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使節団が帰って来たと街は大賑わいだった。
ロザリアンヌもこことは別の大陸に興味はあったが、今はそれよりも大賢者様の隠れ家の方が気になっていた。
折角好きに使って良いと許可を貰ったのに、結局日記を少し読んだ程度で帰って来てしまった。
あそこにあった書物を全部読むとなったらかなり時間が掛かるだろうという判断からだ。
錬金術のレシピの類や魔導書の類もかなりあったので、その辺もアンナと相談してどうするか決めたかった。
「またあの隠れ家へ行こうかと思うんだけど予定はどうかな?」
「私もあの魔導書は気になってたの、行くならすぐでも良いよ」
アンナの了承を得て準備を済ますと、みんなで隠れ家へ転移した。
隠れ家用の転移魔晶石は既に作ってあった。
今回はじっくり時間を掛けるつもりだったので、非常食だけでなく食材も充分に仕入れてある。
「ここにある魔導書を全部覚えたら、私達も大賢者になれるのかしら」
アンナは本棚にずらっと並んだ魔導書を前に溜息を吐いた。
「覚えても使えなかったら意味が無いけどね」
「それじゃぁ、使える可能性が高いロザリーが覚えて私用に魔導書を作ってよ」
魔導書は一回限りしか使えないし、使えない魔法の魔導書は作れない。
なので山の様にある魔導書をロザリアンヌとアンナのどちらが覚えるかで少々揉めていた。
「私はこれ以上使わない魔法を覚えても仕方ないし、アンナが覚えれば商売に活用できるじゃない」
「じゃあ私は自分が使えそうな魔法だけ選んでみるわ」
アンナは魔導書を一冊ずつチェックし始めた。
「じゃあ私は錬金術のレシピをチェックしておくね」
結局二人は魔導書をどうするかは見送り、山積みされた書物の内容を手分けして確認する事にした。
錬金術のレシピはかなり多岐にわたり研究されていた。
中和剤だけでなく触媒を活用する事で素材から作れる物の幅が広がり、錬金術の本当の凄さを改めて知った気分だ。
そしていよいよそのレシピを見つけた。
ありとあらゆる病を治し、若返りの効果もあるという≪万能薬≫と頭さえ残っていれば全身を完全に修復した蘇生を可能とする≪エリクサー≫だ。
ゲームの世界ではお馴染みのアイテムだったが、現実のこの世界でも実在するとは思ってもいなかった。
それを作りあげた大賢者様は作り上げた過程とともにその苦悩も書き記していた。
ロザリアンヌは夢中になって読みふけった。
どんな素材が必要か、どの素材が有効なのか、繰り返される検証に失敗に挫折。そして作り上げた喜び。
ロザリアンヌは読んでいて自分が錬成しているかの様な錯覚を覚えた。
そしてその後万能薬とエリクサーはいったいどうなったのか知りたくて、ロザリアンヌは日記の中に記述を探した。
とある貴族と商人からの要望で作り始め作り上げたは良いが、実際に万能薬とエリクサーが世に出たら大変な事になると大賢者様は我に返る。
これが依頼者の手に渡れば、一部の人間だけで永遠にこの世界を動かし続ける事になりかねないと危惧したのだ。
それが絶対に正しいかどうかの判断は自分にはつけられない苦悩、自分の錬金の成果が欲にまみれてしまいそうな予感が詳細に綴られていた。
そして結局大賢者様は実験と称して自分自身に使ったのだ、万能薬もエリクサーも。
(もしかしてアンデッド化したのは副作用じゃ無いよね?)
そして依頼者には失敗の報告をする。
その報告を受け、腹を立てた貴族と商人が錬金術を非難し衰退させて行ったらしい。
今現在錬金術の知名度も低く衰退していた理由がそんな所にあったと知り、ロザリアンヌは衝撃だった。
それにしても大賢者様はダンジョン攻略だけでなく、本当に色んな事をしていた凄い人だったのだと改めて尊敬した。
ロザリアンヌが結構苦労して作ったマジックポーチと同じ様なと言うかさらに優れた物も作っていたし、この小屋も外の畑の土等も完全に錬金術で作られた物らしい。
このすべての業績がもっと早く知られていたら、この国も別の発展を遂げていたかも知れないとロザリアンヌは考えた。
しかしそれと同時に前世での事を考える。
人間の世界を豊かにするために開発された物が戦争に使われると言った話だった。
便利さが必ずしも良い方向に向かうとは限らないと言う事だ。
強すぎる力と同じで、世に出してはいけない物があるのだとロザリアンヌは今になって大賢者様の日記で学んだ。
そして≪自分の手ではどうしてもできなかった頼む≫と言う大賢者様の望み通り、万能薬とエリクサーのレシピはロザリアンヌが燃やしたのだった。




