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エルフは長命な故に研鑽家が多く、基本一人で自由に過ごすのが比較的普通らしい。
それは食に関しての意識もそうで、お腹が空けば何かを食べるというのが一般的で、時間を決めて誰かと食べるなんて取り決めもなく、下手をしたら食べるのも面倒だと思う事も多いそうだ。
子供の頃からお腹が空いたら森の恵みをいただいて、気が向けば調理もするがお腹が満たされればいいという感覚でしかなく、エルフにとって食とは楽しみではなく命を繋ぐ手段でしかなかった。
しかしテンダーはそんなエルフの中では若干異色で、若いエルフを集めて行動していただけあって森から出てもあまり苦労せずにみんなとコミュニケーションを取れていた。
そして他のエルフ同様食にあまり興味がなかった筈のテンダーが外の世界の料理を知り、欲望のままに求めるようになったのは仕方のない事だったのかも知れない。
だが長年の意識の違いが今回のロザリアンヌとの諍いを招く事になった。
テンダーにしてみれば今まで疑問を持った事もなく、またずっと許されていた事が何で急にダメだと言われたのかまったく理解に苦しんでいた。
キラルが何故ダメだと言ったのか理解しろと言われても、テンダーには何がダメなのかさっぱり分からずにいた。
ただこのままでは破門され追い出されるのだという事だけは理解できていたので、テンダーはひたすらに焦りを感じていた。
このまままたあの森に帰り以前のような生活になど戻れない。というより戻りたくないと必死だった。
長老達の思惑を聞かされ密命を受けてはいたが、テンダーには既にそんな事などもうどうでも良かった。
今まで知らなかった世界があまりにも魅力的で、ロザリアンヌ達との行動が刺激的で、毎日が充実している今の生活から離れたくはなかった。
「ロザリー様~。何をそんなに怒っているのか教えてください~。お願いします。お願いです~」
「だからそれを自分でよく考えろって言ってるのよ」
「考えても分かる訳ないじゃないですか~。だって私は今までずっとあの森に引き籠もってた世間知らずなんですよぉ~」
ロザリアンヌはテンダーの口からおよそエルフらしくない引き籠もりとか世間知らずなんて言葉が出てきた事に驚いた。
知らなくて良いことはホントよく覚えるというか、いったい誰がいつの間に教えたのかと溜息を吐きたくなる。
「私は今忙しいの、見て分からない?」
ロザリアンヌは木造建築の為に今は必死に木材を集めていた。
トレント材は堅すぎて家にするには加工が難しいらしいので、ダンジョンの中の木々を切り倒し適度に乾燥させる作業を進めているのにテンダーが纏わり付いてちょっとウザかった。
「私だって忙しいです!」
「じゃぁ自分の仕事をしなさいよ。仕事をしながらでも考えられるでしょう」
「無理です! ロザリー様の怒りを解くのが最重要事項です!! お願いです~。もうそろそろ許してください~。ねっ!」
とても不思議な話だが、ロザリアンヌはテンダーの『ねっ!』に思わず吹き出しそうになっていた。
まるで親戚の幼い子を相手にしているようなそんな気分にさせられ、ロザリアンヌはすっかりと毒気を抜かれてしまった。
「私が腹が立った理由はね、キラルが要塞監獄の人達の分までは作れないけど、私やキラルやレヴィアスみんな揃って一緒に食べようと用意してくれた料理を考えもせずに食べたからよ。テンダーが知らなかったなら仕方ないけど、キラルはちゃんとそう説明してくれてたでしょう。私もみんなと一緒に食べたかった。作ったキラルに美味しいってお礼を言ってレヴィアスも交えて楽しい時間を共有したかった。テンダーは人の分まで料理を食べちゃっただけじゃなくて、キラルの思いやみんなと一緒に過ごす筈だった貴重な時間まで台無しにしたの。私の言ってる事分かるかな」
「料理は材料さえあれば作れますよ? シェフは簡単に作ってました!」
「私は美味しいものはみんなと一緒に食べたいの。その方がより美味しく感じるでしょう」
「何人で食べても料理の味は変わりませんよ?」
ロザリアンヌはもうテンダーに何を言ったらいいのか分からなくなる。しかしこれも育った環境や風習の違い考え方の違いかとも思う。
テンダーにしてみればロザリアンヌの価値観や考え方を押しつけられてるとしか思っていないだろう。
きっとこれ以上何を話しても今は平行線をたどるだけだとロザリアンヌは判断した。
「分かったわ、これからもテンダーの思うようにすればいいよ」
「じゃあ許してくれるんですね!」
「許すも許さないもないわ。考え方や価値観が違うと分かったってだけよ」
「ありがとうございます! それじゃあ私も作業に戻ります!」
テンダーはロザリアンヌの怒りが解けたと安心したのか足早に立ち去った。
ロザリアンヌはその後ろ姿を目で追いながら、自分とはまったく価値観の違うテンダーをいずれ本当に仲間とは思えなくなる日が来ないように、理解し合うのも価値観をすり合わせるのにも時間がかかりそうだと溜息を吐いた。
しかし幼い甥っ子を扱う気分で気長に接していけばいいのかとも思うのだった。




