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ロザリアンヌの肩にちょこんと乗っかってぬいぐるみのように大人しくしているチョロイは、多分この大陸の守護者が擬態したものだと思っていた。
あの時は独り言のようにブツブツ言いながら諦めた風ではあったけれど、ダンジョン神ではなく謎生物となったチョロイに擬態するというか入れ替わることでこの世界に顕現したのとロザリアンヌは確信していた。
まずダンジョンで初めて会ったチョロイにはダンジョン神と思わせる何かを感じたが、今のチョロイにはそんな雰囲気など全くなく、第一金色にも見えていた不思議な体の色はダンジョンから出てみたら純白になっているし、頭にあった王冠はただのグレーっぽい模様にしか見えない。
その上肩の上で食事時以外殆ど眠るチョロイは、見た目は体を丸めたフクロウのようにも思えた。
そしてもっと不思議なことに眠っているはずのチョロイは平衡感覚に余程優れているのか、ロザリアンヌがどんな動きをしても肩から落ちることはなく、またそこに姿は見えているのに気配がないというか注目されないというか正に真性のモブだった。
きっとこの大陸の守護者は普段からこんな感じで、積極的に大陸に関わる事をしなかったのだろう。だからこの大陸の現状がこんな事になっているんだとロザリアンヌは勝手に思っていた。
またチョロイは正確な時間を知らせてくれた。それはもう正確に『ご飯の時間』だけを・・・。
朝の六時昼の十二時夜の六時ピッタリにパチリと目を開け『ご飯の時間だよ』と教えてくれる。
今までは時計も持たずただなんとなくで判断していた時間も、ご飯の時間が正確になった事でなんとなく全体的に規則正しい生活ができるようになった気がしていた。
また最近ではおやつの時間も催促されることが増えた。近いうちにきっと午後の三時を正確に知らせてくれるようになるだろう。
そしてまたチョロイはこの大陸に百年に一度咲くナイトクイーンズという花の存在を教えてくれ、その花の開花時期が間近だというのでロザリアンヌ達は開花を心待ちにしながら野営をしていた。
間近とは言えいつ咲くのか正確な時間は分からない中、この場所で咲くのは間違いないと言われたので目を離す事もできずに退屈していた。
しかしこの場所から離れる訳にもいかず、目を離すことも考えていなかった。うっかりこの場所から離れた隙にでも咲かれたら、深く後悔するのは間違いなかったからだ。
何しろナイトクイーンズは百年に一度咲く貴重性だけでなく、その美しさも心を奪われる程で、さらに高品質な錬金の触媒になると聞いてロザリアンヌは絶対に手に入れたいと張り切っていた。
「月下美人のように満月の夜に咲くとか何か目安になるものはないの?」
肩の上で眠るチョロイに聞けどまったく反応がない。
「月下美人って何ですか?!」
「一年に一度満月の夜に咲くと言われている花があるのよ」
「花の名前でしたか!」
「エルフの森にはそういう変わった花はなかったの?」
「変わった花ですか? そうですね・・・。世界樹の花の話なら聞いたことはありますが、私も目にしたことはありませんね」
「世界樹の花ですって!」
考えてみたら植物なんだから当然花も咲けば実もなるだろう。それも世界樹ともなればその効能や性能はどれだけ優れているのかと考えるとロザリアンヌは興奮せずにはいられなかった。
「あの世界樹も元気を取り戻しましたから、もしかしたら今頃は花を咲かせているかも知れませんね」
「なんで早く教えてくれなかったのよ」
「聞かれませんでしたから」
「はぁ・・・。そうねきっと知らなかった私が悪いのよね」
世界樹の手入れをした時に思い至らなかった自分の落ち度。あの精霊ともう少し話をしていれば聞けていたかも知れない情報だとロザリアンヌは自分を納得させる。
「森に行ってみるのは構いませんが、私は当分里には帰りませんから!」
「どうしてよ? たまには里帰りもいいんじゃないの」
「いいえ、まだ何の成果も上げてませんから絶対に戻れません!」
頑ななテンダーの態度にロザリアンヌは一度エルフの森に行ってみようと言い出しづらくなってしまった。
「ねぇロザリー、なんだか光り出した気がするよ」
キラルの言葉に注目するとナイトクイーンズのつぼみが蛍のように光り始めていた。
一輪二輪の光ではなくこの場に群生しているので、淡い光とはいえ星の瞬きのようでちょっと幻想的だった。
けして明るくない淡い光がまるで鼓動でもしているように微かに点滅しているので、ロザリアンヌはその幻想的な様子に目が離せなくなる。
そしてゆっくりと花開いていく様子もまたとても幻想的だった。
そうしてどのくらい時間が経ったのか、満開となったナイトクイーンズの群生は本当に見事な程に圧倒的な迫力のある美しさだった。
光を放つナイトクイーンズの花びらの透明にも見える澄んだ青は、晴天の空の色にも澄んだ泉の色にも見えとてもとても美しかった。
夜の暗い風景の中に浮かぶナイトクイーンズ淡い光の群れ。そのあまりにも美しい風景にロザリアンヌは溜息しか出なかった。
「この花ってもしかしたらあのフェンリルが守ってた花じゃないかな?」
ロザリアンヌはキラルの言葉に我に返り、そう言えばと封印の祠のフェンリルの事を思い出していた。
あそこは雪の中とはいえ、お日様の光を浴びていたのでちょっと雰囲気は違うが似ていると言われればそんな感じもする。
何にしても目の前に咲く花は、フェンリルが足を踏み入れるのを禁じる程の特別な花畑に咲いていても不思議ではない花なのは確かだ。
ロザリアンヌは一晩だけの儚い命と言われるナイトクイーンズのその美しさをしっかりと脳裏に刻み、心の中にある思い出のアルバムにしっかり記録した。
「枯れちゃったら勿体ないから摘んでしまおうか」
ロザリアンヌは自分に言い聞かせるようにしてナイトクイーンズの花を丁寧に摘んで行くのだった。




