聖痕がある妹ばかり可愛がられて育った王女ですが、新しい家族とともに幸せに暮らしたいと思います
朝起きると、セレーネが夜中のうちに別荘に入ったようだと報告があった。
いよいよである。父上たちと聖堂に着くと、聖官長に必要とされている金額を渡した。聖官長は中身を確認することなく受け取ると聖堂の一番前の席に案内してくれた。
王家が座る後ろにノエルとエリクとステートが座った。そして遅れること数分。コーランド国王夫妻とセレーネが現れた。フランディー王国側は怒り心頭全開だ。
大国フランディー王国を怒らせるなど本来あってはいけないことが起こってしまったとコーランド国王の顔が引きつっている。
更に万が一セレーネが選ばれてしまえばコーランド王国は聖痕を持つ王女を他国に渡すことになる。こっちとしては全く以ていらないが。二番目の娘をまともに育てられなかった己を恨めとフェリクスは怒りを込めてコーランド王国の方を見た。セレーネは何故そんなに自信が持てるのかと思う程余裕そうな顔をしている。
「では、セレーネ殿下、アリーチェ殿下前へ。セレーネ殿下は祈りを捧げてください」
聖官長の言葉で審判の光の儀式が始まった。
アリーチェは精霊リューディアとスティーナを見上げた。美しい像である。自分に聖痕はないが懸命に祈りを捧げようと、膝をつき両手を合わせて握った。
どうか、フェリクス殿下のお側にいさせてください。フランディー王国の為に誠心誠意を込めて努めます。どうかお願いいたします。
アリーチェは懸命に祈りを捧げた。
その時だった。精霊リューディアとスティーナ像から光が差した。それは柔らかな光でアリーチェを包んだ。
歓声が上がった。しかし目を閉じ懸命に祈りを捧げるアリーチェはそれに気付かず更に祈りを捧げると、その光の中に金の粉が混ざり煌めくようにくるくると回りながらアリーチェを包み込みその体を浮かせアリーチェの全身を黄金の光が包んていた。
「ではフランディー王国の王太子妃はアリーチェ殿下ということで」
聖官長が告げるとセレーネが笑い出した。
「違うわよ!私が祈ったのはこの世からいなくなった方が良いのはどっちか?よ。リューディアとスティーナはお姉様がこの世から消えた方がいいとおっしゃったのよ!」
その場にいた全員が無言でセレーネを見た。セレーネは何がそんなに楽しいのか大声で笑っている。
「リューディアとスティーナにも愛されないお姉様なんてこの世に必要ないのよ!」
神聖な場所でまさかそんな事を祈るなどとは、アリーチェは無事か?金色の光がおさまり像の前で佇むアリーチェは悲しい顔をしていた。そしてそっとセレーネに告げた。
「セレーネ。あなたの聖痕が薄くなっているわ」
「え!」
セレーネが腕を見るとサラサラと聖痕がどんどん薄くなっていくのがわかった。
「やだ!やめてよ!消えないで!」
セレーネが必死に聖痕を押さえるがどんどん薄くなっていき、やがて跡形もなく消え去った。
そこにあるのはただの腕。
「聖堂の資料に書かれておりました。聖痕を持つものが罪を犯し人ならざる心で祈りを捧げれば聖痕は消え、只人に戻ると」
聖堂は静まり返っていた。
「嫌よ!嘘よ!私は聖痕を持つ王女なの!誰からも愛される王女よ!じゃあ何故誰からも愛されないお姉様が金色の光に包まれるのよ!」
「精霊リューディアとスティーナが真の願いをご存知だったのでしょう。それを示したということです。フランディー王国王太子殿下と結ばれるのはアリーチェ殿下。そしてリューディアとスティーナから残念ながら力を奪われたのはセレーネ殿下です」
「そんな、我が国はどうなる。セレーネがいるから繁栄するはずだったのに」
コーランド国王が放心したようにくずおれた。
「普通に国民の為に統治すればよかろう。聖痕を持つものがいない時代の王家の方が多いはず。これからまた励めばよかろう」
父上が言う言葉を理解したのかどうかわからないが、国王と王妃、そして錯乱しているセレーネを引きずるようにコーランド王国の人間は全て出て行った。
「おめでとうございます。時間を設けますので今しばらく祈りを捧げてください」
そう言って聖官長も出て行った。フェリクスはアリーチェに駆け寄るとその体を抱きしめた。
「だから言ったろ?選ばれるのは僕たちだと」
アリーチェの目には涙が溢れその涙を母上がハンカチで拭っていた。
フェリクスがふと見るとアリーチェの髪の毛の下が光っているように感じた。
「アリーチェ、ちょっと確認させて」
そう言って髪を除けると、アリーチェの後ろ首に金色に輝く複雑な紋様が描かれていた。
