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ロザリアンヌはとうとう空間内の時間停止機能付きのマジックポーチを作り上げた。
ただのマジックポーチなら容量をかなり大きくできるが、時間停止の機能範囲をまだそんなに広げる事ができず、結局1000ℓの容量の物を作るのが精一杯だった。
そして 早速錬金術の師匠でもあり祖母のソフィアにその報告をする。
「これが私が考えていた完全形態のマジックポーチです。ポーチの空間内の時間が停止するので、中に入れた物の劣化を完全に防げます」
ソフィアはロザリアンヌの話を聞いてただただ驚くばかりだった。
「確かにそれはとても凄い機能だが、いったいどうやって作ったんだい」
ソフィアは自分で理解できるかどうかも分からなかったが思わず聞いていた。
というより同じ錬金術師として聞かずにはいられなかった。
「アンナさんが時間魔法を開発してくれたんです。だから私はその魔法を付与しただけなんで、実は私よりアンナさんの方が何倍も凄いんです」
ロザリアンヌは少し自嘲気味に話しているが、そもそも錬金術で魔法の効果を付与するなど簡単にできる事では無いだろうとソフィアは思っていた。
事実ソフィアは回復薬の様なポーションの類や、魔物を脅かすのに使う爆薬や、麻痺や猛毒や睡眠を誘う投擲玉の類を得意とするだけなので、たいした魔法も使えなければ魔法の効果を何かに付与しようなど考えた事も無かった。
発想の原点からまるで違うとソフィアは心から感心していた。
自分の店は初めは探検者には道具屋としての認識しかなかった。
そもそもこの国は生活が便利になる魔道具に関しての開発に力を入れるあまり、魔導書や錬金術に関しての地位はとても低くその道に進む者もあまり居なかった。
なので当然の様に錬金術店として看板を掲げても錬金術に馴染みのないお客ばかりで、結果探検者相手に便利な品を扱う道具屋としての認識だった。
しかしロザリアンヌがマジックポーチを作り上げ、錬金術を世に知らしめた事でソフィアも漸く錬金術師として認識されこの店も錬金術店と名乗れる様になった。
それだけでもすごい事だと喜んでいたのに、まさかこんなものまで作り上げるなどとは思いもしなかった。
これからロザリアンヌがいったいどんな物を作り出すのか、ソフィアは期待せずにはいられなかった。
しかしその期待とは裏腹に心配も抱えていた。
「これは家の店では売れないね」
ソフィアの少し冷たい反応にロザリアンヌは正直とても驚き言葉も出なかった。
「どうしてですか?」
思いもしなかったソフィアの言葉に一瞬固まり、漸く絞り出す様に口を開いたロザリアンヌにソフィアは静かに答える。
「おまえはこのマジックポーチをいったいいくらで売るつもりだい?今までのマジックポーチで探検者達は充分に喜んでいる。しかしさらに凄い機能が追加されたこれを見せて同じ様な値段で売るとなったら今まで購入してくれた探検者達はどう思うかね。かと言って探検者がそうそう簡単に買えない値段で売り出す気ならやはりこの店では扱えない。この店は探検者達で保っている様なものだ、その方向性だけは変える気は無い。それに安く売ったとしても、今十分に喜んでいる探検者が買い替えを悩む事になる。そうなったらそこに色んな人の色んな感情が渦巻くだろうよ。余計な感情を生ませる事になるのは確かだね」
言われてみれば反論もできなかった。
実際この街の探検者達の殆どの人達が既にマジックポーチを持っている。
「じゃぁ、今まで買ってくれた人達には取り換えるという手段を取るのではダメですか」
ロザリアンヌは自分で言いながら、とても現実的でない事を言っているのは理解していた。
午前中を魔法学校で過ごし、午後はダンジョン攻略をする今の状態では1日に3個か4個作るのが精々で、魔法学校が休みの日をフル活用したとしても買ってくれた人達全員分を取り換えるとなると何年掛かるか分からない。
当然我先にと言う騒ぎにもなるだろうから、その対処にも追われる事になるだろう。
「それにね、コレははっきり言って流通に革命を起こすだろうと思うよ私は。きっとコレこそが商人にとって喉から手が出るほど欲しい物となるだろう。思い出してごらん初めのマジックポーチでどんな騒ぎが起こったか。あれのレシピを売ったは良いが結局あのレシピ通りに作れた者など居なかっただろう。あの時ジュリオ様が力になってくれたから何事も起きずに済んでいるが、コレが商人どもに知られたらおまえの身が危ないよ。おまえを攫っても作らせようとするかもしれない。私はそんな騒動におまえを巻き込みたくはないね。今のままで充分探検者達は喜んでいるんだそれで納得しておきな。それでももしどうしてもこれを世に知らしめたいというのなら、まずはジュリオ様を通じて国に献上すべきだね。そしてコレの使い道や流通先などを国に任せるしかないと思うよ。おまえはそれだけ凄い物を作ったんだと少しは自覚しな」
ソフィアの言葉にはとても説得力があった。
ロザリアンヌはただただ便利だろうという思い付きだけで、アンナまでも巻き込んで作り上げてみたが、ソフィアに言われてみればまったくその通りだと思うしかなかった。
しかし折角苦労して作り上げたマジックポーチを無かった物にしたくない。
自分だけで使えば良いと言う考えも浮かばない訳じゃ無いが、誰かの喜ぶ顔が見たいと言う思いで始めた錬金術で、少しでも便利になれば良いと思って作り上げたマジックポーチだ。
正直活用して貰えるのなら必要な人にちゃんと使って貰いたいと思う。
「分かりました、ジュリオ様に相談してみます」
ロザリアンヌは探検者相手に店で売るのは諦め、このマジックポーチを取り合えず国に献上し有効に活用できる方法を探して貰おうと考えた。
国が管理してくれれば、商人にレシピを売った時の様に作れる人が居ないという問題は少なくとも解消されるだろう。
そうなれば本当に必要とする人に少しでも早く多く届けられる、そうしていずれはこの国の人達全員がこのマジックポーチを使う日が来るかもしれない。
ロザリアンヌはそれ程にこのマジックポーチに自信があった。
しかしそうなる前にこの時間停止機能付きマジックポーチの存在が公になり騒がれては困る。
だから先に献上という形で国にすべての問題を預けてしまうのが最良の策だろうとロザリアンヌは考えた。
それにジュリオなら利権絡みの面倒くさい問題もきっと解決してくれるだろう。
要するにロザリアンヌは、ゲーム知識から当然の様に作ったマジックポーチが、思いもしなかった問題を抱えていると知り、一人で解決するのは難しいと考えた。
そしてそういう難しい問題は、解決できる人に考えて貰うしかないと。
ロザリアンヌは争いを生むだけの物を作ったとは思いたくは無かったのだ。




