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教皇は教会の広い調理場で炊き出し用の料理の手伝いをしていた。
この教会は教皇の考えで孤児院を併設したり困窮者への炊き出しも行っているので、教皇は慈悲深い人だと言われ民からの評判は良かった。
実際に民の前に姿を現し親身に接する姿を見れば、評判が高くなるのは当然だろう。
「教皇様のお部屋で何やら騒ぎがあったようで、騎士団も押し掛けています」
「ええ、何やら不穏な怪音はここにも響いておりましたから知っていますよ。でも今調理の手を離す訳にはいきません。皆様には美味しい料理を食べていただきたいですからね」
教皇は知らせに来た司祭に向かい、動じる素振りも見せず調理の手伝いを続けていた。
レヴィアスは認識阻害を解くと教皇の傍へと歩み寄る。
「作業の終わるのを待たせて貰う。その後で構わない、是非話を聞かせて貰えないか」
「おや?お会いするのは初めてでしょうか。ええ構いませんよ。それでは急ぎ終わらせてしまいましょう」
教皇はまるでレヴィアスの正体を知っているかの様に、レヴィアスに対し恭しいお辞儀をしてから作業に戻った。
レヴィアスは一度ロザリアンヌの所まで戻り、隣の食堂へと移動してそこにある椅子にドカッと座った。
ロザリアンヌとキラルも同じ様に認識阻害を解くと慌てて後を追い、隣の椅子に座りレヴィアスの様子を窺った。
「教皇様ってとっても良い人みたいだね、料理の手伝いまでしてるなんて驚いちゃった」
ロザリアンヌは何となく間が持たず、思った事を独り言のように口にしていた。
「根っからの善人なんてそうは居ない。あいつが何を考えているのかによるな」
「レヴィアスってばそれじゃまるで教皇様が悪い人だって言ってるみたいだよ。僕も教皇様は良い人に思うけどな」
教皇を訝しむ様子のレヴィアスに対し、キラルはロザリアンヌの意見に賛成の様だった。
「話せば分かる事だ」
鼻を鳴らす様にして顔を背けるレヴィアスにそれ以上話しかける事ができず、ロザリアンヌはキラルと雑談を交わし時間を潰した。
一瞬教皇の手伝いを申し出ようかとも考えたが、慣れない事に手を出しては却って手間を掛けさせてしまう様で止める事にした。
それにロザリアンヌが手伝うと言い出したらきっとキラルも手伝うと言い出すだろう。
そうなったらもう面倒を掛ける前提の手伝いとなってしまうのは間違い無しだ。
自分の心を満たす為だけの善行はただのお節介でしかないと、今はロザリアンヌも少しは理解出来ていた。
暫く大人しく待っていると、教皇がやって来た。
本当は配膳や配布までを手伝いたかった様だが、レヴィアスを待たせていたのが気がかりなのか司祭を呼び手伝いを代わっていた。
「お待たせいたしました。ここではゆっくり話もできません。場所を移動しましょう」
教皇は案内する様にゆっくりと先を歩き出した。
そうして案内されたのは、教皇の部屋とは離れた場所にある応接室の様なとても立派な部屋だった。
中央に豪華な絨毯が敷かれやはり豪華なテーブルとソファーが並ベられ、自分でお茶を淹れられる様にティーセットもあれこれと用意されていた。
「凄いね」
ロザリアンヌはお城の応接室にでも連れて来られた様で、忽ちに落ち着かない気分になった。
教皇に案内された部屋なので、勝手に教皇の部屋同様の質素なイメージをしていたので驚きの方が大きかった。
「今お茶を淹れますので、まあ座ってお待ちください」
教皇は当然の様に自分でお茶を淹れもてなしてくれる準備を始めた。
「お話をお聞きしましょう」
紅茶をみんなの前に配り終わりソファーに座ると、教皇は早々に話を始めた。
「地下室にあった大賢者に関する書類は私がいただいた」
「やはりそのお話でしたか。もしかしてそちらの御仁は私の想像する存在でしょうか」
教皇はキラルの方へ顔を向けると確信している様に話、やはり恭しく頭を下げた。
教皇はやはりレヴィアスの事もキラルの事もその正体が精霊なのだと見抜いているのは確かの様だ。
そしてロザリアンヌに向き直り何かを口にしようとしたが、レヴィアスがそれを遮った。
「何だったら私も奴も本来の姿を見せるのは吝かでは無いぞ、しかし今は話を進めたい」
教皇はレヴィアスが何を言いたいのか悟った様で、ロザリアンヌには何も言わず話を続けた。
「私も覚悟はできております。お手伝いできる事があれば何なりとお申し付けください」
教皇は今から始まる話の内容は既に見当がついている様だったが、ロザリアンヌにはさっぱりだった。
しかしロザリアンヌは口を挟む事はせずにひたすら聞き耳を立て、静かに事の成り行きを見守っていた。
「大賢者に何があったかは私は知っている。しかし聖女に何があったのか知っている事があるなら話してくれ。コイツはここに連れ込まれた聖女候補を助けたい様だ」
レヴィアスがロザリアンヌを手で示すと、教皇は何故かほうほうと言いながら何度も頷いていた。
「聖女候補ですか?そちらの方では無くて?」
教皇は聖女候補の話を聞いていない様で、一瞬顔を曇らせ考え込む様にした。
「ああ、おまえはどうか知らないが、枢機卿以下大司教クラスになると外の物と通じ私腹を肥やしている者も居るだろう、そいつらの仕業だ」
何か思い当たる節でもあったのか、教皇は納得した様だった。
「私が至らないばかりに本当に申し訳ございません。あまりに阿漕な様なら処罰も考えるのですが、今の所見過ごしているのは事実。手が回らないというのは言い訳ですね」
「おまえの懺悔を聞く気は無い。それよりも早い所話を聞かせてくれ」
レヴィアスは本当に申し訳なさそうにする教皇をバッサリと切る様にして話を急かした。
ロザリアンヌもこの教会ができた当初の聖女様の話が聞けるのかと、背筋を伸ばし固唾を飲んで教皇が話し始めるのを待った。




