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ロザリアンヌは皇后の宮殿で得た情報をみんなに報告した。
「皇后は貴妃様の死を願っているんじゃ無くてこの国を滅ぼそうと考えてるらしいの。でも私にはその関連性にまったく見当も付かなくて、みんなにも考えて欲しいと思って・・・」
「もう少し調べてみないとなんとも言えないが、まあ見当は付いた」
レヴィアスには何か思いついた事があるようだった。
「私も久しぶりに諜報活動を頑張ってみようかな」
キラルは顎に人差し指を当てると、まるで散歩にでも出かけるような軽い感じに言う。
そういえばキラルは人間体になる前はロザリアンヌのために諜報活動に励んでいてくれた事もあった。すっかり忘れていたが、あの当時はキラルのもたらす情報にかなり助けられていたものだ。
「そうだ、あの文は奴隷商人と侍女の悪巧みの証拠となるものだった。悪巧みの詳しい内容を知りたいか?」
レヴィアスはロザリアンヌと言うより貴妃様に問うように話した。
「はい」
貴妃様もそれを感じたらしく小さな声で返事をした。
「本当に聞く覚悟があるのか? 知らない方が良い事もあるぞ」
弱々しげではあったがしっかりと返事をした貴妃様にレヴィアスはさらに確認をする。
「一度は死んだと思ったこの私にもう怖いものなどありません。大丈夫です」
「そうか」
レヴィアスはそれだけを言うと満足したように頷き、侍女長と奴隷商人との文を読んで得た情報とさらに奴隷商人の屋敷に出向き得てきた情報とを詳しく話してくれた。
それによるとあのリーシェンという奴隷商人は、貴妃様のお子である皇女様の降嫁を画策しているらしい。
それもあの奴隷商人の子供や孫にではなく五十歳を過ぎた自分にと望んでいると聞いて、ロザリアンヌは思わず鳥肌が立つほどの気持ち悪さを感じる。
「でも一介の商人ごときに降嫁ってどう考えても無理があるんじゃ無いの?」
「だから無知な貴妃様の父君を欺し落ちぶれさせたのだろう」
レヴィアスのさらなる説明では世情に疎い貴妃様の父君に援助という建前の借金を高利で負わせ、内情火の車で嫌でも奴隷商人の言いなりになるようにした。
貴妃様の呪い騒動は正に父君の借金地獄に拍車をかけたようで、奴隷商人にとってはまたとないチャンスとなったのだろう。
そうして貴妃様の後ろ盾の立場をさらに弱めたところで、貴妃様もしくは貴妃様の父君から申し出れば降嫁も可能になるのだそうだ。
そもそもこの国では皇女は他国との関係維持のために他国へ嫁がされるのが習わしだが、後ろ盾がしっかりしない皇女は王家筋に嫁げるものでも無く、皇女の人数が多いとその嫁ぎ先を考えるのも厄介事の一つとして扱われる。
なので奴隷商人にとって貴妃様のお子である皇女様は、皇帝と親戚筋になるためにもっとも手に入れやすい道具の一つと思われたようだ。
何しろ降嫁とはいえ皇女様が嫁ぐとなればただの平民という訳にはいかない。それなりの地位が約束されるのだ。
さらに貴妃様の父君が破産ともなればその地位と領地をも取り上げる段取りも既に付けてあると聞いて、さすがに貴妃様も驚きの声を上げ顔を青くする。倒れないのが不思議なくらいに。
「始めは貴妃様の下賜を考えていたようだがさすがにそれは難しいと考えたのだろう」
「じゃぁこの騒動はあの奴隷商人の思惑どおりって事?」
「いや、色んなヤツの思惑が重なったのだろう。ヤツは貴妃様の死までは望んでいなかった。それが証拠にテンダーが攫われかけたではないか」
「それにしてもやっぱり許せないね。あの奴隷商人」
