本命チョコをお願いされたので全力で作ってみたらその気になった
「佐々木さん、ちょっといい?」
朝のショートホームルームが終わったら隣の席の伊藤が話しかけてきた。
「なに?」
「佐々木さんって本命チョコを贈る相手っている?」
なに、その質問。
確かに二月になったけどなんの脈絡もないじゃん。
それに贈る相手がいたとしてもなんで伊藤に教えないといけないの。
でも、
「いないけど」
「そうなんだ」
「なに、なにか問題でもある?」
「そうじゃなくて、問題がないっていうか、そのお願いがあるっていうか……」
「だからなによ」
「その、俺に本命チョコ作ってくれないかなって」
「はぁ?なんで私が伊藤にチョコをやんなくっちゃいけないの?それも本命って」
「佐々木さん、そんな大きな声出さなくても」
「いやいや、大きな声にもなるって」
「みんな見てるよ」
そう言われたので周囲を伺うと、確かに女子も男子もこっちを見ている。
「しょうがないじゃん。伊藤がおかしなことを言うから」
「そうかもしれないけど話の途中だし」
「じゃぁちゃんと説明してよ」
「うん。でもみんなに見られてると恥ずかしいな」
まさか告白とか?確かに伊藤とは割と仲がいい方だけど、でもそんな特別ってほどでもないし。それにみんなのいる教室でなんて……
「俺さ、今までバレンタインに本命チョコって貰ったことがないんだけど、一度女子の本気ってのが見たくって。それで佐々木さんにお願いできないかなって」
「……」
「佐々木さんも本命がいないって言うし。あっ、お金は出すよ」
「……」
一瞬告白されるかもってドキドキしたけど、なんだろう、モヤモヤっていうかイライラっていうか、ちょっと持て遊ばれた感じがする。
それに、
「お金って」
「やっぱり本命にはお金かけるでしょ。頼むんだからその分は出すよ。でも二、三千円で抑えてもらえると助かるけど」
「そうかもしれないけど、じゃぁなんで私なの?」
「佐々木さんとはよく話すし、割と仲がいい方じゃん。だからお願いしやすいっていうかさ」
「う~ん」
それでも本命チョコってなぁ。嘘っていうか冗談っていうか、そんな感じなんだろうけど、それでも好きでもない男子に贈るってのは違うよなって考える。
「それでさ、ツンデレ風に頼まれたから作ってやったよ、なんて言われたら面白いじゃん」
伊藤の話を聞いてその場面を想像すると、確かに面白そうだしクラスでも受けると思ってしまう。
「それにそんな写真も映えると思わない?」
それはいい。凝った手作りチョコなんかアップしたらいいかも。ん?
「手作り?」
「ううん。そう言ったけど市販でもいいよ。本命っぽかったら。ただ本命って言ったら手作りかなって思ったから」
確かにそうだなと思った。もし本当に好きな男子ができて本命チョコを贈るんなら、やっぱ手作りだよね。
「そう言われるとそんな気もする」
「でしょ?でも無理しなくっていいよ。本気度がわかれば」
伊藤の話は面白そうに思える。でもどうしたものかと考えていると、私の前の席のユキちゃんが伊藤と話し出す。
「伊藤って面白いこと考えるよね」
「そう?」
「うん。普通、男子ってチョコが欲しいって言うじゃない。あれ、言わない?でもさ、伊藤って本命チョコって拘ってるじゃん。それなのにお金を出すって違くない?
