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「師匠、明日朝早くから出かけます」
ロザリアンヌは師匠である祖母にアンナから頼まれた内容を話し、早朝から東の森の泉へ出かける予定を話した。
「念のために出かけるのは明るくなってからにおし、泉はそう深い場所では無いが十分に気を付けるんだよ」
ロザリアンヌは初めての街の外への外出許可を貰う事ができて、少しだけ楽しみで胸がワクワクした。
転生してすぐはここよりもっと田舎に住んでいたので、自然の中での生活にはそこそこ慣れてはいた。
しかしこの街に来てからずっと商業地区とダンジョンの往復で、知識としてはあったが街の中どころか街の外に出かける事など無かった。
ゲームの中では貴族街にある貴族御用達の店に行ったり、王城内にある中庭やバラ園に行った事はあった。
しかしすべてイベント絡みでスチル回収の為なので、現実にはまだ目にしていないのが残念と言えば残念ではあった。
主人公でもなくストーリーに参加する気も無いロザリアンヌにはきっと一生縁のない場所なので、迂闊にも行ってみたいなどと考えるのも危険と記憶を消す様に頭を振った。
ゲームの記憶の中で唯一知っていると言えば、攻略対象者とお忍びで出かけてくる商業地区に曜日で開催される市だけだ。
所謂デートイベントの一つだったが、これだけは何故か相手が変われど全員共通イベントだった。
念のためダンジョンへ行く時と変わらない準備をし、明日の早起きの予定に合わせ今夜は早めに休もうと、ご飯を食べ入浴を済ますと早々にベットへ入った。
そして朝まだ暗い内に目覚め支度を整えて台所へ行くと、テーブルの上に気軽に食べられる様にサンドイッチが朝食として用意されていた。
「師匠、ありがとうございます」
ソフィアの温かさに感謝をしていつもより早めの朝食を済ませると、念のために食べきれなかった残りをリュックに仕舞う。
明るくなってから出かける様に言われていたが、ロザリアンヌは薄っすらと夜が明けだしたのを確認してそっと錬金術店を出た。
東の森はここ商業地区の丁度裏側方向にあるので、商業地区の奥へと向かう様にズンズンと速足に進んで行く。
陽が昇り切る前には泉に到着しようと、明るくなり始めた東の空に向かい気分が急いてさらに速足になる。
30分ほど進み街を出ると、すぐ近くに森林が広がるのが見えている。
森林に入ってから泉までは15分ほどだと聞いているが、まだ一度も行った事の無いロザリアンヌは道を確認しながらだから、きっともっと時間が掛かるだろう。
泉に行く人がロザリアンヌが思っているより多いのか、獣道の様に踏み固められた道を迷わない様に気を付けながら慎重に進む。
そうして夜が明けきる前にどうにか泉へと辿り着いたロザリアンヌ。
泉の周りの木々の葉に残る朝露がキラキラと輝いている。
そしてそう大きくもない泉もそのキラキラを反射するかのようにキラキラキラキラと輝いていた。
「綺麗・・・」
その光景にロザリアンヌは思わず呟き見惚れる様に佇んでしまう。
しばらく見惚れると我に返り、慌ててリュックから水筒をとりだし、少しでも朝露の効果がある様にと心で願いながら、ゆっくり静かに丁寧に泉の水を汲んで行く。
そして満タンになった水筒を確認し、どうやらアンナのお願いは叶えられそうだと安心して、水筒をリュックへと仕舞い泉を後にしようとした時だった。
陽が昇りきったのか、木々葉の間から泉へと陽の光が斜めに差し込んで来た。
さっきまでのキラキラとした光に陽の光が重なり、その眩しい程の美しさにロザリアンヌは思わず足を止める。
そして何か良い事でも起こりそうな予感に胸をドキドキさせていた。
そしてまたしばらく見惚れていると、その光の中から現れた存在にロザリアンヌはドキッとする。
そうロザリアンヌはその存在を知っていた。
「光の精霊・・・」
この世界で出会う事など無いと思っていた光の精霊が、ロザリアンヌの目の前にその姿を現したのだ。
光の精霊はまだ幼体の姿でロザリアンヌの周りをグルグルと3周ほどすると、当然の様にロザリアンヌの身体の中に吸い込まれる様に姿を消した。
ゲーム内での幼い私は今と同じ状況を不思議に思うが、何が起こったかは上手く理解出来ずにそのまま過ごす。
そして徐々に私の中で私と共に成長すると光の精霊は私の身体から出入りする様になり、話もできる様になる。
私はその事を友達ができたと喜び母に話し、そしてやがて国に知られる事になり、聖女候補として魔法学校へ入学させられるのだ。
一時は探してみようかと考えていた光の精霊に、まさかここで出会う事になろうとは思ってもいなかった。
まさかこの私が主人公?
でも光の精霊との出会いはもっと幼い頃の筈。
それに出会いの場所も時期も全然まったく違う。
ゲームの強制力だったとしても何もかも条件が違い過ぎる気がする。
いったい何が起こったのか?
ロザリアンヌには納得いかない事が多すぎた。
とは言え、自分の中に入った光の精霊を今さら追い出す事もできはしない。
だとしたらこの事実を誰に知られる事の無いように、この先気を付けて暮らせば良いだけだ。
間違っても誰かに自慢さえしなければ、聖女候補になどされる事は無いだろう。
それに念願だった光魔法が使える様になるのは本当に有難い事だ。
魔法はダンジョンの中でだけ使えば、誰に知られる事も無くきっと大丈夫だろう。
ロザリアンヌは取り敢えず自分の身に起こった事を飲み込む様に受け止め、アンナの元へ泉の水を届ける為に街へと戻るのだった。




