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目覚めると見慣れない天井だったが、辺りを見回しそこが要塞監獄のゲルの中だとすぐに理解できた。
キラルに手を引かれ誘導されるように戻って来て、そこから先はあまり記憶がはっきりしていない。
ロザリアンヌは目覚めとともにスッキリとした気分を味わい、上半身を起こすと思いっきり伸びをした。
ここまでぐっすりと眠れたのは本当に久しぶりだ。あのキラルが作ったキラキラドロップのリラックス効果は、ロザリアンヌが作った安眠アロマより高いと認めるしかないだろう。
気力と集中力頼りに興奮状態で活動していたが実際にはかなり疲れが溜まっていたようで、張り詰めて興奮していた心が沈静化し、体力魔力気力集中力が微回復し血糖値が上がったのが返って眠気を誘ったのだと思われる。
ぐぅぅ~!
目が覚めて体を動かしたことで胃腸も動き始めたのか、お腹から派手な音が鳴った。
「何か食べるか。そういえばみんな何してるんだろう」
ベッドから起き出し、みんなを探しに行こうと歩き始めたところでこちらに向かってくる気配を感じた。
「ロザリー様、木材集めはどうなったんですか!」
ロザリアンヌが目を覚ましたのを察知したのかテンダーがゲルに飛び込んできた。
(ヤバっ、忘れてた)
各ダンジョンにゲートルームを設置しながら念入りなダンジョン探索をし、冒険者達の安全祈願の為に再度祭壇巡りして、ゼリー神に新たな素材を教えて貰って別の事を始めたらついうっかりしてしまった。
(全部終わらせ一段落したらと考えて後回しにしたのが良くなかった。自分から木材集めを買って出ながら忘れるなんて最悪だ)
「ごめんテンダー。今から急いで集めてくる」
「忘れてたんですか?!」
「忘れてた訳じゃ無いけど後回しにしちゃった。本当にごめんなさい!」
「別にまだ急いでませんからいいですよ。それよりお腹空いたんじゃないですか。シェフが用意してくれてありますから一緒に食べましょう!」
「もしかして私が起きるのを待っててくれたの?」
「いえ、私は先に食べました。でも大丈夫です。まだ食べられます!」
「そんなにキリッとして言われても・・・」
ロザリアンヌはテンダーの進歩を見たと一瞬喜び感動した自分を慰めるように溜息を吐いた。
(やっぱりテンダーはテンダーだった・・・)
そうしてキラルが用意してくれたグラタンをテンダーのマジックポーチから取り出してくれたので、ロザリアンヌは一緒に食べ始める。
「何これ、すっごく美味しいんですけど!」
「そうでしょうそうでしょう。私も感動でいくらでも食べられます!!」
神々が愛する食材をすべて使って作ったというグラタンは本当に美味しかった。
キノコの風味に貝のだし芋の甘みにチーズの塩気と酒の風味、後は蜜のコクに果物が時々アクセントになって顔を出しパンがそのすべての旨味を吸ってなんとも言えない食感と調和を作っている。
「こんな贅沢そうそうできないわね。みんなは食べたの?」
「シェフと先生は後でロザリー様と食べると言ってました。それとここのみんなの分までは作っていられないから内緒とも言ってましたね」
「うんうん、これだけ美味しい料理ともなれば当然ダンジョンに入って素材を手に入れた者だけが味わえる特権だねって、ちがーう! キラルとレヴィアスは私と食べるって言ってたのよね?」
「そうですね」
(そうですねって・・・)
てっきりキラルとレヴィアスは先に食べているものだと思ったからテンダーが進めるままに二人で食べ始めてしまったが、テンダーが何故こうも平然としていられるのかロザリアンヌには理解不能だった。
「じゃぁなんでここにキラルとレヴィアスが居ないの?」
「知らせてませんから」
「なんで?」
「なんでって、シェフと先生を交えてもう一度食べられるじゃないですか! シェフったらそんなに一度にいっぱい食べるのはダメだって言うんですよ。今はそんなに作っていられないからねって。匂いで他の人にバレたらみんなの分も作らなくちゃならなくなるとかなんとか言って意味が分かりませんよね。なくなればきっとまた作ってくれますよ。 あるんだから食べても構わないですよね?」
テンダーが何を言いたいのかが良く分からなくて、ロザリアンヌは推測から肝心なことだけを確かめることにした。
「確認までに聞くけど、キラルとレヴィアスの分はあるのよね?」
「あっ、後一つになってしまいました。二人分残ってないからコレも食べちゃいましょうか。どうせシェフも先生も食べませんよね」
「一緒に食べるって言ったのよね?!」
「ええ言ってましたけど、なければいつものようにまた作ってくれますよ」
ロザリアンヌはテンダーの話を聞いて呆れるしかなかった。
ロザリアンヌは前世ではギリ昭和生まれなので、美味しいものは分け合って食べるというのが常識だった。
『食の恨みほど怖いものはない』と教わりながら育ち、誰かに見せびらかしながら何かを食べるのにはとても罪悪感を持ち、分けられないものはこっそり隠れて食べていた。
それがいつの間にか自分のをどうして分けなくちゃいけないのとか、誰かに分けるくらいなら捨てた方がマシと言い放つ人と出会いショックを受けた事もあった。
その時はそういう人なのだ時代なのだと流したが、この異世界へ来て飢えで苦しんでいた人達を知りながらも同じような事を考えている人が居るとは思わなかった。それがよりによって自分の仲間であるテンダーがだ。
ロザリアンヌも別に慈善事業的に会う人知らない人世界中の人にまで分け与えようとは考えていない。
ただ気の合う人と楽しく一緒に食べるとより一層美味しく感じるからご馳走したくなる感じだ。
テンダーが森から出ていろんな料理を知り、今は食べるのに夢中になっているからと少し甘く見過ごしてきたが、これじゃダメだとロザリアンヌは考えた。
「テンダー、私は食べ物を粗末にする人も嫌いだし、作ってくれた人に感謝しない人も嫌い。そして自分さえ満足できればいいって他に食べる人の事も考えずに食べる人も嫌いなの。そんな人が仲間だなんて思いたくない。私が言ってること分かるかな。テンダーがいっぱい食べるのは別に構わないけどそれは時と場合に寄るわ。キラルがどういう思いでソレをいっぱい食べちゃダメだと言ったのか理解できないままでいたらいずれはテンダーを仲間だと思えなくなると思っておいて」
「えっ、もしかして怒ってます?」
「ええ、とても」
テンダーはロザリアンヌが本気で怒っていると感じたのか、途端に顔を青くし狼狽えだした。
しかしロザリアンヌは本気でテンダーが理解してくれるまで許す気はなかった。
こんなに美味しい料理を食べながら嫌な気分にさせられたんだから簡単には許せない。
キラルとレヴィアスとみんなで揃って楽しく食べる事ができていればと、本当に心から残念で仕方なかった。