「まぁそうなんだどさ、本命チョコって言うより本気度が見たいんだよ。恥ずかしいけどずっと義理チョコばっかだったからさ、本気のチョコってどんなのかなって。田口さんは本命チョコ贈ったことある?」
「私?私に聞いちゃう?ふふ、もちろんあるよ」
「えー、どんなの」
「去年はね、手作りの生チョコ」
「去年って、その前も?」
「うん。中二の時は溶かしたチョコとシリアルを丸めたやつ」
「へー、いいなぁ。やっぱ相手は彼氏?」
「そこも聞いちゃう?」
「ごめん、まずかった?」
「まぁね。ふたりとも、好きな人がいるって振られちゃったよ」
「ごめん」
「いいって」
「でもいいなぁ」
「なにが?」
「本命の手作りチョコがもらえるって」
「うらやましい?」
「もちろん。それで今年はあげる人いるの?」
「ノーコメント」
「いるんだ?」
「だからノーコメント」
「いいなぁ」
伊藤とユキちゃんの話を聞いていると、ユキちゃんをうらやましく思う。私はそこまで好きになった人がいなかったから。
中学の時は陸上部の先輩のことが好きだと思っていたけど告白もしなかった。
高校になってからも特別に好きだって男子もいなかった。
だから本命チョコなんか想像するだけで縁がなかったから。
本気度。
伊藤の言葉を考えていると、一時間目の数学の先生が教室に訪れた。
結局、一時間目の数学が終わったら伊藤の頼みを引き受けることにした。
すると伊藤は費用だって言ってお金を渡してくる。
私たちのやり取りを見ていた男子たちが「そういうのもアリかもって」って言っていたし、ユキちゃんも楽しそうって言ってた。
ただお昼休みには、伊藤がお金で私を買ったって噂が流れていた。
ユキちゃんも「リナちゃん、お金の関係はよくないよ」って言ってきたけど、言い方よ。そもそもユキちゃんは成り行きを知ってるじゃない。
それに伊藤も「お金出して頼んだ」って被せてこなくてもいいの。
でもお昼休みは盛り上がった。
部活帰りにコンビに寄ってみる。
お店に入るとすぐにバレンタインのコーナーだ。
この前からコーナーができていたことは知っているけど、じっくり見るのは初めて。
割と友チョコが多い感じ?男子にはパンツや靴下のプレゼント付きが受けるの?
よくわかんないな。そう思い何も買わずにお店を出る。
寝る前もスマホでバレンタイン特集を漁っている。
でも伊藤の言ってた本命チョコや本気度って言葉がひっかかっている。
もし本当に好きな人ができたら、私は何を贈るんだろう。
仮定に仮定を重ねているせいか自分でも答えが見つけられなかった。
朝、学校に行くと友達から伊藤へのプレゼントは決まったかって聞かれる。
なんとなく考え中だって答えると本気っぽくて癪に障るので、昨日のことだからまだ考えてないことにした。
そして私たちの話を隣で聞いてるはずの伊藤は話に参加してこなかった。
ショートホームルームの時、ユキちゃんの背中を見ながら考える。
やっぱり本気度って言ったら手作りだよな。
でも生チョコやシリアルチョコはユキちゃんの真似っぽくてダメな気がする。
週末を挟むけどあと一週間ほど。手作りなら一回くらいは試作したなって考える。
土曜日の試作は上手くいった。我ながら一発でおいしくできたからお菓子の才能があるんじゃないかと思った。
それにお母さんもおいしいって言ってくれた。ただニヤニヤしながら彼氏に贈るんだって言ってきてたので否定はした。
実際に彼氏じゃないし。
今日も伊藤はバレンタインのことには触れてこなかった。チョコを頼まれてからも毎日会話をしているけど一回もバレンタインの話はされたことがない。
明日だってわかってるに気にならないんだろうか。そう考えながらショッピングセンターに向かう。
手作りチョコの材料はほとんど揃っている、というか試作で残っている。後は生クリームとフレッシュミント。
って考えていたけど、フレッシュミントが地味に高い。葉っぱ三枚くらいでいいのにワンパックって。ほとんど使わないから百円分だけ売ってほしい。
そして買い物を終えて家に着くと十六時半だ。部活をサボった分、時間に余裕がある。これから作ってオーブンに入れればお母さんの夕食作りにも間に合う。
間に合うと思っていた。いや調理までには間に合っている。
でも「オーブン使ってたらレンジが使えないじゃない。終わっても冷めるまで使なえないし。今日のおかずは冷えたままだからね」って怒られた。
しょうがないじゃん。
