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「師匠、もし私がこの国を追われるとしたら、一緒に付いて来てくれますか?」
もし本当にそんな事になったとしたら、ソフィアが嫌がっても一緒に連れて行く気ではあったが、ロザリアンヌはソフィアの気持ちを確認しておきたかった。
「何を言っているんだいこの子は。間違ってもそんな事にはこの私がさせないよ。それに私はここの探検者達に少なからず必要とされている、離れる訳にはいかないね。第一ここはもうお前の帰る場所だ。もしおまえが何処か別の場所へ旅立ったとしても、いつでも帰れるように私はずっとここに居るよ」
ロザリアンヌは初めてソフィアの力強い思いをはっきりと聞いて心が温かくなり、嬉しさから思わず涙が溢れていた。
いつも厳しいけれど優しく口数の少ないソフィアと、どこか距離が縮まらないと感じていたロザリアンヌだったが、自分の方が身構え過ぎていたのかも知れないと考えた。
前世の私は年配の人にあまり縁が無かった。
同居する祖母は居たが自分に似ていると言って妹ばかりを可愛がり、私とはあまり口も利かない厳しい目をした人だった。
父も母も家に居る事は殆ど無く、私が望めば何でも買ってはくれたがいつも家では一人だった。
でもそのお陰で趣味の手芸に没頭出来たのは今思えば有り難い事だった。
そして大人から何かを教わるなんて事も無く、高校を卒業し就職したのは革製品を作る工場だった。
職人気質の男の人が何人か居る工場で、パートのおばちゃんも居たが女の職人として入ったのは私一人だった。
毎日仕事の事だけでなく礼儀作法なども煩く言われる事が多く、初めて自分は世間知らずなのだと思い知らされ大人の厳しさと優しさを知った。
そしてその工場で私は可愛がられていたのか、特にあれこれ色々言いつかりながら毎日忙しくしていた。
物事を深く考える暇も無い程忙しく絶えず受け身状態だったが、製造技術の多くを教わるのは楽しかった。
基本が声の大きな職人さんばかりだったが、気は優しい人達だったので気にはならなかった。
デパートで売っている皮製品を見て、デキの良し悪しが判断出来るようになった時は本当に嬉しかった。
今考えると能天気な性格になったのは、絶対にあの職人さん達の影響だと思っている。
けしてぼっち生活が長く、職場以外で人と話す事があまり無かったからだとは考えてもいない。
ロザリアンヌはソフィアとの距離の縮め方がいまいち良く分からなかったが、もっと子供らしく甘えてみようかと思い始めていた。
あの職人さん達もソフィア同様厳しいけど優しい人達だった。
あの人達は向こうから私を可愛がってくれたが、ソフィアは態度に出さないだけで思いは同じなんじゃないだろうか。
だとしたらソフィアには自分から歩み寄ってみるのも必要じゃないかとロザリアンヌは考えた。
「師匠が作った肉じゃがが食べたいです」
溢れる涙を手で拭いながら、ロザリアンヌは初めて自分からソフィアに他愛もない我儘を言ってみた。
「ああ良いよ、今夜は肉じゃがにしよう。それにしてもロザリー、おまえは何か国に追われる様な事をしたのかい?それとも何か厄介な事を言って来る奴でもいるのかい?」
ソフィアにそう聞かれロザリアンヌは初めて、普段ソフィアと必要な事以外話をしていないのに気が付いた。
学校での出来事やアンナの事もダンジョンでの事も、何一つ碌にソフィアと話をした事が無かった。
それでソフィアとどうやったら距離が縮められるというのだろうと、今さらながらに気が付いた。
もっと話をしようと決めたロザリアンヌは、今まであった事のあれこれを思い付く限り話して聞かせた。
ソフィアがご飯の支度をする間も、そしてご飯を食べる間も堰を切ったように話し続けた。
ゴホンゴホンゴホン
話しに夢中になり、何かが気管に張り付き激しく咳き込むロザリアンヌ。
「今は良く味わってお食べ」
コップに入った水を差しだされ、ロザリアンヌは咳き込む苦しさより恥ずかしさに悶え顔を赤くした。
一つの事に夢中になるとどうも他の事はうっかりしてしまう、本当に自分の悪い所だとつくづくと反省した。
「それにしてもロザリーってば本当に良くしゃべったね」
キラルは呆れるというより半ば感動でもしている様に目をキラキラさせていた。
レヴィアスは我関せずで黙って食事を続けている。
ロザリアンヌも良くしゃべったが、その間ずっと黙って聞いてくれていたソフィアもキラルも凄いと感心する。
「これからはご飯の支度を手伝います」
四人分の料理をする大変さを始めて間近で見て、ロザリアンヌはこれからは手伝うと決めていた。
前世では料理は趣味程度にしかした事がなかったが、これから色々学べるだろうという思いもあった。
気付くのが遅すぎたと言われればまったくその通りなので何も言えないが、気付けただけでも少しは人間的に進歩した様な気分だった。
「朝も手伝うって言うんならその分早く起きておくれよ」
ソフィアはロザリアンヌを気負わせない為か、それとも期待していないのか、何ともあっさりとした言い方で返事をしていた。
「早起きは得意な方よ、任せておいて」
ソフィアに期待されなかった事が少し残念だったロザリアンヌは、ムキになって答えていた。




