王太子殿下は早く結婚したいと思っていたらようやく相手が見つかりそうです
フランディー王国恋物語の別ストーリーです。お読みいただけたら幸いです。
フランディー王国は大陸の西北にあり、自然豊かで四季折々の風景が楽しめる風光明媚な国として大陸全土に知れ渡っている。特産品や資源も多く、各領地を治める貴族たちは争いを好むことなく領地経営に勤しみ、王家と領民を大切にする者が多い。
王家も同じく、貴族も平民も等しく大切にし、国民にとても慕われていることで有名で、安全に旅行が楽しめる国として他国からの観光客も多く、観光収益だけでもかなりのものが上がっているため、国民の多くが飢えることなく生活できる国である。
そんな中、悩みを抱える王太子がいた。王太子の名はフェリクス。二十歳である。両親からも臣下からも早く婚約者を決めろと言われ困り果てているのだった。
フェリクスは王妃の息子で長男だ。下には二人の弟がいるが少し年が離れていて、いずれも異母弟だ。異母弟たちにも婚約者を決めたいという思いから、未だ婚約者もいなければ、婚約者候補とされるご令嬢との噂もない為、王太子は女性嫌いと言われ将来を危ぶまれていると言うのだ。
フェリクスにしてみれば結婚したいと思ってはいるが、選びたい女性がいないから現状こうなっているのだから、自分だけに責任があるわけではないと言いたいところである。しかし、臣下が毎日持ってくる貴族が是非自分の娘をと届けに来る釣書きに嫌気がさしているのだが、せっつかれる臣下たちにもまた申し訳ないという思いもあるのだ。早く決めたいが決められない。苦い思い出が山の様にあるからだ。
フェリクスは幼少期の頃から頭が良く、体術剣術にも優れ、更に美しい顔をしていた。次期国王として申し分ない存在として育ち、国の為、国民の為と日々様々なことを学び、勤しんでいた。12歳の誕生日、次期王太子妃となる婚約者選びのお茶会が開かれることになった。
当時、身分的には公爵家、侯爵家、伯爵家、と年齢の釣り合う令嬢は何人もいて、その中から一番相性がいい好感が持てると思った令嬢を選ぶように父親である国王から言われた。
参加は自由で、期日内に申し込みすれば参加ができた。年齢が釣り合っても既に婚約者がいる令嬢は当然来ないし、王太子妃は荷が重いと判断し参加しないという選択も当然有りだ。強制ではないのだから。
それまでは母親である王妃の方針で公の場に一切出ることはなく、また当然同年代の令嬢と会う機会もその為皆無だった。冷静に考えることができるようになったら、フェリクス自身で選ばせるつもりだったらしい。
生まれて直ぐに決める完全政略結婚より、幼い気持ちでも良いから恋愛感情を持った結婚をさせたかったそうだ。
そしてお茶会当日。その日からフェリクスの受難が続くことになったのだった。
まず、全員が揃ったところを見計らって王妃とともに会場に入ったフェリクスを見て、歓声、もはや悲鳴とも呼べる声が上がり、中には失神したご令嬢もいたらしく大騒ぎになった。
その後全員と一通り挨拶したが、フェリクスを前にした親、娘ともにその目は笑顔を浮かべてはいるが、フェリクスには獲物を狙う猛禽類の様に感じたし、その後自由に放たれたご令嬢方の勢いは凄まじかった。
年齢が釣り合う令嬢といっても将来的に、なので、6歳から17歳までの幅広い年齢層だった。その幅広い年齢層の令嬢方が競うようにフェリクスに話しかけてくる。6歳ほどの幼い娘にまで会話させようと、令嬢方に囲まれているフェリクスの元に押しやってくる親もいるし、自力でフェリクスの側にやってきたご令嬢の中にはフェリクスに触れようとしてくる者もいた。
さすがに近衛騎士がこれ以上は近づかせないという距離を保ってくれていたが、その近衛騎士を押し倒してでも近づいて来ようとしてくる令嬢方は鬼気迫る風貌になりフェリクスは恐れおののいた。
