聖痕がある妹ばかり可愛がられて育った王女ですが精霊の審判を受けることになりました
「どういうことだ!アリーチェがフランディー王国にいるだと!まさかこんなやり取りを既にしていたとは!」
コーランド王国の国王の執務室である。
「あらいいじゃない!こんなに宝石が代わりに送られてきたんですよ。アリーチェが気に入られて良かったわ!それに見て!この絹!!なんて滑らかな肌触りで質の良い生地なのかしら!これでドレスを作らないと!これからこんな生活が続くなんてアリーチェでも役に立つのね!」
「た、確かにそうだが一言くらい言ってから行っても良かったであろう!」
そう言いながらも言えるわけがないことは国王自体がわかっていた。セレーネの尋常じゃないやり方に恐れをなしたアリーチェが、王太子から受け取っていた通行証を使ってフランディー王国を目指してもおかしくはない。
それだけ命の危険を感じたということだ。アリーチェが自分たちに何も言わないことを良いことに放っておいたのが今回の結果だ。
アリーチェが頼ったのは隣国の王太子。あちらではこの国、そして王家のことをどう思われているのかと頭が痛くなった。
「アドルド!大丈夫なのか?」
「問題ないでしょう。王太子妃教育を現地でしてもらうためにもう発ったことにいたしましょう。国民もそれで納得しますでしょう。無事見つかって良かったです」
「まあそうだな」
最悪の事態を回避できたことに変わりはあるまい。このままフランディー王国で過ごし嫁入りすれば友好関係を更に築けるし、アリーチェがいなくてもこの国は問題がない。
セレーネを失えば国の繁栄はなくなるが。そこへ、乱暴に扉を開く音がした。
「お父様!お姉様がフランディー王国で見つかったというのは本当ですか!」
セレーネだ。顔は怒りで真っ赤である。
「いくら婚約したからといって結婚もしていないのにフェリクス殿下のところに行くなんて、お姉様は恥知らずにも程がありますわ!帰ってくるように言ってください!!」
「いや、その必要はないよ。このままあちらに預けることにしたから」
「そうよ、こんなにたくさん私とセレーネ宛に贈答品も送って来たのだからこのままにしておけばどんどん送られてくるわ!」
「お母様!そんなものに騙されて!絶対に許しませんわ!ちゃんと結婚式までこの国で過ごさせないと!コーランド王国の王女はふしだらだと思われますわ!」
「セレーネ。聞き分けなさい。今回はちゃんとフランディー王国との間で話は済んでいるんだ」
「いいえ!私は許しませんわ!」
セレーネの全身から湯気が上がっているようだった。
アリーチェがフランディー王国に来て二週間。午前中は王太子妃教育を受けている。といっても、そもそも王女教育で大概のことが既にできていたので習うことが少ない。祖母のおかげだ。
その為メインはフランディー王国の歴史となっていた。飲み込みの早いアリーチェは直ぐに王太子妃教育を終えそうだ。そして午後からはフェリクスの仕事の手伝いをするようになった。
一緒に政策を考えたり、事務処理をするのは楽しかった。今まで一人でしていたことを誰かと、しかもフェリクスとできるなんて夢のような世界だ。食事も三食一緒に摂っている。
夕食後は寝るまで二人で応接室で語り合い、一度はお忍びで街まで二人で出かけた。
そこでフェリクスが買ってくれた髪飾りをアリーチェは毎日つけている。流れるような美しく金色に輝く長い髪に留められた髪飾りはアリーチェによく似合うとフェリクスが言ってくれたからだ。
そして侍女に世話になることにも慣れつつあった。専属侍女二人は明るくてアリーチェの部屋からはいつも笑い声が聞こえていた。
