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「貴妃様のお世話は私達の仕事だと言っているのが分かりませんの!」
「そこをお退きなさい!!」
「ですから私が」
「貴妃様は黙っていてください!!」
ロザリアンヌが貴妃様の宮殿に戻ると女達の甲高い声が宮殿奥から響いて来る。ロザリアンヌはその声の主に思い当たる者があり慌てて貴妃様の部屋へと向かった。
キラルも殆ど同時に到着したようで、ロザリアンヌと一緒に部屋の様子を見て驚き声も無く立ち竦んでしまう。
テンダーが汚物にまみれグチャグチャになっている。多分侍女達におもいきりぶちまけられたのだろう。汚物が淹れられたバケツが床に転がっている。そしてその二次被害で綺麗に掃除した貴妃様の部屋も汚れ酷い事になっていた。
テンダーはグチャグチャにされながらも尚も貴妃様を守ろうと抵抗したのだろう様子が見て取れてロザリアンヌは胸が熱くなる。
口がきけないという設定だから言葉で反撃する事もできず、戦闘能力を考えてか相手が侍女達だからか手を上げる事もなくただ身を挺して貴妃様を守っていた。
しかしそれにしてもこの侍女達はどうして他人に対しこんな酷い事ができるのだろう。テンダーを穢すために汚物をわざわざ用意する労力をどうしてもっと別の事に使えないのか。
そもそもこの侍女達は侍女長に貴妃様が回復したという噂が広まらないようにすると言う任務を受けたはずなのに、こんな騒ぎを起こしてどうする気だったのか。
人それぞれ考え方も価値観も違うと言うが、ロザリアンヌには侍女達の考えがまったく理解できなかった。
「少しくらい美しいからといっていい気になるんじゃないわよ」
「そうよ、何でもかんでも思い通りになると思ったら大間違いなのよ」
「貴妃様まで誑かしていったい何をしようというの」
「どういう手を使って貴妃様を回復させたか知らないけど私達は欺されないわよ」
「別に誰も欺してないわよ!」
ロザリアンヌは沸々と湧き上がる怒りのままに部屋の中へと乗り込んだ。
「「・・・・・・」」
ロザリアンヌの突然の登場に侍女達も心底驚いたようだった。
「キラ、テンとこの汚れた部屋をキラの浄化魔法で綺麗にできないかしら?」
ロザリアンヌの前世で得た知識のイメージでは浄化で汚れも綺麗にできていた。
だとしたらキラルが使う浄化も穢れを祓うだけでなく、こんなに酷く汚された汚れも綺麗にできるはずだと考えた。
「やってみる」
キラルはツカツカと部屋の中へと歩み入り、テンダーの傍で跪き祈るようなポーズを取る。
するとキラルの体が光を発し始め、その光はテンダーや部屋の汚れた部分を優しく包むように広がって行く。
そしてゆっくりと徐々に光が収まると、まるで何事もなかったかのようにすっかり汚れは消え元に戻っていた。
「どうかしら?」
「「・・・・・・」」
キラルはロザリアンヌにではなくまるで侍女達を挑発するように聞くが、当然侍女達は驚いたまま固まっている。
キラルは返事のない侍女達にゆっくりと歩み寄ると、威圧を含んだ笑顔を浮かべ尚も話し続けた。
「今見せたのはけして奇跡じゃないわ。ただの魔法よ。こういう幼稚な嫌がらせは私達には通じないと理解してくださいな」
キラルの迫力の笑顔に侍女達は凍り付きながらもゆっくりと頷いた。
「貴妃様の呪いもこの魔法で解いたのよ。あなた達が何をしたかもこれから何をしようとしているのかも全部分かってるから!」
ロザリアンヌもキラルに負けじと怒りを無理矢理笑顔に変え侍女達に警告した。
「わ、私達が貴妃様に何をしたと言うのよ」
しかしロザリアンヌの笑顔には侍女達を凍り付かせる威力はなかったようで、侍女達に反論されてしまう。
呪いの元となった香炉の事や毒の事、それに今夜決行されるだろう毒殺の事も今この侍女達相手に話し暴いても良いものかと一瞬冷静になる。
まだ何の証拠も押さえていないのに、今話したところで言い逃れられてしまう危険の方が大きいのではないかと考えた。
そして言い逃れられるだけなら良いが、この先ロザリアンヌが暴こうとする事に支障が起きないかという不安も覚える。
「貴妃様の私物を勝手に売り払いその金をかなり着服しているだろう」
レヴィアスがまるでタイミングを見計らったように登場した。
「なっ・・・」
「死んでしまう者には必要の無い物だとでも思ったか? 弱った貴妃様に気づかれる事も無いから簡単だっただろう」
「「・・・・・・」」
「元気になってしまったぞ、もう既にバレている。それとも自分達ではないと言い張るか?」
レヴィアスに迫られ侍女達は顔を青くし震えだしている。
「呪詛返しを知っているか? 私は今まで貴妃様を苦しませたと同じ呪いをお前達に味あわせる事もできるのだぞ」
威圧を含んだ迫力のレヴィアスに間近まで迫られた侍女達は泡を吹いて倒れてしまった。
「呪詛返しって呪いを放った人に返すんじゃ無いの?」
ロザリアンヌは倒れた侍女よりレヴィアスの話す呪詛返しの事が気になってしまう。
「貴妃様を苦しませたと同じ呪いを放てるという話だ。けして呪詛を返す訳じゃ無い。そもそも呪いは魔法の一種だと言っただろう」
「聞いたけど・・・。魔法で顔を醜くするとかどうやったらできるのよ」
「それが面白いところだったな。顔を醜くするだけでは無いぞ。呪詛を放つ者の願望が実現されるんだ。最悪命を落とす事もある」
ロザリアンヌはレヴィアスの説明にふと六条御息所の話を思い出していた。
嫉妬や不安を抱え生き霊や死霊になってまで恋敵の命を奪った愛情深い人だが、あれも一種の呪いのようなものなのだろうと。
それが魔法だと言われてもイマイチ納得できないが、呪詛を放つ者の願望が実現される魔法があってもおかしくはないだろう。そう、けしておかしくは無いが恐ろしい話だ。
「負の感情を凝縮させた魔法って事かしら?」
「まぁそんなところだ」
理解の浅いロザリアンヌにレヴィアスは詳しい説明を諦めたようだった。
「ところでこの侍女達はどうするの?」
キラルが邪魔そうに転がったままの侍女を突きながら聞いてくる。
「犯罪人だ当然裁いて貰う。しかし今はまだ邪魔だ。どこか空き部屋にでも転がしておこう。貴妃様もそれでよろしいですね」
「・・・はい」
貴妃様は突然話を振られ驚いたのか、目をパチクリさせながら小さく頷いた。
レヴィアスはそれを確認すると侍女達の手足を縛り軽々と抱え上げるとどこかへ運んで行くのだった。




