金払えバカ、外は寒い
僕の浪費癖はひどい。僕の浪費癖はひどい。二回唱えるほどひどい。
それが最近はうそみたいに金を使うことが減って、そのことを話すと「よかったじゃん」と言われた。そいつは僕とは逆に貯金癖のあるやつだった。常にいくらのお金は貯めておかないと不安でしかたないという性格で、僕とそいつとは不安に金を動かされるどうしの集まりを開いていた。そいつが珍しく欲しいものがあるというから付いてきたのに、買ってから30分経つあいだはずっとため息ばかり聞かされていた。少しもものを購入したときの喜びを知ろうともせず、いやしようとはしていたのかもしれないが、それがあまりにも下手だったのだろう。あるいは貯金中毒には快感がちょっと強烈過ぎたか。そんな姿を晒したやつが、僕の話にたいして一言、「よかったじゃん」だ。
「それが全然よくはないんだよな。」
「珍しくお金が溜まるんだからいいじゃん。」
現状の僕、それと貯金中毒の二人を奮い立たせるために僕は言った。
「使わない金なんてないのと同じだからな。」
「いざというときどうするの。」
「いざというときなんてない。」
「お前死ぬぞ。」
「生きる死ぬをお前の貯金程度でどうするんだ。核シェルター所有してからだな話は。」
そうは言ったものの、僕は何も買わないままお別れの時間がきていた。貯金側が買い、浪費側が貯めた。まあそんな日があってもいいんじゃないか。おそらく僕らは今、役割を望みすぎている。浪費癖があってこその僕というのではなく、浪費癖をたまたま持っていた僕なのだ。帰ってからは何度も読んだ本を開き、何度もプレイしたゲームを起動した。
そんなものだ。朝になれば着ていたものがすべて四散している。綺麗に並べられていたはずの部屋の家具はどこもガタガタの線を描いている。頭の中から重機に掘り起こされるようだ。痛覚は全身から内臓から絶えることなく訴えが続くが、その痛みは脳を通過する最後の最後、パンク的な解釈を施され少しでもかっこよくあろうと、現実逃避を試みるのに利用される。いつだって逃避は隙あらば行われる。しかし見てみろ。この部屋の惨事は紛れもない現実なのだ。シラフではこの有様を自分の仕業とは認められない。認めたくないような魂が、自分の体の中にはとじこめられていた。その表れがこの部屋だ。朝は昨日までに鏡をつきつけられる時間だ。朝日は紛れもない本人の姿を照らし証明するが決して沈黙のまま、振舞う姿は天使とも悪魔とも、いや朝日は太陽が務める役割でしかない。早くそこに広がったズボンをとって履くんだ。話はそれからだ。だが話すべき相手はとっくにいなくなっていた。かすかに匂いだけは残っているが、でも今にも忘れてしまいそうだ。僕の匂いとの差別化に十分なだけの特徴は、この際あまり特徴とはいえなかった。窓をみるだけで外は寒かった。こんな世界に朝早くから出かけていくなんて素晴らしい意思力だ。それとも昨晩の僕か、眠ったあとの肢体の流動が相手の朝を早くさせていたのだとしたら、それを僕が悪いと思っても今更何が変わるだろう。人の気持ちを汲む思考など今は毛ほども必要とされていなかった。自分の気持ちとはまったく関係なく、思いついた単語から導かれた語呂に惹かれ、金払えバカと胸に複数回唱えると、汚言症の疑いを自分にかけながらその病名の発明者とすれ違うような足下を掬われるような感じがした。