ロザリアンヌは狡猾で用意周到な奴隷商人の顔を思い浮かべながら、どうしてやろうかと考えていた。
「いえ、簡単に罠に嵌り欺された私達が愚かだったのです」
「そうだ。受け身でしかものを考えず何も知ろうとせず知識を得ようとしなかった故の末路だ。これからもそうして生きていくのか、それともここで何かを変えるのか今がその岐路になる」
「はい」
貴妃様はさっきとは違い、強い決意を含んだような返事をした。
そこには呪いで顔を爛れさせ、命の灯火が今にも消えそうなほど弱々しかった貴妃様の姿はどこにもない。
「でも仕返しはするんだよね?」
ロザリアンヌは心に残る正義感からレヴィアスに聞いていた。
「もう十分な証拠は手に入れたし情報も得たから家業が上手くいかなくなる呪いをかけてきた。直接手を下さずともヤツは壊滅的な末路を味わう事になる」
「えぇぇっ。そんな呪いがあるのぉ!」
「面白いだろう? それともこの私を疑うか?」
「レヴィアスを疑ったりはしないけど・・・」
そんな呪いまであるとはやっぱりちょっと信じられない。せいぜい運が悪くなるとかそんな感じなのかとロザリアンヌは悶々と考える。
レヴィアスはあれだけ楽しそうに呪いを調査し研究していたのだから既に自在に扱えても不思議では無い。不思議では無いが、やはりタンスの角に足の小指をぶつけるみたいな限定的な術者の願望が叶う呪いが可能だとはまだどこか信じきれずにいた。
「大丈夫だ。呪いが成就しなかった時は実際に手を下すだけだ。安心しろ」
ロザリアンヌはレヴィアスの説明に取り敢えず何にしても今すぐどうこうできないのだと気づく。
そしてならばレヴィアスの言うとおり今は呪いの結果を見届けるしか無いのだと納得する。
しかしそれにしても、ロザリアンヌは侍女長を付け回した割にたいした情報も得られなかったのに、レヴィアスはこの短時間で奴隷商人の悪事の証拠とこんなに詳しい情報も手に入れている。
やはり自分には諜報活動は向いてないのかとつくづくと思う。
「私はロザリーと違って他人の秘密を漁るのも精神操作で情報を聞き出すのも躊躇わないからな」
ロザリアンヌの考えを読んだのかレヴィアスはロザリアンヌを慰めるように言う。
「結局私は自分にできない事をレヴィアスに押しつけてるみたいで心が痛いよ」
自分にできない悪事をレヴィアスに押しつけ手を汚させているような気がして溜まらなくなった。
「私が好きでやっている事だ。それよりも情報収集を急ぐのだろう。それとも心が痛むからとここで止めにするのか?」
「ズルいよ、そんな風に聞かれたら答えは決まってるじゃん」
今さらこんな中途半端な所で辞める訳には行かない。ロザリアンヌは自分の正義がどこを向いているのか迷うが、今は貴妃様を陥れた悪巧みのすべてを明らかにしたいしすべてを知りたいと思う。
「じゃあもう気に病むな。キラ、お前は皇后の周りを頼む。私は皇帝の周りを探ってくる。頼んだぞ」
「皇后だね。任せて」
「私は何をしたら良いの?」
「ロザリーはそのまま侍女長の監視だ。できれば毒を使われる前に取り上げてくれ。どんな毒が使われるのかとても興味がある」
(それは私も興味がある)
ロザリアンヌが返事をする前にもう既にキラルとレヴィアスの姿は消えていた。
「テン、ここからが本当の勝負よ。私達も気を引き締めていきましょう」
「了解です」
「えっ、あなた話せたの?」
貴妃様の驚いた表情にテンダーも自分の犯したうっかりミスに気づいたようで、ロザリアンヌとテンダーは思わず顔を見合わせた。
そして折角引き締めようとしていた気持ちをすっかり緩ませ、揃って乾いた笑い声を立てるのだった。




