302
「皇后が一番の適任だろうな」
「何に!?」
いきなり皇后の話が出たことで、ロザリアンヌは何の話をしていたのか一瞬分からなくなる。
「新たな国を作る上での主要人物だ」
「えぇー、あり得ないでしょう。まさか女王にするだなんて言わないよね。だいたい皇后ってなんだかんだいってこの悪巧みの中心人物なんじゃないの? 懲らしめなくちゃならない一人だよね?」
ロザリアンヌ的には同情する気持ちもあるけれど、貴妃様や皇帝を殺そうとまで企んだ人なのにと反発する気持ちも大きかった。
皇后が許されるなら当然侍女長だって許されるだろう。
「知略に長けた策略家だ。その才能は認めざるを得ない。それに彼女の持つ知識量には驚かされる。かなり努力しているのだろう。あんな狭い部屋の中に閉じ込めておくのは勿体ない」
多分レヴィアスは自分に呪いの知識をもたらしてくれた皇后に少なからず興味を持ち、もしかしたら感謝すらしているのかも知れないとロザリアンヌは考えていた。
それにレヴィアスが手放しで誰かを褒めているのを聞き、何かモヤモヤしたものが胸に広がっていく。
「随分と褒めるのね。犯罪者なのに」
「そうだ。だがその証拠も残さない手際も鮮やかだ」
「まるでバレない犯罪は罪じゃないって言ってるみたいだよ」
確かに皇后の罪は殆ど未遂で終わっているし、きっとその罪を知る者も少ないだろう。
でもだからといって簡単に許されて良いのかとロザリアンヌは思う。事実貴妃様は死ぬほど苦しんだのだから。
「王となる者自身もしくはその傍には彼女のような人材は必要だ」
「でも・・・」
ロザリアンヌは自分でもただの正義感だけでレヴィアスに反発しているのではないことは分かっていた。だけど、気持ちは全然納得してくれない。何かが間違っている気がして面白くない。
「分かった。ではロザリーはどうしたいのだ?」
どうしたいと聞かれるとロザリアンヌはその答えを持っていなかった。考えてもいなかったし正解も分からない。
自分じゃ何もできないし考えてもいないのに、認めたくないと言う思いだけで口を出してしまった事に気づき急に恥ずかしくなる。それも自分勝手な感情論をさも正義かのように。
「私は・・・」
ロザリアンヌはしばらく自分の心と素直に向き合って考える。何が面白くないのか。
それは頼りにしているレヴィアスがロザリアンヌではなく他の人を認め褒めたのが面白くなかったのだ。
別に蔑ろにされた訳でも邪険にされた訳でも否定された訳でもないのに、いつかレヴィアスが自分から離れて行ってしまうのではないかと不安になったから。
しかし冷静に考えてみたら何をしにこの大陸に来たのかを思い出した。そう、すべてのダンジョンを踏破し大陸の守護者に会うためだ。
さっさとこの世界すべてのダンジョンを踏破し、すべての守護者に会って、大陸の守護者から解放された人生を送りたい。
ロザリアンヌには偉大な錬金術師になり、できればこの世界に錬金術を広く広めるという野望があった。
そしていずれはソフィアのように街の人々に喜ばれ必要とされる錬金術店を開き、平和で幸せなスローなライフを送りたいと考えている。
だからこんな所で他人の人生に深く関わってのんびりしていられなかった。
何故か貴妃様の話を聞きつけ熱くなりお節介にも関わってしまったが、そもそもロザリアンヌは学園や後宮といった人間関係の狭い世界でじっとしていられないタチなのを忘れていた。
それにレヴィアスに任せると決めたのに、感情だけで口を出すなんて最低だ。一番肝心な事をすっかり忘れていたなんてどうかしていた。
今自分がすべき事が見えてきた。でも関わってしまった分はちゃんと責任を持たなくてはと思う。
「早いところダンジョンの踏破をしなくちゃね。だからやっぱり私に無理な事はレヴィアスに任せるわ。私は自分にできる事を頑張る」
ロザリアンヌにもう迷いはなかった。
「ではこのまま天下統一計画を進めても良いのか?」
「勿論よ。私は何をしたら良いか言って。でもやっぱり女神様はテンでよろしく」
「えぇー、やっぱり私ですか!?」
「ではまずは皇后に会いに行こう。話はそれからだ」
テンダーとキラルを貴妃様の傍に残し、ロザリアンヌとレヴィアスで皇后の宮廷に向かう。
認識阻害で姿を消してではなく、侍女長から預かった布を頭から被り顔を隠してだ。
この布が手形のような役割を果たし警護騎士から見逃される。ただの布のように見せてその模様が暗号になっていて偽造はできないらしく、被っている人ではなく布の方が厳重にチェックされるようだ。
「もっと堂々と歩け」
認識阻害で姿を消していないためにどこか後ろめたさを感じ、ついキョドってしまうロザリアンヌにレヴィアスが指摘を入れる。
「わ、分かってるわよ」
ロザリアンヌは深呼吸をして気持ちを落ち着かせレヴィアスの後に続く。
「でもこんなんで本当に皇后に会えるのかしら。認識阻害使って忍び込んだ方が早かったんじゃないの?」
「それではあの皇后との交渉は無理だ。彼方が作ったルールを利用してこそ話を聞く耳を持たせられる」
「ふぅ~ん」
ロザリアンヌはこれから皇后とどんな交渉をし何が始まるのか期待と興味で胸をワクワクさせながらも、平静を装い気のない返事をするのだった。




