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「いったいどういう手を使ったのか貴妃様の容態が回復してたわよ」
「「えっ!?」」
「起き上がって嫌味まで言えるくらいにね。まったく忌々しい」
「そんな馬鹿な」
「そうですよ、もう殆ど死にかかってたじゃないですか」
「信じられないのなら見てくると良いわ」
「あんな気味の悪い部屋に近寄りたくないです」
「私まで呪われるのは嫌です」
「呪いもすっかり祓われているようでしたよ」
「あんなに酷い呪いをですか?」
「そんなに簡単に祓えるはずないです」
「あなた達がそんなだから新参の使用人を側仕えにするそうよ。いい気なものよ」
「それは大変です。計画に支障がでるのでは?」
「そう思うならあの者どもを排除してきなさい」
「で、でもどうやって・・・」
「そんな事も指示をしなくてはできないのですか!」
侍女長のイライラはとうとう頂点に達したのか、部屋に隠れるようにしていた侍女二人を怒鳴りつけた。
そして自分を落ち着かせるためか大きく溜息を吐き、多分侍女長の席だろう椅子に座ると侍女の淹れたお茶を飲む。
「呪いが祓われているところを見るとあの香の事も既にバレているかも知れません。もう同じ手は使えないでしょう」
ロザリアンヌは盗み聞きをしながらギクリとする。焼香が呪いの元だと気づいた事を気づかれないようにしたつもりだったのにと。
できる事ならまた仕掛けに来た時に取り押さえ、どこから手に入れたのか問いただす予定だったのだ。
「しかしそれでは皇后様の願いを叶える事はできないのでは?」
ロザリアンヌは黒幕は皇后だったのだと、あっさりと分かった事に少し気分を良くしていた。
ボイスレコーダーやビデオカメラが無いのが残念だが、十分に証拠となる会話は聞けたので問い詰めればきっとボロを出すだろうと。
要するに皇帝の愛情を求める女のドロドロとした嫉妬が原因のいざこざなのだと分かっただけでも解決策は簡単に見つかるように思えた。
「そうですよ。貴妃様を醜くし苦しめるための呪いだったのですよね。それが回復したと知られたら・・・」
「だから急ぐのですよ。今まで苦しめた事は耳に入っているのです。もう十分でしょう。ただ回復されたと知られるのはやはり厄介です。その為にもあの方の指示どおり亡くなって貰うしかありません。そうすれば誤魔化す事もできましょう」
(あの方? 皇后の他にも何かを指示していた人が居るの?)
「しかしあの方からいただいた毒はなかなか効果が現れません。本当に効いているのですか」
ロザリアンヌは『毒』と聞いて声を出しそうになった自分の口を思わず両手で押さえる。
呪いだけじゃ無く毒まで使用してたのだとしたら、やはり確実に命を狙っていたのは間違いない。
「毒殺を疑われるのを警戒して容量を少なくしたのが原因でしょう。しかしここまで噂が広がった今なら大丈夫かも知れませんね」
「でも回復なさってしまったのですよね?」
「そのような噂が出回らないように警戒なさい。間違っても使用人達をあの部屋に近づけないように。そしてあの忌々しい新参者達を他の者に接触させないように気をつけなさい。もう猶予はありません急ぎますよ」
「急ぐと言われましても・・・」
「こんな時のために強力な毒もいただいています。貴妃様さえどうにかできれば新参者の口を塞ぐなどどうとでもできましょう。あなた達は使用人達の警戒を怠らないように頼みましたよ。くれぐれも貴妃様が回復なさった事は他の者に知られる事のないように」
「はい、承知いたしました」
「お任せください」
ロザリアンヌは部屋を出る侍女に紛れそっと部屋を出るが心臓のドキドキが止まらなかった。
まさか貴妃様の不幸を望む人が何人も居るとは思ってもいなかった。
そして迂闊にも貴妃様が回復した事を知らせてしまったばかりに、今度は強力な毒を使わせる事になった。
毒はキラルがきっとどうにかしてくれるだろうが、もしその毒が効かないとなると次はどんな手に出るつもりなのか。
それに皇后様の狙いは分かりやすくもう殆ど解決したようなものだが『あの方』と言うのがいったい誰なのか、どんな狙いがあって貴妃様を亡きものとしようとしているのかが分からない。本当の黒幕を見つけ出さなくては何の問題解決にもならない。
(あの方の正体が分かる術が何か無いかしら・・・)
ロザリアンヌが考え事をしながら貴妃様の部屋へと向かい歩いていると、いつものようにチョロイが空気も読まずご飯を要求し始めた。
「ご飯の時間だよ!」
辺りがひっそりとしていたのもあって、ロザリアンヌにはとても大きな声に聞こえ慌てふためいた。
「今すぐ用意するからちょっと待って」
ロザリアンヌは急ぎ空き部屋へと潜り込むと、マジックポーチの中にストックしてあった料理を適当に選びチョロイに急いで差し出す。
「チョロイも食べてばかりじゃ無くてもう少し協力してくれても良いと思うな」
「このハンバーガーとやらもとっても美味いな。前に食べたやつは肉が挟んであったと思うがこれも悪くない」
口の周りを汚しながら貪るように食べるチョロイにロザリアンヌはさっきまでの緊張が解れて行く。
「それはエビカツバーガーよ。挟む物と味付けによって種類が色々とあるのよ」
「そんなに色々あるのか?」
「きっと数え切れないくらいあると思うわ」
「まだまだ私の食べていない物が沢山あるのだな」
「そうよ。これからも美味しい物を提供するからもう少し協力してよ」
「だから私はここでは何の力も持たないしこの世界に干渉する気もないと言ってるだろう」
「もう何度も聞いてるわ。でも今本当に困ってるのよ」
ロザリアンヌは溜息を吐くように呟くと部屋の外を横切る人の気配を感じた。足音を立てない事から使用人達とは違うのが分かる。
「誰かしら?」
方向からして侍女長が居る部屋に向かっている様子にロザリアンヌはまたもや認識阻害で念入りに姿を消すとそっと部屋の扉を開けた。
あのワンミンとか言う女官だった。
(女官が侍女長に何の用だろう?)
けして不思議な事ではないのだがロザリアンヌは咄嗟に不穏なものを感じ、何か新たな情報を得られそうだと急ぎ後を追うのだった。