オーブンの中で生地が膨らんでくる。生地はチョコレート色で焼き色がわかりにくいので途中でアルミシートを入れる。熱気が逃げないように素早く。
そして焼きあがる。竹ぐしを刺して焼き加減を確認。いい感じだ。あとは一晩クーリングして、明日の朝カットしたら箱詰めだ。
自然と笑みがこぼれる。やっぱり私ってお菓子作りの才能があるって思う。
寝る前にお風呂に入っていると、どうしても明日のことを想像してしまう。
伊藤は喜んでくれるだろうか。それとも驚くだろうか。
私の本気のバレンタイン。
明日が、伊藤の反応が楽しみで仕方がなかった。
今朝はいつもより三十分早く起きた。それなのに目覚めはすごくよかった。
早速最後の仕上げだ。
一晩クーリングした生地に粉糖をふりかけてから八等分してふた切れだけを箱に移す。そしてフレッシュミントをそれぞれに載せてから箱を閉じる。
それから準備してあった保冷バッグに凍らせたペットボトルを二本入れる。そして昨晩泡立てた生クリームを冷蔵庫から出して、硬い上の部分だけを小さいタッパーに移して保冷バッグに入れる。最後にビニール袋で包んだケーキの入った箱を収める。
全てやり終えた。私の全力。私の本気のバレンタイン。
あとは残ったケーキにフレッシュミントを載せて生クリーム添えてから写真を撮る。そして朝食とかが入り込むから自分の部屋に移動してから写真を撮る。
でも写真のアップはしない。ここで伊藤にバレたら面白くない。もう半日だけ我慢をする。
それから朝食を摂る。もちろんできたケーキの味も確かめる。この前の試作と同じレシピだからちゃんとおいしい。
お母さんもお父さんもおいしくてよくできてるって褒めてくれた。
学校に着いたらバレー部の部室に向かう。そして自分のロッカーの上に保冷バッグをそっと置く。
バレンタインのチョコを渡すんなら、やっぱり放課後だよねって思いながら、誰もいない部室でひとり微笑む。
教室に行くといつもより騒がしい。バレンタインだもんね。
それから友チョコの交換になる。そして自分の席に座ってユキちゃんとも交換する。
するとユキちゃんが伊藤のはって聞いてくるから、それは放課後って答える。
私の返事を聞いたユキちゃんは本気っぽいって大はしゃぎだった。
それから伊藤にも「放課後は帰らずに待ってて」って意味深を装ってみたけど、はじめからチョコを渡す約束なんだからバレバレなんだなって思った。
やっと放課後になった。もう昨日から楽しみだった。このあと伊藤がどんなリアクションするかって考えるだけでドキドキする。
バレー部の部室に入るともう来ている娘もいて着替えを始めている。だからその娘たちに用事で少し遅れるから先輩に伝えてとお願いをする。
そして朝ロッカーの上に置いた保冷バッグに手をかける。なるべく傾かないようにバッグの底に手を添えて引き出す。するとバッグの中のペットボトルが転がる感じがした。
本当にあっという間だった。
重心が変わった保冷バッグが自分の手から離れて二メートルほどあるロッカーの上からドタッって音を立てて床に落ちた。
慌ててしゃがみ込むと保冷バッグは斜めでいびつな形になっている。悪い想像しかできない。
まずは保冷バッグを開けて中身を確認する。ケーキの入っている箱は四角いままでつぶれていなかった。ただ落ちた衝撃でタッパーの蓋が開いたみたいで保冷バッグの内側が生クリームで汚れていた。
ケーキの入ってる箱は結露の予防でビニール袋に入れてあったので生クリームで汚れていなくて安心した。
そしてビニール袋から出したケーキの箱の中身を確認するが想像以上だった。
二つあったケーキのうち一つは割れて、もう一つはつぶれていた。そして鮮やかな緑のミントは芽が出ようとしているみたいにケーキの破片に埋もれていた。
そんな惨状を見ていても言葉は出てこなかった。
それは周りにいた部員も同じで、しゃがんでいる私の上からただ覗き込んでいるだけだった。
どうにもならないってわかってる。あんなにがんばったのに。
ちゃんとできたから伊藤を脅かせておいしいって言わせたかった。それなのにもうどうにもならない。
それでも待っている伊藤の所には行かなきゃいけない。
なんて言えばいいんだろう。でも何を言ってもいいわけでしかない気がする。
身体が重い。動きたくない。
それでも伊藤の所へは行かなきゃ。
立ち上がって保冷バッグを持つが重く感じる。朝は軽かったのに……
教室に行くと伊藤とユキちゃんが話をしているけど、そのままふたりに近づく。重い保冷バッグを持って。
私が近づいたらユキちゃんは話を止めて少し離れた。
