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「それでその聖女候補に兆候があると言うのは誠なのですか?」
「はい、聖女候補に確認したところ予知夢を見ているのは確かの様です」
「それでは光の精霊を宿していると言う事でしょうか?」
「そこまでは確認できておりません」
「それは問題ですね。まずは早急に確認したいところですが、前回の聖女候補の例もあります慎重に事を運びましょう」
「あのぉ、それで困った事態になりまして・・・」
「なんでしょう」
「はぁ、一緒にいた女生徒も連れて来てしまいました。どうしたら良いでしょうか」
「なんという馬鹿な事を、それでどうしたのですか?」
「少々暴れましたので例の監禁部屋へ一緒に閉じ込めてあります」
「なんという事を・・・」
大司教は忽ちに顔を曇らせ溜息を吐く。
監禁部屋とは規律を破ったり罰を犯した司祭を反省させる為に閉じ込める部屋で、けして外から連れてきた者を入れて良い様な場所ではない。
ましてやうら若いお嬢さん方を閉じ込める等言語道断だ。
教会という限られた世界の中で別次元の時間を過ごしている様な司祭達は、外の世界の荒事や突発的な事態に弱い。
彼等だけに任せたのがそもそもの間違いだったかと、大司教は反省をし頭を抱える。
「それでこれからどういたしましょうか?」
おずおずと様子を窺う様に尋ねてくる司祭に、自分では何も考えていないのだと理解する。
それならば監禁部屋に押し込める前に指示を仰いで欲しかったと、過ぎてしまった事をぶつけたくなる気持ちを抑えた。
そもそもの事の発端はこの街が作られた時代にまで遡る。
当時の初代聖女様はこの教会を作り、その身に宿した光の精霊の力で数々の奇跡を起こして見せた。
その力は難病をも簡単に治し身体の欠損をも回復させるという、まさに長く病んでいた人達からしたら奇跡としか言いようのない力だった。
そしてその代金は取れる者からは取り、払えぬ者は働き手として教会に引き入れ教会だけでなくこの街をも大きくして行った。
さらに聖女様は、聖女しか持たないとされる予言の力で貴族だけでなく王家の信頼も得ていく。
初代聖女様の予言の力はそれはもう絶大だった。
依頼する者の知りたい未来を的確に言い当て、時に助言する事でその未来をも変え、時にはこの国を襲った大災害から最小限の被害で民を守ったと記録に残っている。
しかし初代聖女様が亡くなり、いつからか聖女は教会の飾りの様な存在になってしまった。
折角聖女を探し出しても初代様の様な力を持つ事は無く、光の精霊を顕現させられる者も居なくなっていたからだ。
10年程前にも光の精霊を宿したと噂された聖女候補が居たが、やはり聖女の力を持つと言う話を聞く事も無く光の精霊を顕現させる事も無かった。
それでも魔法学校卒業後は教会で聖女として引き取ろうと考えていたが、その前に学校を辞めたと聞き聖女の資格無しと判断し諦めたのだった。
しかしあまり長く聖女不在というのも教会として外聞が悪い。
どうしたら良いものかと考えていた時だった、自分の娘が予知夢を見るのでどうか教会で面倒を見て欲しいと申し出があった。
予知夢を見ると言う事は、聖女の力である予言の能力を発現する前兆だと考えられる。
それが本当なら教会としても有難い話で、是非とも聖女として育ててみたい。
それに父親からの直の申し出を断る理由も無い。
大司教は父親の望み通りに魔法学校の卒業を待つ事無く、聖女候補を引き受ける事にした。
しかし聖女候補の迎えを安易に司祭に命じた事はどうも失敗だった様だ。
聖女候補をまずは納得させ聖女としての覚悟を持たせなければならないと言うのに、監禁部屋に押し込めるとは不信感を与える行為でしかない。
その上一緒にいた女生徒まで連れてくるとは、強引に攫って来たと思われても仕方ない行為。
そんな事が世間に知られれば、教会の立場が危ぶまれると言うのに・・・
いまだに事の重大さを理解できていない司祭相手に、次の指示をどう出したら良いのか考える。
「取り合えず二人を応接室に移し丁寧に応対しなさい。それから聖女候補に話があるだけだと納得させ女生徒を帰しなさい。聖女候補とは私が話をしましょう」
はい、といって退出して行く司祭を呼び止め大司教は追加で指示を出す。
「あの父親はもしかしたら今度の件を学校に知らせていないかも知れません、学校へも父親から申し出を受け実行した旨を伝えておきなさい」
大司教はこれで聖女不在問題が穏便に片付けばと願いながら、聖女候補にどう話し納得して貰おうかと考える。
大司教には聖女候補を強引に縛り付け従わせる気は無かった。
あくまでも聖女としての自覚を持ち自らの意志で動いて貰うのが肝心なのだ。
そうでなければ本当にただの飾りとして終わってしまう、それだけは少女の為にもこの教会の為にも絶対に避けたいと強く思うのだった。
◇
聖女候補達を応接室に移し女生徒を帰せと指示を受けた司祭は、次に受けた≪学校へも父親から申し出を受け実行した旨を伝えておきなさい≫の指示の方が重要だと思い込む。
そして大司教の部屋を出るとその足で学校へと向かった。
他の者に指示を伝え手分けするという選択肢も無く、彼のせいで聖女候補達は監禁部屋から出される事は無かった。
大司教も本当に懲りないというか学習していない事から、教会内がいかにダレた状況かが窺えた。




