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「初代聖女様に関しては私も当時の教皇が残した手記を読んだだけの事しか知りません。あなた様はあれをお読みにはなりませんでしたか?」
「私が欲しかったのは大賢者に関する証拠だけだ。主観で書かれた物に興味は無い。だが口伝で伝えている話もあるのじゃないか?」
「初代聖女様の無念がこの教会を存続させ続けると心して活動せよと言い伝えられています。それだけではご不満でしょうから手記の内容をお話ししましょう」
教皇はゆっくりとソファーの背もたれに身体をあずけ、視線を少し上にして思い出す様に話し始めた。
手記は疑心暗鬼に陥り精神をおかしくし始めた国王の治療を頼まれたのが事の発端になっていたそうだ。
当時の初代聖女は民の治療や教会の存続の確立の為の活動で毎日を忙しくしていた。
しかしお布施だけでは資金が足りないと言う事になり、貴族等に予言をする事でその資金の確保に努め始めた。
だが、予言の力は思った以上に魔力を使い初代聖女を疲れさせて行った。
そんな時に国王の治療を頼まれた。
国王の治療を失敗する訳に行かず、光の精霊を伴って王城へと出向き、初代聖女はそこで初めて大賢者の力が恐れられている事を知り、大賢者の行く末を危惧し始めた。
しかし大賢者に会う時間を作る事もできず、初代聖女の思いを伝える事もできないまま日々は過ぎ、そのうちに初代聖女は大賢者がアンデッド化する予知夢を見る。
初代聖女は矢も楯もたまらず大賢者に会いに行こうと決意するが、その時には大賢者の行方は分からなくなっていて教会に連れ戻された。
また国王の治療に何故か光の精霊が力を貸す事が無く、初代聖女の治療でも精神を治すのは難しく治療は難航しより一層初代聖女を疲れさせた。
そして大賢者がSランクダンジョンで行方をくらませたと聞き、とうとう初代聖女は倒れてしまう。
初代聖女が倒れ資金繰りに困った教皇は、大賢者に濡れ衣を着せ断罪する計画に加担した国王並び貴族達の連判状を手に入れてそれを隠した。
そしてその連判状を質にして国からは教会への補助金の確保、国王や貴族達からは未来永劫変わらぬ寄付の契約を取り付けた。
というのが手記の内容で、地下室にはその連判状が大事に仕舞われていた。
地下室は元々初代聖女様が誰にも触れられたくない大賢者と冒険をしていた時の思い出の品や、大賢者が作った自分の装備品などを保管する為の部屋だった。
結界を張ったのは聖女様で、結界を潜れる魔道具を作ったのが大賢者だったらしい。
「これが私の知るすべてです」
教皇が話し終わるのを聞いて、ロザリアンヌはレヴィアスより早く口を開き疑問を呈していた。
「そんなの可笑しいわ。何故光の精霊は国王の治療に力を貸さなかったの?それに倒れた聖女様に光の精霊が何もしなかったなんて考えられない。光の精霊なら聖女様を治せたはずだし守れたはずよ」
ロザリアンヌは初代聖女様と自分を重ね、その場合は絶対にキラルやレヴィアスが守ってくれると信じて疑わなかった。
だからこそ教皇の話では肝心な事が何一つ語られていない気がした。
「だから手記なんて主観でしかないと言っただろう。教皇が自分に都合の良い事を書き記しただけだろう」
「じゃぁ、本当の所は何一つ知る事ができないって事?」
「おまえが言う本当の所が何かは知らんが、憶測で考えても無意味な事だろう。初代聖女に会えれば別だろうがな」
ロザリアンヌは初代聖女様に何があったのかというより光の精霊が何故という疑問を打ち消す事ができず、知りたい欲求に駆られていた。
それに何故光の精霊だけが宿主とともに生まれ変わりを繰り返し、何故光の精霊だけが記憶までリセットしているのかその原因の糸口すら掴めていない事が不満だった。
「300年も前に亡くなった人にどうやって会えっていうのよ」
「聖女の予言の力なら、もしかしたら過去さえも見せてくれるかも知れないな」
ロザリアンヌはレヴィアスの言葉に黙り込んでしまう。
そして暫くの間レヴィアスの真っ黒な瞳を見詰め、レヴィアスの真意を確かめていた。
「もしかしてレヴィアスは私に聖女になれと言ってるの?」