それから伊藤の前まで行き机の上に保冷バッグをおろす。
「ごめん、さっき落としちゃった」
ユキちゃんの息を飲む音が聞こえる。
そして保冷バッグを開けてケーキの箱を取り出してグチャグチャになった箱の中を見せる。
伊藤は身を乗り出して中を見るけど何も言わなかった。
次にユキちゃんが近寄って箱の中を見て私の名前を呼ぶから、ユキちゃんを見ると涙を流していた。
もうそこまでだった。
ユキちゃんの涙を見て我慢ができなくなり私も泣き出してしまった。
それから涙ながら経緯を説明した。時々嗚咽が混ざるとユキちゃんが背中を撫でてくれる。
全ての説明を聞いた伊藤が黙ったケーキの箱に手を伸ばして割れたケーキを持ち上げ口にする。
「いいよ、そんなの食べなくても」
私の言葉に伊藤が応える。
「すごくおいしいよ。このチョコレートケーキ、お店のみたい」
胸がドクンってした。本当にそう言ってほしかった。でもこんなにグチャグチャになったから褒めてもらえるなんて思いもしなかった。
「チョコケーキじゃなくてガトウショコラって言うの」
「そうなんだ。チョコが濃厚なんだけど甘すぎなくていいよね」
そう。そういう風に作ったのって思っていると、伊藤は持っているものを食べ終え、また箱の中からケーキのかけらを取り出して食べ続ける。
「この緑の葉っぱはなに?一緒に食べるの?」
「それはミントで飾りなの。本当はミントの載ったケーキの脇に生クリームを添えるの」
「そうなんだ。本当にお店で食べるケーキみたいだね」
伊藤の話が胸に突き刺さる。私だって本当の形を見せたかった。味だけでなく見た目も褒めてほしかった。
そこで朝撮った写真のことを思い出す。本当はこんな風だったんだよってスマホの写真を見せると「すげー、本当に売ってるヤツみたい」って伊藤が言い、脇からユキちゃんもすごいすごいって言ってくれる。
それからユキちゃんが私も味見をって言ったら、
「ダメだよ田口さん。これは佐々木さんが俺のために作ったやつだから」って言う。
ユキちゃんはケチとか言っていたけど、私はドキドキしていた。
それでも二個分のケーキは食べ切れなれないから持って帰るって伊藤は話す。だから私は残った破片なんかいいよって言うと、
「佐々木さんの気持ちは無駄にはできよ。こんなにがんばってくれたのに」と。
不思議だった。
おいしい、お店のようだって褒められるより、今言葉の方が嬉しかった。
あの時、グチャグチャになったケーキを見たとき、悲しく悔しくて諦めた気持ちになったのに、今は満たされた気持ちになっている。本当に不思議な感覚だ。
ユキちゃんも伊藤が褒めてくれてよかったねって慰めてくれる。だからユキちゃんにも感謝を伝えると伊藤が想いを伝えてくる。
「女子の本命チョコってすごいんだね。俺、感動したよ。こんなチョコを貰ったら絶対に好きになるよね」と。
告白なんかしてないし本当のバレンタインチョコでもないのに伊藤の言葉にドキッとしてしまう。
でもユキちゃんは「私はダメだったけどね」って。
それからしばらくユキちゃんのチョコの話になって、今日はお開きになり、遅くなったけど部活に向かった。
部室のロッカーを前にするとバッグを落としたことを思い出す。
落としたケーキを見た時は本当に終わりだって思った。でも伊藤の言葉には救われた。努力も報われたし、つらい思い出にならなくてよかったと思った。
そしてチョコを贈った相手が伊藤でよかったとも思った。
遅れて参加した部活が終わって帰ろうとしていたらスマホにメッセージが来ていた。伊藤からだった。
お互いクラスのグループチャットには加わっていたけど今まで個人的にやり取りをしたことはなかった。だからこれが初めてのメッセージだったけど、内容はお礼と完成したときの写真が欲しいってお願いだった。
あの時はグチャグチャなケーキの写真は撮らなかったし、撮ってほしくもなかった。だから一番お気に入りのケーキの写真を送った。
三月はあっという間。三年生の卒業式が終わればすぐに期末テスト。そして終業式になり春休み。四月になれば二年生になる。
でもやっぱりホワイトデーが一番気になる。伊藤から貰えるのかなって。
バレンタインのケーキは贈ったものじゃなくて売ったものだってわかってる。だから普通に考えたらお返しは存在しない。
それでも伊藤には期待してしまう。
今年のホワイトデーはテスト期間中だった。
朝学校に行くと伊藤からホワイトデーのプレゼントを手渡される。バレンタインのお礼だって。
