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「扉が開いております」
「何!」
閂を開けて入ったことがバレたらしく外が一気に騒がしくなり、乱暴に開け放たれた扉から三人の男達が入ってきた。
「なっ、何奴」
「屋敷に無断で侵入するなどいい度胸だな」
「困りましたねぇ。あまり手荒なことはしたくないのですが、シャオ先生を呼んできなさい」
一人だけ明らかに着ている服も体格も違う偉そうな雰囲気のでっぷりとした男が手下と思われる男に指示を出す。
「させません」
レヴィアスが偉そうな男以外の二人を眠らせたらしく、手下らしい二人はその場にバタバタと倒れ込んだ。
「何をした!」
「眠らせただけだ、安心するがいい」
「何!」
レヴィアスは次いでレヴィアスの伸ばした影で偉そうな男を拘束する。影のロープでグルグル巻きにされた偉そうな男はなすすべも無く床に倒れた。
「テンダーを拐かしいったいどうするつもりでしたか?」
レヴィアスは至極丁寧に黒い笑顔を浮かべ偉そうな男に尋ねる。
「そんなことを聞いてどうする」
「聞いているのは私ですよ。その返事は不愉快だ」
レヴィアスは黒い笑顔を消し無表情になるとロープに使っている影にトゲを出す。すると偉そうな男はそれが痛かったのか苦痛の声を上げる。
「答える気になるまでやらせて貰う」
レヴィアスはトゲの出た影のロープを絞り上げたのか偉そうな男は呻き声を上げ体を捩り脂汗を流し出す。
「や、止めてくれーー。わ、分かった話す。話す-」
レヴィアスは偉そうな男の返事を聞くと影のロープを緩めるが、偉そうな男は皮膚の彼方此方から血を滲ませていて本当に痛そうだった。
拷問の風景を初めて目にしたロザリアンヌはちょっとしたショックを受け呆然としていた。
魔物相手ならロザリアンヌもかなり残酷な攻撃も熟して慣れているのに、対人となるとどうしても自分に置き換えその痛みを想像してしまったのだ。
「始めからそうすれば良いものを」
ボソッと呟くレヴィアスにロザリアンヌはレヴィアスの残忍な一面を見た気がして少し恐ろしくなる。
もしかしたらレヴィアスもテンダーが浚われた事にかなり腹を立てていたのだろうか?
普段はあまり感情を表情にも出さないレヴィアスが何を思っているかなど考えたことも無かったが、もしかしたらロザリアンヌ以上に仲間を思い感情豊かなのかも知れないと考えさせられた。
「とある方から見目麗しい令嬢をと頼まれた。奴隷にそんな女がいれば問題なかったがあいにくとそれ程に美しい女などそうそう居ないだろう」
「そいつはテンダーをどうするつもりなのか是非聞きたいものですね。それに言っておきますが彼は女性ではありませんよ」
「な、何を・・・。そんな馬鹿な」
偉そうな男は女装しているテンダーを凝視しながら信じられないとばかりにさらに目を見張る。
(うん、私も信じられない。本当に綺麗だよね)
ロザリアンヌは偉そうな男の気持ちが察せられて何故か同意するように頷いていた。
「まぁお前の事などもういい。詳しい話を聞かせて貰う」
レヴィアスが偉そうな男に迫ると偉そうな男はあれこれと語り出した。
この男に女性の依頼を出したのはさる貴族で、娘が後宮で貴妃の位にあるのだそうだ。
皇帝に見初められ後宮に入ったが身分の低さから皇后にはなれず貴妃となったはいいが、最近では体調を崩し寝込むことが多くなった。
皇帝との間に女の子を一人授かってはいるが、是非に男の子を授かれるようにと手を尽くしている最中に寝込む事になった娘を半ば見限り、見目麗しい女達を貴妃の侍女として手配する事を考えたらしい。
娘の代わりに娘の部屋に皇帝を留め置く手段としての女達の手配をこの偉そうな男に頼んだのだ。
一度掴んだ権力を手放す事も夢見た地位を諦める事もできなかったのだろう。
