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ロザリアンヌ達はすぐに侍女として貴妃様の傍に使える事はできなかった。
考えてみれば当然だ。後宮には簡単には入れたが貴妃様の宮殿に入るのに賄賂がいるくらい大変なのに、身元も不明なロザリアンヌ達がそう簡単に側仕えの侍女になれる訳がなかった。
「新しく入った使用人だ。適当に仕事を教えてやれ」
女官ワンミンは、ロザリアンヌ達を宮殿に入ってすぐに見かけた使用人に押しつけるようにすると一人どこかへ姿を消した。
そして使用人にまずは宮殿内を軽く案内すると言われロザリアンヌ達は大人しく従った。
「私、料理は得意なんです。是非お手伝いさせてくださいな」
調理場を預かる料理人は男ばかりなのに、まったく臆する事無くニッコリ微笑む聖女キラルは、その笑顔でいとも簡単に早速自分の働き場所をゲットしていた。
レヴィアスはと言えば部屋の掃除をしていた使用人達にダメ出しを始め、いつの間にか使用人達のリーダーのようになっている。
「この部屋の空気が淀んでる。窓を開けて風を通しなさい。家具の配置が悪いわ。それはこちらに移して。ほらこんなに塵が積もってる。見える所ばかり磨いても掃除とは言いません」
前世のドラマで見たどこかの姑のような騒ぎで宮殿内の大掃除でも始める気らしい。
まぁ確かにどこにどんな病原菌が潜んでいるか分からないから、衛生観念から言っても確かに掃除は重要だ。
しかしそれにしても、レヴィアスって意外に神経質だったのだとロザリアンヌは改めて知った。
言葉の通じないテンダーは極自然にレヴィアスが率いる使用人達の中に紛れ込んだが、いつものテンダーとは違い不自然なほどに目立って浮いていた。どこからどう見てもおよそ掃除が似合う雰囲気ではない。
しかしレヴィアスが監視してくれるのならテンダーに何かある事も無いだろうとロザリアンヌは安心していた。
そしてロザリアンヌはと言えば何故かみんなから年下(格下?)認定されたらしく、気軽に声を掛けられるのはいいがあれこれと雑用を押しつけられていた。
掃除中の使用人に見つかれば桶の水が汚れたから汲み替えて来いとか、あれを持って来いとか持って行けとか、そのあれがどこにあるかも分からないのに・・・。
下手に調理場に近づけば料理の下ごしらえや壺の水汲みやお使い等など。ゆっくりする時間もまったく無いほどに次から次へと雑用が降って湧いた。
この宮殿は使用人や侍女の数が足りていないというのは本当だったらしい。
そのせいもあって、なかなか貴妃様の部屋へ忍び込み様子を見る事もできずにいるロザリアンヌは焦っていた。
貴妃様に近づく事さえできれば様子も分かるし体調の回復も図れるのにと。
(夜になるのを待つしか無いかぁ・・・)
ロザリアンヌは意気込んで後宮に来た分気ばかり焦り、上手く予定を立てる事もできずにみんなが寝静まるのを待つ事にした。
そしてその夜、使用人達が雑魚寝する使用人部屋をロザリアンヌとキラルとレヴィアスでそっと抜け出す。テンダーは既にぐっすり眠っているので念話も通じないし放っておく事にした。
『貴妃様の部屋はこっちだ』
レヴィアスは既に宮殿内を把握しているようだ。ロザリアンヌが考えていた以上に宮殿内は広かったのでホント助かる。
念のために三人とも認識阻害で気配を消し念話での会話を徹底している。
そしてたどり着く貴妃様の部屋。本来だったら外に見張りの侍女がいても良さそうなのに、静まり返っていて何か気味の悪い雰囲気もある。
隣は侍女の待機部屋らしいがやはり静まり返り人の気配も無い。
ロザリアンヌ達はそうっと貴妃様の部屋の扉を開くと、何か分からないが一層気味の悪い気配が充満しているのを感じた。
「何だこれは・・・」
「闇属性の魔法じゃないの?」
ロザリアンヌと同じく何かを感じたレヴィアスが顔を顰めると、キラルも同じく何かを感じたのかレヴィアスに尋ねる。
「だ、れ・・・?」
とても弱々しく小さかったが鈴の音が響くような声が聞こえ、ロザリアンヌは急ぎ貴妃様が寝ている寝台へと駆け寄った。
そしてすっかり衰弱しきった貴妃様であろうその女性の姿を見てロザリアンヌは思わず声も出せず佇んでしまう。
寝たきりとはいえ、仮にも皇帝に寵愛されるお妃だというのに、髪はゴワゴワに乱れ悪臭にも近い臭気を漂わせている。きっと誰も彼女の看護をしていないのだろう。
その上美しさに定評があった貴妃様の顔は醜く爛れ、まるで四谷怪談の小岩さんのようだった。
ロザリアンヌは急ぎ体の毒を抜く魔法と体力回復魔法を重ねがけするが、顔の爛れが治らない。
「毒じゃないの・・・?」
自分の魔法が効かなかったとは思えない。すっかり元気になったとは言えないが、体力は回復しているようだ。それなのに顔の爛れだけがそのままで、こんな事は初めてだった。
ロザリアンヌは訳も分からずその場に膝をつき項垂れてしまう。貴妃様に接触できれば回復させられると信じて疑っていなかった。
それなのに何も解決できない無力感を味わう事になり、ロザリアンヌはどうしたらいいかと頭を悩ませるのだった。