国王陛下と王妃殿下との顔合わせも済み、アリーチェは温かく王宮に迎え入れられた。王妃殿下は体調を崩しがちだと聞いていたが会ってみると、とても品の良い温かい笑顔の美しい方だった。
アリーチェを抱きしめ娘になってくれてありがとう、と言ってくれた。まだ入籍前なのだが、お義母様お義父様と呼ぶように言われ困惑したが、二人から是非にと言われ恐れ多く、また恥ずかしながらもそう呼んでいる。側妃二人にもお茶会に呼ばれ挨拶をしたが、どちらかと言えばジゼット妃の方が話しやすかった。
フェリクスもいつか側妃を持つことになるかもしれない。その時はとても悲しいかもしれないが、いずれ王妃になるというのはこういったことも受け入れなければならないということだ。
アリーチェは今を、一日一日を大切に過ごそうと心に決めた。
「アリーチェ。ガーナット王国から来た書簡なんだが、この辺りの言い回しはこの訳で合っていると思うか?」
フェリクスが書簡を見せてくる。
「そうですね、うーん、この方がいいかもしれませんね」
アリーチェが答えるとフェリクスがホッとした顔をした。
「アリーチェは凄いな。僕はどうもガーナット語は苦手で。アリーチェに聞くに限るよ」
「お役に立てて良かったですわ」
二人で笑い合っている時だった。慌ただしく扉がノックされ、応えると慌てた様子の外務次官が入ってきた。
「どうした?」
フェリクスがまず声をかけた。
「アリーチェ殿下に面会を求める方がいらっしゃいました。とりあえず、外務部門の応接室にお通ししメルディレン侯爵がお相手をされています」
「侯爵自らが?そんな相手なのか?」
「はい。アリーチェ殿下の妹君セレーネ殿下です」
アリーチェは手に持っていた書類が滑り落ちるのを感じた。
フェリクスと共にセレーネがいる応接室に向かう。何をしに来たのか?もう結婚式まで会うことはないと思っていた。そしてその後、アリーチェは里帰りするつもりは全くなかった。
だから会うとしたら、両親が何らかしらのフランディー王国の式典に招待された時に会うくらいだろうと思っていたのに。扉の前に立つ。
「王太子殿下、ご婚約者アリーチェ殿下がお越しになりました」
ノエルの言葉に中にいた文官が扉を開けた。中に入ると当たり前のような顔をしてセレーネがソファーの中央に座っていた。その側のソファーにステート。その後ろに呼びに来た次官が立った。
フェリクスが無言でセレーネの前に座る。もちろんアリーチェをエスコートし、座ったあとは腰に手を回した。仲睦まじい様を見せつけているつもりだ。
「セレーネ王女は先触れもなく何の用で当国に来たんだ?」
フェリクスが言いながらステートにちらりと目をやった。来る連絡も寄越さず城に乗り込んで来るとは、こんな無礼な行いに敬意を払う必要はない。アリーチェの時とはわけが違う。ステートも首を振ってどうしようもないという顔をしている。
「そんなの決まってますわ!お姉様を連れ戻しに来ましたの」
「ほう。お父上のコーランド国王は何と?こちらとしては話をつけたはずだが?国王の書簡でもお持ちか?」
「そんなの必要ありません。父はわかっていないのです。王太子妃教育といってもこの国でお姉様にできることは何もありませんわ。だから国に連れて帰り教育し直しますの。
それに、結婚前に他国の王家の元に押しかけるなんて恥ずべきことですもの。コーランド王国の王女はふしだらだと思われますわ」
尤もらしく言葉を並べているが、要はアリーチェがここにいるのが気に入らないのだろう。この女の考えそうなことだ。
しかもあの目。アリーチェに出会う前ならば走って逃げ出したくなる目だ。だがもうそういった目は克服した。今も睥睨することができる。全てアリーチェのおかげだ。人の見方が変わったのだ。
