聖痕を持つ我が娘セレーネのおかげで更に繁栄するであろう。国民も、他国からの来賓も、今宵セレーネから幸福をその手に!乾杯!」
こっちでの挨拶も第二王女か。この国は第二王女で成り立っているのか?些か胸焼けを感じながら周囲を見回す。正面に作られた王家が揃っている場所に挨拶に向かう人々が列をなしている。
普段は自分が挨拶される立場の為、新鮮に感じながら自分もその列に付かなければならないのかと思っていたら、最後の方で良いとステートに言われた。それより他国の来賓客を紹介するからと言われ会場内を連れまわされた。
外務大臣であったり国王だったり、自分と同じ王太子だったりと挨拶をするたびにステートが、フェリクスがコーランド王国の第一王女アリーチェとの婚約が決まったと付け加えていた。
その中にはフランディー王国で会ったことがある王族もいて祝辞を述べられるに至っては、外堀がどんどん埋められていくことにフェリクスは諦めを感じていた。もうこうなったら第一王女と結婚するしかない。今さらやっぱり止めますでは第一王女に傷がつくことになる。
最低限、まともな会話ができる相手であれば良いと思うようになっていた。
「殿下、そろそろ行きましょう」
ステートに促され列の最後尾につく。背が高めなフェリクスは王家の姿が見え始め、それに違和感を感じた。
国王、王妃と並び、その横には14、5歳の少年。きっと王太子だろう。そして驚いたのが真っ赤な生地にふんだんにレースを使ったドレスを着ている女性。確実に王女だ。ティアラを被り左腕を胸に重ねていてその指には大きなルビーの指輪がはめられていた。まさかあれ?と思いながらよく見るとその後ろにもう一人女性がいることに気づいた。
前にいる女性とは違いくすんだ深緑のドレスはシンプルなデザインだ。それに引きかえ髪だけは高く結い上げられ目立つように真っ赤なリボンが付けられていた。何とも違和感のある装いだ。しかしその顔はしっかり前を向き、祝辞を述べる人々の話をしっかりと聞いているようだ。
そしてフェリクスの番がやってきた。
「フランディー王国王太子フェリクスと申します。国王陛下の拝謁に賜りまして誠にありがとうございます。また、在位十五周年をお祝い申し上げますとともに御国の繁栄をお祈りいたします」
フェリクスは必死に取り繕い祝辞を述べた。背筋が凍った。名乗った途端に。あのいつものぎらついた目が向けられていることに気づいたからだ。それに自分も気づいただろうにフェリクスに続いてステートが祝辞を述べている。ぎらついた視線の先を見る勇気はない。
「フランディー王国の王太子は有望だと聞いていたが姿も美しいのだな」
コーランド国王が話しかけてくる。
「いえ、私はまだ未熟者でございます。初の外交で緊張しております故大目に見ていただけるとありがたいです」
国王の横の王妃の目もぎらつき始めていて、視線を外しさ迷わせた先で王女と思われる後ろの女性に目が吸い寄せられた。彼女は少し微笑みを浮かべたままである。視線もフェリクスに向けているが、先程から一切表情が変わらない。
自然と目が行く美しさがそこにはあった。
「フェリクス殿、紹介が遅れました。こちらが我が国の至宝第二王女のセレーネです」
国王の言葉に無理矢理視線を真っ赤なドレスの王女に移された。顔は引きつったが声が出なかっただけ許して欲しい。その目は今まで見た中で一番怖かったのだから。
「お噂は聞き及んでおります」
必死に堪えながら会話を進める。早く終われと願いながら。それなのにセレーネという王女はフェリクスに近づき二の腕を見せつけてくる。そこには紫の模様があった。
これが聖痕か、としか思わなかった。何もそこに感じなかったからだ。もっと目の前で見れば感じる何かがあるのかと思っていたが。それよりも視線が怖い。
「フェリクス殿下。お会いできて光栄ですわ」
話しかけてくるな。必死に抑えながら必殺王太子の笑みで誤魔化しているとコーランド王国の外務大臣と名乗った男が後ろの女性をフェリクスの前に連れてきた。
「初めてお目もじ致します。聖コーランド王国第一王女アリーチェでございます。よろしくお願い申し上げます」
姿勢よく美しい立ち姿、そして洗練されたカーテシー。何より真っ直ぐで透き通った目にフェリクスは顔の引きつりが治まるのを感じ、自然とアリーチェに自ら声をかけた。
「初めまして。アリーチェ殿。この後一曲踊っていただけませんか?」
自分でもスラスラ出てくる言葉に驚いたが斜め後ろにいたノエルがのけぞっているのを感じた。
「お誘いありがとうございます。喜んで」
はにかみながら笑う顔は可憐で、こんなに女性の顔をじっと見たのは初めてかもしれないとフェリクスは思った。更にスラスラ言葉が出てくる。
