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既に魔法を覚えた生徒が増えたらしく、パーティーを作ろうと行動する生徒が目立ち始めていた。
ロザリアンヌは平民やあまり期待されない生徒が多いCクラスなので、自分には関係無いと思っていたのに何故か声がかかった。
それも高位貴族の御令息やご令嬢の多いAクラスの生徒にだ。
「俺のパーティーに入れてやってもいいぞ」
胸を張り偉そうにロザリアンヌの前に立つのは公爵家の御令息だそうだ。
「俺のパーティーには聖女候補もいるからな。光栄に思え」
同学年に聖女候補がいるという噂はロザリアンヌも耳にしていたが、それがこの子かと取り巻きの中の唯一の女生徒に目をやる。
縦巻きロールの金髪を揺らす一見気の強そうなその女生徒は、何故かロザリアンヌを無言で睨み付けていた。
「申し訳ありません、私には望まれる様な実力も無く資格も無いと思いますのでご遠慮させていただきます」
ロザリアンヌは少し失礼な言い方かもしれないと思いながらも、媚びる気も無いので素っ気なく答えた。
「おまえその態度クラヴィス様に生意気だぞ!」
取り巻きの一人が息巻いたがロザリアンヌは何処吹く風だった。
何処の何方さんだろうが魔法学校では地位も関係なく平等の筈で、ましてや脛齧りの子供が何を言っているのだろうと思っていた。
もし万が一こんな騒動で学校を退学になるのだったら、それはそれでロザリアンヌには却って嬉しい事で、ただもっと学んで欲しいと望んだソフィアに対して申し訳ないと思うだけだ。
御令息は片手を軽く上げ取り巻きを黙らせた。
「俺は心が広いからな、まあ気にしないでいてやる。それよりもおまえは午後の授業を自主練で済ませていると聞いたぞ、と言う事は既にそれなりの魔法を使えると言う事だろう。それは才能があると言う事だ。俺がその才能を見出してやったのだ有難く思え。そしてその才能をこれからは俺の為に使うと良い」
ロザリアンヌはテンプレの様な御令息の態度と物言いが、何だか可笑しくて可愛く感じてしまっていた。
「私は錬金術師見習いですよ。魔法は魔導書を買って覚えました、けして才能云々というものではございません。宜しかったら魔導書店をお教えしましょうか」
「魔導書店だと!?」
「そうですよ、必要とあれば高位の魔導書も手に入れて貰える様ですよ」
この年代の御令息やご令嬢は貴族街どころか邸から出る事も少ない。
なので魔導書店や錬金術店など見た事も聞いた事も無いだろうとロザリアンヌは考えていた。
そう言えばゲーム内でもステータスの魅力値を上げる為に街に出かけたが、その行先は貴族街地区のアクセサリー店や服飾店ばかりだったなと思い出していた。
そして自分のステータスの魅力値の低さの原因を今さら思い知った気がしていた。
(でも、ダンジョン攻略でステータスを上げても魅力はそこそこ高くなった筈よ)
今さら貴族街地区の商店に足を運ぶ気など無いロザリアンヌは、自分に言い訳をして自分を慰めていた。
「おい、俺達が何も知らないと思って馬鹿にしてるのか。その魔導書ごときで簡単に魔法が使えるなら誰も苦労などしないだろうが」
さっきから取り巻きの一人がしつこく難癖をつけるんだなと、ロザリアンヌは他人事の様に思いながら、そろそろ諦めて退場してくれないかなと考えていた。
「なんでもいいけどさぁ、断られたんなら諦めるのも礼儀じゃ無いのか?しつこくすると嫌われるだけだぞ」
ロザリアンヌは声のした方に振り返ると、無駄にキラキラしたイケメンオーラを放つ生徒が立っていた。
そして当然の様にロザリアンヌの隣に歩み寄り、ニコリと微笑んで見せたその笑顔までキラキラと眩しい程に輝いていた。
隣に立つと感じる背の高さはきっと180を超えているかも知れない。
あまりの身長差にロザリアンヌはちょっとだけドキドキした。
金髪のゆるふわショートカールで切れ長の涼し気な目にキリリとした眉毛に薄い唇、見事に絵に描いた様な爽やかイケメンの突然の登場にクラヴィス達だけでなくロザリアンヌも目を丸くした。
「えっと、どちら様でしょうか?」
ロザリアンヌは頼んでもいない援軍にどう対応したら良いのかと思わず問うてしまった。
「もしかして君、俺のこと知らない?俺はランディーよろしく」
いきなり右手を差し出され、ここはよろしくするべきなのか悩みながら黙っていると、強引に右手を握られ握手をする形になった。
ロザリアンヌは騒ぎ立てる程の事でも無いかと思いながらも、強引に握られた手の感触が気持ち悪くて「よろしくする気は無いわよ」と答え、握られた手を激しく振り解いた。
その振り解いた手の勢いが余り、そのままクラヴィスの顔にロザリアンヌの裏拳がヒットしてしまった。
・・・
辺りは一瞬時が止まった様だった。
・・・・・・
ロザリアンヌの勢い余った拳がヒットした事でクラヴィスは吹き飛び、みるみる間に赤く腫れ始める顔を見ながら固唾を飲むロザリアンヌ。
何が起こったのか対処ができないでいるクラヴィスを尻目に、ロザリアンヌは「失礼します」と慌てて逃げるようにその場を後にした。
事故とはいえ男の人の顔を殴ったなど前世からこの方生まれて初めてで、どう対処して良いのか分からずに思わず逃げ出していた。
しかし少し気持ちが落ち着いてみれば、殴っておいて謝りもせずに逃げ出す等許される事ではないと思い悩む。
ここは戻ってきちんと謝ろうかとも考えるが、さっきの騒ぎどころでは無い騒ぎになる予感しかなかった。
(うん、ここは無視するしかないか。あの場には聖女候補もいたし、きっと回復してくれるだろう。あれは事故。絶対に事故)
ロザリアンヌは自分で自分を納得させ、さっきの出来事を忘れる事にした。
(それにもとはと言えばあの長身男、あいつがそもそもの原因なんだから私はきっと悪くない)
ロザリアンヌはさらに事故の責任をランディーに押し付け、自分を納得させようと務めた。
取り敢えず退場するタイミングをくれた長身ランディーには心の中で感謝しながら、追われない事を願い足を速めた。
そしてまさか自分がこんな騒ぎに巻き込まれるなど考えてもいなかったロザリアンヌは、これから先もパーティーに誘われる事になるのだろうかと思い頭を抱えた。
授業で確かにパーティー編成が必要な時もあるが、その場合大抵は教職員の指示で組むので普段からパーティーに拘る必要は無い筈なのに厄介だなと思っていた。
それに関しても何か対策を考えるべきかと悩みながらさっきの出来事を思い出す。
そして何だかまるで主人公と攻略対象者の出会いイベントの様だったなと考えながら顔を青くした。
(誰かが≪物語はいつだって自分が主人公≫なんて言っていたけれど、まさかそんな事は無いわよね?主人公なのは構わないけれど、今回の私は乙女ゲームじゃなくて錬金術を極めたいの。ダンジョン攻略を楽しみたいの。恋愛で男にかまけている時間なんて無いって言うの)
ロザリアンヌは内心で叫びながら、これ以上イベントの様な事が起こりません様にと願うのだった。