この偉そうな男は現代で言うところのハロワのような仕事を紹介する店を経営する裏で奴隷も扱っているらしく、その手の依頼には名の知れた男だったのだろう。
そして街で既に噂になっていたロザリアンヌ一行に女装したテンダーを見かけ白羽の矢が立てられたらしい。
ロザリアンヌ達がもう既に噂になっていると聞いて心から驚いたが、娯楽の少ない街では噂話が娯楽のようなものだろうし商人は情報が命とも言うからと納得する。
しかしロザリアンヌはそんな事よりどうしても知りたい事ができたので思わず聞いていた。
「その貴妃様ってどうして急に寝込むことになったの?」
多分だがロザリアンヌが前世で読んだ後宮や大奥の物語から推察すると、絶対に毒を盛られたとか虐められて精神が病んだとかそういう理由だろうと考えていた。
そうなると恋仲を裂かれた貴妃様も不憫だが、なにより折角授かった幼い女の子が可哀想だ。
このまま幼いうちに母親を亡くし父親と縁遠くなり、後ろ盾をなくした女の子の行く末が幸せである訳が無い。
物語の中では大抵望まないジジイに嫁がされたり出家させられたりうち捨てられ貧乏貴族生活をすると相場は決まっている。
「理由は分からないが、まぁ良くある事だ」
「やっぱりそうだよね」
ロザリアンヌは自分の知識もまんざらではない事に少し得意気になる。そしてすべては作り物の話から得た知識でしか無いのに大きく頷くと一人納得していた。
「でもテンダーは男だから」
キラルがダメ出しのように呟く。
「大丈夫よ。裸にならなければバレないわ。裸にされたとしてもレヴィアスの幻影でどうにかならないかしら?」
「えっ、裸って何ですか! 私は裸になって何をされるんですか!!」
「あっ、そうなるとレヴィアスも一緒じゃないとダメなのか。私は女だから一緒に行けるけど、まだ幻惑や幻影魔法の熟練度が弱いからなぁ」
「ねえロザリー、いったい何を考えてるの?」
「今の話を聞いてキラルは貴妃様と女の子を助けたいと思わなかった?」
キラルの問いにロザリアンヌは逆に聞き返す。
「はぁ何ですかそれ! 私を助けに来てくれたのではないのですか! そしてこのような悪事に手を染める輩を退治しに来たのでは?!」
言葉の通じていないテンダーは話の内容を理解していないのか何故か納得がいかないとばかりに騒ぎ出す。
「煩いわよテンダー。テンダーが綺麗なのがいけないのよ諦めなさい。あぁそうだわ。キラルもレヴィアスも女体化もできるのよね? じゃぁみんなで問題なく後宮に入れるわね。貴妃様と女の子を悪の手から助けるのよ!」
「き、綺麗ですか私?」
「ええぇーーー」
「何を言っている」
テンダーはロザリアンヌの後半の話など耳に入ってはいないようで、綺麗だと言われた事に何故か顔を赤くし喜んでいるが、キラルとレヴィアスはロザリアンヌの話に明らかに難色を示す。
「ねっ、お願い。たまには人助けするのも悪くないと思うのよ。キラルもレヴィアスも本意では無いだろうけど今回だけ私の我が儘を聞いてくれない?」
「「・・・」」
「キラルとレヴィアスが反対だというなら仕方ないわ、私とテンダーだけで後宮に乗り込むから少しの間別行動になるわね」
「認識阻害を使えば問題ないのでは?」
「ずっと姿を隠しているのは疲れるわよ。それに小さな子供の相手もしなくちゃならないのに手が足りないわ。私の推測だけど貴妃様の周りに居る侍女も味方とは限らないと思うの」
「僕はいいよ。何だったらテンダーより美人さんになれる気がするし」
「本当に今回だけだぞ」
ロザリアンヌの説得にキラルはテンダーに対抗するように、そしてレヴィアスは渋々といったように納得してくれる。
「という事で、私達四人を後宮に送り込んでくれない?」
ロザリアンヌの提案に偉そうな男はポカンとするばかりだった。