「良き出会いになりましたね。ダンスの時間まであちらでお話ししませんか?」
フェリクスは嘘だろーと心の中で叫びながらも言葉が止まらない自分に驚いていた。そしてフェリクスが差し出した手にアリーチェの手が添えられる。
エスコートをしながら人の邪魔にならないように壁際へと移動した。その背中に猛烈な視線を感じながらもそれさえ気にならなかった。
壁際に移動すると、周りはフランディー王国とコーランド王国の外務大臣、護衛のノエルだけになった。
「フェリクス殿下。アリーチェ殿下は美しいでしょう?」
ステートが自慢げに言ってくる。
「ああ、とても美しい」
そう応えながらアリーチェの装いを改めて見てみた。ドレスは地味過ぎる。けれど結い上げられた髪だけは逆に派手なほど赤いリボンがたくさんついているのだ。本来は美しい金色の髪なのだろうにこれではそれがいかせていない。ドレスに装飾が一切ないのも逆におかしい程ちぐはぐなのだ。
それでも、それを補って尚余りある程少ない会話の中で気品と知性を感じた。立ち振る舞いもそうだ。王女として堂々としながらも、全身から柔らかい光が漏れているのではと思う程温かくそして美しいと感じさせるものがあった。
「恐れ多いです」
そう言って俯いたアリーチェの後ろ首が目に入った。ホクロか?と思っているとそれに気付いたアリーチェがサッと手でホクロを隠した。その仕草でフェリクスは気づいた。
本当はアリーチェはこのホクロを隠したいのにこの髪型にされたのではないかと。だからちぐはぐなんだと。本人が気に入らない服や物はやはりそれがどこかに出てしまうものだ。フェリクスは気にせずそっとアリーチェの手を取った。
「美しい首筋に目が止まってしまい不躾でした。お許しいただけますか?」
アリーチェの前では素直にスラスラと褒め言葉が出てくる。不思議なものだ。斜め後ろのノエルがゲっといっているのが聞こえたが聞こえないふりに限る。
「許すも何も、お見苦しいものをお見せし申し訳ございません」
アリーチェの声が少し震えているように感じフェリクスはその手に口づけた。
「いいえ。美しいので見惚れたのです」
真っ赤になって下を向いたアリーチェにステートが話しかける。
「うちの王太子殿下はいかがですか?」
「素敵な方だと思います」
アリーチェのふわりと笑って言う姿にフェリクスは胸が高鳴るのを感じた。
「アリーチェ殿下。素晴らしいご縁に恵まれましたね。おめでとうございます。お似合いだと思いますよ」
アドルドがこんな事を言うのは初めてだ。それこそ家族どころか他人から褒められたこと自体が初めてで、アリーチェは冷静さを保とうと必死に努めた。
楽団が奏でていた曲を一旦止めると王家の席へと目を向けたのがわかった。ダンスの時間の始まりだ。
まずは主催の国王と王妃のダンスだ。二人がフロア中央に降りてくる。それに合わせるように人々が場所を空ける。二人がホールドすると曲が始まった。それに合わせて踊る両親を横目に突き刺すような視線にアリーチェは背を向けた。
「このあと踊っていただけますか?」
フェリクスの問いかけにアリーチェは小さな声で応えた。
「両親のダンスが終わる直前にここから一旦出てドレッシングルームに行ってください。そして十五分程戻らないでください。
護衛の方も一緒に行ってください。決してその時間より前にドレッシングルームから出ないでください。お戻りになられたら先程のお誘いをお受けします」
小さな声だったが、真直ぐに見つめてくるアリーチェの言葉にフェリクスは頷いた。アリーチェがこのようなことを言う意味を察したからだ。
そのまま大臣を交え会話をし、国王たちのダンスが終わる前にグラスを給仕に渡すとノエルと共に会場を出てドレッシングルームに入った。
「婚約者殿はどうやら逃がしてくれたようだね。勘の鋭い方だ」
「そうなんだよ。少しでも気を抜くと倒れるかと思ったよ」
そう言うフェリクスにノエルは肩をすくめた。
「その割にアリーチェ王女と楽しそうに会話してたな。あんなキザな言葉を言えるとは驚きすぎてこっちが倒れるかと思ったよ」
ノエルがそう言った時だった。外が少し騒がしくなり何かあったのか?と思っているところにコーランド王国の近衛騎士が一人入ってきた。
「フェリクス殿下。セレーネ殿下がお探しです。会場に戻られてください」
この言葉にノエルの眉間にシワが入った。
「コーランド王国の近衛騎士はフランディー王国の王太子に何か指示できる立場にあるとでも思っているのか?不敬だろ。
王太子殿下は少し人に酔ったので休憩中だ。そちらに指図される謂れはない。国王陛下がというならまだわかるがな」
