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「すべてのダンジョン踏破おめでとう。君には特別な権利を与えるよ、喜んでね」
聞く限り若い感じの能天気な男の声が何処からか聞こえてきた。姿はまったく分からない。
どうやら主人公特典のイベントだったらしい。
「特別な権利ですか?というより私はやっぱり主人公扱いなの?」
ロザリアンヌは今まで抱いていた疑問をぶつけてみた。
「転生している時点で主人公だって思わなかった?君変わってるよね」
そりゃそうかとロザリアンヌはすんなりと納得していた。
私がプレイしていたゲームの世界という異世界だし、記憶もゲーム知識も持ったままの転生だし、チート能力を色々手に入れている。
その上精霊2体も宿していてモブってあり得ないよね。
寧ろ今まで何を疑い抗っていたのかと、答え合わせができた様に自然と受け入れられた。
「それで特別な権利って何ですか?」
「君に次に解放される大陸を好きに作り替えさせてあげるよ」
ロザリアンヌはこの声だけの男が、何を言っているのかまったく理解できなかった。
「何言ってんの?」思わず素で突っ込んでしまった。
「何って、もともとこの世界は君が転生したいと強く望んでできた世界だからね。そこは初めに良く理解してよね」
ロザリアンヌはこの世界を自分が作ったかのように言われ戸惑うしかなかった。
「理解しろといわれても・・・」
「分かり易く言うと君の転生したいという強い思いに応えて、僕達が君の記憶から作った世界なんだ。この世界には全部で7つの大陸があるけれど、その大陸の世界観を君が望むなら作り替える事も可能だと言ってるんだよ」
私の記憶から作ったって・・・・・・
【プリンセス・ロザリアンロード】が一番記憶に強く残ってたって事?
いやいやいや、私の記憶から作るんだったら他にもあれこれあったと思うよ。
他にも面白そうなRPGとか絶対にあったよね!!
他には面白そうな漫画や小説とかも色々とあったでしょう?
他にも別に普通の恋愛乙女ゲームとかでも良かったよ・・・
何だかとても納得のいかないロザリアンヌだった。
しかし折角作り替えてくれるというのならどんな大陸が良いだろう?
う~ん、簡単には思いつかないし、そこに住む人達にも影響するって事だよね?
そんなに詳細にあれこれ考えるの面倒だよ。
「面倒だから作り替えを拒否した場合はどうなるの?」
「その場合そのまま僕達が作るだけだよ」
「ちょっと待って、もう既に他の大陸と交易を始めてるよ。なんか話が噛み合わない気がするけど?」
「ああ、あれね。君がこの大陸の他はどうなっているのかと考えたのがトリガーだったね。あれのせいで強制的に解放されちゃって、本当に焦ったよ。そのせいで小説で定番の文化レベルの低い中世ヨーロッパ風の大陸になってしまった」
「強制的って・・・。なってしまった?」
ここまで来ると何かの詐欺の様で胡散臭さしか感じなかった。
騙されているというより、うまく言い包められている様な。
「本来なら各大陸に居る僕と同じ存在が、君に確認しながら順次開放して行く予定だったんだよね」
「同じ存在って?」
「大陸の守護者とでもいうのかな。世界観に矛盾を生じさせないように調整しているんだ。結構大変なんだよ」
ロザリアンヌには世界観の矛盾と言われてもピンとは来なかった。
寧ろ多少の矛盾も含めての世界なんじゃないかとさえ思っていた。
「とにかくね、本来ならその大陸にあるすべてのダンジョンを踏破しないと次の大陸は解放されない事にしてあったの。でももう既に一つ解放されちゃったから次に解放される大陸を君の好きな様に作り替える事を可能にしてみたのさ」
随分とロザリアンヌに恩を着せる様な言い方に何処か納得がいかなかった。
だいたいダンジョン踏破で次の大陸が開放されるなんて、そんなゲームみたいな世界がいったい何処にあるというのか。
って、この世界か・・・
まったくどういう理由からそんな面倒な設定にしたんだか・・・
って、もしかしてあのゲームの影響か?
