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ロザリアンヌ達はこの大陸へ来たばかりでテンダーだけはまだこの国の言葉を話せないのだと貴妃様に説明した。
「それにしてもあなた達は大層な勉強家なのね。言葉にまったく違和感が無いです。私も見習いたいわ」
「えへへ・・・。それほどでもないですよ」
ロザリアンヌは言語理解のスキルの事を話す訳にもいかず笑って誤魔化すしかなかった。
「他の大陸とはどのようなところなのですか。私はこの街から出た事もないのでとても興味深いです」
弱々しく大人しいイメージだった貴妃様の前のめり振りにロザリアンヌはタジタジになる。
生き直すと決め何か吹っ切れたものでもあるのか、それとも不安な気持ちを隠そうとしているのか分からないが、その豹変振りをロザリアンヌは驚くより嬉しくなる。貴妃様はもう大丈夫だろうと。
「そうそう、私は侍女長の監視をしなきゃいけないんだった。テン、後は頼むね。念のために他の人がこの部屋には入れないように結界を張っておくから」
「お任せください。貴妃様、私が付いていますからね!」
大げさに胸を叩き貴妃様の肩に手を置くとまるで言葉が通じているかのように話すテンダーは、どこかの貴族令嬢然としていたテンダーではなくコミュ力全開のいつものテンダーに戻っていた。
ロザリアンヌはその様子にここを離れても大丈夫だと判断し、レヴィアスに言われたとおり侍女長の行方を捜し部屋を飛び出した。
(毒を使われる前に手に入れるんだったよね)
ロザリアンヌは毒が使われるとしたら調理場かと思い向かうがそこに侍女長の姿はなく、他に宮殿内を探すが侍女長の姿をなかなか見つける事はできなかった。
(そういえば侍女長っていったいどこでどんな仕事をしてるんだ?)
貴妃様の身の回りの世話をするのだから当然仕事部屋みたいなのがあるはずだとロザリアンヌは当たりを付け、貴妃様の部屋の近くにある人の気配を探ってみるがやはりそれらしい気配は見当たらない。
それにしてもこの宮殿は本当に人の数が少ない。広さ的に皇后の宮殿の半分なので使用人の数も当然少ないとしても本当に少なすぎるだろう。
貴妃様の実家の力だけで無理なら皇帝が少しは力になるくらいの事ができないものだろうかとロザリアンヌは思う。
(皇帝って貴妃様を寵愛しているって話なのに実はとても冷たい人なのかしら? 本当に愛してたらこんな現状をどうして見過ごせるのだろう。まさかこの現状を知らないって事はないよね?)
考えれば考えるほどに皇帝という人がいったいどんな人なのかと興味が湧いてくる。
(実はとても冷酷な人なのかそれとも何も考えられない馬鹿なのかきっとどちらかだね。これがジュリオだったら少なくとも貴妃様に不便も不安も感じさせなかったはずだよ)
ロザリアンヌはまだ見ぬ皇帝の姿を勝手に想像して勝手に腹を立て少しイライラし始めていた。
そのせいもあってか、なかなか見つけられない侍女長にも怒りが湧いてくる。
奴隷商人や皇后の手先になって今も貴妃様の命を狙っている。何も分からずに指示されていただけではなく、明確に呪いや毒と分かって使っていてけして脅されてやっているようには見えなかった。
どうしてそんな事ができるのだろう? 侍女長自信にも貴妃様に対して何か深い恨みでもあるのだろうか?
ロザリアンヌには侍女長の事を到底理解できるとも思えないがその理由を聞いてみたくなった。そして今はレヴィアスの望むとおり毒を使われる前に何が何でも取り上げたい。その為にも早く侍女長を見つけなくてはと気ばかり焦っていた。
そして漸く見つけた侍女長は何故か勝手場にある釣瓶井戸を覗き込むようにして佇んでいる。
(何をしてるんだろう?)
ロザリアンヌがそっと近づくと、その手には小さなお守り袋のような物を握りしめられている。良く見るとお守り袋ではなく何かの皮の袋で、その手は小刻みに震えていた。
(もしかしてあれが毒なの? まさかこの井戸に投げ込む気じゃないよね?)
そんな事をされたら被害は貴妃様だけでなくこの宮殿にいる人達全員に及ぶだろう。ロザリアンヌはそう気づくと急いで止めなくてはと自然に体が動き出していた。
しかしそれと同時に侍女長も動き出していて、侍女長は何と井戸にその身を投げ込もうとしていた。
一瞬早く動き出していたロザリアンヌは井戸の中へ落ちて行こうとする侍女長の体を止める事ができたが、その手に握られていたはずの毒袋は侍女長の手から離れ井戸の中へと落ちて行く。
まるでスローモーションのように水面に落ちた毒袋はやがてゆっくりと水の中へ沈んで行った。
「あぁぁっ・・・」
ロザリアンヌは悲鳴にもならない侍女長が漏らす小さな呟きに、やはりあれは毒だったのだと確信する。
「まさか死ぬ気だったの? こんな所で?」
「・・・」
「今の袋は毒なんでしょう? 貴妃様だけでなく宮殿にいる全員を殺すつもりだったの?」
「・・・」
「あなたが皇后様に頼まれて貴妃様を殺そうとしていたのは既に知ってるのよ。黙ってないで何か言いなさいよ!」
まるで放心したかのように反応のない侍女長にロザリアンヌのイライラは限界に達し思わず叫んでしまう。
「ふ、ふふふ、ははははは・・・」
「何がおかしいのよ!」
「夕べまではすべて上手くいっていたのよ。まさか一晩でこんな事になろうとは・・・。すべてはお前達のせいよ。お前達さえ現れなければ!」
ロザリアンヌに襲いかかるでもなく体を震わせ鬼の形相で睨む侍女長に、ロザリアンヌは怒りよりも哀れみを感じ始めていた。敗北を認め、もう打つ手がないからこその虚勢なのだろうと。
「言いたい事があるならすべて聞くわ。でも私も知りたい事があるの全部話して貰うわよ」
ロザリアンヌは既にもう抵抗する気もなくしている侍女長を絶対に逃がさないと睨み付けていた。




