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大賢者様の拠点は広い草原フィールドの片隅に建つ隠れ家の様だった。
小さな小屋の脇には小さいけれど畑もいくつかあり、貴重な薬草や野菜が育てられていた。
小屋の中は外から見た大きさからは想像できない程広かった。
キッチンに風呂トイレなどの他に寝室・書斎・錬金部屋などもあり、大賢者様も錬金術を使っていたのだと知った。
そもそも錬金術は魔道具を作る事も薬の代わりとなるポーションを作る事もできるのに、何故魔道具だけが重宝されたのか不思議だった。
300年前にもこうして錬金術はあったのに、今はどうして錬金術が廃れているのか不思議に思うロザリアンヌだった。
そして他には大賢者様が綴ったであろう日記や魔導書なども沢山あり、生活の跡を見つける度に何か胸が熱くなっていった。
大賢者様はどんな思いでここで何年も過ごしたんだろうか?
もっと他に何か方法が無かったのだろうか?
どうしてアンデッド化してしまったの?
ロザリアンヌはその答えを探し大賢者様の綴った日記を手に取った。
取り敢えず手に取った日記の中身は日々の記録の様なものだった。
畑は何故どの様にして作られたか、薬草や野菜を定着させる過程や、安定して育てる為の試行錯誤の様子が書かれていた。
いったいここでどの位の年月を過ごしたのだろうか?
ロザリアンヌはそれを考えるだけで、もし自分だったらとさらに胸が熱くなった。
「ここにあるものはすべて好きに使うと良い、礼だと思ってくれ。それがマスターの意志でもある」
大賢者様にはここに辿り着く事ができた探検者に、これらすべてを託したいという意思があった様だ。
しかし闇の精霊はこの隠れ家を守る為に闇の力を使い、ダンジョンの各所に探検家たちを追い払う罠を仕掛けたらしい。
それが長い年月ここSランクダンジョンの踏破が為されなかった理由のひとつだろうと思われた。
それにアンデッド化していた闇の精霊はかなり強かったしね。
「それであなたはこのままここを守り続けるの?」
これからも今はもう居なくなった大賢者を思いながらここに留まるのかと、闇の精霊の事が気になりロザリアンヌは問うていた。
「自分でもどうしたいのか良く分からない」
「じゃあ僕達と一緒に来ればいいよ」
「そうだよ、ダンジョンの外に出たらきっと驚くよ。楽しい事もいっぱいだよ」
戸惑う闇の精霊にキラルとウィルがここから出る様にと誘っていた。
「私は・・・」
言葉を濁す闇の精霊にアンナが説得するように話す。
「大賢者様との思い出を忘れなければ良いのよ」
この世界に転生して来たロザリアンヌはその言葉に思わず涙が溢れた。
前世での家族や友達は私が突然いなくなって悲しんだのだろうか?
私の事を覚えてくれているだろうか?
自分が生きていたという痕跡や思い出まで忘れ去られていたら、やはりそれはちょっと悲しくて寂しい。
たまにはあんな馬鹿が居たと、少しでも思い出してくれていたら嬉しいとロザリアンヌは思った。
「そうだよ、忘れないでいる事が大賢者様が生きていた証だと私も思うよ。でもそれはこの場所に留まっていなくてもできるよね?きっと大賢者様もあなたの幸せを願っていると思うよ。だからあなたはこれからは大賢者様の分ももっと自由にして良いと思う」
ロザリアンヌは前世の自分の事も重ね思いの丈をぶちまけていた。
「そうだろうか」
「そうだよ」
「そうに決まってるよ」
決断できずにいる闇の精霊にキラルもウィルも賑やかに纏わりついている。
でもその賑やかさ明るさがこの場の空気も軽くして行った。
「そうだな、そうと決まれば私も擬人化するとしよう」
さっきまで戸惑い迷っていたとは思えない決断の速さの闇の精霊が居た。
「ちょっと待った!それはまだ早い」
その先の展開を予測しロザリアンヌは慌てて止めたが時すでに遅し、全裸の青年がそこに居た。
歳の頃なら二十歳半ばといった所だろうか。
ロザリアンヌもアンナも慌てて闇の精霊から視線を外し「取り合えずこれを着てて」と寝袋の代わりに使っていた熊の着ぐるみを差し出した。
他に闇の精霊が羽織れそうな物が無かったのだ。
「今何か作るから待ってて」
ロザリアンヌは慌てて闇の精霊の防具になる服を錬成した。
ベスト付きスーツにしたのは完全に私の趣味です。
闇の精霊と言うから黒髪で物静かな低音イケボを想像していたがまったく違っていた。って、あれは精霊じゃなくて守護聖か。
とにかく擬人化した闇の精霊は、眼鏡でスーツが似合いそうなキリリとした雰囲気の藍色の髪をした青年だった。
細マッチョ風な所もポイント高いイケメンだ。
精霊って擬人化すると漏れなくみんな麗しくなるんですね、と言うのがロザリアンヌの感想だった。
下着と革靴も錬成し、闇の精霊に手渡した。
勿論すべては防御力強化済み、付与効果もバッチリだ。
「ありがとう、助かった」
ネクタイを締めながらお礼を言う闇の精霊。
ネクタイまで締められる闇の精霊に眼鏡を掛けさせたい欲求を押さえ、ロザリアンヌは気さくに名前を聞いた。
「大賢者様にはなんて呼ばれていたの?」
「自己紹介がまだだったな、私の名はレヴィアスだ」
ロザリアンヌは初めて見たレヴィアスの理知的で冷ややかな笑顔にちょっとクラクラしながら、これはイケメンレヴィアスに慣れるまで大変だなと思うのだった。