「世界が少しずつ広がって物語が進んで行く感じが良いでしょう」
男の声はリアルにゲーム脳的な事を言い出していた。
「今ここでその話を聞いてしまった時点で、もうそんな感想なんて持てないわ。何考えてんの?」
だいたいコロンブスが大西洋を横断して大陸を見つけるみたいな世界、考えるだけで面倒くさい。
辿り着いた大陸で原住民と争いになる様な世界なんかも望んでいないよ。
「それってさぁ、もしかして次の大陸に行って同じ様にダンジョン踏破しながら大陸を開放させて行けって言ってる?」
「あれっ、君ってダンジョン好きなんだよね?ダンジョンがあったら迷わず飛び込むタイプなんだよね」
「そう言われるとその通りなんだけど、次の大陸に行くっていう選択なんて私には今の所全然まったく無いけど?」
この男と話が噛み合って無かった理由に気付き、ロザリアンヌは尋ねるように発言していた。
王城に呼び出されると聞いてそんな事を考えた瞬間もあったが、今はもうその気は無くなっていた。
ダンジョンは好きだけれど、偉大な錬金術師になるって決めている今はソフィアの傍を離れる理由が見つからない。
平和が一番。快適で便利な環境が二番。文化レベルの低い国へわざわざ出かけて何が面白い。
不便な環境を体験して癒されるほど疲れてもいないし、田舎生活に憧れてもいない。
「あれっ困ったなぁ、君が動かないとこの世界も動かないんだよね。君が作った世界なんだからもっと責任を持ってよ。その為に与えた力だよ」
ロザリアンヌは責任まで押付けられ、何と言うか呆れ果てた展開に頭を抱えた。
「じゃあ聞くけど、このSランクダンジョンを踏破したのが聖女候補だったらどうなってたの?」
「まずあり得ないね。彼女はダンジョン踏破に初めから興味も無かったさ」
「でも彼女も主人公なんでしょう?」
「君があまりにも恋愛展開を拒絶するから、世界観を守る為に僕が調整しただけだよ。本当なら彼女は君のライバルだったんだ」
平然と答えるこの男に、今まで思い悩んだあれこれが本気で馬鹿らしくなって怒りが湧き始めた。
「それじゃ私も聖女候補もただ踊らされていただけみたいじゃない」
「そんな事は無いでしょう、君はいつも自分で決めていたじゃないか。僕はその辺にはあまり介入していないよ。この世界は君と僕達で作ったものだけど、ちゃんと体現出来ているでしょう。現実として捉えられる世界になってる筈だよ」
ロザリアンヌはそう言われてしまうと何も言えなかった。
実際この場所に転移させられるまで、何の疑いも無く現実を生きていると思っていた。
「じゃあ私がこの世界を放棄したいって考えたらどうなるの?」
「それはもう無理だね。実際に動き出している世界をどうやって止めようというの?もう既に現実になってるんだよ」
逆に質問されてしまいロザリアンヌは答えに窮した。
この世界が壊される事などロザリアンヌは微塵も考えていない。
寧ろもっと楽しみたいとも思っているし、まだ偉大な錬金術師になってもいない。
しかしロザリアンヌは質問された事である答えを思い付く。
「もう動き出しているというのなら、すべての大陸を今すぐ開放して。この世界全部を現実にしてくれない」
ロザリアンヌはこの世界すべてを開放し現実にする事で、中途半端なゲーム感を無くしてしまいたかった。
ましてやこの男のような存在にこれ以上関わり、神にでもなったような気にさせられるのは嫌だと考えた。
それにこの世界全体が現実として動き出せば、ロザリアンヌが無理に冒険しなくても済むだろうと思った。
「やれと言われれば可能だけどね。本当に良いの?」
「そうしてと言ってるじゃない」
「分かった」
男の声は短かったが、ロザリアンヌを説得する様子が無かった事に安心した。
しかし念を押された事に少しだけ疑問も沸いていた。
もっと良く考えた方が良かったのだろうか?
「終わったよ」
暫くして聞こえた声に、ロザリアンヌはこの世界がどう動きだしたのか少し興味も湧き始めていた。
他の6つの大陸がどんな世界なのか知りたいと少しだけ考え始めていた。
「僕からの嫌がらせのプレゼントに言語理解スキルをあげるね」
「何それ、嫌がらせってどういう意味?」
それに言語理解スキルって、全大陸共通言語じゃ無いって事?
それじゃぁ益々他の大陸に行く意味がないわとロザリアンヌが考えていると、また男の声が聞こえ始める。
「他の大陸の守護者はそれぞれ君の願いを叶えてくれる事になったよ。だからね」
男はわざわざ言葉を一度区切ると、続きをゆっくりと話し始めた。
「君が望もうが望むまいが、君がこの世界を冒険するのは決定だから、強制だから。僕達がそう調整するから」
そう言われた瞬間また身体が光り出し、あの転移の感覚がロザリアンヌを襲っていた。




