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妖精の羽は思っていた以上に快適で、間違いなく大成功の練成品だった。
魔力操作次第でスピードも高度も思いのままで、本当に妖精にでもなった気分で飛び回れた。
しかしロザリアンヌは飛ぶことに慣れていない事もあり、怖くてスピードも高度も抑えて飛んでいた。
もっとも激しく飛び回ろうとするとそれだけ魔力を必要とするので、妖精の羽を使いこなせる人は少ないかも知れなかった。
それにロザリアンヌが飛んでいる姿は、蝶々というよりどう見てもトンボに近い。
ご愛敬程度の誤算だが、ロザリアンヌ本人は自分の事を妖精の様だと信じて疑っていなかった。
「アンナにならこの羽をあげても良いよね?」
ロザリアンヌはレヴィアスの顔色を窺う様に尋ねた。
「アンナは今は別の奴とダンジョン攻略をする事も多いぞ」
「別の奴って、マークスでしょう」
最近のアンナはダンジョン攻略を主にはしていないが、マークスとダンジョンに入る事もあると言っていた。
ロザリアンヌはまたパーティーの申請をしてみたが、アンナはSランクダンジョン踏破にはあまり乗り気ではない様で断られてしまった。
「奴は王太子の護衛騎士じゃ無かったか。奴に知られれば当然王太子の耳にも入るだろう。おまえはそんなに問題を起こしたいのか?」
レヴィアスにそこまで言われると身も蓋も無く、問題を起こしたい訳じゃなくやはり誰かに喜んで貰いたいという思いは捨てきれなかった。
折角我ながら凄い物を錬成できたと思っているのに、それを誰にも知られる事が無いのはやはり少しばかり残念だった。
「おまえがこの国の王にでもなれば、すべてはおまえの思うままだぞ」
「またそんな事言って、私にそんな資質がある訳無いでしょう」
「冗談じゃない。そうすればマスターの汚名をすすぐのも簡単だし、私の復讐も果たせる。良い案だと思わないか?」
レヴィアスはいやに真面目な顔で話すので、ロザリアンヌは冗談だと思えなくなってくる。
それとともにこれは何か試されているのだろうかと疑問が湧く。
しかし今はそんな事より少し気になる事ができて、ロザリアンヌは聞かずにいられなかった。
「もしかして何か行き詰まっている事でもあるの?私に手伝える事なら何でも言って、仲間でしょう」
レヴィアスはタイミングを見て大賢者の汚名をすすぐと言ってその証拠を手に入れていた。
それがいつどんなタイミングなのかは聞いた事が無かったが、ここで冗談で話題に出す内容じゃ無かった筈。
というよりレヴィアスがそんな嘘か本気か分からない冗談でこんな事を言い出すとは、ロザリアンヌには到底思えず心配になった。
レヴィアスは一瞬だけ顔を歪めたが、すぐに表情を戻しクックックッと笑い出した。
「おまえに女王は無理か。それは困ったな」
まったく困った表情は見せずにロザリアンヌを揶揄う様に言った。
「錬金術が本業の女王様じゃこの国の人もきっと納得しないわよ」
ロザリアンヌもレヴィアスに合わせ、冗談の様に返す。
「私はそんな女王が居ても面白いと思うがな」
何故かレヴィアスはロザリアンヌの頭をポンポンと叩くので、ロザリアンヌはどこかフワフワした気分になりさっきまでの心配はどこかへ飛んで行った。
「僕もロザリーが女王になったら嬉しいかも」
キラルまでロザリアンヌ女王論に参加して来た。
「ありがとう、でも私は錬金術師だからね」
折角練成した妖精の羽を誰にも自慢はできないけれど、認めてくれる仲間がいるだけで良いかとロザリアンヌの気持ちはかなり晴れていた。
「それじゃぁこのままダンジョン踏破頑張りましょう」
ロザリアンヌは引き続き、妖精の羽を使った攻撃に慣れるべくダンジョン攻略を続けた。
そして今まで応援してくれた探検者やマリーの為にも、Sランクダンジョンの踏破を果たすつもりだった。
そうしたら魔法学校卒業とは別に、自分でも納得できる何か一区切りが付くような気がしていた。
「ああ、任せておけ」
「僕も頑張る!」
相変わらずキラルもレヴィアスもダンジョン攻略には積極的に協力的で、他にメンバーなんていらないと思わせてくれた。
というよりアンナにパーティー申請を断られてから、他にパーティーを組みたい相手も組める相手も居ない事に今さらながら気が付いた。
2年近く魔法学校に通いながらその間も殆どがソロ活動で、ロザリアンヌが学校で得たのは本当に知識だけだったのだとつくづくと思い知った。
たとえば【プリンセス・ロザリアンロード】に拘りさえしなかったなら、もっと他に楽しい学園生活もあったのかも知れないと考えた。
そして今さらそんな事を考えても仕方ないと思いながら、聖女候補の事が何となく気になった。
ロザリアンヌは今でも午前中は魔法学校に真面目に通っていた。
中退しても良いと考えながらも前世で学歴重視の世界で生きていた弊害と、ソフィアに心配を掛けたくないと言う思いからだった。
なので聖女候補の噂も当然耳にしていた。
結局聖女候補が教会に攫われたという話は世間的には噂にのぼる事も無く、実家の商会が経営権を剥奪され潰されたという話でもちきりだった。
学校を辞めるのかと噂されたが奨学生として残れる事になった。
それから何処かの貴族のお坊ちゃまと婚約したとか、そのお坊ちゃまが実は有名な騎士だとか、聖女のジョブを得たとか、光魔法をかなり使いこなすようになったとか、聖女候補に関する噂は尽きない様だった。
そしてあれから教会はどうなったのかというと、結局対外的には別段何も変わらなかった。
あの地下室の事も初代教皇の手記も何一つ公開される事は無く、教会に侵入者があったという事件の噂だけで終わっていた。
こんな結果で本当にレヴィアスが言ったような波紋は起こったのか、ロザリアンヌには分からなかった。
だから尚更にレヴィアスの計画が思い通りに運んでいるのか少し心配だった。
ロザリアンヌは別にレヴィアスに復讐をして欲しい訳では無く、思い詰める様な事になって欲しく無いと思っていた。
勿論大賢者様の汚名をすすぐ手伝いはしたいと思うし、キラルの為にも初代聖女様に何があったのか知りたいと思う。
でもレヴィアスにはそれだけに囚われて欲しくは無かった。
ロザリアンヌにとって会った事も無い大賢者様や初代聖女様の事よりも、やっぱりキラルやレヴィアスの方が大事だった。
ロザリアンヌはできる事ならこれからも、キラルとレヴィアスと変わらない平和な毎日を過ごしたいと願っていた。