これまでのフェリクスは自分本位で人を見ていたことに気付かされた。これからは新しい人間関係が作れるだろうと思ったのだが、この女だけはダメだ。見るだけで怒りが湧いてくる。アリーチェにしたこと全てが許せない。
「国と国の話し合いで決まったことをセレーネ王女が勝手に変えることができるとでも?しかもこちらはアリーチェがこの国に留まるべきだと判断している」
「お姉様はフランディー語が少しできるだけでまともな教育を受けていませんの。だから連れて帰って教育しますわ」
「本当にアリーチェが教育を受けていないと思っているのか?逆に何故そう思うのか聞きたいな。まさかコーランド国王は王女に王女教育をしなかったのか?」
「もちろん少しはしてますわ。でもお姉様は勉強が嫌いで逃げてばかりで家庭教師も皆困ってましたの。だから教育のし直しをすると言っているのです」
勝ち誇ったようにセレーネが笑っている。誰もがセレーネの言うことを聞くコーランド王国ではそれで良かったのだろうがここはフランディー王国だ。
「何か誤解があるようだが、アリーチェは完璧な淑女教育を受けている。
更に他国語は3ヶ国語話せる。特にフランディー語とガーナット語は、その国の王都で生まれ育ったかのように流暢に話せるぞ。経営学にも明るく、近隣諸国の大体の成り立ちや歴史も知っている。申し分ない知識量だ。コーランド王国に帰ってまで学ぶものはない。
既にアリーチェは僕の補佐として実務もこなしている」
セレーネが怒りの目をアリーチェに向けている。本当に知らなかったのか。それとも知ろうとしなかったのか。セレーネにとってアリーチェは常に自分より下の存在としか思っていなかったのだろう。
「何としても連れて帰ります!」
「セレーネ王女は国と国の決め事を軽く考え過ぎではないか?今更何を言っているんだ。反故にするなど賠償ものだぞ」
「そうだわ!それより良いことがあるので連れて帰らせます!そして二度とこの国には入れませんわ!」
本当に会話が成り立たない。
「セレーネ、もう止めて。私はフェリクス殿下と国と国の決め事で婚約することになって、正式に聖堂で婚約式もしたの。そして、この国には私を必要としてくれる人たちがいるの。コーランド王国へは帰らないわ」
ギリギリと歯ぎしりが聞こえる。
「役立たずのお姉様なんて国に帰って!お父様に言って婚約解消をして私がこの国の王太子妃になるの!」
「まだそんなこと言っているの?これはもう決まったことなの。いくらセレーネでも変えられないわ」
「うるさい!出来損ないが!」
とうとう取り繕えなくなったセレーネが本性むき出しでアリーチェを指差す。
「お姉様は役立たずの出来損ない!みんなそう思ってるわ!何もできないくせにそこにいるからみんなが最低限面倒を見てあげているんじゃない!
私には聖痕があるの!私の周りにいると幸せになれるの!私が王家にいれば国は繁栄するの!お姉様とは存在価値が違うのよ!」
「だからお父様がセレーネを国から出すわけないでしょ?」
「フェリクス殿下は親書で私が良いと書いてきてたのにそのせいでお姉様になったの!私にだって選ぶ権利があるのよ!フェリクス殿下が求めたのは私なの!お姉様じゃないわ!私がフランディー王国の王太子妃になってフランディー王国を繁栄させるの!」
「なんてことを!あなたにはコーランド王国を繁栄させる使命があるのよ!国民は皆あなたを敬っているの!それを捨てるというの?!」
「だって今朝王都を通ってきたけど、コーランド王国よりフランディー王国の方が豊かで美しいわ!フェリクス殿下もそう!