そんなのお金を貰って作ったんから気にしなくてよかったのにって言いながら嬉しかった。
でもそのあとに同じ大きさのものをユキちゃんにも渡していたことが気になった。確かにバレンタインの時、伊藤はユキちゃんからもプレゼントを貰っていたことは知っていたけどさ。
ユキちゃんとふたりで中身はなに?開けてもいいって聞いたら、お楽しみはテストのあとの方がいいんじゃないって言われたけど、テストの合間にも中身が気になっていた。
結局伊藤の言う通り学校から帰ってきて家でプレゼントを開けたらと中身はバスボムだった。
正直びっくりした。伊藤ならマカロンやクッキーなんだろうなって思ってた。だから伊藤ってこんなセンスなんだって思いながらバスボムを見つめていた。
ただユキちゃんからのメッセージで、ユキちゃんも同じバスボムを貰ったって知ったのは残念だった。
翌日ユキちゃんとふたりで伊藤に改めてお礼を伝える。
ユキちゃんなんか、よく思いついたね。得点高いよって言っていた。
伊藤は使った感想を聞いてきたけど、私もユキちゃんもまだ使っていないって答えた。
ちょっともったいない気がするから。
そしてホワイトデーと期末テストが終わった。
でもホワイトデーには続きがあった。
期末テストが終わった夜に伊藤からメッセージがきた。バレンタインのあとに写真を送って以来だ。
で内容は、明日のテスト休みにバレンタインのお礼がしたからイチゴフェアに行かないかだって。
すごくドキドキする。
部活が終わってから伊藤に連絡するとわかったって返事が帰ってくる。
そして約束のファミレスに着くと、すでにお店の中にいることがガラス越しにわかる。
待ち合わせって外じゃないのって考えながらお店の中に向かう。
「おつかれさま」
「普通、待ち合わせって外じゃない?」
「……」
「なによ」
「普通、待った?とか言わない?」
「……待った?」
「うん。いつ終わるかわかんなかったから先に店に入ってたよ」
「普通は今来たとこでしょ?」
「くくっ」
「ふふっ」
お互いちぐはぐな会話をして笑ったあとメニューを見る。今日は伊藤のおごりなんだって。
「ほんとにいいの?」
「うん」
「でもバスボムも貰ったし」
「いいよ。それに田口さんと同じってわけにいかないじゃん」
「それを言ったら私のはお金貰って作ったやつだし」
「そうだけど、違うよね?」
「なにが?」
「お金で作ったら、落としたって泣かないよね?」
「……そうだけど」
「それだけ一生懸命作ったってことでしょ」
「……うん」
「だからさ、今日はそのお礼なんだよ」
「わかった」
「それに佐々木さんから貰えて嬉しかったしね」
胸がときめき「そっか」としか返事ができなかった
そのあとは言葉に詰まってメニューを見ているふりをしていたら、
「そんなに迷う?」
「そりゃね」
「だったら二つ選んでいいよ」
「えっ、流石に二つは」
「別に二つやるなんて言ってないよ。半分づつにしようよ」
それってデートみたいって考えると何を選んでいいかわからなくなる。
「まだ迷う?じゃぁ三つにする?」
バカ伊藤。
「ならミルフィーユとパフェと、ロールケーキ」
「本当?やっぱり二個じゃん」
「半分づつなんだから一個半でしょ」
「屁理屈」
またふたりで笑い出す。
それから伊藤がドリンクバーも付けて注文をする。
伊藤は飲みかけのカフェラテがあるからって、私だけが飲み物を取りに行く。
そして紅茶を持って席に着くとちょうどのタイミングでケーキも届く。
当然ケーキを食べる前には写真を撮るし、ついでにメニューの写真も撮る。その写真を伊藤に見せると、
「やっぱりバレンタインのケーキは売り物みたいだ」って。
ドキッとしてしまったけれど苦いことも思い出す。
ちゃんとしたものをあげたかったな。
そう考えていると伊藤が半分にしようかと話し出す。
でも半分にできるのはミルフィーユとロールケーキだけ。パフェはグラスに入っているから半分にはできない。
すると、
「先に半分食べる?」ってパフェを勧めてくる。
私が先?じゃぁ残りは伊藤が?ダメダメダメ。絶対ダメ。
逆に伊藤が先で残りは私が……ってもっとダメ。
頭が沸騰しそう。
とりあえず半分にしたミルフィーユから手を付ける。
伊藤も同じくミルフィーユを食べておいしいねって声をかけてくるけど味なんかわからない。
頭の中はパフェを食べる順番のことだけでいっぱいだった。
そしてミルフィーユを食べ終えるころに話題を変えてくる。
「佐々木さんはちゃんとしたホワイトデーのプレゼントって貰った?