頭の良かったフェリクスは、挨拶という短い間に、名前と身分爵位を覚えた為、上位貴族の令嬢が下位貴族の令嬢に身分をわきまえろと怒鳴っている姿に恐怖し、下位貴族の令嬢がそれに対して、この場に来れたのだから立場は一緒だと言い返し取っ組み合いになっている姿に更なる恐怖を覚えた。
また、近衛騎士の向こうでやたらと胸を強調してくる年上の令嬢に気味悪さを感じたり、初めて聞いた語尾をやたらと伸ばす話し方でフェリクスの名前を呼び続ける令嬢にも薄気味悪さを感じた。
もちろん全ての女性がそんなだったわけではない。だがそんな女性はフェリクスに群がる令嬢方を恐れ後ろに下がって怖いものを見るような目で見ているようだった。
自分の知る女性は、母である王妃、侍女、父の側妃二人、母方の祖母と叔母だけだった。側妃とは数回しか会ったことがなかったが、母も祖母も叔母も侍女も、全員穏やかにしゃべり、走ることなく、にこやかな笑顔でフェリクスと接していたため、女性というのはこんな感じと思っていたのだ。
物語で読んだ魔女は女性だが、魔女だから怖いのであって、普通の女性は母たち同じような感じだと勝手に思っていた。
もちろん、いたずらをすれば叱られるし、靴を履いたままベッドに飛び込み侍女長に叱られたこともある。でもそれは自分が悪いことをしたからだと思っていたし、叱る時以外は優しいので気に留めたこともなかった。フェリクスは婚約者を選ぶのは王太子の責務だと思っていたし、いずれ素敵な令嬢と婚約し、そして結婚するのだと漠然と思っていて、お茶会の日を密かに楽しみにしていた。
しかしながら、婚約者選びは困難を極めに極め、結果選ぶことはなかった。それ以上にフェリクスの顔が引きつり固まっている姿に、王妃が心配し終了予定時間より早くに閉会したからだ。
母シャンタルは息子は顔が整っているとは思っていたが、ここまでの影響が出るとは予想できなかったそうだ。一度も公の場に出さなかったことも裏目に出てしまった。優秀で美しい王太子と、王太子を知る者から聞かされる美辞麗句で溢れた噂に、ご令嬢方の中で妄想は膨らみ続け、あの日とうとう爆発したのだ。
大誤算だった。それでも父や母に特殊な環境下だったからだと言われ、またお茶会をしようと言われたが断り続けた。それでも学園に入学する頃には様々な女性と話せるようになっていた。
公務や領地経営を始めたからだ。出会う人たちが増え、その中にはもちろん女性もいた。文官や騎士もその中に含まれ、冷静に話ができたり、剣術に優れたフェリクスの練習相手をしても強い者ばかりで、王太子だからと手を抜くことなく剣術の相手をしてくれた。
公務に行けば更に交流が増え、楽しく女性と話すことが当たり前のようにできるようになり、視察も兼ねて町へ行く時は変装をするのもあるが、声をかけてくる女性に率直に容姿を褒められても嫌な気分にはならなかった。
だからといって特別な思いを抱くこともなかったし、またそういった関係になることもなかった。王太子としての責務を忘れることはなかったからだ。
だが、また悪夢の日々が始まったのだ。そう、学園に入学したのだ。
その日からフェリクスは日々自分の身を守ることに必死だった。男の友人は良いのだ。会話を楽しむだけのこともあれば、その中から、将来の王太子側近候補を見極めていく。そんな冷静さを持って接しながら過ごすことができた。
だが令嬢はダメだった。自分の周りで言い争いを始めるのはまだ可愛いもので、取っ組み合いになるのはどうしてもいただけない。
自分を良く見せる為には自分を磨くことが一番なのだ。学問であったり、身のこなしであったり、剣術であってもいい、何でも良いから自身を高めることでアピールされる分には良いと思っていたが、残念ながら、フェリクスに群がる令嬢方はみな、他者を落とすことで自分の方が優れていると思わせる方法を取る令嬢しかいなかった。