「しかし、聖痕を持つセレーネ殿下がお探しなのです。セレーネ殿下のお側に行けば幸運が訪れるとまで言われているのです。光栄なことではありませんか!」
ブチリと何かが切れる音が聞こえたような気がした。
「だから休憩中だって言ってるだろ!この国の近衛騎士は礼儀を知らないようだな!」
ノエルは近衛騎士を締め上げると個室の一室に放り込んだ。外へ出せばこういうのが増えると判断したのだろう。ノエルは細身ながら実は強い。ノエルにしてみればこんな近衛騎士など簡単に絞め殺せるが、さすがに隣国に来てまでそのようなことはしない。
なるほどドレッシングルームから出るなとはこういうことか。男相手ならば今の様に相手をするだろうが女性には躊躇いがあるだろうとアリーチェが思ったのだろう。
「なんなんだあれは。不敬にも程があるだろ」
ノエルが毒づいている。
「それにしても何故十五分なんだ?」
「セレーネ殿下のファーストダンスが終わる頃でこざいます」
そこに入ってきたのはコーランド王国の外務大臣だった。
「現在の王家主催の舞踏会では、まず両陛下がダンスをし、その後セレーネ殿下が踊ります。セレーネ殿下のお相手は毎回変わります。お相手したいと願い出る者が多いので、その時の気分でセレーネ殿下が選びます。
ですが、今夜あの場に王太子殿下がいらっしゃれば間違いなくセレーネ殿下に望まなくとも選ばれます。お気付きではありませんでしたか?セレーネ殿下がずっと王太子殿下を見ていたことを」
背筋をゾクリとしたものが走った。
「アリーチェ殿下がそれに気付いてあの様におっしゃったのです。ちなみに私が王太子殿下に説明に来たのはアリーチェ殿下をお守りする為です。
メルディレン大臣もこの事を知っているのですが、メルディレン大臣があの場を抜け私が残れば、セレーネ殿下がファーストダンスの前に、アリーチェ殿下に退出を促す可能性があったので私が参ったしだいです」
大臣二人は親しいのか連携が取れているようだ。さすがステートと言うしかない。ステートの外交能力の賜物だ。
「アリーチェ殿の言う通りしばらくこのままここにいて頃合いを見て戻るよ」
「はい。そのようにお願い致します」
外務大臣の去っていった後、ノエルは外の気配を窺うと、外はもう大丈夫そうだと言った。
「はあ。あれは今までで最強に怖い。あんなのが精霊に近い存在とか、疑うレベルだよ」
フェリクスはセレーネの姿を思い出す。
「あれはどう考えても毒を放っているだろ。派手過ぎるドレスに派手過ぎる化粧。あれがこの国の流行りかと思えば周りにそんなのは誰もいない。あとあの目。猛禽類だろ」
フェリクスの言葉に同じ様に姿を思い出したのかノエルが笑いを堪えている。本当は大声で笑いたいのだろう。だが聞かれれば見つかる可能性があるから仕方がないのだ。
「確かにあれはないな。今ならメルディレン侯爵のどちらかは決まっているという言葉に実感が湧くな」
二人は取り留めのない話をして十五分経った頃会場に戻った。すぐにアリーチェを見つけたので側に行き再度ダンスを申し込む。今度はアリーチェがすぐに手を取ってくれた。
二人はホール中央に進み出ると曲に身を任せた。踊る相手もいないのに練習だけはいざという時の為にしていたフェリクスが驚く程アリーチェはダンスが上手かった。
「先程はありがとうございました。正直、妹君には申し訳ないが苦手意識を持っていましたので助かりました」
「いいえ。過去の経験から推測しただけです。こちらこそメルディレン侯爵に助けていただきましたわ」
難しいステップを踏みながら軽々と会話を交わすアリーチェに、そう言えば家族以外で女性と踊ったのは初めてだなと思い出した。こんな簡単にアリーチェとはできるのに他の女性とは一切ダメだったことを思うと、正に運命かもしれない、とフェリクスは思い始めていた。
悔しいがステートの言う通りだ。ステートには褒美を与えなければならないな。それにしても曲が終わるのがもどかしい。余韻を楽しむようにフェリクスはアリーチェの手を離し礼をした。
その後もアリーチェと壁際で会話をしながら時間が過ぎるのを待つ。
そして宴も終わりを告げる頃、フェリクスとアリーチェの婚約が決まったと国王から発表があり、ざわめく会場で二人で手を振った。本来なら送られるべき盛大な拍手は起こらなかった。よく見ると拍手をしているのは来賓客ばかりだったからだろう。
別にそれで良い。なんとなくだがフェリクスは歪なコーランド王国王家の姿を理解したからだ。一刻も早く婚約式をして結婚したい。最短で話を進めるようステートに指示しよう。横に立つアリーチェを見ながらそう決意した。