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警備隊の詰め所に教会の手の者に魔法学校の女生徒が二人攫われたと投げ文がされた。
その文を拾った警備兵は上司にそれを伝えるが、教会が何のために女生徒をとの疑問から本気には受け取っていなかった。
しかし文が事実だった時には責任問題が発生するとの考えから警備兵は話し合いを始めるが、教会が相手なら女生徒に手荒な真似をするとも考えられず、緊急性は無いのではないかと結論付け、さらに上の騎士団に判断を委ねる事にする。
そしてその知らせを騎士団詰め所で受け取ったのが、ゼルファーだった。
ゼルファーは【プリンセス・ロザリアンロード】の中では攻略対象の一人で、勇者候補とまで言われた剣にも魔法にも長けた人物であった。
本人の意志で魔法より剣術の腕を磨きたいと騎士学校に通い、卒業後王城の騎士となり今は騎士団の小隊長を務めていた。
周りが緊急性が無いと判断しのんびりする中ゼルファーは「少女が不安な思いを抱えているのが問題なのだ」と隊員を引き連れ急ぎ教会へと駆けつけた。
しかし教会相手に憶測だけで踏み込む訳にはいかないと、教会入り口で隊員達に引き留められているとかなり大きな怪音が教会内から鳴り響いた。
ゼルファーは非常事態を思わせる怪音を聞き、迷うことなく隊員を振り切り教会内へと踏み込んだ。
礼拝堂を抜けると部屋数の多い狭い通路が続き迷路の様だったが、ゼルファーは音のする方角へと駆け続けた。
そして何度目かの曲がり角を曲がると司祭が集まっている部屋を見つける。
司祭達は怪音が鳴り響く部屋を前に、入っても良いかと部屋の主に声を掛け続けていた。
ゼルファーはそんな司祭達を無視して部屋の扉を開けると中には誰もおらず、続き部屋の扉が開かれている。
迷うことなく部屋へと入り続き部屋へと足を踏み入れると、その奥にあった地下へと続く階段が見えた。
そしてその階段を下りようとしている怪しげな男が居るのに気づく。
どう見ても教会関係者では無いのを見て、ゼルファーは咄嗟に飛び掛かり押さえつけた。
そしてゼルファーの後を追って来ていた隊員に怪しげな男を預け、地下へ下りるとその先に豪華な扉を見つける。
いつの間にか怪音は鳴りやんでいたが、この部屋から鳴っていたのは間違いないと思われた。
もし少女達が閉じ込められていたらと考え、ゼルファーは勢いよくその扉を開けていた。
しかし部屋の中には少女はおらず、部屋の壁には装備品の数々が飾られる様にして置かれていて、そして中央の台座には装丁の古臭い本が置かれていた。
その隣にはどんな大事な物が入っているのか、飾りの豪華な箱も置かれている。
あまりに教会に似つかわしくない室内に疑惑を感じ、ゼルファーは隊員に部屋を調べる様に命じると自分は少女達を探すべく部屋を後にした。
司祭を捕まえては今朝教会に連れ込まれた少女が居るだろうと問い質し、その事実を知る司祭を見つけると少女達の居る場所へと案内させた。
そうして案内された部屋は狭く薄暗い上に鍵が掛けられていて、とても少女達が入れられて良い部屋では無かった。
ゼルファーは司祭が部屋の鍵を持っていないのを知ると、一刻も早く少女達を助けようと力ずくで鍵をこじ開けた。
「不安であっただろう、もう大丈夫だ」
ゼルファーは少女達を安心させようと飛び切りの笑顔を見せ少女達に歩み寄る。
さっきまで泣いていただろう少女はゼルファーに抱き付く様にして安心したが、もう一人の少女の反応はゼルファーの思ったものとは違っていた。
絶望に似た表情を浮かべ口を堅く引き結んだまま肩を落とした少女のその反応が、何故かゼルファーの心に強く焼き付く様だった。
◇
フィオリーナは騎士が助けに来たのを見て絶望していた。
今から教会と交渉してお父様が改心する手助けをして貰おうと考えていたのに、それより早く騎士が現れてしまった。
これはもうお父様がしようとしている事を暴くしかお父様を止める方法が無いのかも知れない。
フィオリーナはそんな風に絶望を感じていた。
でもそうなったら未遂でも罪は罪、きっと自分もお母様も無事ではいられないだろう。
そうしたら自分はもうお父様の願いを叶え聖女としてクラヴィス様のお役に立つ事も、国の役に立つ事もできなくなる。
今まで自分は何のために聖女候補として頑張ったのか、誰に認められる事も誰に必要とされる事も無く終わってしまうのだと考えると気持ちは沈んで行く一方だった。
「女の子がそんな悲しそうな顔をするもんじゃない。私が必ず力になってやろう。君の悲しみを私に預けてごらん」
助けに来た騎士はフィオリーナの冷たくなった両頬を掌で温める様に挟み、じっと瞳を見詰めてくる。
今まで気丈にしていた分フィオリーナの心は一気に崩れ涙が溢れて来た。
「そうかそうか、今は泣くだけ泣いたら良い」
騎士に優しく頭を撫でられ、フィオリーナの涙はとめどなく流れ落ちて行った。