この国に似合うのは私なの!お姉様なんかじゃない!この国には私がこのまま残るからお姉様が国に帰って婚約者の変更の手続きをしなさいよ!」
何故付いてきている侍女は誰もこれを止めないのだ?他国に来てまで見苦しいのはこの女だろう。どうやったらこんな育ち方をするんだ。気分が悪い。
「誤解をさせるような手紙を書いたのは確かに我が国だが、良いか、良く聞け、そもそも我が国は始めからアリーチェと婚約するつもりだった。だが第二王女が煩いからまどろっこしいあんな手紙になったんだ。
何度でも言う。我が国は初めからアリーチェを望んだ。そして舞踏会でアリーチェに会い、自分と生涯をともにするのはアリーチェしかいないと思い婚約式を直ぐにやったんだ。全てこちらの思惑通りになっているというのに、今更アリーチェを手放すわけがないだろう!思い上がるにも程がある!帰ってくれ!」
フェリクスの言葉に呆然としたセレーネだったが何をどう考えたらそうなるのか立ち直りが早い。
「お可哀想なフェリクス殿下。コーランド王国のことを考えて私を諦めようとしてくれてらっしゃるのね!でも大丈夫ですわ!私が必ず幸せにしてさしあげますから!どうか諦めずに心の思うままに私を求めてくださいませ!」
「いい加減にしてくれ!僕が愛しているのはアリーチェだ!」
「そんなはずありませんわ!国でも誰からも愛されなかったお姉様がフェリクス殿下から愛されるなんてありえませんもの!」
本気で殴りたくなってきたのをフェリクスはぐっと飲み込んだ。
「なら、シンルガーラ山の麓のデバルディ大聖堂に行って精霊リューディアとスティーナに決めてもらおうじゃないか」
入ってきたのは父である国王陛下だった。
「まあ!もしかしてお義父様ですか?セレーネと申します」
セレーネが聖痕を見せつける。他国の国王陛下を前にしてあの挨拶とも呼べない言い草。何がお義父様だ。
「そなたにそう呼ぶ許可は出していない。呼んで良いのはアリーチェだけだ」
静かな国王の声にさすがのセレーネが止まった。やはり国王ともなると覇気だけでこれを止められるのか。自分はまだまだだなとフェリクスは反省した。
「デバルディ大聖堂にある精霊リューディアとスティーナの像に、聖痕のあるものが祈りを捧げると答えを教えてくれると聞いたことがある。
確か審判の光というはずだ。例えば夫婦が離婚する際、親権で揉めたらデバルディ大聖堂に行き頼むと、聖痕のある聖官がリューディアとスティーナに祈りを捧げる。すると光が差し親権を持った方が良い方を照らすという話だ。
聖痕を持つ王女がいるのだから、皆でそこに行って祈ってみよう。そしてリューディアとスティーナが選んだ方を我が国の王太子妃にする。さすかにそうなればコーランド国王も認めずにはいられないだろう」
なんてことを言い出すんだ!フェリクスが父親を睨みつける。だが大丈夫というように目を向けてきた。
「コーランド国王にも立ち会ってもらおう。早馬を出せ。5日あれば双方デバルディ大聖堂に着くだろう。さあ出発するぞ」
王家揃っての旅路なんて、大丈夫か?この国を国王も王太子も留守にするなんて。しかもきっと母上も付いてくるというだろう。そんな気配を感じたのか、
「しばらくはジゼットに任せるから問題ない。それよりアリーチェの側から離れるな」
父上はそう言うとさっさと部屋を後にした。セレーネはというと、
「聖痕がある私が選ばれるに決まっているわ!さすが国王陛下ね!わかってらっしゃる。でもお姉様には惨いことをすることになるわね」
アリーチェを見ると顔色が悪く不安そうにしている。肩を抱き頭を撫でると少し顔色が戻ったようだ。これ以上アリーチェを悪し様に言うのを聞かせたくないし、顔を見るのも嫌だと思いアリーチェを抱き寄せたままフェリクスは部屋を後にした。
旅支度を解いていなかったセレーネ達一行を先に無理矢理行かせると、大急ぎで旅支度をしてフランディー王国一行は出発した。国王陛下とやはりついてきた王妃殿下の馬車の後ろをアリーチェとフェリクスを乗せた馬車が進む。レニアも一緒だ。
早馬ならコーランド王国へは二日で着くだろう。そして三日あればコーランド王国側の人間もデバルディ大聖堂に着く。アリーチェは不安を感じながらもフェリクスが守ってくれたことに感謝した。
