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「おい、おまえ達はここで何をしている」
物凄い威圧を感じ目を覚ますと、腕を組み静かに怒りを放つ闇の精霊がロザリアンヌを見下ろしていた。
ロザリアンヌはダウンジャケットの様にモコモコになっている着ぐるみに包まり、今さっきまでぐっすりと眠っていた。
クッションになっている熊の顔が丁度枕にもなってなかなかに寝心地は良かったが、寝返りを打つと枕から頭がズレ落ちるのが難点だった。
「あれっ、気が付いたんだね」
ぼんやりと覚醒を始めたロザリアンヌは、ゆっくりと起き上がると呑気な返事を返していた。
「だ・か・ら、お前たちはここでいったい何をしているんだ」
さらに語気を強める闇の精霊に「疲れたから寝てたんだよ」とキラルも呑気に返していた。
闇の精霊との戦闘は本当に全員を疲れさせていた。
闇の精霊の目覚めを待つ間食事を済ませると、みんな当然の様に睡魔に抗えなくなり休む事にしたのだ。
もっとも正気を取り戻した闇の精霊にもう戦う意思が無いのが分かったので呑気にできているのだが、ロザリアンヌとしてはこんなやり取りよりどうして瘴気に飲まれていたのかが早く知りたかった。
「どうしてアンデッドになんてなってたの?」
「そ、それは・・・」
ロザリアンヌの突然の口撃に闇の精霊は一瞬怯んだ。
「私はマスターを守っていただけだ」
ぽつりぽつりと話し始めた闇の精霊の話をロザリアンヌ達は静かに聞いた。
昔この大陸中に散らばったダンジョンの出入り口をこの地に移し、攻略し易くするために階層を分割させる方法をあみ出し、魔晶石で転移できる方法も見つけた大賢者と呼ばれる男が居た。
彼は常に知識を深め、さらに強い魔法そして便利な魔法をあみ出すべく研鑽を積んでいった。
すべてはこの国がダンジョンがもたらす資源によって潤い、国民が豊かになる事を願ってのことだった。
しかしダンジョンの攻略を進めていくうちに、一緒に戦っていた筈の仲間が一人減り二人減りと段々と数を減らして行った。
魔物の強さに追いつかないのが理由だったり、国に功績が認められ叙勲した事で安定した生活を望んだのが理由だった。
そしてココSランクダンジョンに挑み始める頃には8人いた仲間はみんな去り、大賢者一人となっていた。
国王は意志も固く一人研鑽を続ける大賢者に段々と恐怖を抱く様になっていった。
国王は彼の為した業績よりも強すぎる力の方を恐れたのだ。
どんなに守りを固めても転移により自分の所へ突然現れ襲われたらと、起こりもしない暗殺の妄想まで抱き疑心暗鬼になる国王やかつての仲間や貴族達によって、大賢者はありもしない罪に問われ追われる事になった。
Sランクダンジョンの踏破を目指していた大賢者は、そのままダンジョンに籠り身を隠した。
そして大賢者を追った者達が帰る事は無かった。
国王は放って置けばいずれは命を落とすだろうと大賢者の捕縛を諦め、Sランクダンジョンの攻略も諦めた。
闇の精霊の話を聞き、やはりSランクダンジョン踏破を目指し探検家を育むと言った学校の方針は形ばかりの物だったと確信した。
そして時が流れ今のダンジョン攻略を推奨しない風習となって行ったのだろう。
初めのうちは闇の精霊とここに拠点を作りどうにか過ごしていた大賢者も、年月が過ぎるにつれ心を病み始めた。
そして心を病んだ事で穢れを生み怨念を抱き、やがてアンデッドとなった大賢者に闇の精霊も徐々に取り込まれる事になった。
闇の精霊は本当は大賢者を救いたかったのだと落胆する様子はとても痛々しかった。
「先に礼を言うべきだったな、正気に戻してくれてありがとう」
闇の精霊は漸く安堵した表情を見せていた。
あのアンデッドは大賢者の成れの果ての姿だったのだ、それをロザリアンヌとアンナで浄化し成仏させたのだろう。
ロザリアンヌはそう思いたかった。
そして長く一緒にいた大賢者の成仏を闇の精霊も受け入れたのだろうと思いたかった。
そうでなければ悲しすぎるとロザリアンヌは思っていた。
そしてまた強すぎる力は恐れられるのだと知り、自分も力を誇示する事の無い様に気を付けなくてはと思うのだった。
「マスターの隠れ家に案内しよう」
闇の精霊の突然の申し出にロザリアンヌは大人しく従う事にした。




