表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/11

聖痕がある妹ばかり可愛がられて育った王女ですがその妹に脅威を感じています

 アリーチェは喜んでいると悟られないように部屋まで悲しい顔をし続けた。そして部屋に一人。いや厳密にはレニアと二人きり、いや一人と一匹になって初めて満面の笑顔を浮かべレニアを抱きしめた。

 この国から離れられる!この国が嫌いなわけではないが、居心地がいい場所では決してない。二年前に祖父母が王家の所領に移住してから慰めてくれるのはレニアだけだった。祖父母はまだ王都にいたかったが父がそれを許さなかったのだ。

 仕事がやりにくいから完全に隠居しろと言ったらしい。特に母が聡明な賢母として国民に慕われていた祖母のことを嫌っていて父親をせっついたようだ。

 聖痕持ちのセレーネを産んだ母の事を大切にしている父はそれに従った。アリーチェを心配しながら二人は所領での隠居生活をさせられることになったのだった。

 アリーチェはレニアのお腹に顔をうずめるとクルクル回り喜びの声が溢れそうになるのを懸命に堪えた。そして立ち止まるとレニアのお腹の匂いを吸い込んだ。

 フランディー王国の王太子についての知識はある。年齢は二十歳。美しく知性のある顔立ちだと聞いている。変な噂は聞いたことがない。

 冷徹だとか、暴力を振るうとか、女癖が悪いとか。ただ、王族なら婚約者がとっくにいてもおかしくない年齢なのに何故か未だにいないのが謎だ。何か特殊な事情があるのだろうか?でも、そんなことアリーチェは気にしない。

 さっきまでのアリーチェは、この国を出て王太子妃になるなんて夢のまた夢だったのだから。ちょっとくらい問題があっても気にしない気にしない。どうせ政略結婚なのだから愛やら恋やらを求める方がおかしいのだ。

 ただ一点。メルディレン侯爵の親書に書かれた最後の一文だけは期待をいだいても許されるような気がする。とアリーチェが納得しているところにノックもせずバン!と扉が開いた。丁度扉には背を向けていたので嬉しそうな顔を見られずに済んだが、こんなことをするのは一人しかいない。

「セレーネ、どうしたの?」

 アリーチェが振り返るとセレーネの顔が獲物を見る目になっていた。そして後ろ手に持っていた何かをアリーチェに見せつけた。

「セレーネ!止めて!」

 それは恐怖の時間の始まりだった。

「お姉様。隣国にお嫁に行く前にキレイにしなくちゃね。やっぱり切り落としましょうよ!」

 そう言ってセレーネが近づいてくる。それはセレーネが極度に興奮している時にアリーチェにする最大の暴力だった。

 セレーネが切り落とそうと言っているのは、アリーチェが気づいたときには既にあったホクロのことだ。後ろ首の真ん中辺りにあるやや大きめのホクロで、少し膨らんているのだ。

 最初に気づいたのはセレーネだった。たぶん、幼少期には薄い色のホクロだったか、成長してから新しくできたホクロなのだろう。

 七歳の頃だった。アリーチェは金色に輝く真直ぐに伸びる髪をいつも下ろしていた。その方が楽だったし、髪留めなど持っていても全部セレーネに取られるのだからこれで良いと思っていたのだ。

 しかし母に結んでもらったとセレーネが可愛いリボンを見せびらかしてきて、アリーチェには自分が結んであげると言って髪を引っ張ったのだ。

 その時にホクロが見えたらしい。そんな場所にホクロがあるなんて醜くて可哀想といってセレーネは笑った。アリーチェの首のホクロがあるらしきところを侍女たちに見せ、更に一緒に笑ったのだ。

 どこもかしこも醜いお姉様は役立たずねと言って去っていったあと、自分で確認し触れてみた。痛くはない。だができものの様にぷっくり膨らんているホクロは確かに髪を上げれば目に付く場所にある。しかし醜いとは思わなかった。

 いつも通り髪を下ろしていれば、セレーネの様に醜いと感じる人の目に触れることはないから気にしないでおこう、とアリーチェは思ったのだが、アリーチェがセレーネが望んだ様に悲しんでいないことを知った時から、時々発作のようにこうやって言ってくるのだ。その手に銀色に輝くハサミを持って。

「止めて、セレーネ!危ないわ!」

 部屋の中で逃げ惑うアリーチェにチャキチャキとハサミを鳴らしながらセレーネが追いかけてくるのを机やソファーの周りを回って何とか凌ぐ。

「そんな醜いホクロがあったらお姉様が先方からいらないっていって返されちゃうわ。それだと友好が深まらないのだからこの国が困るの。だから切り落としましょうよ」

 はっきり言ってこの時のセレーネは尋常じゃない目をしている。隣国の王太子妃にと望まれたのは自分だけど自分は行けないから、代わりに行く可哀想なアリーチェ。

 きっと隣国ではがっかりされて誰にも愛されないだろう、と先程の出来事で思ったセレーネはアリーチェの不幸に極度に興奮したのだろう。

 セレーネは何よりもアリーチェの不幸を喜んだ。アリーチェを気にかけて可愛がってくれていた祖父母がいなくなった時もこうなった。アリーチェが学園に行かないことになった時もこうなった。

 この恐怖は持久戦だ。セレーネが疲れて正気に戻り飽きて去っていくまで続く。当然誰も止めない。こんな恐ろしいことをする妹に何故精霊は聖痕を与えたのかと思ったこともあるが、あるものはあるのだから仕方がない。逃げるのみである。

 けれど、この持久戦は今回は長くは続かなかった。興奮が過ぎたのかセレーネが失神したのだ。それを見たセレーネつきの近衛騎士や侍女たちは慌ててセレーネに駆け寄り騎士が抱き上げどこかに連れて行った。ハサミを残して。

 アリーチェは肩で大きく息をしながら震える体を一人抱きしめた。側にはレニアがいてくれた。

 早くここから出たい、と改めてアリーチェは思った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