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貴妃様を部屋に戻しロザリアンヌ達が後宮に来た意気込みや呪いの状況を説明し、貴妃様を守る為にもとロザリアンヌを貴妃様付きの侍女にして貰った。
キラルも誘われたが、キラルは調理場で料理に毒が仕込まれないかこれからも見張りたいし、この国の料理を習いながら貴妃様が喜んでくれそうな料理を作りたいからとお側付の侍女は辞退していた。
レヴィアスはと言えば呪いの調査と研究を兼ね宮殿内を色々調べたいと使用人リーダーを続投している。考え事をしながら的確に使用人達にテキパキと指示を出す姿は堂に入っていて、結構性に合っているみたいだ。
そして驚いた事に言葉も通じないはずのテンダーが何故か貴妃様と意気投合していて、すっかり貴妃様のお世話係のような事を始めていた。
本当にテンダーのコミュ力には驚かされる。相手に警戒心を与えないというか憎めないというか、いつの間にかグイグイ食い込んでる感じはロザリアンヌには絶対に真似できない。
本当に楽しそうに小さいながら笑い声を立てる貴妃様の様子に、ロザリアンヌも嬉しくなってしまう。
「あなた達何をしてるんです。新参の使用人ごときがこの部屋に近寄るなどあってはなりません!」
女官に紹介された覚えもないが、ロザリアンヌ達が新しい使用人である事は把握していたようで、使用人達が働き始めて随分経った頃に漸く姿を見せた侍女は、ロザリアンヌとテンダーを睨み凄い勢いで詰め寄ってくる。
「ご挨拶が遅れました。私は新たに貴妃様に雇われましたロザリーと申します。向こうに居るのはテンです。どうぞよろしくお願いします」
ロザリアンヌが丁寧に挨拶しお辞儀をするとテンダーも真似して頭を下げた。
今朝早くみんなで話し合い、しばらく侍女を泳がせる事に決めている。動かぬ証拠や密談の現場を押さえギャフンと言わせる作戦だ。
「そんな訳あるはずないでしょう!」
「どうしてです?」
「どうしてって・・・」
「本当ですよ。私がこの者達に身の回りの世話をお願いしましたの」
侍女は漸くすっかり呪いから解放された貴妃様に気づいたようで、驚愕の表情を浮かべ今にも卒倒しそうだった。
しかしここで卒倒する事なくすぐに表情を戻したのを見て案外手強い相手かも知れないと思っていた。
「そのような勝手が許されるとお思いですか。規律というものがあるのです。侍女長の私に何の相談もなく困ります」
さすが腐ってもこんな魔境伏魔殿で少なからず権力を持つ女だけあって簡単にはいかなそうだ。やっぱり年の功か?
「こんな時間まで傍にも来ず様子を見ようともしない者達が侍女ですか。具合悪くして寝込んでいたとはいえ私も落ちぶれたものですね」
貴妃様は本当に悲しそうに寂しそうに嘆いた。
「貴妃様、少しばかりお加減が良くなったご様子ですがまだ完治はなさっていないのですよ。何か良からぬ事でも吹き込まれましたか。このような者達を側に置き油断すべきではありません」
寝台の上で体を起こしている貴妃様の姿を確認し侍女長は、貴妃様の傍に駆け寄ろうとした。
「気分は十分にスッキリしていますよ。ロザリー、テン、これから私の身の回りの世話はすべてあなた達にお任せいたします。侍女長、あなたは今までどおりあなたのお仕事をなさってください。私の事はこれからも気にせずにいてくださって結構ですよ」
貴妃様の渾身の嫌味は侍女長にも通じたようで、優雅に微笑む貴妃様とは対照的に侍女長は苦虫を噛み潰したようだった。
何も言い返せないのは当然としても、仕えているはずの貴妃様相手にその態度はないだろうとロザリアンヌは呆れ果てていた。
(この人いったい誰に雇われているんだろう?)
ロザリアンヌは心底疑問に思う。
立場的に貴妃様の父である貴族に雇われているはずなのに貴妃様を大事にできないってあり得るのだろうか?
それともロザリアンヌ達同様にあの奴隷商人が雇っていて、何かを企んで貴妃様に呪いをかけさせたのだろうか?
それとも元々この宮殿に長く勤めている侍女を引き続き雇い入れたとかで、この侍女長が自分の事をここの主だとでも勘違いしているのだろうか?
何にしてもロザリアンヌには到底共感できない人種なのは確かで、これから反撃を開始しギャフンと言わせたとしても心が痛む事はなさそうだと思っていた。
「この私にそのような態度を取ってあなた達後悔する事になりますよ!」
侍女長はロザリアンヌとテンダーを睨むとさらに強気な態度で言い放つ。さすがに貴妃様には面と向かっては言えないようだ。
「何をどう後悔すると言うのですか? 私達は貴妃様の御為に尽くすだけです。侍女長は違うのですか?」
「この後宮がどういう所かも理解できていない新参者がどこまでやれるか見物です。貴妃様、それではお言葉どおり私は私の仕事をさせていただきます故御前失礼いたします」
侍女長は最後まで強気な態度を崩す事なく堂々ときびすを返すので、ロザリアンヌは認識阻害を使い気配を消すと侍女長の後を追った。