「こ、これ、」
皆が首筋を見て驚いているとその肩にレニアが飛び乗った。
「やっと開花したな。いやー、長かった」
「「「しゃ、しゃべったー!!!!」」」
「うるさいやつらだな」
アリーチェがレニアを腕に抱き話しかける。
「レニア、しゃべれたの?」
いや、そこじゃないようなそうのような。
「リューディアから頼まれたのさ。久しぶりに金の聖痕を持つものが生まれるが、開花まで時間がかかるだろうから程よい時から側で見守るようにってね。で、開花すると僕と話せるようになって、僕とアリーチェが揃っていると他の人間にも僕の声が聞こえるんだよね~」
「それで私のところに来てくれたの?」
「そう。ホクロと呼ばれていたものは金の聖痕の蕾なんだ。金の聖痕はその力を持つものとして体も心も整った時に開花するんだ。他の聖痕とはちょっと違うんだよ。セレーネは直感的に自分にとって危険だと感じて切り落とそうとしたんだろうね。無事で良かったよー。ってまあ切り落とされてもまた蕾はできるけどね」
なるほど、そういうことか。
「じゃあさっきアリーチェが金の光に包まれたのは、、、」
「リューディアたちがアリーチェの祈りを聞いてアリーチェを選んだんだよ。セレーネの祈りには、聖痕を持つ者としてこの世に存在する資格がない、と聖痕を取り上げたんだろうね」
そう言うことなら辻褄が合うな。コーランド王国がアリーチェが金の光に包まれたことに不審を抱かないことを祈るしかない。
「レニアは何かの精霊さんなの?」
「うん。ざっくり言うと豊穣の精霊。だけど、僕はトマトが一番好きだからトマトの精霊で良いよ」
トマトで良い訳がない。突っ込みたいが相手は豊穣の精霊だ。何が起こるかわからない。
「私の聖痕が開花するのを見守るようにって言われたのだったら、開花した私から離れていくの?」
アリーチェが声を震わせレニアに聞いている。レニアはアリーチェにとって長年の友達なのだ。
「いや、アリーチェの側にいたら楽しそうだしこのまま一緒にいるよ。改めましてよろしくね、アリーチェ」
「ありがとうレニア」
アリーチェはレニアを抱きしめると頬ずりをした。
「ところで、このこと、どうします?」
ノエルが確認してきた。
「黙っているに決まっているだろ。こんなことがコーランド王国に知られれば返せと言ってくるかもしれない。それにアリーチェが誘拐されるかもしれないんだ。このまま今ここにいる人間だけの秘密だ。良いな。他言することは許さない。公にすることも絶対にない」
父上が結論づけるとそれから、と言ってレニアに自分たちの前以外で喋らないようにと言っている。それをめんどくさそうにレニアは聞いていたが仕方ないと諦めたようだ。
これからはアリーチェとたくさん喋れるしまあいっかと小さく呟いているのが聞こえた。
こうしてフランディー王国一行も急いで帰国したのだった。
フランディー王国では小さな劇団が人気になっていた。ラスコン劇団だ。
舞台として組まれたテントは常に満員で立ち見客も出るほどだった為、今では小さな劇場を借りて公演している。
演目は【とらわれの王女は愛する王子の元で花開く】というもので、アリーチェとフェリクスがモデルになっているのでは?と言われているが、実際にそうなのだ。もちろん脚色してあるが。
継母の王妃と妹に虐げられ塔に閉じ込められていた王女は塔の中で一人太陽と月に祈りを捧げていた。そんなある日。珍しく王宮主催の舞踏会に出席するように言われて出席すると、そこで隣国の王太子に出会い、二人は恋に落ちる。
必ず迎えに来るという言葉を信じて、塔の中祈りを捧げる日々だったが、妹たちの行為が酷くなることに怯えた王女は、塔の見張りが居眠りをしている間に城を抜け出し、親切な人々に出会い助けてもらいながら、隣国の王子の元に自力でたどりつく。
そんな王女を温かく迎えた王子と二人、聖堂でリューディアとスティーナに祈りを捧げ、その後幸せに暮らした。
というありきたりな王子と王女の恋愛ものなのだが、通常ならば王子が助けに来てめでたしめでたしで終わるはずが、王女が迎えを待たずに自力で王子の元に行ったという行動力に、女性から多く好まれたようだ。自分だって好きな人のところに自分でいきたいわ、と。
アリーチェがモデルになっている王女の役はサリーが演じている。
アリーチェとフェリクスは今日はそれを観に来ていた。自分がモデルだと言われると初めは恥ずかしくて倒れそうだと思って観ていたが、上手く脚色された物語はとても感動的で最後は涙を流してしまった。楽屋に二人で挨拶に行く。
「サリー!素晴らしかったわ!」
