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街も学校も使節団の話でもちきりだった。
ロザリアンヌの周りでヒソヒソされる噂話や、キラルが仕入れてくる話には大抵の場合齟齬が多いので、事実確認のできない他人の噂話は聞き流す事にした。
人の噂話程あてにならないものは無いのはこの世界に転生しても同じ様だった。
「それよりロザリー少し気を付けた方が良いわよ」
キラルが珍しく慎重な表情でロザリアンヌに注意を促した。
「気を付けるって何を?」
「収納ボックスの製作者が誰なのか執拗に探っている人がいるわ。問題なのはその事実に気付いている人がいない事ね」
「それは大変ね。いったい誰が探らせているんだろうか?」
「マンナ商会の商会長よ。使節団が来たことで他国との交易に使いたいと考えている様ね」
ロザリアンヌには聞き覚えの無い商会だったが、貴族とも関わりの深い名の知れた商会だとキラルが説明してくれた。
「でもそれって国がするんじゃないの?」
「国としては戦争になった時のことを考えて慎重になっているみたい。それに貴重性を持たせ優位な取引に持ち込むために事前に情報を集めている段階の様だよ。色んな人が色んな意見を出すから纏めるのも大変みたい」
「そんな時に商会がいったい何をしようと言うのかしら」
「国より先に他国に恩を売って、他国でも大きな力を手に入れようとしているに決まっているじゃない」
「なるほどですね。それよりキラルって本当に凄いわね。私は情報を仕入れたとしてもきっとそこまで解析できないわ」
「この位は普通よ。ロザリーが自分の興味の無い事に無頓着過ぎるのよ」
「だってあれこれ無駄に考えて時間を費やすなら行動する方が建設的でしょ。それに不安を抱えて何もできなくなるなんて自分にとって一番の損じゃない」
ロザリアンヌは転生前の私を思い出し、今度の生はできるだけ有意義に自分のやりたい事をやりたい様にして生きようと考えていた。
きっとその為の知識で、その為の力なのだろうと確信していた。
「何にしても探っている人が居る事は誰かにきちんと伝えた方が良いよ」
「分かった、今度の納品の時にでも話してみるわ」
「まったく」
ロザリアンヌの返事を聞いて、キラルは何故か大袈裟に溜息を吐き、やれやれと言う様な動作をした。
「その納品の段階から慎重にした方が良いと言っているの。そこでバレる危険が大きいのが分からない?」
「そう言われればそうね」
ロザリアンヌは素直に頷き、キラルの意見はもっともだと納得し、そしてどうするのが最善かをしばらく考える。
しかしあれこれ思い付いた策は穴だらけで、キラルに反論されるばかりだった。
結局コレと言った解決策を思い付かず、マークスと最近頻繁に会っているらしいアンナに頼み、ジュリオに伝えて貰う事にした。
こういう時にキラルを伝言係に使えたら便利なのに、アンナ以外にキラルを認識できる人が居ないのはとても有難い事ではあったが同時に難点でもあった。
キラルは普段人前では人型にはならずに光の球の形でフワフワとしているのだが、例えロザリアンヌの肩に止まっていたとしても、今の所不思議なものを見かけたと言う噂にもなっていなかった。
アンナに言わせると、精霊と相性の良い人間が減っているそうだ。
そもそも精霊の存在自体を信じている人も減り、魔法の衰退から人間の持つ魔力量も減ったのが原因だろうと言っていた。
色んな魔道具が開発され生活が便利になり、国もダンジョン踏破は探検家に丸投げし、魔道具制作にばかり力を入れた結果だろうとアンナは持論を展開していた。
そして比較的安全にダンジョン攻略をできる現状は、この街に居る多くの探検者達の生活を安定させたが、その代わり向上心の様な物を衰退させたのだろうとも言っている。
しかしキラルが承認しジュリオがキラルを認識しようとすれば、キラルの姿は見える様になる筈だと言うので、その事もジュリオに伝えて貰う事にした。
この際ロザリアンヌが光の精霊を宿している事を、ジュリオには自分から告白しても良いだろうと考えたのだ。
その結果として今さら恋愛ゲームが始まるとも思えないし、聖女として騒ぎ立てられ教会に一生縛り付けられる様な事も無いだろうと確信していた。
万が一そんな事になったらこの街を捨てて逃げ出し、別の街や別の国で密かに錬金術師として生活する事もできると思っていた。
もっともそれは最悪の場合であって、今はキラルが伝言係になれれば大事な話はすぐに伝えられるし、困った時の解決策も考えてくれる筈。
ロザリアンヌはもう既に面倒事のすべてをジュリオに押し付ける気満々だった。
「取り合えずしばらくの間納品は見合わせるしかないわね」
急ぎじゃないと言われながら、注文が入るとすぐに作らずにはいられなかったので、頼まれている物の期限には余裕がある筈だった。
「いざとなったら突貫作業で頑張れば良いしね」
ロザリアンヌは期限に間に合わない様な事態になった場合、学校を何日か休んでも構わないだろうとも考えていた。
そう考える位には学校に興味が無くなり始めていた。
そうして暫くの間収納ボックスや収納バッグの製作は見合わせ、空いた時間のすべてを使いダンジョン攻略に精を出す事に決めた。
夏季休暇で予定していながら遅れた分を取り戻せたらいいなと考えたのだった。