愛しているのはアリーチェだ、と聞いた時は嬉しさに泣きそうになった。セレーネの言う通り誰にも愛されない王女だったアリーチェ。いなくても誰も気にしないアリーチェ。
でも今は愛されていることを実感できる。フェリクスがアリーチェの手を握ってくれているから。その温もりに生きる喜びを感じた。
行く先々の町でセレーネに会うことはなかった。先に調べに誰か行っているのかもしれない。
急ぎ移動したアリーチェたちは四日でデバルディ大聖堂に着いた。不思議なことにどこで抜いたのかセレーネの姿はまだなかった。早馬で知らせてあったのか、大聖堂の周辺にある宿の一つをフランディー王国側は貸し切りにしてあった。
今回付いてきたコラリーとともにアリーチェに割り当てられた部屋に入り窓の外を見ると、シンルガーラ山が聳えていた。天候もよく山頂までよく見える。
国王夫妻とフェリクスと一緒に夕食を済ませ、国王夫妻の部屋の談話室で話していると、付き添っていたステートがやってきた。
「コーランド国王夫妻が到着したようです。かなり不満と怒りを込めた書簡にしたので急いで来たのでしょう。コーランド王家の別荘があるようでそちらに滞在しているようです。ちなみにセレーネ王女はまだです」
「そうか。まあ明日には揃うだろう。あの王女は我らを待伏せしたままか諦めてこちらに向かっているか知らんがな。自国の地の利で有利な我々を待伏せするなど滑稽なものだな」
陛下が口にするのを王妃殿下が止めなさいと注意している。
「明日が審判ですよ。精霊リューディアとスティーナが見ています。余計なことは言ってはなりません」
アリーチェもこの話は当然知っている。しかし実際に見たことはない。聖官がむやみやたらにこの力にすがろうとする者を牽制する為に、年に受けられる者の人数を制限しているし、しかも面白半分の依頼内容ではリューディアとスティーナの審判の光が差すことはない。
真剣な内容でなければならないのだ。しかもお金もかなりかかる。気軽に試せることではないことは確かだ。
「さあて、寝るか。明日が楽しみだな。これでもう何も向こうから言わせない。アリーチェは我が娘だ」
そう言って陛下がアリーチェを抱きしめてくれた。同じ様に王妃殿下も抱きしめてくれる。二人に辞去の挨拶をするとフェリクスとともに部屋を後にした。
アリーチェの部屋まで送ってくれたフェリクスが、じっとアリーチェを見つめてきた。
「大丈夫。ゆっくり休むんだよ」
そう言ってフェリクスの顔が近づいてきたと思うと唇に柔らかいものを感じた。アリーチェはビクリとしたがフェリクスが離してくれない。角度を変え何度か触れ合うだけのキスをする。それだけでアリーチェは体が震えて立っていられず、フェリクスの背中に腕を回した。更にフェリクスが額に頬に首筋にと唇を押し当ててくる。
酔ってしまいそう。そう思った時に名残惜しげにフェリクスの唇がもう一度唇に重なった後アリーチェから離れた。
「ほらスティーナが見てる」
フェリクスが指差す先の廊下の窓からは月が見えた。
「これだけ見せつければ僕たちに光が差すよ。おやすみアリーチェ」
そう言ってフェリクスは去っていった。急いでアリーチェは部屋に入ると唇を覆った。たったこれだけの触れ合いでおかしくなりそうになってしまった。こんな状態で結婚したら、自分の心臓は持つのだろうか?ゆっくりどころかドキドキが止まらずなかなか眠りにつくことはできなかった。
「おい、気持ち悪いぞ」
ノエルが心底気持ち悪いという顔をしてフェリクスを見てくる。でも気にしない。
可愛かった!あれはヤバかった。必死にフェリクスにしがみつくアリーチェを思い出し悶えそうだ。よくあそこで止まれた、偉いぞ自分!フェリクスは先程のアリーチェとの二人きりの逢瀬に思いを馳せる。
「だから、気持ち悪いって。あー嫌だ。アリーチェ殿下は本当にこんなので良いのか?」
「失礼な奴だな。良いに決まってるだろ?相思相愛だからな」
はあ、とノエルはため息を吐くと
「おかしなこと考えないで早く寝ろ!気持ち悪くてアリーチェ殿下に捨てられるぞ」
そう言い残して退出していった。外で護衛をするのだろう。
明日になれば本当の意味で決着がつく。そうすれば、やっとアリーチェの不安がなくなるだろう。早く明日になれと祈りながらフェリクスは眠りについた。