「ん?」
「なんて言うか、本命っぽいの」
「えっ、ないよ、そんなの」
「そうなんだ」
「なに、気になる?」
「うん」
伊藤の質問に軽く切り返したつもりだったけど返事に困ってしまう。
伊藤って私のことが気になるんだ……それってどんな風に?
「クッキーとかを三個くらいかな、貰ったのは。伊藤は?」
「俺は佐々木さんと田口さんだけ。チョコ貰ったのはふたりだけだったから」
「そうなんだ」
「でも佐々木さんのは貰ったんじゃなくて買ったんだけどね」
「確かにそういう約束だったね」
はじめはね。でも途中からは本気になってケーキ作ってたけど。
伊藤の驚くところとか喜ぶところとか、想像してたら楽しくなってきたし。
だからケーキを落としたときはショックだった。
しかしそんなことで泣くなんて思ってもみなかったし、そんな自分にびっくりもした。
そして落としたケーキを受け取ってくれた伊藤には感謝してる。
それと自分が一生懸命作ったものを受け取ってもらえる、大切にしてもらえるってすごく嬉しいんだってわかった。
だからみんながバレンタインにがんばる気持ちもわかった。
伊藤はそういうのがわかっていたから本命とかに拘っていたの?
でも少し違うような気もする。
もし本命チョコへの努力とかが知りたいのなら他の男子でも女子でも聞けばいい。
それと伊藤は貰うんじゃなくて買っていたし、そもそも手作りでなくてお店のものを買ってでもいいって言っていた。
どいうことなんだろう。
二つ目のロールケーキを食べながら始まりのバレンタインのことを考えていたらおかしいことに気が付いた。
「ねぇ、もしバレンタインのとき手作りでなくて買ってきたものだったらどうだった?」
「えっ、嬉しいよ」
「でもそれって贈る側が本気かどうかってわかんないじゃない」
「……そうかもしれないけど、それを言ったら手作りだって本気かどうかわかんないじゃん」
「ん?なんかわかんなくなってきた」
「なにが?」
「伊藤が本命チョコを欲しがった理由が」
「……」
「女の子が一生懸命がんばったチョコが欲しかったんじゃないの?」
「……」
「だったら買ってきたものだっていいなんて言わないよね?」
「……」
「ほんとはどうなの?」
「……佐々木さんが気が付くなんて思わなかったよ」
「やっぱり何か別の理由があるの?」
伊藤を問いただすとうつむいたままで答えてくる
「本当は佐々木さんからチョコが貰いたかったんだ」
「なんで?」
「なんでって……思い出が欲しかったんだ」
「思い出?」
「うん。二年になったらクラス替えがあるじゃん」
「そうだってね」
「だから別々になるかもしれないから思い出が欲しかったんだ」
「どうして?」
「そこ聞いちゃう?」
多分だけどわかる気がする。でもそうじゃなかった方が恥ずかしい。勘違いしているようで。
「やっぱり気になるじゃない」
「そっか」
「で?」
「……佐々木さんのことが好きだから」
やっぱりそうなんだ。でも、
「そんな感じなかったよね?」
「そうかも」
「どうして?」
「どうして?」
「その……どうして好きになったとか、いつからとか……」
「すっげー恥ずかしいんだけど」
「こっちだって恥ずかしいし」
「……文化祭のころかな」
「文化祭?全然絡んでなかったよね?」
「そうだね」
「じゃぁなんで?」
「なんか楽しそうにしてたじゃん」
「それだけ?」
「うん」
信じられない。たったそれだけだなんて。
「そんなんで好きなの?」
「まぁなんか気が付いたら佐々木さん見てたし」
「そうなんだ」
「だから佐々木さんに好きな人がいないんならバレンタイン貰えるかなって思ったんだ」
「でも買わなくてもよかったじゃない。欲しいって言えば」
「そうしたらただの義理チョコになっちゃうじゃない」
「そうかもしれないけど」
「だから本命チョコとか本気とかって言えば、俺のこと考えながら選んでくれるんじゃないかなって。俺のことが好きじゃないってわかっていても選んでもらえたら嬉しいじゃん」
「……」
「でも本当に手作りケーキが貰えるなんて思わなかったよ」
「グチャグチャだったけどね」
