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「この指輪をどこで手に入れたの?」
ロザリアンヌは泣き続ける聖女候補の手を取り尋ねた。
流れ続けていた涙は一瞬で止まり、聖女候補は呆気にとられた様にポカンと口を開けてロザリアンヌを見詰めた。
「おや、君は彼女の友達かい?彼女の涙を止めてくれてありがとう」
ゼルファーは満面の笑顔でロザリアンヌの頭を撫でようと手を伸ばして来るが、ロザリアンヌは咄嗟にそれを避けた。
ゼルファーは女の子にとても優しく接するが、支配したがるというか自分の思い通りにしたがる節がある。(※あくまでも個人の見解です)
女は絶対に男に守られるべきというのが信条らしく、この店はこれが美味しいんだよと一緒に食事に出かけてもメニューを選ばせてくれないとか、君にはこれが似合うとやたらとプレゼントしたがる等々、私には考えられない男尊女卑っぷりをゲーム内で見せていた。
私が一番苦手なタイプだったので、思わずロザリアンヌの身体も反応して避けていた。
「コレをどこで手に入れたのか、私に教えてくれない?」
ロザリアンヌはゼルファーを無視して聖女候補に改めて問い質す。
「あっ、えっと、ダンジョンで・・・」
聖女候補の言葉を聞き、ロザリアンヌは確信する。
【プリンセス・ロザリアンロード】パート2は始まっていたのだと。
だとしたらこれはゼルファーとの出会いイベント?
ゼルファーも攻略対象だったりするの?
もしかして私も既に【プリンセス・ロザリアンロード】パート2に参加していたの?
いやいやいや、私は聖女候補のライバルになる気なんてまったく無いし、今の所興味のある男なんて居ないし、ましてや聖女候補と男を取り合う気も無いよ。
何なら今の所知り合っているクラヴィスもランディーもこのゼルファーだって纏めて辞退するよ。
ロザリアンヌはグルグル回る考えの中で否定してみるが、この先の展開がまったく読めない事に不安を覚えた。
しかし考えるだけ無駄だと大きく息を吐きだし心を落ち着ける。
そう、ロザリアンヌはこのまま自分が主人公の物語を突き進めば良いのだ。
聖女候補が主人公でダンジョンの宝箱が復活しているのなら、もうそこに罪悪感を抱く必要は無くなった。
キラルを譲る事はできないが、聖女候補はそのまま聖女候補が主人公の物語を進めてくださいとロザリアンヌは自己解決させる。
聖女候補と少しは仲良くなってみようかと考えていたけれど、【プリンセス・ロザリアンロード】が進行中となれば話は別だ。
このまま口も出さない手も出さない。
なるべく聖女候補には関わり合いにならない様にして、変な恋愛ストーリに参加させられるのを避けようと思う。
間違っても好みじゃない男相手にライバル認定されるのなんて絶対に嫌!
ロザリアンヌは後半年で学校を卒業する事になる。そうなれば聖女候補と接触する事も無くなるだろう。
そうすれば【プリンセス・ロザリアンロード】の呪縛からやっと本当に解放されるのだとロザリアンヌは安堵の気持ちでいっぱいになる。
「教えてくれてありがとう」
ロザリアンヌはご機嫌に聖女候補にお礼を言って立ち去ろうとして立ち上がる。
「あっ、あのぉ、この指輪がいったい何なのか知っているなら教えてください」
聖女候補に呼び止められ、ロザリアンヌははてと首を傾げ、そしてそうかと両手を打つ。
ロザリアンヌはゲームの知識があったので知っていたが、ゲームの知識も無く鑑定のスキルも持たない聖女候補は、それが経験値3倍の貴重な能力を付与された指輪だとは知らないのだ。
多分初めてダンジョンの宝箱から手に入れたアイテムだから、記念に身に着けてみたと言った所なのだろうとロザリアンヌは推察した。
しかしもし答えてから間違っていましたという訳にはいかないと、念のために聖女の手を取り直し指輪の鑑定をする。
そこには間違いなく経験値3倍銀の指輪とでる。
「この指輪にはダンジョンで得る経験値を3倍にしてくれる効果があるわ」
本当は魔法学校の実習で魔法の練習をしてもきっと経験値3倍になるのだろうが、ロザリアンヌはそこのところの確認をしていないので言わないでおいた。
聖女候補はそれを聞いて目をむいて驚いている。
「貴重なアイテムよ、大事にすると良いわ」
ロザリアンヌはお節介かと思いながら一言を付け足し、今度こそ立ち去ろうとしてまたまた呼び止められる。
「君は鑑定のスキルを持っているのか?」
ゼルファーだった。
あまり話したくない相手ではあったが、ここで無視をするのも面倒くさい事になりそうなので返事をする。
「錬金術師には必須のスキルですよ」
本当はダンジョンの5階層で手に入れたスキルだったが、師匠が鑑定を使えるところを見ると錬金術師のジョブでもいずれは発現したスキルだとロザリアンヌは思っていた。
だからこの答え方に嘘は無いと胸を張るロザリアンヌ。
「君は錬金術師なのか」というゼルファーの新たな問いに、これ以上関わるとさらに面倒くさそうだと思い無視してその場を駆け出し去った。
そして急いで認識阻害を掛けるとレヴィアスの傍に戻る。
『ありがとう、確かめたい事は確かめられたわ』
ゼルファーが追いかけてくる事は無かったので、ロザリアンヌはホッとしてレヴィアスにお礼を言った。
『それでは私達も始めるか』
レヴィアスがキラルに向かって声を掛けると、キラルは頷いて聖女候補の傍へと静かに歩み寄った。
そして聖女候補の背に掌を翳すとゆっくりとキラルの魔力を流し始める。
すると不思議な事に聖女候補の身体が徐々に光りだした。
その突然始まった不思議な現象に聖女候補もゼルファーもアンジェリカちゃんも驚き騒ぎ出す。
「フィオリーナ様の身体が光り始めましたわ」
「えっ、なになに、何が起こったというの・・・」
「これはいったい・・・」
聖女候補の名前はフィオリーナというのだとロザリアンヌは初めて知る。
そう言えば今度こそ名前を聞こうと思っていたのに、また聞きそびれていた自分の迂闊さに自分で自分の頭を叩く。
でもこれからは彼女とはあまり関わらないと決めたので、今さら名前を知る必要も無かったと思い直す。
そしてキラルは、聖女候補の全身がほわほわと光った所で聖女候補から掌を離した。
『この位で良いでしょう?』
『ああ、十分だ。後は自分で如何にかするだろう』
キラルもレヴィアスも納得したようなので、ロザリアンヌも心から安堵していた。
これで聖女候補が少しでもうまく光魔法を発動できる様になってくれれば、ロザリアンヌがキラルを宿してしまった罪悪感も少しは解消されるとロザリアンヌは思っていた。
ロザリアンヌが知りたかった事のあらかたも確認できたし、少しは聖女候補の助けになれただろうと思うとロザリアンヌは概ね満足だった。
『でもあれってレヴィアスが私と繋がった時と同じじゃない?』
『お前が既に宿主なんだから、何をしても繋がれる訳がない。安心しろ』
『うんそうだよ。それに肝心の力はあげてないから大丈夫』
ロザリアンヌの嫉妬に近かった疑問にレヴィアスもキラルも温かく答えてくれる。
口にしてから少し自分が恥ずかしくなっていたが、ロザリアンヌはキラルともレヴィアスとも確実に繋がれているのだと嬉しくなった。
『帰ろうか』
ロザリアンヌはキラルとレヴィアスに自然とそう声を掛けていた。




