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「おはようございます」
ロザリアンヌは森を出るとその足で魔導書店を訪ね、扉を開け元気に挨拶をする。
「おはようロザリー、その様子じゃ成功したのね」
アンナは店の奥から姿を現し、ロザリアンヌをにこやかに出迎えてくれた。
「はい、とても綺麗な光景に感動しました。あんなに素敵な場所に導いてくれてありがとうございます」
ロザリアンヌは森の泉での光景を思い出し、興奮冷めやらぬ思いでアンナにお礼を言い、リュックから水筒を取り出して手渡した。
「こちらこそありがとう、とても助かったわ」
水筒を受け取ったアンナは何故かまたロザリアンヌの頭を撫でていた。
ロザリアンヌはアンナに頭を撫でられる不思議な感触と、何となく嬉しくなって来る感情を抱きながら撫でられるままにじっとしていた。
「それで何か変わった事は起きなかったかしら?」
アンナの探る様な静かな問いにロザリアンヌは思わずハッとした。
もしかしたらアンナは光の精霊の事を知っていたのか?
知っていてロザリアンヌをあの泉へと向かわせたのか?
湧き上がる疑問を抱え黙っている事ができずにロザリアンヌは口を開く。
「もしかしてこうなる事を知ってましたか?」
「あらっ、やっぱりそうなの?確信していた訳じゃ無いのよ、ただロザリーならきっと精霊に愛されるのだろうと感じていただけよ」
アンナは頭を撫でるのを止めて、ニコニコとした表情でロザリアンヌをじっと見つめて来る。
「精霊に愛されるって?」
ロザリアンヌは意外な事を聞いた気がして聞かずにはいられなかった。
確かゲームの中ではそんな説明は無かった。
それに他の属性精霊を取り込んでいる人がいるという話は聞いていたが、実際に私の周りにはそういう人は居なかった。
だから光の精霊が顕現し導かれた私は貴重な存在として扱われたのだと思っていた。
それはただの主人公の設定だと思っていたけれど、そこにも精霊に愛されるという設定があったとは今の今まで思いもしなかった。
実際ゲームの中では自分の成長と共に精霊も成長していたが、私と精霊の間に親密度に関する事やそれにまつわるイベントの様なものなどは別段何も無かった。
精霊と会話するというより、〇〇魔法を覚えたよという知らせを受けるくらい。
だから所謂主従関係の様なものかと思っていたが、そうでは無いのかも知れないと考えざるを得なかった。
「精霊に愛される条件と言うのがあるらしいの、まずは魔力の多さやその質が重要とされているらしく、実は私も精霊に愛されているのよ。だからかも知れないけれど、何となくロザリーも愛されるだろうと感じていたの。それにロザリーならもっと多くの精霊に愛される可能性もあるわよ」
「もっと多くのって何ですかそれ?」
ロザリアンヌはまたまた自分の知らない事実を知らされ、少しの戸惑いを隠す事ができず、思わず話を遮る様に聞いていた。
「ただの私の勘よ。ロザリーなら複数の精霊に愛されるかも知れないって。実際にそういう事例が過去にあったって話は聞いた事無い?」
「まったく聞いた事もありません」
ゲームの中でもそんな話を聞いた事は無かったし、そんな設定があるなんて思ってもいなかった。
そこそこにやり込んでいたゲームだから、私に知らない事など無いと思っていたが、現実となったこの世界には実際にロザリアンヌの知らない事実はまだまだあるのかも知れないと少し不安になる。
「私の精霊に会ってみる?」
ロザリアンヌの思案している様子を見て、新たに抱えた不安を払拭させようとでも考えてくれたのか、アンナは気軽に提案してくれた。
「ええ、是非会わせてください」
アンナがどんな精霊に愛されたのか興味があったロザリアンヌは、迷うことなく咄嗟に答えていた。
「ウィル出てらっしゃいな」
アンナがそう言うと、アンナの身体の中から姿を現したのは成体となった光の精霊だった。
ロザリアンヌがゲームの中でずっと慣れ親しんでいた光の精霊そのままの姿がそこに現れたのだ。
(あれっ、でも私の身体に入って来たのも光の精霊の筈?精霊って属性が違っても姿は一緒なのかしら)
ロザリアンヌは思わぬ展開にさらに疑問を抱える事になる。
これはどういうことか?同じ精霊がそう何体もいるものなのか?はたまた別の属性精霊なのか?
