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「これはまた・・・」
奴隷商人に連れられて来たさる貴族のお屋敷は広さは奴隷商人の屋敷とそう変わらないが、あまり手入れが行き届いていないのか人が少ないのかどこか寂れて寒々しい雰囲気があった。
ロザリアンヌ達はその貴族と対面で屋敷の一室で面会しているが、この部屋もたいした家具も調度品もなく応接室という感じではない所を見るとやはり裏取引みたいな感じなのだろうかと思っていた。
「いかがでございましょう。この者どもを侍女として貴妃様のお側に置いていただければ必ずやお役に立てるかと」
「いや、しかしだな・・・」
「ご案じくださいますな、かかる費用は私共で全額負担させていただきます」
「その心配も勿論だが、貴妃様に新たに身元も知れない者を近づけるのには不安がある」
(あれぇ、どうも話が違うような・・・)
ロザリアンヌは夕べ奴隷商人が語った話とは違う会話の内容に胡散臭さを感じ始めていた。
貴族からの頼みという話だったのに、会話の内容からしてどうも無理矢理押しつけている様子だ。
「この者は異国の回復薬を持ちその製法や知識にも長けているようですぞ。必ずや貴妃様を回復させる事もできましょう」
強気な奴隷商人に対して貴族は明らかに落胆した様子を見せる。
「もう散々手は尽くした。今さら異国の薬に頼ったとてどうする。私はもう期待するのにも疲れた」
ロザリアンヌは目の前の貴族のあまりにもやる気の無いというか、すっかり諦めている様子に檄を飛ばしたくなるが、しかしレヴィアスが素早くロザリアンヌを止めた。
『もう少し話を聞いた方が良い』
確かに貴妃様の具合が悪いというのは本当の事らしいし、今ここで下手に口を出したら話がすり替わってしまう可能性もある。
今はとにかく全員揃って後宮に入る事を優先させた方が良いだろう。後宮に入ってさえしまえばいくらでも貴妃様親子を助ける方法はあるとロザリアンヌは考えていた。
「そう思っているのでしたら尚更に万が一貴妃様に何かあればここの者ども達の責任にもできましょう。少なくともあなた様や貴妃様が病気を隠し後宮に入ったなどと言う汚名を着る事も無くなります」
「私も貴妃様もそのような事はけしてしてはおりませんぞ」
「存じております。ですが万が一に備えての策を考えておくのも必要でしょう。それにもし帝様がこの者どもの内誰かを気に入ればすり替える事も可能かと存じます」
「まさか貴殿は貴妃様とこの者どものすり替えを考えているのか!」
(すり替えって何よ? 貴妃様と入れ替わるなんて簡単にできる訳無いよね?!)
ロザリアンヌは思わぬ話に驚くとともに疑問も湧く。
奴隷商人は夕べは貴妃様の部屋に皇帝を引き留めたいという話だったのに、いつの間にか入れ替わるとかすり替えるとかどういう意味なのか本当に訳が分からなかった。
「いえいえ、あくまでも万が一の場合の策にございます。こういう策は考え過ぎるほど慎重に用意しておいて損はありません。それに貴妃様がお元気になられれば何の問題も無くなります」
何やらとっても悪い顔で笑う奴隷商人に貴族は返す言葉を無くしたようだった。
(普通そんな話を本人を前にしてしないよね。このたぬき親父油断ならないわ。いったい何を考えてるのかしら)
ロザリアンヌ達から後宮入りを申し出たから開き直っているのか、それとも余程侮られているのかと考えだんだん不愉快になってくる。
それに利用する気満々な考えを隠そうともしない奴隷商人に、ロザリアンヌは他にも何か思惑があるのでは無いかと疑い始めていた。
「しかし貴殿にこうも助けて貰うばかりというのもさすがに心苦しい」
「それでしたらいつものようにお貸ししたという事で借用書の一つもいただければ何も問題はありません」
「いやはやあのような紙切れ一枚に名を書く程度の事ではこの恩は返し切れはしないだろう」
「そのような事はございません。お互い信用していると言う証です。これからも貴妃様の御為にも助け合うのは必要かと」
この話の内容はロザリアンヌにも察しが付く。
貴族は借用書を軽く考えているようだが、多分この奴隷商人は世間知らずの貴族を欺し借金漬けにしているのだ。
でも見るからに貧乏そうなこの貴族を借金漬けにしていったいどんな得があるのだろう。
ロザリアンヌが前世知識で知る時代劇的に考えたら、家土地取り上げて娘を遊郭に売るみたいなのが定番だけれど本当にそれが目的なのだろうか?
それとも何かロザリアンヌには考えつかない利用価値がこの貴族にあるというのだろうか?
まぁ何にしても今は貴妃様を元気にする事が一番の目的で、他に何か問題が生じた時はその時にまた考えるしかないとロザリアンヌは思っていた。
そして折角クラヴィスが精神操作をする覚悟までしてくれていたのに、その必要も全くなく話が進むのをロザリアンヌ達は大人しく見守っていた。
その後結局何の問題も無く(?)四人揃って貴妃様の侍女として後宮へ入れる事が決まり、ロザリアンヌ達はその足で後宮へと向かう事になった。