「アリー!いいえ、アリーチェ殿下。来てくれてありがとうございます」
そう言ってサリーが頭を下げた。周りの団員たちも同じように頭を下げる。
「アリーで良いわよ。サリーも他の皆さんも素晴らしくて最後は泣いてしまったわ」
「ガーナットから来たと言った途端ガーナット語でしゃべり出したから、ただもんじゃないとは思っていたが、王女様だったとはさすがに驚いたよ。大金を渡されてこういった内容の舞台をするようにって言われた時に思い出したんだ。
コーランド王国にいた時に、聖痕を持つ第二王女が有名だが、第一王女は金色の髪で美しいと食堂の親父が言っていたのを。色々な慰問先に行くから実は人気があるんだとな」
その言葉にアリーチェがコーランド王国でしてきたことを認めてくれている人たちもいたんだと嬉しくなった。
「今週中に閉幕して、ガーナット王国に戻るよ。戻ってまたこの舞台をするんだ。きっと人気が出る。許可もちゃんともらったしな」
「ああ、うちの宰相に好きにして良いと言っておくように言ったんだ。また会いに来てくれ。アリーチェの恩人だからな」
「一国の王太子殿下にこんなこと言われる日が来るなんてなあ。アリー幸せになるんだよ」
「ありがとうございます。お元気で」
二人は楽屋を後にすると王宮に戻った。
「何で僕を連れて行ってくれないかなあ?おかしくない?」
出迎えたのはレニアだ。
「ペットは立ち入り禁止だ」
「ペットではない!こう見えて精霊だ!」
「仕方ないだろう。これで許してくれよ」
フェリクスが市場で買ってきたばかりのトマトを差し出すと、レニアは前足で掴み上手にかじりついている。そんなレニアを幸せそうにアリーチェが見ていた。
アリーチェがフランディー王国に逃げてきてから八か月後。二人の結婚式がフランディー王国で行われた。近隣諸国の来賓客が続々とやってくる。
もちろんその中には聖コーランド王国も含まれていた。あれからセレーネは腕を隠すドレスしか着なくなったらしい。まさか聖痕がなくなったとは言えない王家としては、セレーネは一生王家から出さず、結婚もさせないとのことだった。
そして驚くべきことにカルロの言動が変わったという。真面目に勉強をするようになり、セレーネの側に行きたがらなくなったそうだ。これらは全て祖母からの手紙で知った。今日、その祖母に会える。
「アリーチェ殿下。ご家族が来られました」
応えをすると扉が開き、父と母、祖父母がいた。アリーチェは祖母に駆け寄ると抱きつき、その後祖父に抱きついた。父と母は黙ってその姿を見ている。
「アリーチェ、おめでとう。幸せになるんだよ」
「フランディー王国で大切にしてもらいなさい」
「ありがとうおばあ様、おじい様」
一時の逢瀬を懐かしんだ後、式の時間だと祖母たちが出て行った。
アリーチェも迎えに来たフェリクスと一緒に聖堂へと向い扉の前に立つ。
「アリーチェに出会えて良かった。ずっと側にいて欲しい。離したくない。一緒に食事をしたい。お茶も飲みたい。いろんなところに行きたい。いつでも抱きしめていたい。その髪を撫でていたい、、、」
「フェリクス様。わかりましたから」
いつまでも続きそうなフェリクスの愛の言葉にアリーチェは顔が真っ赤になって治まりそうにない。
「私も同じ気持ちです。ずっと一緒にいましょうね」
二人は精霊リューディアとスティーナの像へと向かって歩き始めた。その後ろをレニアがついてくる。像の前に立つと二人で誓いの言葉を述べた。
そしてフェリクスは心の中で誓う。これから二人、力を合わせていかなければならない。たとえアリーチェが金の聖痕を持っていようと、それに頼るつもりは毛頭ない。自分たちの力でこの国を守り、国民を幸せにするとフェリクスは誓った。アリーチェへの愛を誓うのとともに。
いかがでしたでしょうか?今回は王太子殿下の恋物語でした。少しでも気に入っていただける箇所があれば嬉しいです。
10/1追伸
なろう初心者でどのように投稿したらいいのか迷走しており、お読みくださった皆様にご迷惑と誤解をされているようで、少し付け加えさせていただきます。
私が投稿しているやり方は、長編小説を一気に投稿するという、なろう様では稀なやり方だとご感想をくださった方に教えていただきました。また、連載を選択しているのは、フランディー王国を舞台に主人公を変えながら連載していく、というつもりでした。しかしながら、なろう様ではそれは連載に当たらないと知りました。
10/4追伸
話を分割して連載方式に変更してみました。少しでも読みやすくなっていると思っていただければ幸いです。