ロザリアンヌの疑問は顔に出ていたのか、アンナが宿す精霊が答えてくれた。
「私は王になる資格が無いとみなされ、新たな光の精霊が誕生する事になったのです」
「???」
この世界の事のあらかたを知っていた気になっていたロザリアンヌは、初めて聞く精霊の話に頭の回転が及ばず言葉も出なかった。
「私が補足するとね、全部私のせいなのよ」
そう言ってアンナが話してくれた内容を要約すると、幼い頃に光の精霊に愛されたアンナは聖女候補として取り立てられ魔法学校に進学するが、学校での色んな事に付いて行けず入学して3年で魔法学校を退学する事になった。
しかしその後一念発起して、魔導書の作成に力を入れ今に至るという話をしてくれた。
アンナは魔導書の作成はそこそこにできる様になったが、一緒に居る光の精霊を今以上に成長させる事に失敗したという。
そもそも精霊の成長は一緒になった人間のステータスが元になるので、アンナがこれ以上ステータスもレベルも上げる気が無い以上精霊の成長もあまり望めない。
成長を望む精霊としては、アンナの元を離れ自分をさらに成長させる別の人間を探すしか無いのだが、ウィルはアンナの元を離れるのを拒んだ。
精霊に愛された人間はその肉体の老化が著しく低下するので比較的長命になる者が多い。
そして幼い内に光の精霊を宿したアンナの成長はゆっくりになっていた。
しかしレベルを上げステータスを上げる事でその成長速度は改善されるが、レベル上げを放棄したアンナはいまだに成長速度が遅いままなのだ。
それは同時にウィルの成長速度も遅くなると言う事なので、ウィルがアンナから離れる気が無いのは精霊としての務めを放棄したものと判断され、光の精霊としての格を取り上げられ、今はただの無属性精霊として存在する事になった。
故に新たな光の精霊が誕生する事になったそうだ。
「それにね、そもそも私は言うほど魔力が多くないのよ。だから肉体の成長度合いからしてまだまだステータスを上げる事は可能と言われても、私的に色々あり過ぎて今が限界なの。そうじゃないと魔導書の作成も儘ならなくなるの。私は何を犠牲にしても今の生活を守りたいって、私の完全な我儘にウィルをつき合わせて本当に申し訳ないと思ってた」
「そんな事は考えなくて良いのよ。私があなたと一緒に居る事を選んだの」
アンナとウィルが盛り上がりを見せる中、ロザリアンヌはふと思いついた疑問が頭から離れなかった。
もしかして【プリンセス・ロザリアンロード】はアンナが主人公で、そして既にバッドエンディングを迎え、今はその後の世界と言う事なのか?
だとしたら、私の知る登場人物はみんなもう既にフェードアウトしていると言う事で、これから先は私のまったく知らない世界と言う事か?
何だか色んな疑問が頭の中を複雑にさせて、上手く考えが纏まりそうもなかった。
しかし少し冷静になってみると、そもそも元から【プリンセス・ロザリアンロード】に参加しないと決めていた。
ならばこれから先の人生はロザリアンヌの思うように生きれば良いだけだと、複雑に考えるのを止めて吹っ切る事ができた。
「私はこの子を大事にして仲良くするわ」
この先がどうなるかなんて不安を抱え考えるだけ無駄だ。
自分はこの光の精霊に愛され選ばれたのだ。
だとしたらこの先も一緒に成長して行くのみ。
(私は自分が目指す錬金術師になり、この子は光の精霊の王になるのね)
まだまだ盛り上がろうとするアンナとウィルを他所に、ロザリアンヌは自分の中に居る光の精霊に宣言したのだった。