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「私を呼び出すなど珍しい事もあるものですね」
王太子であるジュリオに呼び出され久しぶりに登城したユーリは、ジュリオの執務室に入ると早々に皮張りの豪華な二人掛けのソファーに腰を下ろした。
ジュリオは侍女にお茶の用意を頼むと、対面の同じく二人掛けのソファーではなく、執務机を背にした一人掛けのソファーに腰かけた。
「知恵を貸して欲しい」
ジュリオは簡単にそれだけを言うと、手に持っていたマジックポーチをテーブルの上に置いた。
ユーリはポーチとジュリオと言う取り合わせが理解できず、眼鏡のフレームを人差し指で持ち上げるとジュリオに視線を送った。
何かしらの説明があるのだろうと思いしばらく様子を見ていたが、ジュリオは一向に口を開こうとはせずに人の気配を感じポーチを懐にしまった。
ユーリは仕方なしに軽く溜息を吐くと、諦めた様に口を開いた。
「それでいったいソレがどうしたと言うんだ?」
「まあ待て、ここから先は内密な話だ」
そう言って声を潜めると、戻って来た侍女がお茶を出し退出して行くのを待った。
そして扉の外を厳重に警戒する様に確かめてからソファーに座り直した。
「おまえもこのポーチが何かは当然知っているだろう?」
「ジュリオおまえは俺を馬鹿にしているのか?その小物入れがいったいなんだと言うのだ、さっさと用件を話せ」
ユーリは以前マジックポーチの話をジュリオから聞いてはいたが、実物を見た事が無かった。
なのでただの小物入れに何を勿体ぶって騒いでいるのか、見当もつかず少々イライラし始めていた。
「相変わらずだなユーリ、おまえは知能は高いのに物を知らなすぎる。もう少し常識や流行といった知識も増やすべきだと思うぞ」
「俺は自分に必要な知識は充分蓄えているつもりだ。余計な事を考える暇があったら他の事に時間を割きたいだけだ」
ユーリは魔法学校を卒業する時に、自分の将来の選択肢はかなり沢山あると考えていた。
なので学術大学に進み、その選択肢の可能性を確実に増やしてはみたが、どれを選ぶか悩み決められず結局魔法学校の教職員となり後進を育てる事にしたのだった。
魔法を覚える事が楽しかった魔法学校の頃の自分が一番楽しく輝いていたと今でも思っていた。
多分教師になった理由はその辺にあるのだろう。
ユーリは漸くマジックポーチの話を思い出した。
そしてその性能を聞き、静かに首を振りながら受け入れざるを得ない現実に立ち向かっていた。
ユーリは新たな魔法の研究開発を勧められたこともあったが、魔物と戦わない自分には必要無いと興味も湧かなかった。
魔法学校在学中に自力で覚え扱えた魔法の数は多く、誰もが褒め称えてくれた事で満足していた。
必要の無い研究や開発に時間を割くのなら、自分の覚えた魔法を誰かに教える方が有意義だと思った。
それが自分では考えもつかなかった空間魔法や時間魔法が開発され、その魔法を使って錬金術で作られた物があると実物を手に取ってみては驚くしかなかった。
この国は生活に密着した便利な道具を開発する魔道具の開発に特に力を入れていた。
その魔道具の開発には知識や魔力は必要とされても、魔法の実力やどんな魔法が使えるかなどあまり関係なかった。
魔道具は魔石と開発力さえあれば、便利な道具を作る事ができるのだ。
それもあって新たな魔法を開発し魔導書にして広めようとしても、その需要はあまりなかった。
何故なら魔力を持つ魔法使い候補は大抵魔法学校へ入学し自力または教わって、自分に必要な魔法を覚える事ができる。
そして本来魔法を本当に必要とする探検者達の多くは平民なので、自分が魔法を使えるとは知らずにいる者や、初めからあてにはしない者が多かったからだ。
なので魔法学校への入学前に魔法を覚えさせておこうと見栄を張る貴族が購入するくらいなので、当然魔導書の値段も跳ね上がる一方だった。
本当に必要とする者には尚更手が届かなくなる状況に呆れかえるユーリは、魔導書など寧ろ無くなれば良いとさえ思っていた。
ましてや錬金術などダンジョン素材を上手く使った、薬屋の真似事をしている奴ら程度にしか考えていなかった。
その考えはユーリだけに限ったものではなく、この国の世間一般の認識で殆どの人が興味も持たない分野なのは確かだった。
ユーリは自分の認識を根底から覆され、そのショックから頭も回らずに、冷めた紅茶で喉を潤すと漸く口を開いた。
「コレをあのロザリアンヌが錬金術で作ったと言うのか・・・」
確かにそのステータスを見せられた時は驚いたが、ジョブを錬金術師見習いだと言ったと聞き少々がっかりしたのを覚えている。
ファイヤーアローの威力が強力だったとマッシュから聞き、在学中に賢者候補生として指導するべきだろうと密かに育成プランも考えていた。
しかし現実にこの様な物を見せつけられては、自分の愚かさを認めるしかないと思っていた。
自分は学校と言うとても狭く小さな世界でこの世界を把握した様な気になり、自分が優秀な子供達を育成する事で世界を動かしている気になっていた事を恥ずかしく感じ始めていた。
「コレの扱いに関して相談されたのだが、俺には少々荷が重すぎる。そこでユーリおまえの知恵を借りたい。頼む、コレを無能な貴族どもに利用される様な事になるのは困る、かと言って闇に葬る様な真似もしたくないんだ」
ジュリオの必死の形相に、ユーリも漸く思考が追い付いた。
「そうだな少し考えてみよう」
ユーリはそう返事をすると腕を組み身体を背もたれに預け、瞑想をする様に深く考え始めたのだった。