もしかしたら遠くから静かに見てくれていた令嬢がいたかもしれないが、それに気づくことはなかった。そんな学園生活だったのだ。
それでどうやって婚約者を選べば良いのか?一生を共にするのだ。そして共にこの国を繁栄させなければならないのだ。とても選べる状況ではなかったのだ。
そして現在に至る。令嬢恐怖症、とある友人はそう言って笑った。フェリクスにしてみれば笑いごとでは済まないのだが。
執務中の少ない休憩の中、高く積まれた釣書きたちにそっと視線を向ける。めくるのも若干恐怖なのだ。実は。丁重にお断りしたにも関わらず、何度も同じ令嬢から送られてくるなんてのはざらだし、二十歳になったことで年齢層の幅が下に広がった。
それをめくりながら、二十歳の自分が8歳の女児を選ぶことはないだろうと頭を抱えた時だった。ノックが聞こえたので返事をすると、外務大臣を務めるメルディレン侯爵家当主ステートが入室してきた。
「どうした、ステート。小間使いにしている息子のヘンリーならさっきも来たが、おまえが自ら来るのは珍しいな。何か重要な案件でもあるのか?」
未だ釣書きに埋もれ恐る恐るめくっているフェリクスにステートはにっこりと笑った。
「先程息子から殿下が頭を悩ましている問題を早く解決して差し上げたいと言われました。実はいい案がありましたので密かに進行させておりましたところで、ちょうど整ったので報告に参上したしだいです」
「おまえが僕の婚約問題について口にするのは珍しいな。それほど良い案なのか?」
「そうですね。私の中では最良かと思われます」
ステートは自信あり気にしている。しかし、今までもそう言って令嬢を紹介してきた臣下、貴族、親族たちがいたが、一度も二回目を約束した令嬢はいない。疑わし気に見ると、
「殿下」
ステートがとにかく話を聞けと見てくる。
「わかった。とにかく、話だけはまず聞いてみよう」
フェリクスが頷くとステートが説明を始めた。
「一か月後、隣国の聖コーランド王国の建国祭が行われるのですが、例年の建国祭であれば外務大臣である私が祝辞を述べに行くのですが、今年はコーランド国王の在位十五周年を同時に祝う祭になるとのことで、陛下と王妃殿下が招待されています。
しかしながら、王妃殿下の体調が最近思わしくない日が続いているので陛下が国を離れたがりません。ですから、名代として王太子であるフェリクス殿下にご出席いただきたく思います」
母上の体調が悪いのはよくあることで、微熱が続くという日が年に数回ある。いつも一週間程で起き上がれるようになり、公務にも復帰できるようになるのだが、隣国とはいえ王都に着くには馬車で1週間かかる。
それが体の負担になりかねないことへの不安と、じゃあ国王陛下だけ出席というのでも向こうは良いだろうに、要は単に母上から離れるのが嫌なのと、数年前までなら仕方がないと諦めていたが、今はもう二十歳になる王太子という代理がいるんだから行かせれば良いという、実に父上の考えそうなことだ。
「それは構わないがそれと婚約者問題が何故結びつくんだ?」
「コーランド王国には王女が二人、その下に王太子がいます。18歳の第一王女と17歳の第二王女です。そのどちらかと婚約していただきます」
「おい!決定事項のように言うなよ!」
慌ててフェリクスが言うと
「どちらか、と言いましたが、どちらかはもう決まっていると思っていただいて構いません」
「だーかーらー、決定事項のように言うなよ!」
聖コーランド王国のことは知っている。隣国で友好国の一つだ。二人の王女がいるのも知っている。以前に聞いたからだ。聞いたことがある程度で婚約しろとは如何なものか?
