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ソフィアには比較的何でも話すようになっていたロザリアンヌも、あのまっ白な空間での事は話せなかった。
キラルとレヴィアスがボスを瞬殺させた事を話し、何だか踏破した実感が無いと話すロザリアンヌに「良く最後まで頑張ったね」そう言ってSランクダンジョン踏破を褒めてくれたソフィア。
ソフィアの言葉に誰がボスを倒したかではなく、Sランクダンジョンの踏破を本当に果たしたんだと言う実感が湧き「うん、ありがとう」ロザリアンヌは素直に喜びお礼を言った。
「ああ、その照り焼きにはこのお酢を忘れないで入れておくれ」
最近のロザリアンヌはソフィアから料理レシピを学びながら、料理も錬金術を活用し錬成し始めていた。
素材を切ったりする必要も無く、火加減を気にしたり調理時間を気にする事も無く、材料を専用の鍋に入れ出来上がりをイメージしながら練成する手軽さがロザリアンヌにはあっていた。
何よりよほどの事が無い限り失敗する事が無いのが便利だった。
「照り焼きって普通に甘辛くて美味しいと思ってたけど、酢が隠し味だなんて知らなかった」
「ああ、さっぱりして甘さも辛さも際立ち美味しくなるんだ。錬金術でも中和剤や触媒を使ったりするのと一緒で、はっきり見えなくても何がどんな効果を発揮するか分からないもんさ」
ロザリアンヌは料理も錬金術も似た様なものなのかと、ソフィアの説明に普通に納得しながら鶏の照り焼きを錬成した。
こうしてすっかり朝と夜の調理の時間が、ロザリアンヌとソフィアの会話が弾む時間になっていた。
そうして出来上がった料理を器によそりテーブルに並べ、キラルとレヴィアスも呼んで食事が始まる。
いつもはロザリアンヌの傍を離れたがらないキラルだったが、調理の時間はキラルなりに気を遣っているのか別の事をしていた。
「今日の料理もロザリーが作ったの?」
「そうよ、美味しいでしょう」
「うん美味しいー」
「錬金術で料理をするなどマスターでさえしてなかったな」
素直に褒めてくれるキラルとは違い、レヴィアスの反応は微妙だった。
「もっと分かり易く褒めてよ」
ロザリアンヌが不満気な顔をレヴィアスに向けると「おまえはソフィアに何か言う事があったんじゃないのか」と言われ、妖精の羽の件かと思い出していた。
忘れていた訳では無く、ソフィアが有効利用方法を思い付くまでと言っていた事が気になり、ロザリアンヌから聞いても良いものかと思い直して話しづらくなっていた。
しかし折角レヴィアスが話題を振ってくれたのでロザリアンヌも覚悟を決めてソフィアに聞いてみる。
「妖精の羽の事なんだけど、師匠に随分迷惑を掛けているみたいですみませんでした」
「ああ、あれかい。取り合えず警備兵が使い始める事になったよ」
事故の心配もあると慎重になっていた筈なのに、既に利用先が決まっていたと知りロザリアンヌは驚いた。
「警備兵ですか?」
「ああ、移動が速く楽になり、警備もしやすくなるだろう。取り合えず警備兵が使ってみて、安全性や利便性が分かれば他の活用方法も見つかるだろう。その為にアレのレシピは魔道具部門に渡してしまったがそこは了承しておくれ。あのままでは豊富な魔力と魔力操作に長けた者でもなければ使いこなせない。ロザリーはおまえが使えるからみんなも使えると考えるのは間違いだとそろそろ気付きな。みんなに喜んで欲しいのなら、便利な物と考えるよりみんなが使える物みんなが本当に必要としている物に目を向けるんだね」
「はい、ありがとうございます」
ソフィアがロザリアンヌの練成品に対して厳しく言うのは初めてだった。
しかしロザリアンヌはソフィアの助言が、一人前の錬金術師として認められた様な気がして嬉しかった。
そしてこの助言はきっと錬金術師として大事な事なのだろうと胸に刻んだ。
「ああそれから、浮遊魔法に関してはレヴィアスが話しな、交渉をしたのはおまえなんだからね」
「いや、私だけだったらもっと手荒な方法を取る事になっていた。穏便に済んだのはソフィアのお陰だ」
「私は場を設けただけだ、たいした事など何もしてないさ」
「それでは私から説明しよう。私はロザリーがSランクダンジョン踏破を果たした名誉を利用し交渉しようと考えていた。王家や貴族と穏便に会うにはその方法しか思いつかなかったからだ。その他の方法もいくつか考えてはいたが、ロザリーの為を考えると少々憚られた。しかしソフィアがそれより早く交渉の場を用意してくれたので、思いの外簡単に交渉が進んだ。本当に感謝している」
レヴィアスが誰かに頭を下げるのをロザリアンヌは初めて見ていた。
「だから私はたいした事などしていないと言っているだろう。よしておくれ」
ソフィアが頭を下げるレヴィアスに困惑する様に手を振っていた。
ロザリアンヌはとにかく浮遊魔法が何のいざこざも無く世に出る事になり安心していた。
これで浮遊魔法が有効活用されれば、世の中ももっと便利になるのだろうと思っていた。
「対価として魔動力船と魔動力飛空艇を貰い受ける事になっている、内装や機能についての要望があれば早いうちに言ってくれ」
「何それ?」
ロザリアンヌは絶句した。
「魔石で動く船が作られたのは知っているだろう。同じく浮遊魔法を利用した魔石で空を飛ぶ船が作られようとしている。私達はその最先端の物を貰える事になった」
ロザリアンヌの知らない間に進んでいた話にも驚いたが、対価とか魔動力船とか魔動力飛空艇とか考えても居なかった展開に思考が付いて行かなかった。
「魔動力船や魔動力飛空艇を貰っていったいどうしようというのよ。第一操縦員や乗組員とか必要なんじゃないの?」
「それは大丈夫だ、おまえや私でも充分に操縦はできるだろう。それにそんなに大きな船は必要ないから、乗組員も必要ない。そう考えて専用の物を作らせている」
「だからそんなのを手に入れてどうしろと・・・」
他の大陸へ冒険に出ろと強制されているのだとロザリアンヌは気が付いた。
きっとソフィアもレヴィアスもそんな意識も無く、あの声だけの男に調整されちゃったんだろうと考えていた。
(魔動力船や魔動力飛空艇を手に入れても他の大陸へ行かなかったらどうなるんだろう?)
ロザリアンヌはそんな事を考えながら「君が望もうが望むまいが、君がこの世界を冒険するのは決定だから、強制だから。僕達がそう調整するから」という言葉を思い出していた。




