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魔法が効かないのならポーションが効く訳もなく。かといってここで万能薬を使っても良いのかは悩むところだ。
ありとあらゆる病気を治す万能薬ならきっとこの顔の爛れも治るかも知れないが、そもそも病気ならロザリアンヌの治癒魔法でも治っているはずだ。
それに万能薬の効果で貴妃様がソフィアのように若返ってしまったら、別の意味で騒ぎになるだろう事は容易に予測できる。
「あっ、もしかして!」
ロザリアンヌはあれこれと思い悩んでいてふと思いつく事があった。
この部屋に入ってから感じる気味の悪さは思い過ごしではなく尋常じゃない雰囲気がある。だとしたらこれは噂に聞く呪い。呪詛の類いの仕業ではないのかと。
「何か分かったのか?」
「呪いじゃないかと思う・・・」
「呪いとは何だ?」
「私も詳しく知らないけど呪詛って確か強い憎しみを持って神仏に祈り、誰か特定の人に害を加えるものだったと思う」
「神様がそんな事を?」
「本当かどうかは分からないわよ。でも魔法とは違うからレヴィアスやキラルが知らないのは仕方ないよね」
ロザリアンヌもホラー系は苦手なのですっかり忘れていたが、前世で小学生の頃『呪ってやる!』『呪詛返し!』『呪詛返し返し!!』なんて友達とじゃれ合って遊ぶのが流行った事があった。
実際呪いがどんなものかなどまったく分からないが、なんとなくのイメージとしての知識ならある。
この顔の爛れが毒でも病気でもなく呪いだとしたら、治癒魔法が効かないのにも納得がいく。まずは呪いを取り除かないと回復は見込めないのだろう。
「だとしたら・・・。私に少し研究させてくれないか」
レヴィアスが何か思いついたのか貴妃様の傍により様子を窺い出す。
「その前に僕はこの部屋を浄化しても良いかな。この穢れはちょっと辛い」
部屋に入るなり辛そうにしていたキラルが少し苦しそうに口を開いた。
「ああ、浄化か!」
ロザリアンヌはキラルの提案に思わず両手をポンと叩く。
「もしかしたら貴妃様のこの症状も浄化で治るかも知れないわよ」
呪いも言わば穢れの一種だ。だとしたら浄化で穢れを祓えば呪いも解けるのではないかと考えた。
「待て。私にもう少し時間をくれないか」
折角光明が差したと思ったのにレヴィアスから待ったがかかる。
まぁ、確かに貴妃様の容態は体力が回復した分安定したように思えるが、ロザリアンヌとしては一刻も早く貴妃様を元気にしてあげたかった。できる事なら呪いの研究より貴妃様の回復を優先させたい。
「ぐぅぅ~。きゅるる~~~」
体力が回復し内蔵も動き始めたのか貴妃様のお腹から派手な音がした。
「そうよね、ここで私達が言い合っていても仕方ないわ。キラルは貴妃様に何か胃腸に優しい食べ物を用意して。私はこの汚れた寝具と貴妃様を綺麗にするわ」
「それならば一度どこか別の部屋に移ってくれないか。その方が私も調べやすい」
「じゃあ貴妃様は治してしまっても良いの?」
「ああ、彼女の事はもう調べた。後はこの部屋をもう少し調べたい」
「隣の部屋が空いているみたいだったよね。取り敢えず隣の部屋に移って貰おう」
「了解。じゃあ私が貴妃様を連れて行くからロザリーは寝具の用意をしてよ」
キラルは痩せ細った貴妃様を軽々とお姫様抱っこで持ち上げるので、ロザリアンヌは慌てて隣の部屋へと移り寝具の用意をする。
そして貴妃様の着替えも用意し、体を綺麗にするために桶やタオルをマジックポーチから取り出すと魔法を使ってお湯も用意した。
ロザリアンヌは魔法で貴妃様の体を綺麗にした後に、濡れタオルでしっかり磨き上げるように拭いていく。多分魔法で綺麗にしただけじゃ気分まではスッキリしないと思ったからだ。
そうしてすっかりと綺麗にした貴妃様にキラルが浄化の魔法を使うと、思った通り顔の爛れが消えていく。
「あ、りが、とう」
貴妃様はお礼を口にできるくらいには気力も復活したようだった。
「どういたしまして。早く元気になってくださいね」
キラルはキラキラの笑顔を貴妃様に向けると、貴妃様の口にキラキラドロップを入れた。
「少し待ってくださいね。何か胃腸に優しいものを作ります。召し上がれますか?」
キラルの問いにゆっくり頷く貴妃様を見てキラルはまた眩しいほどの笑顔を浮かべる。
なんだかキラルに美味しいところだけすっかり持って行かれた気分だったが、ロザリアンヌはそれでも食べる気力が湧いたらしい貴妃様の様子に大満足だった。
取り敢えずここへ来た第一の目的は果たせたと嬉しさが込み上げる。
「隣の部屋を綺麗にしてくるわね」
ロザリアンヌは貴妃様をキラルに任せ、貴妃様の部屋を綺麗にすべく隣の部屋に向かうとレヴィアスが腕を組むようにして顎に手を置いたまま固まっていた。
「レヴィアス。何か分かった?」
「呪いとは大変面白いな。とても興味深い。こんな物にこれだけの穢れを持たせる事ができるとは素晴らしい!」
レヴィアスは焼香を焚くための香炉を手に取ると珍しく楽しそうにした。
「それって・・・」
「灰になっても穢れを持ったままというのがまた凄い」
「ってことは、焼香に呪いを掛けてたって事?」
「そうだ。そしてこの部屋に呪いを充満させていたのだろう」
「だとしたらその香を焚いた人が犯人って事よね」
「誰かに頼まれたのかも知れないがな」
そうだった。賄賂一つで態度を変える女官がいるように、ここの侍女がお金を積まれ誰かに頼まれ何も知らずに仕込んでいたのかも知れない。
「だととしたら黒幕となる貴妃様を呪った犯人が誰かも突き止めないと何の問題解決にもならないわね」
「そうなるな」
ちょっと機嫌が良さそうにも見えるレヴィアスの腹黒そうな笑顔に、ロザリアンヌは何かいつもとはまったく違うレヴィアスを見たようで体の芯が冷えていくのを感じていた。
ありがたい事に本作品の第二巻の予約が本日より開始される運びとなりました。
よろしければお手にとっていただけると幸いです。