「ステート、急すぎないか?しかも決定しているような言い方じゃないか」
「陛下と妃殿下には了承を得ました」
「は??」
聞いてない聞いてない。どんな女性かもわからないのに勝手に進まれては困るのだ。何しろ自分には特殊な事情があるのだから。
「殿下は国内のご令嬢の中からはお選びになることはできませんでしたよね?それに関しては心中お察しいたします」
ちらりとステートが積まれた釣書きを見ている。そんな悲しい目で見てくれるな。
「こうなってくると、今になって国内で選ぼうとしたら貴族令嬢の中で不満が生じ、いただけない状況になるでしょう。それに引きかえ、他国の王女を友好の証として婚約者に選べば国内からは不満が出にくいでしょうし、ご令嬢方も諦めざるをえません。
これは外交戦略としての政略結婚なのですから。そして、コーランド王国の王女を選んだのは私です。近隣諸国には他にも王女がいる国はありますが、私が外務大臣として各国を訪れてお会いした中で、一番殿下に相応しいと思ったのがコーランド王国の王女です。
こちらからは、どちらかの王女を王太子妃としてお迎えしたいと書状を送りました。今朝ほど返事が来まして、第一王女をと書かれていました。それに関しても会ってみて気に入らなければ断ってくれていい、とさえ書かれていました」
「ちょっと待て。もうそこまで話が進んでいるのか?僕の了承は?僕に選ぶ権利は?」
フェリクスは慌てる。流石に王女となれば、あの令嬢たちと違ってぎらついた目で見てくることはないだろう。逆にぎらついた目で見られる側だからだ。ならば、大丈夫か?
「会ってダメそうなら断って良いんだな?」
「向こうからはそう書かれてますね」
「どちらかと書いたのにこちらに選ばせることなく、第一王女と書いてきたのか?」
「はい。それに関しては応えが分かっていることを敢えて書いたのです。コーランド王国は第二王女を国から手放すことはできません。あの国独自の聖痕という理由です」
「ああ、聞いたことあるな。第二王女に聖痕があると。ならば、初めから第一王女をと書けば良かったじゃないか」
その言葉にステートが難しい顔をする。
「第二王女は大変気位の高いお方です。いくら自分は国から出ることができないとはいえ、姉が隣国のフランディー王国の王太子から婚約を申し込まれた、などと知れば激怒し、この婚約自体をなかったことにされかねません。
ですからどちらか、というか第二王女が本当は良いんだけど無理ですよねえ、といったことを匂わせる文面で書状を書けば、コーランド王国側も納得して第一王女で良ければ、といった感じで返事が来るかと思いまして。
実際、第一王女と書かれていましたし、嫌なら断れとも書いてあるので大成功です。断りませんがね」
ステートは第一王女にかなり入れ込み、フェリクスが選ぶと自信があるようだ。フェリクスは溜息をついた。
そろそろ潮時で、どうやってでも婚約者を決めなければならないとは思っていたのだ。他国の王女か。それならきっと気持ちも新たに接することができるかもしれない。
「わかった。第一王女と婚約だな。まだ他の人間は知らないのか?」
「はい。婚約が成立すれば発表になります」
「任せたぞ、ステート」
もう諦めの体でフェリクスはステートを見た。ステートは満面の笑みである。それだけ自信があるのか。どんな王女なんだ?第一王女とは?ステートをこんな顔にするなんて。
「では、出発までに準備をしておきます。失礼いたします」
ステートが静かに執務室を出て行った。フェリクスは積まれた釣書きに目をやると、これもそろそろ見納めになるかもな、と思った。第一王女がちゃんとした性格ならそれで良いのだ。多くは望まない。王太子妃、いずれは王妃となることを理解し、国民のことを思いやれる性格であればいい。自分と並び立って一緒に国を良くしようとしてくれればいいのだ。ステートがあれだけ勧めるのだから少しは期待してもいいだろう。フェリクスはそう結論をだすと仕事へと戻った。