「おまえがどうしても事実を知りたいというのなら、それしか方法が無いだろうと言っている」
予言の力は聖女だけが持つ特別な能力なら、ロザリアンヌは聖女にジョブチェンジしなければその力は発現しない。
しかし聖女にジョブチェンジして予言の力が発現したとして、過去を知る事ができる絶対の保証は無い。
「私は偉大な錬金術師になるって決めてるの。みんなに親しまれ喜ばれる錬金術師になるって・・・」
そう確かに光の精霊に何があったのかキラルの為にも知りたいのは事実だが、錬金術師を諦める気も無かった。
それに聖女に予言の力が発現した様に、錬金術師だから調合や付与や複製といったスキルが芽生え錬金術チートができているのだと思う。
その錬金術チートを無くしてまで知りたいかと聞かれると、ジョブを変えるのは躊躇われた。
もし聖女にジョブチェンジした後でまた錬金術師に戻れるのならと考えてもみたが、ジョブを戻せるかどうかも分からない。
というより、そもそもジョブを変えられるのかさえロザリアンヌの知識には無かった。
「じゃあ、諦めろ。そのうち偉大な聖女が現れて、おまえの願いを叶えてくれるかもしれないぞ」
「だってキラルは私に宿っているのよ。初代聖女様の様な聖女が現れると思えないよ」
「だがあの聖女候補は予知夢を見るそうだ。意外に適性はあるかも知れんぞ」
「それってキラルを聖女候補に譲れって事?」
何だかレヴィアスに誘導されている様で納得がいかないながら、ロザリアンヌは思わずそう口に出していた。
「僕は嫌だよ。何度も言うけど僕はロザリーが好きなの。僕は他の誰の所へも行かないからね」
キラルが凄い勢いで叫ぶように会話に加わってきた。
ロザリアンヌはキラルの思いを改めて受け取り、胸が熱くなるのを抑えられなかった。
キラルは初めからロザリアンヌを選んでくれていた。
「ではキラル、あの聖女候補におまえの力を少しだけ分けてやれ。あの聖女候補は存外努力家だ。もしかしたら自分の力だけで能力を発現できるかも知れないぞ。そうすればこいつの願いも叶うかも知れないな」
レヴィアスは提案の様にキラルに話していたが、ロザリアンヌにはキラルを誘導している様にしか思えなかった。
「僕の力を分ける位なら平気だよ。ロザリーの為なら僕やっても良いよ」
キラルはロザリアンヌの願いが叶うかも知れないと言われ、何を疑う事も無く返事をしている。
ロザリアンヌにはレヴィアスが本当の所何を考えているのか、まったく思いつかなかった。
「力を分けるって?」
「そのままの通りだ、光の精霊の魔力を分ける事で光魔法の適性が上がり聖女の能力も発現し易くなるだろう」
「それって彼女を助ける事になるの?」
ここへはこの騒ぎが【プリンセス・ロザリアンロード】のイベントなのか、聖女候補が主人公なのかを確かめに来たのだが、聖女候補を助けられるのなら助けたいとロザリアンヌは考えた。
「少なくとも基本の魔力量は増えるし光魔法を今よりは確実に使える様になるだろう。後は彼女が何を決断し何を選ぶかだろう?それにこの教皇はあの聖女候補を利用しようとは考えていない様だしな」
ロザリアンヌは聖女候補が聖女候補と期待されながら、光魔法が上達せずに悩んでいたのを知っている。
それにもし【プリンセス・ロザリアンロード】のパート2が本当に始まっていて彼女が主人公だったとしたら、キラルは本当は聖女候補に宿っていたのかも知れない。
ロザリアンヌが錬金術師になりたいとこの街に来る事が無かったら、ダンジョンに挑み魔法欲しさにアンナに出会う事も無くキラルに会う事も無かった。
それにダンジョンの隠し部屋にあった数々の宝も本当は聖女候補の物だったかも知れない。
ロザリアンヌは考えれば考える程に罪悪感が湧いて来た。
しかしもう既に戻す事の出来ない過去の事に囚われて後悔しても仕方ないと頭を振って考えを改める。
たらればになんて何の意味もない。
これから聖女候補が望む道に進める様に手助けできるなら、それはきっと罪滅ぼしにもなる気がした。
光魔法が使えるからといって聖女になっても良いしならなくても良い。
ロザリアンヌが錬金術師の道を選んだ様に、聖女候補にも本当に自分のやりたい事を探して欲しいとロザリアンヌは願った。




