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魔導書店を出ると、店の傍をウロウロする不審な人が居た。
服装が何と言うかちょっと古臭いというか素朴なデザインで、辺りをキョロキョロと見回している様子が明らかに何かのイベントですかといった感じだった。
無視をしようかとも考えたが、もしかしたら話しかけるまでずっとこのままだったらと思うとつい声を掛けていた。
あの空間で聞かされた話が頭に残っていて、あの声だけの男が強制的に何かを起こしているのだとしたらと考えてもいた。
それに何かのイベントだとしたら抗っても無駄だろうし、この先どんな展開が待っているのかも興味深かった。
「何かお困りですか?」
「おおぉーー」
明らかに大袈裟な反応でロザリアンヌに近づいて来ると、ロザリアンヌの手を硬く握りしめ大きく振り始めた。
あまりに大袈裟な反応に抵抗を感じ、ロザリアンヌは手を振り払う様にして解く。
「魔法を売っている店があると聞いて来たのですが迷ってました。どこか分かりますか?」
「それならその店がそうですよ」
ロザリアンヌは今しがた自分が出てきた店を指示した。
「良ければ少し案内して貰っても良いですか?」
すぐ傍にある店まで案内しろとはどういう訳だ?とロザリアンヌは訝しむ。
しかし今さら断る選択肢などロザリアンヌには無かった。
「良いですよ」
そう答えるとロザリアンヌは先を歩き出し、店の扉を開けると「こんにちは」と普通に入って行く。
そして迷い人も普通にロザリアンヌの後に付いて入って来た。
ロザリアンヌは店の中にアンナが居るのを確認して「お客さんだよ」と声を掛けた。
「おお、コレが全部魔法ですか?どんな魔法なのか教えて貰っても良いですか?」
迷い人がまたもや大袈裟に感動を全身で表し、魔導書が並ぶ棚を見て回っていた。
ロザリアンヌは店に案内するだけだと思っていたので、後はアンナに任せようとアンナの方に顔を向ける。
「えっと、彼が何を話しているか分からないんだけど・・・」
困り果てたアンナの表情を見て、ロザリアンヌも困ってしまう。
「魔導書の内容を知りたいって言う意味じゃないかな」
まさかアンナが理解できないなんてと思いながらも、ロザリアンヌは迷い人の話を表現を変えて話してみた。
「でも私が説明して通じるのかしら?」
「私が通訳してあげようか」
ウィルがアンナに得意気に話した。
「通訳?」
「そうよ、アンナには彼の言葉は通じないわ。だから私が通訳するしか無いでしょう」
さらに得意気に自慢気に胸を張るウィルの言葉にロザリアンヌは納得した。これが言語理解スキルの能力かと。
「ウィルには分かるの?」
アンナが不安な表情を隠そうともせずにウィルに尋ねた。
「私達精霊は元々思念で通じるから大丈夫だよ。ねぇ~」
ウィルはキラルに同意を求めるように話しかけると、キラルも「ねぇ~」と返していた。
レヴィアスは興味も無いのかいつもの様に我関せずといった感じだった。
要するにこのイベントは言語理解スキルの能力を見せたかったのだろうと何となく納得し、ロザリアンヌは店を出る事にした。
「じゃあアンナ後は任せるね」
そう言って早々に店を出た。
これ以上関わっていると他にも面倒な展開がありそうだったので、逃げ出したというところだ。
「言語理解スキルが嫌がらせってどういう意味だったんだろう?」
あの空間で男に言われた事を思い出し確かめるようにひとり呟いていた。
「何の話だ?」
ロザリアンヌの呟きにいち早くレヴィアスが反応した。
「90階層のボス部屋を攻略した後に転移したじゃない。その場所で男の人に言われたの、嫌がらせにスキルをあげるって。キラルとレヴィアスも一緒に転移した筈なのに、あの場所には居なかったみたいね」
ロザリアンヌが簡単に説明すると、レヴィアスはとても興味深気に「ほほう」と頷いていた。
「おまえはこれから通訳や翻訳の話をあちこちから持ち掛けられる事になるな。忙しくなりそうじゃないか、退屈しなくて済みそうだな」
いやに嫌味な言い方で面白可笑しそうに話すレヴィアスに少しばかり殺意が湧いた。
「それだったらアンナの所に行くんじゃないの?」
「ウィルの通訳が上手く行けばの話だろう。だいたいさっきの男はウィルを挟んでの通訳より直接話が通じるおまえを望むと思うぞ」
「そんな忙しさはまっぴらごめんよ。時間ばかり搾取されて私に何のメリットも無いじゃない。私には他にやりたい事が沢山あるの」
「だから嫌がらせなのだろう?」
ロザリアンヌはそういう事だったのかと納得し、腹が立ち始めた勢いをどう解消しようかと考えていた。
「ロザリーダメだよそんなに怒っちゃ。ロザリーは笑顔が似合うんだからいつも笑ってて」
キラルに純粋無垢な笑顔を向けられ、ロザリアンヌの怒りはどんどんと萎んで行く。
「そうだよね、断れば良いだけだし、何なら先手を打って自動翻訳機でも練成してみようか?」
ロザリアンヌは前世でかなり優秀な翻訳機が開発されていた事を思い出す。
そして似た様な物を錬成できないかと考え始めていた。
「精霊の思念ってどうやって通じ合っているんだろう?」
「そりゃぁ魔力に決まっているだろう。おまえと私達が魔力で繋がっているのと同じ様な原理だ」
「魔力に思念が乗るんだとしたら、それを言葉にしたり文字にするにはどうしたら良いんだろうね?」
「文字にする必要はあるのか?」
「やっぱりあるんじゃないかな」
ロザリアンヌはもう既に自動翻訳機を作る方向であれこれ考え始めていた。




