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何故かまたユーリに呼び出された。
それも教職員室ではなくユーリが執務室の様に使っている部屋なので、ロザリアンヌの警戒心は激しく刺激されていた。
Sランクダンジョン踏破の手伝いは諦めてくれたと思っていたが、まだ何かあるのかとロザリアンヌは気を重くして部屋のドアをノックする。
「入れ」
ユーリの声を確認してからドアを開けて部屋の中へと入るロザリアンヌ。
「お呼びでしょうか」
ロザリアンヌはドアを開けたままにして、ドアの近くから離れずに頭を下げる。
何か面倒くさい話だったらすぐに逃げ出す準備をしたつもりだった。
ユーリはそんなロザリアンヌの意図に気付いたのか、薄く笑い余裕を見せていた。
「そんなに警戒しなくても良い、一つ確認したい事があるだけだ」
しかし今さら何を確認するのだとロザリアンヌはさらに警戒を強めながら、認識阻害で姿を消しているキラルとレヴィアスを確認した。
「何ですか?」
警戒心を丸出しにしたままユーリにつっけんどんに聞くロザリアンヌ。
「おまえは教会に突入した騎士に錬金術師だと自ら名乗ったそうだな?」
ロザリアンヌはユーリが発した言葉の一つ一つを噛み砕きながら段々と顔を青くする。
そして今から何の話をされるのかを理解し、教会で起きた事のあれこれを思い浮かべていた。
確かにあの誘拐騒動の際、聖女候補に姿を見せ一緒にいたゼルファーに錬金術師だと名乗っている。
しかしそれは聖女候補が【プリンセス・ロザリアンロード】の主人公なのか、何かストーリーが展開しているのかを確かめたかっただけだ。
そう言えばあの時ロザリアンヌの行動を、レヴィアスはすぐには了承しなかった。
もしかしてこういう事態を案じていたのだろうか?
考えてみれば確かに、何故あの場にロザリアンヌが居たのかという話になる。
あんなにはっきりと錬金術師だと名乗ってしまった手前、今さら誤魔化しても無駄なのだろうとロザリアンヌは諦めた。
もっとも錬金術師だと名乗らなかったとしても、聖女候補やアンジェリカちゃんの口からロザリアンヌの事は知られていただろう。
「はい、確かにそう名乗りました」
「おまえは話題になっている。近い内に王城に呼ばれる事になるだろう、覚悟しておけ」
思っても居なかったユーリの言葉にロザリアンヌは動揺せずにはいられなかった。
「何故ですか?」
「オルスローが攫いたかったのはおまえだとバレた事から、色んな憶測が王や貴族の間で囁かれている。ジュリオでは庇いきれなくなったと言うところだ。だからお前を呼んで王自ら話を聞き確認したいというのが理由だ」
ロザリアンヌはさらに顔を青くし、震え始める掌を握りしめた。
教皇がロザリアンヌの事を誰かに吹聴するような事はしないと信じられた。
だからキラルやレヴィアスをロザリアンヌが宿している事はまだ誰にも知られてはいない筈。
それでも貴族達が色んな憶測を囁いているとしたら、それはきっとマジックポーチの事だろうと思われた。
しかしそれだけでロザリアンヌを王城に呼んでまで何を確認したいのかと、ロザリアンヌは忽ち不安になる。
もしかしたら王様や貴族に囲まれ、大賢者様のようにあらぬ疑いを掛けられ、冤罪で捕らえられたりするのだろうかと想像すると居ても立っても居られなかった。
このままでは大賢者様のように逃げ出すしかないのかと思いながら、師匠やアンナの顔が思い浮かび涙が出そうになる。
師匠にはまだ何一つ恩返しができていない、アンナとだってもっとのんびりお茶したかった。
大き過ぎる力をまだ誰にも見せつけてはいない筈なのに、何故こんな事になったのかとロザリアンヌは悔しささえ湧いてくる。
『大丈夫、僕が居るから』『大丈夫だ、私に任せておけ』
キラルとレヴィアスが同時にロザリアンヌの震える掌を握る様に手を繋いできた。
二人の手から温かさや力強さが伝わってくるのが感じられた。涙が出そうになるほど嬉しかった。
二人のとても強い思いを貰い、ロザリアンヌの気持ちは段々と落ち着き冷静になって行く。
「分かりました」
ロザリアンヌはそう答えるのが精一杯だったが、既に不安も悔しさも何処かへ飛んでいた。
キラルもレヴィアスも居てくれるのに、ロザリアンヌをどうにかできる人が居る訳がない。
もし本当に王様や貴族がそうするというのなら、迷わずにこんな国など捨ててやる。
師匠とアンナも引き連れてでもこの国を出て行ってやると、ロザリアンヌの心はかなり強気になっていた。
そうだよ私は多分この国で一番強い錬金術師なんだ。
まだ偉大ではないけれど、素材とレシピと閃きさえあればどこでだって錬金はできる。
何もこの街やこの国に拘る必要なんてどこにも無い。
他の大陸に新しい素材と新しいレシピを求めて旅立つのも悪くはない。
ロザリアンヌはそう腹を括るともう怖いものなど何も無かった。
「ジュリオが味方になるから安心しておけ」
ユーリが何か言っていたが、既にロザリアンヌの耳には入っては来なかった。
「失礼しました」
ロザリアンヌはそう言うと、≪来るなら来い!≫という気分で意気揚々と部屋を出た。