「それでも嬉しかったよ」
「……」
「だからさ、今度は俺から本気のホワイデーにしてみたかったんだ。ふたりでケーキを食べに来るってホワイトデーのデートみたいじゃん」
「……それで告白でもするつもりだった?」
「いや、そんなことしないよ」
「えっ、なんで?」
「なんでって、バレンタインを頼んだ時、脈なしだってわかったし」
「……」
「だからこれも思い出」
「……」
「そんなに考え込まないでよ」
正直、昨日誘われた時は嬉しかった。ホワイトデー当日に貰ったバスボムも嬉しかったけど、今日ケーキを食べに来ることはデートに誘われた気分だった。
そもそもバレンタインの時も落としたケーキを食べてもらって、褒めてもらって嬉しかった。だから贈った相手が伊藤でよかったとも思った。
そんな伊藤から好きだと言われら嫌な気分はしない。でも全部思い出なんだ……
それでもそんなことを言われるとそんな気にもなる。
伊藤はずっと普通だった。バレンタインのあともなれなれしくならなかったし、連絡だって写真のやり取りをしただけだった。
今日だって私が聞き出さなかったら告白なんかなかったかもしれない。
来週の終業式が終わって、二年になってクラスが別れたら会うこともなくなって本当に思い出になるんだ。
今までだって特別仲がよかったわけじゃない。でもバレンタインのあとから話はするようになったし楽しくもあった。
それがもう終わるんだ思うと寂しくなる。
「佐々木さん、パフェはどうする?」
伊藤の言葉でハッとさせられる。
「パフェ?伊藤が先に食べていいよ」
「俺が先でいいの?」
しまった。
あんなに悩んでいたのに何も考えずに譲ってしまった。それって伊藤が口にしたものを私が食べるってことだよね?
「だったら、分けない?」
「えっ」
「パフェって分けにくそうじゃない。だから佐々木さんが一個食べられるのなら全部やってもいいかなって思ったんだよ」
「これからパフェ全部は無理かな?」
「だから分けようよ。俺も手を付けたものを佐々木さんやるのは気が引けるし」
「どうやって分ける?」
「サーバーからカップを持ってくるよ」
「あっ」
「いい考えだと思わない?」
やっぱり伊藤って優しくて気配りができるんだよ。たった一カ月だったけどそこはわかってる。
それからカップを持ってきた伊藤がパフェを取り分けてふたりで食べ始める。
そして伊藤とはもっと前から仲良くなりたかったなって考え、これからもって思いを口にする。
「ねぇ、来年も私のチョコ欲しくない?二年になったらクラスは分かれるかもしれないけど」
「……いいの?」
「ホワイトデーもいろいろしてもらったしね」
「期待しちゃうよ?」
「いいよ」
「へー、どんな意味で?」
「どんなって……」
「来年は本命チョコが貰えるといいなぁ」
「……本命かどうかはわからないけど本気は出すよ」
「佐々木さんの本気はすごいからなぁ。でも落とさないでよ?」
「今度は落とさないから」
でも落としても大切に食べてくれるんだろうなって思った。
おしまい
お読みいただいてありがとうございます。
2025年バレンタイン企画(嘘)参加第一号です(笑)
バレンタインで付き合い始めるのでなく、バレンタインを切っ掛けに育んでいくって感じにしたかったんです。
あとですね、私、お菓子作りも趣味なんです。
作中の生チョコやシリアルチョコなんかレンジだけでも作れるから小学生でもできます。
ガトウショコラだって簡単。オーブンは使うけど極論そこそこ火が通っていれば生焼けでも大丈夫。というか生焼け?ってくらいがしっとりしてていい感じ。生地も重いからしぼんでも平気。
クッキーよりはちょっと難しいくらいだけど、焼くだけでお店のケーキみたいになってインパクトは強い。お勧めです。
ちなみに余ったフレッシュミントの使い方はミントティーか水耕栽培が一般的です。
飯テロ作品は多いけどお菓子テロって少ないでしょ?
いつかはって気持ちもあるけど、ストーリーよりうんちくに熱が入って説明臭くなりそうな気がするんですよね。
ということで、いろんな意味で甘党だってことです。