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「テンダーを浚った人達って闇属性の魔法が使えって事よね?」
テンダーがこの人混みで眠らされ浚われたとなると、闇属性のデバフ魔法を使ったとしか考えられない。
しかしロザリアンヌの知識では闇属性魔法の適性を持つ人は光属性魔法と同じくらい少なかったはずで、ましてや睡眠や混乱に魅了といったデバフ魔法はさらに使える人も少なかったはず。
それにロザリアンヌはこういう犯罪に使われる事を恐れ、魔物にしか効果の無いデバフ玉に応用はしているが魔導書にはしていない。
この国には闇属性魔法に適性を持つ人が沢山いるのだろうか?
「魔法が使われたとは限らないだろう」
「それって」
「色んな種類の毒を持つ植物がある。デバフ魔法などその応用みたいなものだ」
「それは知ってるけど」
「即死効果を持つ毒や精神に異常をきたす毒など珍しくも無い。その辺はテンダーの方が詳しいかもな」
「私も多少は学んだんだけど・・・」
ロザリアンヌはまだまだ自分の知識が浅いことを思い知った。
知識として持っていても実際に目で見たもの使ったことのある物とは違い、しっかり認識できていないのなら知らないのと同じだろう。
「ほら見えた。あの駕籠がそうだよ」
チョロイの知らせを聞き確認すると、十メートルほど先を小屋を極々小さくしたような駕籠を二人の男達が肩で担ぎ足早に移動している。
どう見ても一般の辻駕籠とは違いお高そうというか、タクシーとハイヤーのような違いを感じ、それがテンダーの浚われた理由にさらに厄介事の匂いを感じさせた。
物語の定番で考えたらここは奴隷商人に浚われるエルフというのが定番なのだろうが、どうもそんな簡単な話ではないのかも知れない。
「どうする。ここで奪い返す?」
問答無用でテンダーを速攻奪い返す気でいたロザリアンヌはレヴィアスに意見を求めた。
「見つかったのなら急ぐ必要もない。ここで目立つよりどこに連れて行かれるのか確認した方が良いだろう。そうすれば相手の目的も知れる」
「そうよね」
ロザリアンヌは頷くと認識阻害を使い気配を消し、テンダーの乗った駕籠の後を追った。
やがてテンダーを乗せた駕籠は人通りの多い賑やかな通りを外れ、屋敷の裏通りとでもいう感じの路地へと入り塀の途中にある小さな門の中へと入っていく。
屋敷を囲う石塀の長さからしてもその大きさが確認でき、この門は裏門なのだろうと事が窺えた。
ロザリアンヌ達は気配を消したまま迷うこと無く後に続き、中へと入ると倉がある事からここがどこかの商家か問屋だと推測できた。
そしてさらに裏庭を竹垣で囲い、中には井戸があり洗濯場と洗い場の設置がある事からも、ここがかなりのお金持ちもしくは権力者の屋敷なのだと分かる。
駕籠はそのまま奥へと進み、中庭の外れに立つ離れのような建物の前で止まるとテンダーは中へと運び入れられる。母屋の方に連れて行かれなかった事からも何か後ろ暗い事案であると認識させた。
ロザリアンヌ達は男達が立ち去るのを待って部屋の中へと入る。中からは開けられないように閂はされているが、そもそもこんな脆弱な扉など簡単に蹴破れるロザリアンヌ達には何の意味もなさない。
しかし勿論淑女であるロザリアンヌは、扉を蹴破ることもせずに大人しく閂を外し部屋の中へと入る。
「テンダー目を覚まして」
ロザリアンヌはテンダーに状態異常回復魔法を掛けテンダーを起こす。
装備を見直した時にうっかりして結界や全状態異常耐性を盛り込んだ装飾品を外してしまっていたのがそもそもの失敗だった。
多分どこかで気が緩んでいたのだろう。装飾品もきっちり見直して作り直す必要を改めて考えさせられ反省させられた。
「うぅ~ん・・・」
「テンダー分かる?」
「ロザリー様・・・」
テンダーはだんだんと意識がはっきりしたのか、一瞬驚いた表情を見せる。
「そうでした。いきなり何かの粉を顔に掛けられて。咳き込んだと同時に急に目眩を感じ・・・」
「凄いわね。そんなに即効性のある眠り薬なんて闇魔法の意味なんて無いわね。一応後遺症の無いように回復魔法も掛けておくわね」
「ありがとうございます」
「気づいたらいないんだものびっくりしたのよ。チョロイがテンダーの気配を察知してくれたから探せたけど、そうじゃなければ今頃まだ街中を探し回ってるところよ」
「すみませんでした・・・」
「いいのよ。装備品をちゃんとしておかなかった私の落ち度でもあるしね」
いつもは元気いっぱいの雰囲気のテンダーもさすがに落ち込んでいるのか、すっかり回復しているのに項垂れたまま元気が無い。
「ロザリー、誰か来たみたいだよ」
「黒幕の登場といったところか、ふふ何を語るのか楽しみだな」
レヴィアスの黒い笑顔にロザリアンヌは一抹の不安を感じる。
ここはダンジョンでは無いしましてや街中でそれも他人の屋敷だ。
遠山の金さんや暴れん坊な将軍でも水戸の黄門様でも無いので、派手に暴れて許されることなど無いだろう。着いて早々街から逃げ出すような事態だけは避けたい。
「派手な戦闘は無しよ」
ロザリアンヌは念のためにみんなに釘を刺す。
「大丈夫だよ」
「私を何だと思っている。その言葉はロザリーにこそ言いたいものだ」
ロザリアンヌはレヴィアスに睨まれ、さっきは賑やかな街中で暴力で奪い返す事を考えていたのを思い出す。
なのでロザリアンヌは素直に反省し、この先はレヴィアスに任せようと決めるのだった。




