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ロザリアンヌは認識阻害を使い知らない他国のこのように立派な建物に潜入し悪事を探る行為を、まるでアニメや映画で見た主人公にでもなったような気分で何気に楽しんでいるところがあった。
今夜貴妃様毒殺計画が行われようとしていると知りながらも、何故かもう既に防ぎ解決させたような気でいたからだ。
けして油断している訳では無いが、皇帝を巡っての愛憎劇がこんなにドロドロとした事件に発展したのだと勝手に結論づけているのもあって、すっかり物語の中へ入り込んだ気分だったのだ。
後は皇后とロザリアンヌが後を付けているこの侍女が話すだろう計画の全容を実際に見聞きし、答え合わせをした後は証拠を押さえその罪を暴くだけだと鼻息荒く意気込んでいた。
そしてまた久しぶりのソロ活動にもワクワクしていた。
普段ならこのような危険な潜入調査で、ましてや黒幕に迫ろうという状況だと必ずキラルかレヴィアスが付いて来ただろう。
何しろ最近ではどんなに簡単なダンジョン攻略でもソロで活動をさせて貰っていない。
そう考えると今回は特別で、きっちり役割分担をしてお互いに信頼しあって行動していると言ったところだろうか。
なので尚更にロザリアンヌはきっちりと役目を果たし、計画の全容を暴いてやると意気込んでいた。
貴妃様の宮殿より豪奢で広い宮殿内は使用人の数も多く、多分警備をしているのだろう女官や侍女も多く、認識阻害で姿を消しているというのに見つかった時の不安がふと頭を過る。
ロザリアンヌは魔物との戦闘には馴れているが、個人での対人戦闘など殆どした事がない。多分だが咄嗟に気絶させる位の事しかできないだろうと思う。
まさかこの宮殿内に天罰という名の雷暴風雨【テンペスト】を発動させる訳にもいかないし、見つからないように十分に注意をしなくてはと少し緩んでいた気持ちを引き締める。
そうしてたどり着いた先はロザリアンヌが思っていたとおり皇后の部屋だった。
部屋の広さはそうでもないが、家具や調度品の豪華さがまず違う。そして上座に座る女性の身なりはこの宮殿にいる誰よりも高級で、個人が放つ気品とでも言うかオーラが段違いで一目見るなりこの女性が皇后だと判断できてしまう。
美しさで言ったら貴妃様には若干劣るかも知れないが、けして見劣りするほど醜くもなく寧ろ正統な王族という雰囲気が人間の価値を高めている雰囲気さえある。
ロザリアンヌはふとこの人が本当に貴妃様に呪いをかけ命を狙うような悪巧みをするのかと疑問に思う。
恋は盲目と言うし、嫉妬は女心を狂わせるとも言うが、目の前の皇后は恋に身を焦がし狂っている風には全然見えなかった。
「それでどうなりました」
「あの女の呪いが祓われすっかり回復したようですが今のところ滞りはありません。ルーランは今宵実行すると話しておりました」
「そうですか」
皇后はそれだけ言うとすっかり興味をなくしたように肘掛けに体をもたれかける。すると侍女は皇后の傍に寄りその体を団扇で仰ぎ始めた。
(えっ、これで終わり?!)
ロザリアンヌは悪巧みの内容を聞けるものと思って侍女の後を付けて来たので、これだけで終わってしまうのかとかなり焦り始めていた。
もっと詳しい事が色々が知れ、今夜実行されるだろう貴妃様毒殺計画の証拠さえ掴めると考えていたのにこれでは何の収穫もなくただ皇后の姿を確認しただけだ。
「ルーランにすべて任せておいて大丈夫でしょうか」
ロザリアンヌの焦りを察してくれたように侍女が話し始めたので、ロザリアンヌは思わずホッとしながら大きく何度も頷いていた。
(そうそう、この際全部喋っちゃって!)
「そう簡単に上手くいくなどと考えてはいません。私は少しだけ知恵を貸し見届けるだけです」
「チョウキ様の願いが叶う事を願っております」
「お前はこの世界を滅ぼそうと考えている私の願いが本当に叶うと思う?」
「それは私の考える事ではありません。私はチョウキ様に最後までお仕えするだけでございます」
「そうね。お前の忠誠心は疑っていないわ。まずはこの国の滅びを一緒に見届けましょう」
(ええぇ~、皇帝の愛情を取り合っての愛憎劇じゃないの?)
ロザリアンヌは国の滅びなどという超不穏なワードが皇后の口から飛び出した事で一気にドキドキして始めていた。
(でも貴妃様の呪いや毒殺と国の滅びがどう繋がるの?)
ロザリアンヌにはその繋がりがまったく分からずに頭が混乱していく。
貴妃様が命を落としたとして国が滅びる事などある訳がない。寧ろ犯人捜しで皇后が黒幕だと知られれば自分の命の方が危うくなるだろうに、いったいどうしてこうも平然としていられるのだろう。
ロザリアンヌがこうして聞いている事を知らないにしても、証拠となる物を残していない自信があるのだろうか?
もしかして自分の命さえ惜しくはないと思うほどの恨みを抱えているのだろうか?
それ程までに自分の住むこの国の滅びを望む理由ってなんだろう?
しかしそれにしてもどう考えても今の話だけでは国の滅びに何も繋がらない。
(ああぁ、もう分かんない! もっと詳しい話を聞かせてよ!)
ロザリアンヌは思わず叫びだしそうになるのを懸命に堪えた。
そしてもっと色んな情報を集めなくては何の判断もできないと悟り、急いで貴妃様の宮殿へ戻るとキラルとレヴィアスに念話を送る。
『一緒に考えて欲しい事があるの一度集まってくれない』
『貴妃様の部屋で良いの?』
『少しだけ時間が欲しい。終わり次第向かう』
ロザリアンヌは自分一人で考えても何の解決もできないと早々に結論づけ、みんなに力を貸して貰おうと考えたのだ。
そして絶対に貴妃様の毒殺を阻止し、国の滅亡を防ぐのだとどこか漠然とした正義感を抱き胸が熱くなるのを感じていた。




